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《言の葉》

「私がついておきます。二人は戻られると良いですよ」


 寛爾かんじは微笑む。


「あ、そうでした。寛爾さん。スマホで連絡できないでしょうから、この携帯をお使い下さい」

「えっ?」

「私名義で持っているものです。ですが、連絡できないと困るでしょうし、祐也ゆうやくんとサキ、私と数人の番号を入れておきました」

「あ、私の番号を登録して下さい。もし、何かあれば、看病や荷物などをお届けしますね?」


 柚月ゆづきは、番号を記し手渡す。


「下の番号は観月みづきです。祐次ゆうじくんとお話も出来ますよ。番号は知らせておきますね?」

「何から何まで……柚月さん、ありがとうございます」

「いいえ、私とめぐみさんは友人ですから」


 おっとりと笑うと、嵯峨さがに促され出ていった。


「では、一応サキには伝えるようにと言われましたが、待っている間に何かあってはいけませんので、タクシーで戻りましょうか」

「バスは人が多いでしょうね……」

「そうですね。路線も多いですし、乗り換えもありますから」


 話しながらエレベーターに向かっていた二人の前に、白衣を来た男が立っている。


「嵯峨」

「何でしょう? 籍を抜いて戴きたいのですが?」

「話がある」

「私にはありません。失礼します」


 嵯峨は横を通り抜ける。


「あれの墓は……」

「……聞いてどうするのです? それに、あれとは? 誰のことでしょう? 失礼します」

「あれは……美園みそのは大原の人間だ!」

「離婚届を置いて出ていったでしょう? 戸籍がどうこうよりも、あの人の意思が優先されます。それに、伏見ふしみの母親とのことで傷つけておいて、その上何ですか? 今更でしょう。失礼します」


 嵯峨は柚月の肩を抱き、エレベーターに乗り込んだ。




 一階のボタンを押し、フワッとした浮遊感と共に下降する。


「……本当に申し訳ありません。仕事と私事は、きちんと分けておくべきなのですが……」


 目を伏せる。


「駄目ですね……」

「そんなことはありませんよ。それよりも大変でも頑張られる、凄いなぁと思います。私が看護師になったのは実は観月みづきの母である、義理の姉がきっかけでした」

「お義姉さん……ですか」

「幼馴染みだったんです。兄と結婚して、観月が身ごもったと解った時に、診断でガンが見つかりました。兄は赤ん坊を諦めて治療をしろと……でも、進行が早く、子宮を摘出するしか方法がなかったんです。もし子供を諦めても、将来子供を生めなくなる! 姉は絶対に今、自分のお腹に宿った命を失うのは嫌だと子供を選んだ……観月を大丈夫という時期までお腹で育て、帝王切開で……で、治療をと。でも、もうその頃には、姉の体の中でガンは転移していて……半年後に……。兄は姉を愛していたから……姉の命を奪ったと……観月を憎んだのでしょう。でも、観月は何も悪くないのに……」


 悲しげに微笑む柚月。


「私は子供を産んでいませんが、もし、姉と同じ立場なら……子供を生むことを選びます……そして姉のように、出産後に治療を……そうして、元気になった時には家族で暮らしたいと思います。もし姉のように死んでしまっても夫に遺せるからです。自分が夫を愛していた証を……」

「……」

「……兄は忘れてしまったんですね。姉の思いを……どれだけの思いで命を繋いだか! 姉が……観月が可哀想です……昔は、男性だから女性のことが解らないのだと思いましたが、そうではないと思います。寛爾さんも本当に愛さんのことを思っている……嵯峨さんも雰囲気は厳しく見える方ですが、本当に気遣い、気配りの出来る優しい方です」

「そうですか? 私は先のように……」


 扉が開き、柚月は嵯峨を見上げた。


「同性……特に、父親に対しては厳しくなるんですよ。女性も同じです」

「そうなんですか? 私は本当に厳しいですよ。でも幼馴染みのサキやシィは、お父さんの嵐山らんざんさんをそれはそれは慕ってますよ? 弟の醍醐だいごも」

「嵐山さんは、言葉より生き方がはっきりされていらっしゃるから……職人気質の方ですね?」


 玄関の自動ドアが開かれると、


「嵯峨さん! こっちです!」


手を振っているのは、実里みのりである。


「あぁ、実里くん。来てくれたのですか?」

「えぇ。どうぞ。主李かずいは余り出られないので」


 車に向かうと、龍樹たつきが顔を覗かせる。


「お疲れ様でした。大丈夫ですか?」

「あぁ、愛さんは安定しましたよ。後で、寛爾さんと愛さんに荷物や食事をと……」

「あぁ、それはあてがしておきますよって。嵯峨さんや柚月さんは、おとうはんが戻ってお休みやすいうてはりました」

「あぁ、賢樹さかきおいはんに挨拶せな……」

「賢樹さん……ですか?」


 柚月は問いかける。

 車のドアを開けエスコートすると、横に座った嵯峨は、


「この龍樹のお父さんですよ」

「あっ、龍樹さん……それに、確か実里さんですね。ご挨拶もしていませんでした。大塚柚月おおつかゆづきと申します。よろしくお願い致します」

「あ、菊池実里きくちみのりです」

賀茂龍樹かもたつきと申します」

「こらぁ! 一応、賀茂家に住んでるけど、菊池家に嫁に入っただろう?」


実里の言葉に、


「あ、そうやったかいなぁ?」

「そうやったじゃない~! 菊池龍樹だろ?」

「う~ん。ごめんなぁ。菊池のお父さんとお母さんにあきまへんよって、あて、離婚しますわ」

「こらぁ! うちの両親も主李かずいの両親だって、事情も解ってるから良いの。それに、家は向こうに弟もいるし。主李も兄貴がいるからいいんだよ」

和真かずまくんは元気ですかね? それに、実里くんの弟さんは、幾つになりました?」


嵯峨の問いに実里は、


「10才違いなので、15ですよ。中学3年生です。今が反抗期で大変みたいです」

「そうでしたか……お会いしたのは10年前ですね……」

「大きくなりましたよ。態度もですが。主李のお兄さんは会社員で、まだ結婚していないらしくて……」

「そうでしたか」

「主李がぼやいてましたよ。嵯峨さんみたいに仕事に専念もしないしって」


と楽しげである。

 柚月は、


「えっと、龍樹さんは、優希ゆうきさんのお姉さんですか?」


と問いかける。


「いえ、年子の姉妹であてが妹どす。お姉ちゃんが斎王代やりましてん」

「えっ? 美人なのでお姉さんかと……確か、お会いした優希さんは……」

「童顔垂れ目なんですよ。一応、私と主李と同じ年なんですよ。龍樹は後輩です」

「そうだったんですか。あ、そう言えば紅葉もみじさんに、雰囲気が似ていらっしゃいますね」

「おかあはんが喜びますわ。おかあはんは優希と龍樹を可愛いて、溺愛してますから」


 実里は微笑む。


「あぁ、そうどした、おいはんとサキおにいはんのお菓子がありますよって、ね?」

「そうです。後で、おとうはんがいかはりますよって」


 言いながら、車が入っていく。


「どうぞ、柚月さん」


 先に降りた嵯峨に手を取られ、車を降りると屋敷に入っていったのだった。

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