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《決意》

 穐斗あきとの額の怪我は、思ったよりも軽く出血が多かっただけだと診察をした宇治ひろはるは消毒をして薬を塗り、ガーゼに、頭にネットを被せる。

 しかし、石が当たり、衝撃で尻餅をついた時に腕が骨折しているらしく、救急病院に連絡をし、車で運ぶことにした。

 運転は嵯峨さが、穐斗の母の蛍と柚月ゆづきと共に車を走らせる。


「……おかあさぁん~!」


 うえっ、うえっ!


しゃくりあげる穐斗に蛍が、


「大丈夫。後でパパ来るからね?」

「うぇぇぇ、パパぁぁ……!」


蛍と、姿は悲惨だが穐斗は本当に瓜二つである。

 宇治は、


「大丈夫や。ちょっと写真を撮ってもらおな? 足の怪我も擦り傷や。今は痛いと思うけど、ぼんはええ子やなぁ? じいちゃんの手当ての時、よう泣かんかった。しみるのに我慢でけたなぁ。嵯峨はよう泣きよったのに」

「おとうはん。昔のことでしょう? 今さら……」

「いやぁ、穐斗はええ子や。もう少し我慢したら、じいちゃんが穐斗にだけエェもんをこうたるわ。皆には内緒やで?」


ヒクッヒクッしゃくりあげていたものの、穐斗が、


「おじいちゃん……穐斗、おうちの近くに病院がいい。お医者しゃんいないの。でね? 風早かざはやお兄ちゃんがお医者しゃんになるんだって。おじいちゃんたちも毎週、町の病院にいくんよ? 一日がかりで疲れたなぁって……近くにあったら良いのにって……穐斗もお医者しゃんになる……病院あったらいいなぁ……」


呟く。

と、蛍のスマホが鳴り、取ると、


『蛍? 穐斗は?』

「あぁ、祐也! 今ね? 市立病院に行くところなんよ。骨折してるみたいやって。嵯峨さんのお父さんが他の怪我は診てくれたんよ」

「ぱ、パパぁぁ……」

『穐斗、パパは先に病院におるけんな? ママと来るんで?』

「うんっ……」

『エェ子や。でも良かったなぁ……嵯峨さんのお父さんに見て貰えて……』


祐也の声は安堵しているらしい。


『じゃぁ、蛍。頼むな……』

「うん」




 宇治も気疲れしそうな程時間がかかり、病院に到着する。

 祐也の電話の前に、前もって宇治が怪我人の様子を説明しておいた為、すぐにレントゲンを撮り、単純骨折だと確認されたものの、行くまでの間、痛みに小学生の子供にはかなりの負担である。

 ギプスに、軽い擦り傷の治療を見送った宇治は、後を追いかけてきた醍醐だいごと、息子夫婦と待合室で、


「……なぁ、相談なんやけど。あての病院から派遣……いや、あて自身が、あの地域に小さい診療所でもえぇ、できへんやろか……」

「はぁ?」


初耳の一言に、嵯峨も醍醐も呆気に取られる。


「穐斗が泣きよった……我慢しよる穐斗に何が欲しいか聞いたら、病院やて言うたわ。お医者さんやて。それに地域には、本当にあてやそれ以上の年のもんが多かろう? 毎週、車で向かうんは大変や。買い物は仕方ない。でも、病院は近くにあった方がええ……あてもこの年や。そやさかい、向こうの病院でふんぞり返っておるよりも、これからはのんびりとしつつ町のお医者さんになって、少しでも町の人に負担にならんように……」

「でも、おとうはん、年やないでっか?」

「うちのおとうはんよりも上。父さんと変わらん位やったと思う……」

「年は言うな! それに……あては、美園みその伏見ふしみの近いところにおりたいんや……今さら、京都の墓になんて可哀想やないか。こんなに美しい静かな所で、眠らせてやりたい……それだけや。あても、出来ればあの墓に入る……」


 真剣な冷静な声に嵯峨は、柚月を見る。


「柚月……私は医者でもありませんし、看護の勉強もしていませんが……おとうはんが望むのなら、出来る限りしてあげたいんです。でもおとうはんはここに移るにしても、京都の病院は医療法人。おとうはんは理事長としてして貰わなあきまへん。それに、こちらは収入は本当にないと思いますよ?」

「利益やないわ。あては決めたんや。京都の病院は一応あてが理事長におっても、将来的には嵯峨、お前の子供か、風早て言うとったか? そのぼんが医者になりたいなら譲ればエエんや。それに、あてが育てた後継者がおる。任したってかまいまへん」

「おとうはん、でもな?」

「嵯峨さん? お父さんが決めたのですから……」


 柚月はそっと告げる。


「でも、おとうはんがこっちに来てしまったら、おばあはんや病院はどないするんか……」

「財産はばあさんからもろとらせんよって、ばあさんはあてやのうて、嵯峨に渡すやろ」

「えろう迷惑なもんを……」

「で、あての財産は、観月みづきに譲るわ」

「はぁ? おとうはん、もっとったんでっか?」

「一応なぁ……あ、遊ぶ金やない。会合とかあれこれや」


 必死に言い訳ではなく、説明する。

 昔のように、伏見ふしみがいつのまにか引き取られたりと言うこともない上に、ここ数日で、母命が良く解った為、頷いておく。


「解っていますよ。でも、おとうはん。観月は、財産や言われても困りますわ」

「観月はあての孫や。ある程度のものは与えてやりたい。……お前や伏見にやれんかった分もや! その為なら宮坂の爺いにも、裏から手を回しておくわ」

「それよりも、診療所の設備に投資しましょうよ」

「ウムム……だが、観月に……」

「後日着物とか、新しくこちらに引っ越したいので、家を改装しませんか? 診療所とは別に家を。4人で……おばあはんは京都で住みたいでしょうし……向こうの家はそのままに残しませんか?」


 嵯峨は提案する。


「柚月はこの父を監視して下さい。頑固な人なので。看護師として……」

「こちらで住むのですか? では、祐也さんたちの近くに住みたいですね。病院は、道沿いに建てられたら……でも、観月は学校は……」

「転校……駄目ですかね?」

「相談してみましょうか?」


 3人は微笑んだ。

 親子として、暖かく将来を見つめられる繋り、温もりを取り戻したようだった。

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