表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/51

《手首》

 救急車に運ばれるめぐみに、


「私がついていきます!」


柚月ゆづきが手をあげる。


「どの病院でしょう? どれ位、時間がかかりますか?」

「ここから一番近い、総合病院に運びます」


 ピシッ……


一瞬眉間にシワを寄せた嵯峨さがだが、平常心に戻り、


寛爾かんじさん。行きましょう。運転します」

「あてが着いていくさかいに。おとうはん、おかあはん。雛菊ひなぎくたちをよろしゅう」

「俺も行きまひょか?」


主李かずいの声に、紫野むらさきのは従弟を見る。


優希ゆうきがおるやろ? おってあげ」


 紫野は嵯峨と寛爾を連れて駐車場に急ぐ。


「病院は……解りますか?」

「あぁ、あてら……特に標野しめのはよういっとる」


 運転席に座りつつ、告げる。


「大原総合病院。嵯峨の実家や」

「……は? 病院?」


 隣の席でメールをしている嵯峨を見る。

 嫌そうに、


「もう20年帰ってません。愛さんと柚月さんのことがなかったら、帰るつもりはありませんでした」

「そやさかい、よう知らん寛爾はんに噛み付くな。寛爾はん。あんなぁ……嵯峨は長男で、一応正妻の息子。下に伏見ふしみ言うて……てておやがお妾はんに生ませた子がおって……伏見は母親が再婚するて、置いてったんや。で、おかあはんに分け隔てのう育てられたんやけど、婆はんが、嫁である母親に浮気を許したの何だのといびり、伏見を折檻して……てておやは仕事が忙しいの何のと傍観するだけ。それでもって無理矢理医者にされそうになったんを、高校卒業後におかあはんと伏見と東京に逃げてな……」

「言わんでいい……」

「知っとってもろた方が、よかろ? おかあはんは20の時やったかいな……長年の労苦で亡くなり、伏見も……葬式に顔も見せはらへんかったおとうはんたちには複雑なんや……」

「こんで良かった。いつでも逝ってくれ思とるわ……遺産放棄しとるさかい、籍だけや」


吐き捨てる。


「……ここに来るのも、本当は胸くそ悪うてあかんわ。仕事やと割りきることもできひん……情けないことや。それに……柚月さんをだしにしてしもた……。でもようよう言える。あの二人に籍を抜いて貰うわ」

「嵯峨……個人病院ってのは、院長だけやのうて、医療法人やさかいに、理事長他おるはずや。まぁ、嵯峨が今から医大ってのはあかんやろう。でも、院長の息子なら、ある程度関わらんとあかん……」

「あては弁護士や。医師になろうとした伏見を受け入れんかったんは、向こうや」

「嵯峨も理事になることはできるんやないか?」

「忙しいのに、余計に増やすんはやめてくれへんかなぁ」


 本気で嫌そうに顔をしかめる。


「今はこの事案と、観月みづきちゃんのことをにしきに伝えておく……電話かける」


 話を打ちきり、電話を操作する。


「……もしもし、錦」

『また、仕事増やすの?』

「違う。愛さんが倒れて……大原総合病院に運ばれている。寛爾かんじさんとサキと追いかけている」

『エェェ! 大丈夫なの?』


 情に厚い錦は、本気で心配そうである。


「柚月さんが付き添われている」

『あ、そっか。柚月さん、看護師だものね。でも、大丈夫なの?』

「診断書を書かせる。提出する。入院も必要だと思う」

『そうね。あ、そうそう。柚月さんの両親にお会いしたわ。息子さんの結婚知らなかったみたいで、観月みづきちゃんを脅したこととか伝えておいたわ。そうしたら、首を掴んでぶら下げていたぶったり、手足を縛って押入れに閉じ込めたりしていたみたいね。夜泣きが一時期激しかったらしいわ。高所恐怖症なんですって、観月ちゃん』

「……柚月さんが話していた。何度か殺してしまいたいと思ったらしい」


 低い声で囁くと、けろっと、


『そりゃそうよ。母親だもの。子供の方が大事よ。柚月さんは兄よりも観月ちゃんを選んだ。自分が母親だと決めたのよ。でも、このままでは実の父親の方がお金も仕事もあるし、親権といい、今回の事件の裁判の慰謝料をバカ親が取り上げるでしょうね。それを阻止するには、一つ……二つかしらね』

