《手》
一年生の時に同級生だった祐次と、二年生になって同じクラスになったのは彪流。
彪流は入学式のクラス確認の時に、丁度隣にいたらしく、一応ざわめく同級生を大人しくさせていたらしい。
「あぁぁ! キティ!」
二年生になった時に、観月が教室にはいると、声が響いた。
瞬間にギュウギュウと抱き締められる。
「うぅぅぅ~?」
「oh my little girl!」
「アホか! 尾崎豊かよ!」
背後から声が響き、
「うわぁ! イッタァァ!」
「痛くないようにしてるぞ、何ならセクハラ魔として、先生につき出しても良いぞ?」
「何だよ~! 祐次~!」
「軽々しく人の名前を呼ぶな! 名字で呼べ!」
「読めないんだもん! 何て呼ぶの?」
首を傾げられ、祐次は観月を庇いつつスッパーンと叩く。
「この程度の名字、読めないで、よく受験合格できたな……」
「わーい! キティ! 誉められたよ!」
「アホか! 呆れてんだよ! それに、キティって何だよ!」
「え? キャラクターじゃないよ?」
「解っとるわ! 俺の従兄姉たち国際結婚しとるわ! キティは幼児語で『子猫』。ついでに、自分の彼女をからかう時に使うんだ! ボケ!」
スッパーン。
もう一回頭を叩く。
「おい、大塚。こいつには近づくな? 変態だぞ!」
「失礼な。可愛くて子猫みたいだからキティだよ! じゃなかったら、えっとちびづき!」
「お前はぁぁ! お前が失礼なんだよ!」
祐次は懐にはいると、一本背負いを決めた。
「おい、大塚! もう、絶対にこいつに近づくな! 変態だぞ! いいな?」
「イテテテテ……失礼だよ! 祐次~! あ、祐次。祐次の従兄姉が、誰と結婚してるか、俺知ってるけど~?」
「はっ? 言っていいぞ? どうせ本当のことだし、俺の従兄は、イングランドの旧家の令嬢を嫁さんにしたけど? 従兄も一応カナダ国籍を持ってるから国際結婚だよな、で?」
腕を組み、彪流を見る。
それはいつもと空気が違い、静かで鋭い。
「……おい、人の個人情報を面白おかしく言いふらす暇があるなら、本気でやれ! それにな……? お前のそのただ面白がってヘラヘラしてるの、俺は大嫌いだ! ついでに、嘘を並べ立てるのもな! あぁ、言っておくが、俺の従姉は安部媛だ。それが悪いのか?」
「……えっ?」
周囲はざわめく。
国際試合にも出場する女性柔道家である。
「父さん……父が不知火寛爾だ。媛姉ちゃんの旦那が京都出身の和菓子職人だ。もっと知りたいか? お前が喋らせたと、媛姉ちゃんの旦那の知人の弁護士に訴えてもいいぞ? 俺の従兄が……」
「わ、和菓子! 不知火くん! 和菓子って、もしかして、京都の有名な京菓子のお店の『まつのお』の二号店? この町にある?」
背後から声が響く。
振り返った祐次は、
「あぁ、媛姉ちゃんの旦那が松尾標野。シィ兄ちゃんだ。知ってるのか?」
「うん! 何回かおばあちゃんが買ってきたことがあるの。美味しいの。老舗ののれんわけって凄いね!」
「まぁ、あの性格は置いといて、和菓子への態度は凄いな……よく、実家に戻っては師匠である伯父さんに習いに行ってるって言ってた」
「うわぁ……凄いね!」
目をキラキラさせる観月に、照れたように、
「じゃぁ、今度連れていってやるよ。シィ兄ちゃん、お客大好きだから」
「本当に? ありがとう!」
「はいはーい! 俺もいい?」
「呼んでねぇ! 行くぞ、大塚」
観月の手を取り、すたすたと教室にはいっていった。
後日、祐次は観月を標野の店に案内し、
「ボン、かいらしい子連れてきたなぁ。ようこそ」
「シィ兄ちゃん! いい加減、ガキ扱いすんなよ!」
「いやぁ、若こうてエェなぁ、思てな」
「あ、そう言えば、兄ちゃん、もうすぐ40だ」
「失礼な! あては、今年38や!」
標野は細身の為、まだまだ成長期で体格のいい祐次を睨む。
「そっか……俺が生まれた時、20過ぎてたんだな~兄ちゃん」
「ぐっ……」
「あははは! 言っちゃえ、言っちゃえ、祐次」
出てきたのは祐次からして小柄だが、観月からすると頭一つ大きな女性。
「あ、媛姉ちゃん。クラスメイトの大塚観月。大塚? この人が媛姉ちゃん」
「は、初めまして! 大塚観月です」
「……うわぁ……可愛いわ……。やっぱり祐次も……」
呟くと、思い付いたように、
「観月ちゃん。媛です。よろしくね? ね? 写真撮ってもいい?」
「あ、私も良いですか?」
「えぇ!」
祐次がスマホで撮影させられる。
「あ、祐次。シィにとって貰うから、コッチコッチ。祐次のスマホもね」
「あ、兄ちゃん。これ! ここ! お願い!」
「あてはのけもんやなぁ……辛いわぁ……」
等といいながら3人を撮り、そして、
「祐次。背が違うから、観月ちゃんだっこして、撮るわ」
「えぇぇ! お、重いですぅ!」
「いや、お前痩せてるから」
ひょいっとお姫様だっこをすると、ツーショット写真を撮る。
観月と祐次のスマホに納めると、二人のようすを尻目に、スマホを操作する媛。
