《家族》地域のこと
宇治が麒一郎と共に歩いていった場所は、テントで座って飲み食い、おしゃべりに興じるのは、麒一郎や宇治と同年代から年上が多い。
テントの売り子もほとんどそうで、一人見えたのは嵯峨や伏見の幼馴染、醍醐である。
子供たちを両手に、そして肩車して歩いている。
醍醐の子供たちだろうか?
「あぁ、宇治さん。あれがわのとこの孫、醍醐と風遊の子供たちに、風遊の孫……ひ孫やなぁ。あっちで遊んどんのが、日向の息子の風早と那岐。小さいんがひ孫の穐斗や。それに、茜に教護に暦はサキの子供や。おぉ。よう来たなぁ? ロナウドにクリスティン」
「おじいちゃん!」
「パパがまた大暴れだよ?」
顔立ちは幼いが、金髪とアイスブルーの瞳の子供たちである。
「困ったもんやなぁ。あぁ、宇治さん。この二人が祐也の兄の子供なんや。二人とも、嵯峨のお父さんや。ちゃんとあいさつせぇよ?」
「こんにちは! クリスティンです」
「ロナウドです。おじいちゃん。こんにちは!」
「えぇこやなぁ。あては大原宇治や。おじいちゃん呼んでくれるんか? ありがとう。よろしゅうに」
「クリスティン、ロナウド?」
姿を見せたのはスラッとした長身、ナチュラルメイクの美女。
艶のある金髪にアイスブルーの瞳である。
ラフな格好だが、一方的に知っている。
映画やドラマで出演する……。
「ヴィヴィアン・マーキュリーはんでっか? あ、あては大原宇治どすわ、嵯峨のてておやどす……」
「はじめまして。嵯峨兄さんのお父さんですか、いつも嵯峨兄さんにはお世話になっております」
「いやぁ……お世辞やのうて……映画よりもべっぴんはんやなぁ……」
「まぁ、ありがとうございます」
ニッコリと笑うと、知的で冷たい印象が柔らかく、優しげになる。
「嵯峨兄さんは私のお兄さんですわ。お父さんは、じゃぁ、私のお父さんですね」
「あての娘! べっぴんはんが多いわ……柚月はんすら、勿体のうて……」
「素敵な人ですものね。でも、嵯峨兄さんもお父さんも素敵です」
「ねぇ? ヴィヴィ? 紅どこ?」
『あっ! ランスロット! 行くぞ!』
ロナウドが突進するのを抱えあげ、
「ロナウド。兄ちゃんはウェインでしょ? このやんちゃ坊主」
「ウェイン。嵯峨兄さんのお父さんよ」
「あぁ、初めまして。私は、ガウェイン・ルーサーウェインです。ウェインと呼んで下さいね? 伯父さん」
「えっ?ガウェイン・ルーサーウェインはんと言うと、あの、ランスロットや最近は……」
美男美女である。
10年程前の、今でも話題に上る『アーサー王伝説』のアーサーの王妃グェネヴィアと、湖の騎士ランスロットを演じた二人である。
確か、演じた際は二人は20歳前後だったはずだが、演技力はもちろん美貌に、二人の親密さに恋人かと噂されたのだが、お互いに別の相手と結婚をしたらしい。
「あれ? そう言わはったら、安部はんの……」
「私の妻の兄がヴィヴィと結婚したんです。私とヴィヴィは幼馴染なんですよ」
「はぁ……」
そう言えば、息子の幼馴染みの標野の結婚の時には、大騒ぎになったはずである。
「でも実は、私は、もっと前に京都で風遊や醍醐、忘れているみたいですけど、サキさんやシィさんに嵯峨さんとその弟さんだと思いますが、会ったことがあります。櫻子おばさまだけではなくて、多分嵯峨さんのお母さんにも」
「えっ?」
「ちょっと待って下さいね?」
ヴィヴィは持っていたバッグからアルバムを出すと、
「この写真、私と風遊と穐斗……風遊の息子で、蛍の双子の兄です。そして醍醐と櫻子おばさまと撮ったんです。私は、日本語がほとんどできなくて困っていたら風遊が『ここが一番美味しいお店よ』って。本当に美味しくて、それに美しくて……喜んでいたら、おばさまが笑ってくれたんです。『あてのだんはんが作りましたんや。味はあてが保証しますえ?』って、写真を撮ってくれたのが、確か嵯峨さんです。で、今度は、シィさんが撮ってくれました。こちらが嵯峨さん、そしてお母さんと弟さんですよね?」
「……美園……伏見……この頃は……」
