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《項》……愛おしいもの

 祐也ゆうやは電話がかかってきたのだが、運転中の為に、


醍醐だいごさん。電話を」

主李かずいや。はい、もしもし? 醍醐や、あぁ、祐也は運転中や。何かあったんかいな?」

『あ、醍醐はん! 今、めぐみさんが倒れて、救急車要請を』

「えぇ! 愛さんが? どないしたん?」


醍醐の声に後ろに乗っていた日向ひなた祐次ゆうじ葵衣あおい観月みづきは目を見開く。


『えっと、確か大塚はんと言う女性が着いてくれはっとるんで、大塚はんが言われたんは、脈がかなり早いのと過呼吸だとか……でも、悪化したらいかん言うて……』

「確か、柚月ゆづきさんやな。過呼吸? 脈が早いて……心臓は? 高血圧は?」

『俺はそっちは解らしまへんよって……ただ、大塚はんは疲れてはるて言うんで、まずは病院に付き添います言うてくれはって……祐次や葵衣ちゃん、祐也さんにまずは伝えてくれと。後で聞かされるよりも最初に伝えておいて下さいて。あぁ、救急車がきた』

「何かあったら、連絡してな?」

『と言うか、ストレス過多で、精神的に参っているそうどすわ……』


 祐次が身を乗り出す。


「醍醐兄ちゃん貸して! おい、主李兄ちゃん!」


 スマホを奪い取り、問いかける。


「母さんは? 泣いてないか? 父さんは?」

『あぁ、祐次。二人とも憔悴してはった。祐次たちにも祐也さんにも、ごめんなさいごめんなさいて言うとりはったわ……昨日は眠れん言うて、俺の娘抱っこしてくらはって……』

「じゃぁ、兄ちゃん! 容態が解ったら、俺のスマホはないけん、兄ちゃんのか、醍醐兄ちゃんの電話に……お願いします!」

『……解った。祐也さんにも、ちゃんと連絡するから心配せんといてなて伝えてくれへんか?』

「解った!」


 醍醐に手渡し、何回かやり取りをすると、電話が切れる。

 すると日向が、


「祐也。運転変わるわ。車止めや」

「お願いします……」


車を泊め運転を代わると、日向が座っていた席で、物憂げと言うよりも苦しげな表情で俯く祐也。


「……俺がもんてきた時に、愛母さんは入院しとった……」

「は? 母さん入院って、葵衣が生まれた時……?」

「違う……お前がお腹におって、点滴受けとった。俺の顔を見て『ごめんなぁ』言うて『うちのせいで、うちが悪かったんや』言うて泣きじゃくって……後で聞いたら、切迫流産寸前で動けんかったんや。俺は日本語をほとんど忘れとって、英語が普通でなぁ、全然解らんかった。寛爾父さんは柔道場で、そんなバタバタしとるのに俺を一人にしておけん言うて、父さんと母さんが引き取ってくれたんや。退院したのはお前が生まれた後で、赤ん坊のお前の子育ても大変や。それに、俺も日本語はほとんど喋れんしなぁ……。それに、時々会いに来てくれても『ごめんなぁ』言うて……父さんに『もう、そんなに言うな! 祐也が余計に辛い! お前は謝っても、祐也はお前が母親なんやって覚えとらんので? 困惑するだけや‼』言うて……」

「えっ? 祐也さん……」


 観月は声をあげる。

 祐次が頭をかく。


「えーと、祐也兄ちゃんはおじさんとこに養子に行った異父兄……俺の名前は、祐也兄ちゃんの『祐』と、父さんの寛爾かんじの『爾』からとったんだよ。字数が多いから『次』になったんだ」

「……ひめさんとも似てますので、解らなかったです。でも、お姉ちゃんがいるので大丈夫ですよ。お姉ちゃん、元々大病院の看護師だったんです。凄いんですよ? 20代で入院病棟の主任してました。緊急入院の対処も的確で、有名だったんです」


 観月は自慢げに言い切る。


「大丈夫ですよ。処置をして戴いたら、きっと連絡が来ます。だから、安心してましょう。それに、風遊ふゆさんが言ってました。大丈夫ですよって。今回も祐也さんが悪い訳じゃないです。そう言っていたら、私も悪いなぁと思いますし……えっと、ぐるぐるですよ? えっと、ふわふわの、えっとお祭りでよく売ってる……」

「ぐるぐる……」

「えっと、こういうのでばぁぁって……甘いのです!」

「えっと……わたあめかなぁ?」


 醍醐に問いかけられると、うんうんと頷く。


「です! ぐるぐるです。えっと、ループって言うんですか? あっ! それよりも、北欧神話のヨルムンガンドは長い蛇で、自分の尻尾をくわえちゃう程大きいんですって。頭の上から走っていってずーっと行っても、尻尾までたどり着かないですよ?」

