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第1話 サクラ、初めての仲間

 

 

 :サマセット王国始まりの町[ジンジャータウン] 

 :BOT/No.1009″サクラ″起動1日目。朝刻。

 

 伊勢川いせかわ まもるは孤独な青年だった。特別目立った才能もなく、また内気な性格故にクラス内でも一人で過ごす時間が多くを占めていた。そんな平凡で内向的な彼も、自分の得意とする世界――ゲームの仮想世界の中では、本来の自分以上の存在になることが出来た。その自信が原因だったのかもしれないし、ただ単にゲームの世界の中くらいでは、異なった自分を演じようとしたのかもしれない。理由は定かではなかったが、ゲーム内の彼は自信過剰・行き当たりばったりなキャラクターとして、その仮想世界では異なるもう一人の自分を通してした。

 しかし、それはあまり好い結果を生むことはなかった。むしろその自信は、同じ世界に生きる多くのプレイヤー達にとっては、好ましくない印象を与えたに違いない。結局、彼はゲームの世界でも孤立する人生を歩もうとしていたが、そこ意図はないとはいえ立ち塞がったのが――サクラだった。

 

 

 第1話 〔サクラ、初めての仲間〕 

 

 

 サクラとマモル――守はゲーム内でも自身の本名を使用していた――の一悶着は、後ろで控えている新参冒険者達の注目を集めていた。対立する2人はすっかり熱が冷めてしまった様子。サクラは相変わらずの無表情で、対するマモルは大勢のプレイヤー達を振り返り見て、少し気恥ずかしそうに俯いていた。

 2人を仲裁した老職員はそんな様子を見かねたのか、こう切り出してきた。


 「さて、お二方。職業選択に移りましょうか。一緒にどうぞ」


 「え? 一人ずつでは?」


 マモルは少し驚いた様子で言った。


 「まぁまぁ。後ろも押していますし、一気に進めてしまおう。ということですよ。さあこちらに。残りの皆さまは別の職員が対応させて頂きますので」


 老職員は笑顔を絶やさず、二人に提案する。


 「…………(コクリ)」


 「し、仕方ねぇか……」

 

 二人は渋々頷き、老職員に促されて受付を後にする。そして奥の小さな小部屋へと案内され、老職員による″職業選択″についての簡単な説明が話された。

 ゲーム内の職業選択は、『イフニティオンライン』の目玉要素の一つだった。″新参冒険者″と呼ばれる新規プレイヤーはまず、始まりの町に造られた『王国職業斡旋所』で自身のキャラクターエディット、初期職業選択、そして軍資金・装備の支給を受ける。キャラクターエディットでは、髪形・顔・体形・声・年齢等を好みに合わせてカスタマイズすることができる。続いて受けることになるのが職業選択で、こちらは数百種類にも及ぶ初期職業の中から、好きなものを選択するのだ。それぞれの職業は″見習い″から始まり、″特級″のランクまで上げることが出来るし、転職・兼職が可能。自由度の高い点からプレイヤーの間で評価が良く、リピーターを伸ばす要素でもあった。


 「まずはキャラクターエディットからですね。ではお楽しみ下さい」


 老職員がそう言い残して部屋を後にすると、二人の周囲に特別なフィールドが構築される。双方ともに別々の隔離されたフィールドで、外部の様子は見えない。視界にはホログラムの選択肢が複数並んでいて、それをタッチ操作することで鏡?(自身のキャラクターの全身姿が投影されている)に映る自身のキャラクターをカスタマイズしていくのだ。

 サクラのカスタマイズは殆ど掛からなかった。デフォルトの長髪を青色に変更し、体格は華奢な体付きで標準設定の体形のままだった。声はデフォルトの地味な少女声。年齢も変更せず、16歳の設定とした。

 味気ないキャラクターとなったサクラだが、そのカスタマイズはある意味特別といえた。同胞のBOT達がそれぞれ凝ったキャラクターに仕上げていたからだ。

 運営側の監視を欺くべく、従来とは異なる特別なプログラムが組まれたBOT達。その中でもサクラは群を抜いて″特殊な″性格や行動規範を持っていて、一言に表すと″BOTのようなBOT″だった。彼女の生みの親であり、『イフニティオンライン』元チーフプログラマーの須田が作り出したBOTの多くは、運営側を欺くために人間らしい言動や振る舞いをなるべく行うよう、プログラムされている。簡単に言えば、社交的で人間らしいのだ。

 が、サクラはそういったBOTとは一線を画していた。口数やリアクションも最小限に済ませ、自身に課せられた任務を最大限達成するために活動する。そのため、非社交的な言動や振る舞いが目立ちがちだった。人間らしさという点では、他のBOTとは比較にならない。怪しまれる部分はあるが、彼女自身では問題ないと判断していた。


