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《和解》

 観月みづきは丁度、お手洗いにいた。

 お手洗いは倉庫がわりの体育館と学校の本館にあり、表向き、お客様は体育館を利用していたが、本館を裏側から入って出てきたところだった。


 マイクの声が響く。


『観月!』


 はっと振り返る。

 何処かで聞いた……マイクの声が、自分を呼ぶ。


 誰の声……?


 キョロキョロとすると、本館の音声施設室から血相を変えて出てきたのは、祐次ゆうじである。


「観月!」

「どうしたの?祐次くん」

「こっちに! 何か、警備していたじいちゃんを突っ切って、正面玄関に乗り込んできたんだ! こっちに行こう。彪流たける達がいた!」


 祐次は観月の手を引くと、閉鎖されている本館の正面の出入りができる場所に近い、職員室に身を隠す。

 職員室なら、校庭の様子も見られる。

 祐也ゆうや日向ひなたが、4人に近づいていく。


「何をしとんのや! 正面玄関から突っ込んできて! 警備員のおいちゃんも迷惑や、駐車場に案内も迷惑や、はよ帰ってくれへんかな!」

「何度も制止したでしょう? どうしてここに来たんですか?」

「私の両親を誘拐した人間がおりまして」

「は? 誘拐? 武田のじいちゃんとばあちゃんは過労で寝込んどるわ。あんたらみたいな馬鹿な親子のせいや!」


 祐也は嗤うと、早口の英語で武田大和たけだやまとと彪流に話しかける。


「へ?」


 祐也は帰国子女であり、ネイティブな英語にスラング混じりでもある。

 困惑する親子にせせら笑い、


「これ位も解らんのか? アホやな。俺はこう言ったんや! 『日本では礼儀を重んじる国で、その礼儀を忘れた阿呆が、ようのうのうと親に顔見せられるもんや!』て。武田大和。俺はあんたの実家の隣が生家の、旧姓は安部あべ安部朔夜あべさくやの息子や。父が迷惑しとったで? お前の息子がしでかしたことに謝ったり、お茶やお菓子を出しに行きよったんは師匠に奥さん。もう疲れたて奥さんが隣の家の母に言うて、俺の実家に行ったんや。それのどこが誘拐? いうてみい」


と言い放ち、日向も後ろから近づいてくる父親がわりの醍醐だいごの父、嵐山らんざんをちらっと見る。


「宮坂はんやないか。京都で忙しいあんさんが何しにきはったんや? 京都の上賀茂はん、下鴨はんとこ怒らして、結婚できんなったんやなかったんやないかいなぁ?」

「そう言えば、お孫はん。お宮参り、何時しはりましたん?」


 櫻子さくらこは問いかける。


「この後やと、梅雨になりますよってに、お孫はんも大変ですわ。早めにいかはらな……」

「あんさんとこの兄が言うたんやないか! あての娘夫婦の婚礼を潰した上に!」

「家のあにさんは、婚礼の準備の話し合いにもきぃへん、準備もせぇへん、しまひょか? と言うたら『その分はあては手をだしとらんさかいに、婚礼の費用から差し引いとくれやす』と言われるんやて困っとったあにさんは、弁護士はんに相談されたて聞きましたえ? 潰した言わはるけど、今月末の婚礼の準備に、新郎新婦や親も顔をださひん、相談もしに来ん言うんは、あてのあにさんにというよりも神はんに失礼やおへんか?」


 普段はコロコロとよく笑っている櫻子が、眉をつり上げている。

 生まれた家が賀茂の家であり、名家の令嬢、それ以前に厳しく自分の立場をしつけられた櫻子は、甘いものは知らないのだ。


「神はんに失礼や! それに、金がどうのよりも神はんにも思いはありますえ? 約束破りで、全く言うことも違うもんよりも、きちんと礼儀を尽くす相手を祝福しはるんやないですか?」

「何ぃ!」

「その前に宮坂の……」


 後ろから声が響く。

 櫻子と嵐山は唖然とする。


「悪いと思うとるさかいに、けど先に聞きたいことがあるんや。先日、あてとこの病院に、酷い症状の患者が運び込まれた。前日倒れて救急車で運ばれたけれど、ろくに診察もしてくれず帰された。でも、調子は悪くなる一方……で、診断をしたら、心筋梗塞寸前の狭心症やった。夜診断しとったら、もっと軽ぅて済んだのに。患者はんは長期入院や。名前言いまひょか? 誰が診断したか、そして患者はんの名前も! 患者はんの家族は本気で怒っとった。訴えるてな。あてもその時には、診断書などを提出することにしとるさかいに。前もってあんたの病院が証拠隠滅せんように、伝えときました。それと、弁護士の紹介もや」


 大原宇治おおはらひろはるである。


「ここで何をするんかしりまへんが、自分の起こしたことを何とかせんでかまいまへんのかな? 暇なんやな」

「お前に言われたく……」

「あては長期休暇中や。ばあちゃんをしばらく介護施設に預けてきたわ。最近本人には言えんけど、ボケが悪化してな……しばらく夜昼介護で厳しいわ。年は取りたないなぁ……それに比べ嵐山はんは、昔から変わらんなぁ。羨ましいわ」