「……柚月さんが仕事をしていること……」

『それだけじゃないわ。観月ちゃんが十分に生活できる財力のある父親がいること……柚月さんが再婚することね。その方が有利だわ』


錦は言い放つと、


『まぁ、そんな相手がいればね? 頑張りなさいな。嵯峨。じゃぁね。人の色恋に口出しする程私は暇じゃないのよ』


と、かちゃんと電話を切った。


「……クソッ」


 スマホを睨み付ける。


「嵯峨。そろそろ到着や。駐車場は混んどる。あては一回おいはんの家に帰るさかいに。迎えに来る。電話しいや」

「あぁ。じゃぁ、寛爾さん」


 車から降りると、目を伏せ大きく息を吐くと歩き出した。




 救急車が運ばれていった場所は、大体解る。

 医師や看護師などの邪魔はしないように、向かっていく。

 すると、嵯峨が会いたくない人間が立っていた。

 いや、


「なんや、一般人が何をしとるんや!」


と、愛に付き添う柚月にシワの寄った顔でねめつけている。


「一般人ではありません! 看護師です! 事情があり退職していますが、すぐに再就職するつもりです! それよりも医師を!」

「あてや!」

「ならば、すぐに診察を!」

「何も知らんで、命令せんで貰えんかな?」


 老齢の医師に、柚月が食って掛かる。


「四の五の言わずに急患を診なさい! 問答の暇はないんですよ! 貴方は本当に医師ですか? それともただの地蔵さんですか! 地蔵なら出ていきなさい!」


 邪魔です!


 柚月の剣幕に、周囲の看護師や若手の医師が真っ青になる。

 この病院の絶対権力者に食って掛かる、しかも華奢な女性である。


「何が地蔵はんや!」

「それともお人形ですか? 役に立つ医師を呼んで下さい!」


 患者優先の柚月の言葉に、吹き出しそうになりつつ、


「失礼します。柚月さん。愛さんは? もし、ここで突っ立っている全く役に立たない医師や看護師で、愛さんの病状が悪化したら、転院させましょう。それとももう、行きましょうか? 電話しますし」

「そうして下さい。全く動かない……苦しんでいる患者に何もしないなら、救急患者を受け入れないで下さいませんか? 非常に迷惑です!」


柚月は厳しい顔で吐き捨てる。


「大原さん。今すぐもう一度救急車を」

「そうですね……本当に、ここで突っ立って何してるんでしょうね?」


 電話を掛ける。


「もしもし。救急要請を。大原総合病院に搬送された患者を、医師や看護師が全く動いてくれないのです。転院を。よろしくお願い致します」

「何を言っている! 診ないと言っていない!」

「診ていませんし、動いてませんよね?」


 嵯峨は嘲笑する。


耄碌もうろくしましたか? 大原院長? では、救急車を至急要請よろしくお願い致します」


 電話を切り、


「救急車が来るまで、出入り口で待機しましょう。では、院長先生」

「嵯峨!」

「……仕事中ですよね? 仕事もせず、緊急の患者さんにも対応せず、何をされておいでですか? それに失礼ですが、軽々しく人の名前を呼んで欲しくないのですが? 貴方と私の間に、名前を呼ばれる筋合いも縁もありませんが? 失礼」

「いい加減に……」

「こちらから縁を切りたいと書類を送っても、返答がなかったのはそちらでしょう? 後日、正式に弁護士をたてますので、よろしくお願い致しますね? 失礼します」


立ち去ろうとすると、一人の医師が、


「こちらに! 転院よりも、こちらで治療を致します。どうぞ、急いで! 看護師! 対応が遅い!」


と、指示しながら連れていった。


「嵯峨……」

「……寛爾さん。失礼。電話をしに出ます」

「解りました。待っています。柚月さんも出てくるでしょうし」


 嵯峨を見送り、寛爾は緊急診療室を見つめる。


「……電話にもでん! 手紙も帰ってくる。会うことも拒絶する……!」


 苦しげに吐き捨てる老人……院長に、寛爾は、


「自分勝手に生きた人間が、そのように言うそうですよ。相手を思いやることも出来ないのなら、解放して差し上げたら如何です?」

「何やて!」

「人の意見も聞けない、過去の遺物……そんな風になるなとおっしゃられていた貴方が、なられているのですね? 宇治ひろはる先生?」

「……もしかして、不知火しらぬいか?」

「もしかしなくてもそうですが? 昔は、お母様やお父様のことを文句ばかりでしたが、今度は息子さんを自分がなりたくないといっていた親になって、束縛されているようですね」


酷薄に笑う。


 大原宇治おおはらひろはる……過去に、寛爾がかかっていたスポーツドクターだった人である。

 個人病院の跡取り息子として医者になったものの、実家には帰らずスポーツ選手のチームドクターとして怪我をする選手を診ていた。

 昔、一時期付き合いがあったのだが、久しぶりに再会してみれば……変わるものである。

 その上、今まで気がつかない程、親子は似ていなかった。

 嵯峨は鋭い眼差しではあるものの、柔和な顔立ちは母親に似たらしい。


「そう言えば……私の後輩のひかる……妊娠して柔道を辞めましたね? 輝の主治医でしたよね? 輝は?」

「う、五月蠅い!」

「……やっぱり。輝の子供は貴方の子供でしたか。輝が3才位の子供を、抱いて歩いていたのを見たことがあります。輝の子供が嵯峨さんの弟でしたか……」

「不知火さん! 伏見の……お母さんをご存知だったんですか!」


 背後から愕然とした声が響く。

 寛爾は首をすくめる。


「旧姓、吉岡輝よしおかひかる。現在は南本輝みなもとひかる監督」


 格闘技の元代表で、現在は監督として率いている。

 今でも大スキャンダルである。

 嵯峨は言葉を失ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