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序章 サクラ、異世界に降り立つ

 

 

 :サマセット王国始まりの町[ジンジャータウン] 

 :BOT/No.1009″サクラ″起動1日目。朝刻。

 

 典型的なファンタジーの町。サマセット王国中央部を北から南に貫いて走るライラック山脈の一支峰、ジンジャー山の麓に、その町[ジンジャータウン]は位置していた。そこは冒険の出発点。ゲームにログインし、専用の馬車でゆっくりと町の通りを流す新参冒険者達は、目の前に広がるファンタジー世界に期待と興奮を高めながら、この時間が永遠に続いてくれないものかと願っていた。

 人間の視覚・触覚・嗅覚に直接刺激を与えるこのゲームでは、町の全てをその身で感じることが出来た。大気には秋の香りが仄かに漂っている。それは樹の幹で熟しつつあるリンゴの香りであり、農夫が集めた枯葉山から漂う土と葉の匂いだった。また冒険者達は、ジンジャー山から下ってくる秋風に肌をこそばゆさせ、クシャミを誘われた。まるで現実と同じ感覚だと、冒険者達はまた驚くばかりだった。

 町の中心に近い地点まで到達すると、馬車はそこで立ち止まった。冒険者達は促されるかのように馬車を降りて、眼前に聳える大きな建物に感嘆した。ある者は表情を綻ばせ、またある者は嬉しさを全身で表した。誰もが歓喜や驚きを以て感情を表す中、ただ一人の少女だけは――無感情だった。

 

 

 序章 〔サクラ、異世界に降り立つ〕



国内最大規模を誇るММОRPG『イフニティオンライン』は、ゲーム業界史上では初となる、″脳波システム″を搭載した次世代VRゲームだった。専用の″VRヘッドセット″と″ゲーミングガントレット″という、2つの機器を用いることで、視覚・触覚・嗅覚などを体感することを可能としている。操作は脳波で行い、コントローラーは必要無い。″脳内の思考″がキーになっていて、手を動かすことでリアルそのままの感覚でゲームの内のマイユニットを操作することが可能なのだ。

 『イフニティオンライン』は現在、数百万人規模の国内人口を誇っていて、他のММORPGを凌駕する人気ぶりだった。連日テレビやネットで取り上げられ、それに同調して売り上げもうなぎ上り……。それはつまり、『イフニティオンライン』を軸に大きな市場が形成されていることを意味していた。

 RМT業者の須田は、そんな現状を複雑な思いで傍観する人物の一人だった。かつて『イフニティオンライン』のチーフプログラマーとして、ゲーム開発の前線に立っていた彼だが、職場内のイザコザを理由に半ばハメられた形で離職。業界での復職を狙うも、覚えのない″悪評″が付きまとい、フリーターとしての生活を余儀なくされていた。

 そんな中、彼に手を差し伸べてきたのが――『イフニティオンライン』だった。連日話題に上がる同オンラインゲーム。その人気ぶりは本物だったが、その手のゲームには自分で時間を掛けずに強いデータを欲する市場があった。その需要は日々高まっており、須田はこれをビジネスチャンスと見て飛び込んだ。まずツールの販売に始まり、一定の成果を上げた。

 しかしそれもすぐに対策がなされてしまう。須田は危機感と苛立ちを覚えつつも、次の手段に打って出ることにした。それがゲームデータの売買だった。専用のプログラムを組んでBOTを用意、それをゲーム内に投入して経験値・武器防具等を荒稼ぎした後、そのデータを現金売買するのだ。

 プログラムの構築は楽だったが、須田はBОTがすぐに対策されることを予測していた。そこでプログラムに工夫を施し、″人間らしい言動″を各所に導入して運営側の目を欺くことにする。一種の″AI″のようなものを搭載したBOTはこうして完成したのだ。

 

 馬車から降り、町に立ったサクラは、須田によって組まれたプログラムに従い、まずは″冒険者登録″という一種のユニットカスタムの工程を進めることにした。目の前にある大きな建物――″王国職業斡旋所″というのが、その工程を進めるための施設だった。


 「…………」


 「いらっしゃい! 王国職業斡旋所にようこそ!」


 建物内に入ると、いわゆる町役場のような待合席と受付テーブルがサクラを出迎えた。彼女はすぐに最寄りの受付に近付くと、空いていた席に座って担当者(NPC)に顔を合わせた。


 「んん……? お嬢さん、職業をお探しですかな?」


 「…………(コクリ)」

 

 サクラの着いた受付の担当者は、恰幅の良い老職員だった。黒縁の丸眼鏡と、リンゴのように紅い頬が特徴的なその職員は、気さくな様子でサクラに問い掛けた。対するサクラは何も言わず、口を真一文字にしたまま静かに頷いた。


 「おやおや、恥ずかしがり屋なお嬢さんだ」


 「…………(ぺコリ)」


 恰幅の良い老職員は、眼鏡をクイと上げながら無口なサクラにそう言った。サクラは申し訳ない、というように頭を下げる。


 「あ、いやいや。別に喋らなくても構わないんですよ。えぇ」


 「…………(コクリ)」

 

 そんな2人の問答が続く中、後ろで待つ男がその様子に痺れを切らしたのか立ち上がった。


 「おうおう、いつまでチンタラやってんだよ!」

 

 「…………(ピクリ)」


 後ろから響く大声にサクラが思わず振り返ると、そこにはリーゼント頭のいかつい男が立っていた。服装が、この世界の村人の間でよく着用されている皮の服なだけに、その特徴的な髪形と口調とはアンバランスで、印象に残るプレイヤーといえるだろう。


 「さっさと進めろよ……って……」

 

 「…………」


 「あぁ……いやそのだな……」


 男のさっきまでの威勢はどこへやら。サクラの刺すような冷たい視線と、不機嫌そうな口許を見て、男も若干頭を醒ましたようだ。バツの悪くなった男は頭を掻きながら、言葉を詰まらせていた。

 この男、感情的な性格で思ったことはすぐ発言し、やりたくなったことはすぐ行動――というのが信条なのだが、その後の行動に困る癖があった。やったはいいが後が思いつかないし、何だが恥ずかしい、といった具合にへタれてしまい、最終的にはそそくさと退散するのがお決まりだった。


 「…………(ジーッ)」


 「うぅ……」


 形勢逆転。サクラは席を立ち上がり、男の前に迫り寄る。男は委縮しながら後ずさりしているが、サクラはそれを逃がすまいと意地になって迫っているようだ。

 

 「はい、そこまで。お嬢さんにお兄さん」


 その光景に見かねて言葉を掛けたのは、恰幅の良い老職員だった。いつの間にか席を立ち、受付側から待合席側に移動していたらしい。老職員は迫るサクラの前に立って仲裁に入った。対するリーゼントの男はたじろきながらも体勢を整え直し、抑えられているサクラの前に立った。


 「さて、お二人さん。何か言うことがありますよね?」


 老職員はそう言い、2人の間から一歩後ろに退いた。


 「…………ごめん、なさい」


 サクラは若干控え目な声でそう言い、小さく頭を下げた。口調はあまり人間らしくないというか、ぎこちない様子。まるで日本語を少しだけ話せるようになった外国人という感じだった。


 「おう……俺もすまなかったな……」


 それに対するリーゼントの男もまた、バツの悪い様子で頭を下げた。


 「ふむふむ。仲良き事は良いことですよ、お二人さん」


 老職員は満足したという様子でウンウンと頷き、受付側へと戻った。


 「さてお二人方。この悶着のせいで後ろの方々も長くお待ちのようですし、ササッと次の工程に移ろうではありませんか?」


 

 

 

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