「ヨルムンガンド? 何それ」

「エェェ! 祐次くん。北欧神話のロキの子供で、フェンリルと言う狼とヘルという地獄の女王になる兄弟がいるんです。オーディンが、悪戯と言うか次々に災害を巻き起こすロキを繋ぎ止めて、フェンリルも繋がれて、ヨルムンガンドは海に捨てられるんです。で、フェンリルやヨルムンガンドが大きくなると、ラグナロクが起きて、神々と戦うんです」

「ラグナロク……ゲームの武器にあるような……」

「お兄ちゃん? 北欧神話読んでみたら? けっこう面白いよ? それにほら、ワルキューレとかヴァルキリーとか呼ばれるのは、オーディンに仕える精霊と言うか妖精? 戦場で息絶えた戦士の魂を戦士の館に送り込み、その魂は、ラグナロクの為に日々訓練で戦い続けるとか~英語の曜日があるでしょ? 火曜日から金曜日までだったかな? それは確か北欧神話の神々からだよ。Tuesdayはテュールって言う戦いの神、Wednesdayは主神オーディン、Thursdayはトールって言って春を呼ぶ雷の神、Fridayは愛と美の女神フレイヤからだもん。他の日はローマ神話だったと思うよ?」


 お兄ちゃん知らないの?


と言う、葵衣の視線に、


「そ、そんなの、綴りに必死で解るか~?」

「あ、Sundayはそのまま太陽。Mondayは月、Saturdayはサトゥルヌスって言う天空、農耕の神からだって。お兄ちゃん、勉強しいや?」

「くぅぅぅ~!」


悔しがる祐次は、いわゆる勉強苦手だがコツや分かりやすい例えを聞くと理解するタイプで、葵衣は文武両道である。


「私も、Saturdayは分かりませんでした! でも、木曜日のトールは大好きです」

「エェェ! 単純な神なのに?」

「いえ、北欧神話はとても奥が深くて、テュールが元々信仰されていた神だったそうです。食べ物や住まいを移す為に戦う戦士の信仰する神で、次に主神とされたのがトールです。トールは春の雷の神で、北欧は寒いので、雷が鳴ると春がきた、農耕を始められる。暖かい季節が来ると言われて、定住した人々の信仰した神です。最後にオーディンはイングランドのドルイド信仰に近いのだと思います。祭司……ルーン文字を自らの身体を贄に捧げ得たり、片目を渡しても知識を欲しがったとか……テュールよりも昔はフレイヤとその兄のフレイのヴァン神族、テュールたちのアース神族に分かれるので、アース神族は、元々アジアの方からきた民族の神で、ヴァン神族はそれより古い神とも言われてるのです」

「詳しい! 凄い! 観月ちゃん!」


 葵衣の言葉に、観月は悲しげに告げる。


「えっと、小さい頃……私、小さい頃の記憶が余りないの。覚えてるのは、お父さんに怒鳴られているのと、口を利くなってタオルで手足も縛られて、暗いところで泣いてるの……おじいちゃんやおばあちゃん、お姉ちゃんに助けて貰えるけど、その後、タバコの火を押し付けられて……痛くて泣くと又殴られて……。だから……トールみたいに強くて優しい……お父さんが……」


 ボロボロ涙をこぼし始める。


「……!」

「トールは優しい神で、憧れだった。……それに、本当はお姉ちゃんと別れたくない。お父さん嫌い……一回首絞められた……そのまま宙に吊り下げられて……怖い。本当は高所恐怖症だった……息が苦しくなる。でも、祐次くんに初めて会った時は、ふわって……怖くなかった。もし、お姉ちゃんと別れることになったらどうしよう。ヤダ……ヤダ! お姉ちゃんのところにいたい。祐次くんといたい……でも、お姉ちゃんには幸せになって欲しい。私がいるからお姉ちゃんが辛い目に……そんなのやだ……それだったら……」

「柚月さんは、多分離さんと思うで?」


 祐也はよしよしと頭を撫でる。


「観月ちゃんは俺の妹や。もしそんな親父がおったら、俺たちが守ってやる。な? 祐次?」

「あぁ! 大丈夫だ! 俺も頭は知っての通りだけど、腕はそれなりだぞ。安心しろ!」


 妹に背中を押され、とっさに観月を抱き締める形になった祐次は、腕の中で自分の服を恐る恐る握りしめる小さな身体を潰さないように少し力を込め、周囲から赤い頬を隠すようにしたのだった。

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