《心》
「みーたん」
「はぁい? 何ですか? 苺ちゃん」
「みーたん、だいしゅき!」
「私も大好きですよ?」
手をぎゅっと握り笑っている観月と苺を、そっと笑って見ていた祐次は、自分達を見ている家族以外の視線に気がついた。
視線をたどると、カメラを構えているのは……。
「おい! 何してるんだ! 武田じゃないか!」
「やーぁ。彼女に子供連れ? 祐次も隅に置けないね~?」
「違うわ! それより、お前、何勝手に撮ってんだ!」
「ん? Twitterにあげたけど」
「何だと?」
「だって、面白いだろ?」
祐次は唖然とする。
何を言っているんだ?
面白い?
何がだ?
混乱する。
すると、祐次のスマホにLINEが入る。
同じ部活の同級生からである。
『祐次。Twitterで、お前が嫁さんと子供とスリーショットで写ってるんだけど』
『お前、まだ16で結婚できないだろ?』
『うわぁ……お前、何考えてんだよ。学校にばれたらどうするんだ?』
『ここまで流れたら、ばれるぜ? 学校名やお前の名前出してたし』
ザァァっと流れる画面。
『うわぁ、お前、親父かよ』
『へぇー、やってたんだ』
と言う文面に青褪める。
「どうしたんだ?」
近づいてきた家族……。
呆然と立ち尽くす祐次の後ろから、スマホを取り上げた寛爾が、
「これは……Twitterと言うのは、どういうことだ?」
「あ、祐次のお父さんですか? この子、お孫さんですか?」
「何言っているんだ!」
怒鳴り付ける。
普段温厚だが、元格闘家、周囲に響き渡る大音声に、店員や客たちが集まってくる。
「これは、どういうことだ! 君か? ツイッターにあげたのは!」
「え? 友人に見せようと思って……」
へらへらと笑う彪流に、
「愛。今すぐ標野君に連絡を。大原さんを! 嵯峨さんを呼んで欲しいと伝えなさい!」
と言い、ショックを受ける息子と側で怯える少女を庇うように立つと、
「君の名前は?」
「えっ? 同級生の武田です」
「武田くんだね? じゃぁ、君の家の電話番号を」
「はい……?」
伝えると、寛爾は自分のスマホで電話を掛ける。
「もしもし、武田さんのお自宅でしょうか? 私は不知火と申します。息子がそちらのお子さんと同じ高校の同級生になります。……はい。実は、お伝えしたいことがあります。今日、私たちは家族と、友人の家族と一緒に友人の子供さんの服を選びに来ていたのですが?……えぇ。友人の子供を息子が抱いて、息子の友人と2人で歩いていたのを、私たちは後ろから歩いていたのですが、そちらのお子さんが勝手にその写真を撮り、Twitter……ネットにあげたそうです。私の息子が未成年なのに恋人との間に子供がいると。学校も名前も記載しているとか。今、ネット上に息子の個人情報が拡散して、息子のLINEにありもしないことを他の人からどんどん飛び込んでいます」
その言葉に、彪流が慌てて自分のスマホを操作して消去しようとするのを、哲哉が取り上げる。
「証拠隠滅は困るんだよ。武田くんだっけ? すみません。ここでは大騒ぎになります。どこか別室を用意していただけませんか?」
「本当にすみません」
苺花と葵衣は周囲に頭を下げる。
店員の数人が二言三言会話を交わすと、一人が、
「どうぞ、お客様。こちらに……」
「ありがとうございます。祐次。苺ちゃんは苺花ちゃんに預けて、おいで、行こう」
息子と観月の肩を抱き、歩いていく。
従業員用の通用口を入ってすぐに会議室のような空間に案内された一家は、テーブルに祐次のスマホと彪流のスマホを置く。
寛爾は嵯峨と電話をし、哲哉はどこかに電話を掛けつつ彪流を監視している。
茫然とする祐次の横には観月が座り、手を握る。