「確か、20年ほど前ですわ。醍醐は私より一つ下で、伏見さん? えと、フミちゃんとお母さんと櫻子おばさまが呼んでいました。私より二つ上で、嵯峨さんが私と会話をしていると、ムゥゥっとした顔をしてました。嵯峨さんは大学受験を控えていて、息抜きがてらここに来るのだと言っていました。『私は手先が器用じゃなくて、叔父さんや父のように器用だったらと思うんだ。それに、シィはうるさいだけじゃなく器用で、サキは少し不器用。でも、叔父さんのような職人になりたいって言ってる。でも、私はそんなに父のようになりたいとかは考えてないんだ。……伏見が医者になりたいって言ってるから、跡取りには問題ないし、私は法律を勉強したい』と。私は凄いですねと言いました。嵯峨さんは『医者としては失格だけど、別の面からサポート出来ればと思ってるんだ』とまっすぐな目をしていました」
「……嵯峨がそがいに……」
「大体10年経ってお会いしたら、私も最初は印象が変わっていて解らなかったです。でも、真っ直ぐな瞳は変わりませんね。あ、この写真差し上げます。もう一枚も……」
写真を抜き取ると差し出す。
「えぇんですか? 大事な……」
「おじさまにとって大事な写真だと思います。持っていて下さい」
差し出された写真を受け取り、先程見た写真から二枚目を見ると、
「……これは……」
嵯峨に伏見が後ろから抱きつき、よろけるのを美園が慌てて支えている。
普段は無表情に近い嵯峨には珍しい驚いた表情と、家では大人しかった伏見が楽しそうに笑っている。
そして、その兄弟の様子にあきれているのか、苦笑している美園。
「……嵯峨さんには見せてないんです。偶然シャッターを切ったので。でも、おじさまには持っていて貰えたらと」
「……ありがとう……」
涙をこらえ……ヴィヴィを見る。
「美園や伏見の哀しげな顔の写真はあっても……笑うとるのは数える程で……特に伏見のいけずなのは……ありがとう……」
「いいえ。でも、おじさま。フミちゃん……伏見さんに似てますね。嵯峨さんはお母さんに」
「そないやろか?」
「えぇ。良く似ています」
「それは困ったなぁ……」
目をぬぐいながら笑う。
「美園に似たらえらい優しい子や。でもあてに似てしもたら、頑固であきまへん」
ヴィヴィは微笑む。
「フミちゃんは『あてはお父はんとお母はん大好きや。でも、おにいはんは一番好きさかいに、ヴィヴィにはやらしまへんえ!』って。嵯峨さんが『こら、喧嘩はあかんえ?』言うてました」
「……そうやった。伏見は……」
ほのぼのとしかけた時に、会場の奥で激しく泣きじゃくる声が響く。
「穐斗!」
「何かあったんか!」
ロナウドを置いて走っていくウェインと、日向が人々の間をすり抜けていく。
胸のポケットに写真を納めた宇治も、近づいていく。
「わぁぁん!」
血まみれの穐斗は倒れ込み、その側には真っ青な顔の幼馴染みの風早と那岐。
「何があったの?」
「穐斗!頭か?」
二人に、宇治が声をかける。
「見せてみい。あては医者や。穐斗やったな? じいちゃんに痛いところ言えるか?」
「う、うぇぇぇ……」
「風早。何があったよりも、穐斗はどこを怪我しているか解るか?」
「えと、な、那岐が……」
ちらっと弟を見る。
「石を蹴飛ばして、危ないからっていってたら……ふんって」
「わざとじゃないもん! 穐斗がいたんだもん」
「言い訳をするんじゃない! 病院に!」
「えっとなぁ……嵯峨。車ん中にあての鞄がある。取ってきてくれるか? それと、ちゃんと傷が見たいさかいに、学校の保健室の様なところに運んで貰えんかな? 穐斗ぼん? しばらく我慢してくれんか?」
ウェインが抱き上げ、担架に寝かせると祐次と運んでいく。
打っていて、出血しているのは額と膝、そして転倒した際に腕を痛めているようである。
「消毒薬と包帯、腕の様子を見て、単純骨折なら一時的に処置をして病院に運ばなあかんな……近くに病院は?」
祐次は答える。
「じいちゃん。小さい内科でも、車で10分走ったところで……大きい病院は30分。救急車呼ぶ間があったらこっちから言った方が早いと思う。ここは過疎地域やけん。郵貯や交番、小さい店はあっても、病院はないんよ。大きいスーパーもな。やけん、兄ちゃん達が交代で車を出して病院の送り迎えや、買い物に連れて行きよる。まぁ、スーパーもなぁ。こんな小さい地域に店は出せまい。でも、病院でも診療所でもあったら、こんな時に何とか出来るのに……」
「……そうか……」
「穐斗の傷も大丈夫やろか?」
しゃくりあげる穐斗の傷を、宇治は確認しつつ運ばれていくのだった。




