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《それから》

観月みづき? どこにいるの? あの子達がいないのよ? 観月のところにいない?」


 母、柚月ゆづきの声に、自分の部屋のベッドに隠れている弟妹たちをちらっと見る。


 両親が結婚した翌年、観月に弟が誕生した。

 名前を決めようとしたものの、孫の顔を見た父たちが、微妙な顔をした。

 生まれたばかりなのにきりっとした眉、髪の毛も黒々としていて、父は祖父を見た。


「残念や……あてか柚月に似るかと思たのに、おとうはんや……」

「あてに文句を言わんといてくれへんか?」


 話し合い、あっさりと太秦うずまさとなった。

 その理由は、父、嵯峨さがの好きな、木造弥勒菩薩半跏像もくぞうみろくぼさつはんかぞうのある広隆寺こうりゅうじがある為で、次の年に生まれた女の子は嵯峨たちの母、美園みそのにそっくりだったので歌園かのんとつけられた。

 三番目に生まれたのが、先程抱きついてプルプルと震えていた幼女。

 母や観月にそっくりで……。


「……お、おもやし、したった……」


 べそをかく末っ子の初月ういげつである。

 三日月の別称で、早産で生まれた初月をそれはそれは家族は可愛がっていて……。


「ただいま、柚月、観月、太秦、歌園、初月?」


 父の嵯峨の声に、ベッドの中からコロンコロンと現れる。

 ドアを開け、玄関に向かい、


「おとうさん!」

「おかいりなしゃい」

「しゃーい!」

「あぁ、又、お姉ちゃんのところにいたの? お姉ちゃん大好きだもんね?」

「うん!」


飛び出してきた子供たちを順番に抱き上げ、頭を撫でる。

 そして、長女の観月も抱き締める。


「ただいま。観月」

「おかえりなさい。お父さん。そう言えば、ういちゃんがお漏らししちゃったって、着せ替えていたんです。……あっ! 手は洗ってますよ?」

「初月は今回は間に合わなかったんだね。でも、大丈夫。前できたから、次できるよ」

「できう? おとうしゃん」


 綺麗な顔立ちの兄たちに比べ、大きな瞳にまつげが長く、にこにことしている。


「あぁ、できるよ? あぁそうだ、お菓子を貰ってきたよ、おじいちゃんたちとおばあちゃんと皆で食べよう」




 あの日以降、柚月の両親も共に引っ越しをし、一緒に住むようになった。


 柚月の実家はあっても引き継ぐ人間がいないと売却し、そして、嵯峨と柚月と観月はそれぞれの家を引き払い、父、宇治ひろはるの仕事に問題のない建物建築費用や住まいになる田舎の家を探した。


 住む家は、一応隠居が二つあり、母屋に繋がった家で、嵯峨に売る少し前に、少し改築をしていたらしく、足りなかった駐車場は、横の農作放棄地をセメントで固めて、作ったのだった。

 そして、家だけの予定が田んぼに畑、竹林に山までついており、その管理をどうしようと嵯峨が頭を抱えると、柚月の両親が、


「わしらができる限りやるわ」

「庭も手入れしたいし、野菜も作って家で食べようかね?」


と嬉しそうだった。

 結婚式は慌ただしく、しかし梅雨にしては晴れた日に下鴨神社で挙式し、披露宴は嵯峨の幼馴染みや、やはり嵯峨や宇治の仕事関係者が多く、にこにこと柚月は微笑み、観月は紫野むらさきのたちと、その子供たちと喋っていた。


 そして、夏休み初日に、引っ越しと平行して準備していた田舎での結婚式に、どんちゃん騒ぎになった。

 お酒の好きな、お祝い事を楽しむ人々と嵯峨たちの将来を祝う人人……その中にはようやく退院しためぐみと、もう面倒はごめんと家を手離した不知火しらぬい家の4人がいた。


「招待して下さって、ありがとうございます」

「こちらこそ、来て戴けて嬉しいです」


 微笑むと、


「そう言えば、寛爾かんじさんは?」

「仕事を辞めました。で、健康ですし、愛が祐也ゆうやの近くに住みたいと言うので、こっちに夏の間に引っ越すことに。観月ちゃんも祐次ゆうじも、あれから休学していて、こちらの高校に進学するのでしょう?」

「そうですね。転校は観月にも祐次くんにも大変かとは思いますが……」


と言いつつ、きっての進学校からの転入であり、すぐに友人たちもできた。


 裁判はどちらも相手方の弁護士が、勝てる見込みはないと謝罪に慰謝料で済ませるべきとなり、受け取った不知火家ではこちらの土地を購入し、近所に住むようになった。

 祐次と観月は一緒に通学をしていた。


 そして、観月は風遊ふゆたちにテディベアを本格的に習うようになり、『Full Moon Festival』というブランド名で、テディベアコンテストに出品した。

 それ以来、時々イベントに行くようになった。

 大学は祖父の家があり、そこで生活をした。


 その頃、老人介護施設で曾祖母が亡くなった。

 何度か会いに行ったのだが、父を祖父に、母を亡くなった祖母と信じており、両手を合わせ、


「すいまへん、すいまへん……美園はん、あてが、あてが悪かったんや……赦しておくれやす」


と泣き崩れる。

 本当に苦しそうに、心残りだったのだろう、何度も頭を下げる。


「構いませんよ。おかあはん」

「いいや、あては、本当にまちごうた。今更やて解っとても……」

「おかあはん……解っとります。おかあはんの気持ちは、全てとはいえまへんが……」


 柚月は手を握り、微笑む。


「おかあはん。ありがとう。あてを思てくれて、ありがとう」

「美園はん……」


 安堵したのか、嬉しそうに微笑み、


「ありがとう……」


又明日も来ると伝え、帰った翌日の早朝、電話がかかり、曾祖母が眠るように逝ったことを知らされた。

 駆け付けた家族の中で、意外というか、泣いていたのは嵯峨……。

 微妙な関係だった祖母との別れに涙する。


「キラいやと思とりました。でも……こないに小さい人やったんやなぁ……」


 瞳を潤ませながら、宇治は、


「ばあちゃんは……じいちゃんと同じお墓がよかろ……時々会いに行ける」


と京都で葬儀をした。

 ちなみに、観月が大学を京都の大学に選んだ時に、嵯峨が、


「観月と別れて過ごすのはいやや。家族で京都に住みます!」


と、一時的に引っ越し、卒業後、元の家に戻った。

 観月はテディベア作家として生きることも考えたが、父の脛をかじるのも良くないと必死に勉強し、試験を現役で合格し、就職した。


「お父さん。あ、違った、先生。少し後で相談に乗って戴けませんか?」

「ん? なぁに?」


 キャハキャハと楽しそうな子供たちを抱き上げていた嵯峨は、観月を見る。


「後で、書斎に伺いますね?」

「解ったよ。はーい、順番。喧嘩しない~」

「うわあぁん。みるきちゃん~」


 初月は兄弟に負け、泣きじゃくる。

 観月は抱き上げ微笑む。


「はーい、ういちゃん。お母さんのところに行こうね? おじいちゃんとじいじとばあばがいるからね?」


 親子は母屋に歩いていくのだった。

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