何をしているのかと思えば、
「祐次と観月ちゃんのツーショットを、お姉ちゃんとお兄ちゃんたちに送信しといた~!」
「えぇぇぇ! 姉ちゃん! どこに拡散した~?」
「祐也お兄ちゃんに一平兄ちゃんに、紅姉ちゃんよ……あ、早速返信が来た」
入ってきたメールには、
『祐次の彼女~? 初、彼女おめでとう~! 今度お祝い送るわね~!』
とあり、祐次はやさぐれる。
「くぅぅ……くれ姉ちゃんめぇぇ!」
「あ、蛍ちゃんだ。もしもし? 蛍ちゃん? 元気?……うんうん、今ね、来てるのよ~祐次……うん、うん……あははは!丁度、皆でいたの?……うんうん……」
笑い転げる媛の横で、スマホが鳴る。
「……ゲッ! 英語苦手なのに、俺……」
「誰ですか?」
「一平兄ちゃんの奥さん……」
ため息をつく。
背伸びをしてスマホの画面の名前に、
「えぇ?ヴィヴィアン・マーキュリーさん!」
「あぁ、うん。一平兄ちゃんと結婚してる……えっと、ハロー! ヴィヴィ!」
声をかけると、
『よー! 祐次。オレオレ!』
と言うのんきな声に、気力が失せる。
緊張して損をした……従兄の一平である。
「一平兄ちゃん! いい加減、ヴィヴィ姉さんの電話でかけてくんなよ! 緊張するだろ!」
『ヴィヴィの方が、祐次に嫌われてるかも……って言ってたぞ。おーい、ヴィヴィ。ロン! クリス! 祐次だぞ~』
『お久しぶり。祐次。私も頑張ってるのよ? それとも嫌い?』
「久しぶり。それよりも違う~! 俺が英語がどうしても苦手で、ヴィヴィ姉さんに話せないから!」
『ウフフ、ありがとう。それよりも本当に可愛いフォトね!』
クスクスと笑われ、咄嗟に、
「大塚! ヴィヴィ姉さん」
「えっ? えっ?」
受け取った観月は、
「あ、あ、初めまして。マイネームイズ観月・大塚。えっと、観月と呼んで下さい」
『こちらこそ、ヴィヴィアン・マーキュリーです。ヴィヴィって呼んでね? 本当に可愛いフォトだったわ』
「背が低くて……不知火くんととても差があるので……重たいのに」
「それはない! 俺は筋力トレーニングしてるから、大塚位なら楽々! 軽すぎる位!」
「ポチャチビ……」
「華奢で可愛い!」
と言うよりも、どこにポチャがあったと突っ込みかけてやめた祐次である。
祐次が触ったのはお姫様だっこの時と、手を繋いだ時と去年の肩に乗せる程度である。
「あ、手が柔らかかった!」
『あはははは! 祐次。やっぱり可愛いわ!』
ヴィヴィに笑われる。
『ミヅキ。もしよければ、アドレス交換をしてくれないかしら?』
「えぇぇ! いいんですか?」
『えぇ。ついでに、ヘタレの番号を教えてあげるわね?』
「ヘタレ……?」
『私の幼馴染みで、私の親友の紅の旦那よ』
コロコロと楽しげに笑う。
『じゃぁ、番号は祐次と観月が赤外線通信で繋げて、祐次から送って貰うわね。そして私から電話をさせて頂戴ね? じゃぁ後で』
と電話が切れる。
祐次はため息をつくと、
「……赤外線通信しようか」
「えっと……どうすれば良いですか? 私、取り替えたばかりで……」
「あぁ、えっと……」
受けとり操作をすると、情報を交換する。
そして、メールを送る。
するとしばらくして観月のスマホに電話がかかる。
「も、もしもし……大塚観月です」
『初めまして。ガウェイン・ルーサーウェインです。よろしくね? 祐次の兄です』
「え、えぇぇぇ? 不知火くん、ガウェイン・ルーサーウェインさんの兄弟!」
「ちっがーう! ウェイン兄さんは、媛姉ちゃんの姉ちゃんのくれ姉ちゃんの旦那~!」
祐次は慌てて答える。
『今度、そちらに遊びに行くので、祐次と一緒に会ってくれると嬉しいなぁ。よろしくね?』
「よ、よろしくお願いします」
その日、観月のスマホの電話番号登録が一気に増えたのだった。
その日、帰る時に、
「はい、観月ちゃん。お土産に持って帰って。又、来てくれると嬉しいなぁ」
「ありがとうございます!又、お伺いします!」
「その時には祐次とおいでな?」
媛と標野は並んで見送る。
「じゃぁ、帰るか」
「ありがとうございます! 本当にとても楽しかったです」
顔をあげ、目をキラキラさせる。
「京菓子が美味しかったです! 本当に嬉しいです。でも、戴いて良かったですか?」
「兄ちゃんは美味しいって喜んでくれて、食べて貰えるのが嬉しい人だから」
「あ、あの……」
「何?」
立ち止まった観月は背伸びをする。
ん?
と首を傾げると、
「あ、あのね?不知火くんは、わ、私の……一番仲良しのクラスメイトだから、あの、不知火くんのお兄さんたちがすごい人でも、変わらないからね?」
「……大塚」
「だから……仲良くしてね?」
帰り、祐次はちょこちょこと歩く観月に速度を合わせるようにゆっくりと歩いた。
胸が踊る……フワッと暖かい何かが生まれた気がした。
「いやぁ……あのボンが彼女連れ……しかも、あのこんまい子をなぁ……」
「同い年よ?」
「いや、可愛いなぁと」
「そうねぇ」
夫婦は見送ったのだった。