「ご、ごめんなさい……祐次くん……わ、私のせいで……」
「観月ちゃんのせいじゃないわ!」
先程からすすり泣いていた愛が、否定する。
「観月ちゃんのどこが悪いの? 私が、観月ちゃんに会いたかったから……私が我儘だから……いつもいつも、ごめんなさい……!」
号泣する。
「お母さん! 泣かないで! それに、観月ちゃんも悪くない! 悪いのはその人よ! 非常識!」
葵衣が母を抱き締め、テーブルの向こうの彪流を睨む。
「人の個人情報を安易に漏らして何が楽しいの? 同級生だから何してもいいの? 信じられない!」
プルルル……
シンプルな音が鳴る。
祐次のスマホである。
ビクンッと全身を強張らせた祐次の代わりに、苺花が画面を見て、
「祐次くん。祐也さんから」
苺花に手渡され、画面に触れる。
「も、もしもし……に、兄ちゃん……」
『祐次! 大丈夫か! 哲哉から電話があった!』
「に、兄ちゃん……俺、訳が解んない……苺をだっこしてて、友達と話してただけなのに……何で、俺が犯罪者って書かれるの? 性犯罪者……未成年で子供がいる……警察に通報って何?」
ボロボロと涙がこぼれる。
「俺も、観月も何も悪くないのに、一緒に歩いてて何が悪いの? 何で?」
「ご、ごめんなさい! 祐次くん……私が……」
祐次が、スマホを差し出す。
受けとり、耳に当てた観月は、優しい暖かい声を聞く。
『こんにちは。来週、遊びに来る祐次の友達の観月ちゃんだね? 俺は祐次の従兄の祐也です。観月ちゃんは悪くない。大丈夫。安心して。何かあったとしても、俺たちがいるからね? 何なら早めに、こちらに来た方がいいと思う。これからすぐ、迎えに行くから』
「で、でも、私、お姉ちゃん……柚月おばさんがいて……」
『柚月さん?』
「お姉ちゃんに電話を掛けます。今なら出勤前なので……」
『じゃぁ、祐次に代わってくれるかな?』
「はい。ありがとうございます。祐也お兄さん……あの、祐次くん。祐也お兄さんが」
力なく頷き、すすり泣きながら従兄と電話をする。
「観月って、ちびつき~?」
周囲がピリピリと緊張している中、彪流が声をあげた。
「えぇぇ? お前が付き合ってるの?」
「……っ!」
滅多に怒らない観月だが、緊張感のない同級生の一言に、かっとなる。
「私が祐次くんと休みの日にお出掛けして、悪いですか? 武田くんには関係ないでしょう? 無神経です! はっきりいっておきますが、私の片想いです! そ、それに、どうしてここで、告白なんてしなきゃいけないんですか!……祐次くんにも言ってなかったのに……それに、何で、じ、自覚してなかったのに……言っちゃった……」
口を覆い、瞳を潤ませて呟く。
「恥ずかしい……皆の前で……言っちゃった……こんな時なのに……」
顔を覆い泣き出した観月に、祐次は抱き締める。
「み、観月! 泣くな! 頼むから!」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいから!……に、兄ちゃん! 後で! 待ってる! じゃぁ」
電話を切り、よしよしと頭を撫でる。
「お、俺も、観月が好きだから! だから、今は情けない顔で、ガキだけど、今度ちゃんと伝えるから……だから、これからも仲良くしてくれると嬉しい……と言うか、一緒にいられたら嬉しい……」
「本当ですか?」
「あぁ!」
泣き顔で告白している二人の周囲では、愛は、
「あらあら……」
と同じく泣きながら微笑み、苺花は娘を見て、
「どうしよう~? 苺。旦那さん探さなきゃ。苺は、ママに似ちゃったから、平凡だし……困ったねぇ?」
「苺花」
哲哉はため息をつくのだった。