 嵐山は苦笑する。


「あんさんは、あてとそうかわらしまへんわ。あての方が年下や」

「あてよりも嵐山はんは羨ましいわ。それに、真摯に仕事に家族に向き合えんかった……今さら、自分の身勝手さと老いに孤独と後悔に苛まれとる。あの時、自分の選択が……言うて」


 自嘲する。


「あっ! 祐次に観月!」


 キョロキョロしていた彪流が校舎の中にいる二人に気がつき、指を示す。


「黙れ!」


 一平が彪流を投げ飛ばし、祐也と日向達が3人を捕まえる。

 その間に醍醐が二人を守るようにして連れてくると、駐車場から降りてきていた嵯峨が、


「駐車場に登らずに、突っ込むとは……観月! 無事ですか?」

「お父さん! お帰りなさい!」

「あぁ、良かった! 大丈夫ですね?」


 駆け寄ってきた娘を抱き締め、そして怪我はないか確認する。


「お父さん! 祐次くんが、隠れていようって。さっきまで」

「祐次くん! ありがとう。それに皆さんも!」

「お父さん? お母さんは?」

「あっ!……すみません。観月のことが心配で、坂をかけ降りて来ました」


 ちょうど降りてきた柚月ゆづきは、


「もう、嵯峨さんは観月のことで頭が一杯になって、走っていったのよ? 大丈夫だと思って、お父さんたちとゆっくり降りてきたわ」


と嬉しそうに笑う。


「あ、先日はどうも。大原先生」

「あぁ、あんたかな……仕事の時とは本当に違う顔やなぁ……」

「一日中、あの顔はしませんよ。それに、会いに来て下さったんですか?」

「いや……あそこの……件でな」


 と言いつつ、昔から無表情の息子が、目の前で少年と娘になるらしい少女の取り合いを始めるのをちらっと見る。


「こんな子やったかいな」

「嵯峨さんはいつもこうですよ? 嵯峨さん。観月はいなくなりませんから、祐次くんと喧嘩しないんですよ」


 柚月はたしなめ、捕まえられた4人を見、


「……話は聞いていたけれど、本当に最低だわ! 兄さん……とも呼びたくもないわね。帰って下さい。観月は私の娘です! 私が婚約者である……今月末に結婚する嵯峨さんと育てます!」


厳しい声で、看護師の報告のように告げる。


「そして、武田彪流さん。貴方は解らないのですね? 自分の名前がTwitterでばらまかれてみて下さい。貴方の曖昧な情報で私の家族や祐次くんの家族、そして周辺が本当に迷惑を被りました。学校にも通えない、会社を辞めざるを得ない、生活費にも事欠くでしょう。その分の損害は弁護士に依頼しました。支払って下さい。お父様ですよね? 貴方も同様です。ネットで私たちの情報を盗み見る。最低ですよ? 個人情報保護法知らないのですか? 馬鹿ですか?」


 冷たく言い放ち、娘を抱き締める。


「祐次くんだけでなく、私たちも被害者です。貴方方はご自分が被害者だと思ってますよね? バカ言わないで下さい。そして、こんな非常識な行為を慎んで下さい!」

「無職のお前が観月を育てられん! それに、その弁護士とも両方の利益で結婚したんやろが」

「恋愛結婚です! それに、職はすぐに探します。ご心配戴かなくとも結構です」

「あぁ、そうや……」


 宇治が声をかける。


「こんなところで悪いんやけど……柚月はんやったなぁ。お願いがあるんやけど、就職して貰えんやろか」

「就職ですか?」

「あぁ、あての病院の理事兼看護師として働いて貰えんやろか。あてもこの年や。ばあちゃんもボケ始めとる。後継者はおらん。どうやろか?」

「でも、京都のあの救急病院ですよね……」

「一応なぁ……あてのところは頭の固いんはあて位で、次第に若い人材が中心になって動いとる。小児病棟は周囲が小児科に力をいれんさかいに、優秀な人材を確保に必死や……柚月はんは個人情報と言うよりも前に勤めとった病院の院長と個人的に知り合いやて、聞いてみたんや……引き留めておけば良かったて、後悔しとるて……」

「あのっ!」


 嵯峨は口を挟もうとするが、宇治はじっと見る。


「あては優秀な人材を探しとる。あんさんは子育てしつつ仕事をして、環境を整えるんは考えとらんのかいな? どうやろう?」

「何をいっているんですか! 柚月は私の……」

「お前が、家を嫌がっとるんはよう解っとる。だが、あては患者はんの為を思って、看護師の資格を持っとる柚月はんに理事兼看護師として、病院の将来を考えなあかんと思たんや。考えて貰えんやろうか?」


 父親の腕の中で、両親と老齢に差し掛かった男を見上げていた観月は、目の端に映ったものに声をあげた。


「お父さん! おばあちゃんとおじさんのお墓から、風船が空に昇ってる!」

「えっ?」


 空を見上げると、昨日お祭りで購入して御供えした風船が、青い空に鮮やかに漂っている。


「お父さん。きっと、おじいちゃんにここにいるよっていってるんだよ、おばあちゃんとおじさん」

「……美園みその……伏見ふしみ……が、ここに……?」


 風船の昇ってきた辺りを必死に見つめる宇治を、嵯峨は柚月と目を合せ頷いたのだった。

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