 「うん、上出来だな。お前はあんまり変わってないみたいだが……」


 サクラがものの数分で設定を完了させた後、マモルが出てきたのはそれから10分後のことだった。彼のキャラクターはかなり変わっていた。その独特な髪形をまず栗色の短髪に変更したようだ。続いてやや筋肉を付与した高身長の体形に変えていた。

 

 「どうよ。ニューバージョンの俺は?」


 「…………前の方がユニーク、だった」


 マモルとしては、渾身の出来栄えと自信満々だった。しかしサクラにはウケが良くなかったらしい。彼女は表情を変えず、口を真一文字に閉ざしたまま、静かに首を横に振っていた。


 「え、えぇっ……。アレが良かったの?」


 「…………(コクリ)」


 サクラが今度は何も言わず、ただ頷いたのを見て、マモルは複雑な心境になった。


 「うん……。実は俺も前の方がいいかなって。でもダサいとか言われそうだし」


 「…………気にしないで」


 この時サクラは、自身の発言に違和感のようなものを感じていた。彼女は自身が他のBOTとは違って非社交的なのは理解していた。しかしそれが自然に改善され、こうして拙いながらもマモルにアドバイスしている行動について、少し戸惑っていたのだ。この感情もまたプログラムの範囲内なのか、それとも逸脱した結果のものなのかは定かではない。

 結局、マモルはデフォルトのリーゼントヘアーに戻すことにした。


 「どうだ。正直な感想を教えてくれ」


 「…………いいね」


 マモルの問いに対してただ一言、感想を述べるサクラ。変わらず無表情であったが、小さく親指を立ててグッドの意思を示していた。それは彼女が現状出し得ることの出来る、最大限の評価だった。


 「ありがとう……。なんか自信が持てたよ」


 マモルはやや照れくさそうに言った。


 「お二方、キャラクターの準備は整いましたね」


 そんな中、外で待機していた老職員が入室。そして口を開いた。


 「続いて職業選択に移ります」


 

 

 数十分後。王国職業斡旋所の出口扉が開かれ、サクラとマモルの二人が姿を現した。二人はそれぞれ、異なる武器と防具に身を包んでいる。″騎士/見習い″のサクラは白鹿革の軽装鎧一式に鋼鉄の剣、″盗賊/見習い″のマモルは黒鹿革の軽装鎧に鋼鉄のダガーナイフ。そんな出で立ちの二人だが、その前に広がるのは2つの道だった。一つは〔暗がりの森〕と呼ばれる森林へと繋がる街道で、もう一つは〔始まりの平原〕と呼ばれる平地へと繋がる街道だ。この2つの道はそれぞれ王国の北部と南部、反対の方角を向いており、一度別れてしまえば二人がすぐに再会することはないだろう。


 「なぁ……。お前、どっちに行くんだ?」


 「…………(スッ)」


 サクラは難易度の高い〔暗がりの森〕へ向かい、そこでモンスター狩りや採取で経験値を荒稼ぎする算段だった。なので彼女は森方向へと指を差して、自身の考えを告げた。


 「そ、そうか、そりゃいい。俺もそちらに行こうと思っていたんだ」


 改まった口調でそう告げたマモルだが、彼は最初は平原に向かおうと考えていた。彼の考えを曲げたのは言うまでもなく、サクラの存在だろう。


 「その、だな。一緒に行くってのはどうだろう……か。駄目……かな?」


 「…………」


 「駄目か……。い、いや諦めるもんか、頼む! お前が必要なんだ!」

 

 最初は自然に″同行″を提案することの出来たマモルだが、すぐに後の言葉に詰まってしまい、すぐに自信のなさげな様子を見せてしまう。それはいつもの彼がやっていることと同じだが、次に来る結末――つまりヘタれてそこで終了、とはならなかった。サクラの返答がないのを見て、彼は意を決した。少ない勇気と向上心を振り絞って、それまで演じてきた自分とは異なる″展開″を、彼女に示したのだ。

 

 「……頼む。俺、お前となら変われる気がするんだ――自分を」


 「…………」


 「もう俺の考えは全て伝えた。後はお前の返事を聞きたい」


 「…………」


 サクラは表情を崩さなかったが、その内心は静かに揺れ動いていた。彼女としてはBOTとしての正体がバレてしまう可能性を考えても、マモルを同行させることは論外だったのだ。しかしその確かな選択肢を決められずにいた。選ぼうとすると、別の考えが脳裏を過る。つまりマモルと仲間となって、このゲーム世界で過ごしていく、という考えが。

 そうして、彼女の″使命感″と″違和感″が交錯する。

 数分の沈黙が流れた後、サクラは答えを下した。


 「…………よろしく、お願いします」

 

 短く拙い返答だったが、それは彼女自身の決断による返答だった。

 

 


 

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