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《瞳》……伝えたい言葉

 電話を切った柚月ゆづきは、躊躇いを断ち切り、電話を掛ける。


 二回のベルで電話が繋がる。


「もしもし……大原おおはらさんでしょうか?」

『はい。どちら様で……』

「お久しぶりです。5年前は本当にありがとうございました。前の姓は田宮たみや。旧姓に戻しましたので現在は大塚柚月おおつかゆづきです」

『あぁ、大塚さんですか! お元気でしたか?』

「はい……離婚して、ホッとしています」


 柚月はため息をつくと、本題にはいる。


「申し訳ありません。今のこの電話は、姪で現在同居している観月みづきに教わってかけさせて戴きました。祐次くんが大変な目に遭われたことは伺っております。お忙しいとは思うのですが、少しだけ相談に乗って戴けませんか?」

『お会いしましょうか?』

「お忙しいでしょう?」

『では、簡単にお伺いさせて下さい。それで決めさせて戴きます』


 柚月は、ゆっくりと伝える。


「実は、姪の観月の父である私の兄が、育児放棄と言うか、奥さんを亡くし、仕事に観月の面倒に、家のことにと忙しくなり、ストレスで観月には殴りはしませんが、家中壊しまくり、暴言を吐き……小さい頃の観月は怯えていました。両親が兄が転勤を期に、観月を兄の元から離そうと話し合い、観月も友達がいるから……本心は父親に怯えていたのだと思います。ここに残ると言い、一緒に住むようになったのですが、観月が中学校を卒業する頃から、兄からの養育費が滞り始めました」

「そうですか……」

「私は働いていますし、観月を育てることも何とか出来ます。それよりも観月を責任感のない兄に奪われたくない……お金よりも観月の親権が欲しいのです。観月を傍に置いておきたいのです。兄からの連絡はありません。観月も電話をしても繋がらないと、自分が悪いのだと心を痛めています。兄にも事情があるのでしょう……でも、連絡もせず、娘を哀しませて……養育費のことも隠していますが、きっと賢い観月は気づいています。だから……きっと、度々推薦や奨学金を口にするのです。頑張るから、大丈夫だよと……」


 柚月の声は悲嘆にくれている。


「私はあの時のお金を使うものかと、手をつけていません。本当は観月の為に使おうと思いましたが、使っていません。出来たら……あのお金を全額使って下さっても構いません。兄から観月の親権を私に! 私が母になります。お願いします!」

『解りました。お引き受けいたします。柚月さんは今現在どちらに?』

「……職場である病院におります。菜の花町の病院です。家は、津路町つじまちです」


 説明する。


「隣の市に両親がおり、両親にも連絡がなく、もう、兄のことを諦めています……あ、この電話での相談は……」

『大丈夫ですよ。電話相談と言うか、友人からの電話です。確か、この番号は祐次くんに聞いたのでしょう?』

「はい」

『もしかして、あの前の相談と番号が違うと思いませんでしたか?』

「ビックリしました。名前を聞いて……」


 柚月は苦笑する。


「ご縁があるのだなぁと……」

『この電話は私的な電話で、幼馴染みや友人、彼らの親族のみと通話をしているのです。ですから、柚月さんも友人ですから、大丈夫ですよ』

「ありがとうございます。それに、私は後でいいのです。祐次くんと観月をよろしくお願い致します」

『はい。大丈夫です。柚月さんも何かあったら、こちらに連絡を下さい』

「はい」


 電話が切れた。

 その電話を見つめ……嵯峨は呟く。




「……見つかったわ……」

「何?」


 ショックを受け泣き続ける祐次の両親に、今戻っても何も出来ないと、祐次たちとは別、標野しめのの親族の元に身を隠す為に、空港に車を走らせていた標野は問いかける。


「……5年前に……仕事で知り合ったんや……けど、相手は離婚調停を依頼してきた人で……」

「嵯峨の私用のスマホやないんか? それ」

「……祐次くんに聞いたと本人から電話があった……大塚観月ちゃんの叔母で、今一緒に暮らしてる、柚月さんや」

「はぁぁ!」


 標野は驚く。

 幼馴染みの嵯峨は、仕事上のパートナーのにしきがいる。

 小さい頃の錦は嵯峨のことが好きだった上に、お互いの家で婚約にまで至っていたが、仕事に没頭し、全く恋愛や結婚に気を留めない為に婚約は破談になり、仕事のみの関係になっている。

 ちなみに7年前に錦は結婚している。

 で、5年前に、嵯峨はある女性に出会ったのである。


 田宮柚月たみやゆづき……。

 一度だけ、標野が聞いた名前である。

 個人情報がと厳しい嵯峨が珍しく女性の名前を言っていたので、覚えていたのだった。


「柚月さんて、嵯峨の昔の仕事のお客やろ?」

「……相談されたんや。観月さんの親権を、父親から自分に移して欲しいて……」

「嵯峨は、祐次の仕事で手一杯やないんかな~? あぁ、錦はどないなっとん?」

「言いにくいわ……」


 同じ事務所のパートナーである錦にも、言いにくいらしい。


「何言うとんのや。嵯峨は祐次の方に集中してくれんかな~。あの祐次が、泣きよったんやで? しかも、まぁ、あの混乱の場所ではあるけど、告白みたいなんが言えるようになったようやけどなぁ……」

「そう言えば、写真がどうの……」

「あ、見る? これは葵衣が撮ったんだけど」


 叔父叔母を落ち着かせるように座っていたひめがスマホを見せる。


「……あぁ、柚月さんに似ていますね」

「ねえ、嵯峨さん。お願いします。祐次のことを、守って下さい。それに、弁護士ならわたくしの面を出してはいけないのでしょう? 仕事は錦さんにお願いして、精神的に柚月さんをサポートしてはいけませんか?」


 媛が訴える。


「お願いします。祐次はやんちゃだけど……」

「……そうですね。解りました」


 私的の電話を仕舞い、仕事用のスマホを操作し、耳に当てる。


「あぁ、錦。私だ」

『何? 仕事?』

「あぁ、説明しただろうが……」

『あぁ、酷いツイッターは情報として残しているわ』

「それとは別に、頼みたいんだが……」


 言いにくそうに呟く嵯峨に、


『えぇぇ? 又、仕事? あんたねぇ! 私にも家庭があるのよ! 家庭!』

「だから、私がその仕事に集中するつもりだ。代わりに、もう一つ依頼されたんだ。そちらを錦に頼む……」

『どう言うことよ?』

「……依頼者は大塚柚月さん。祐次くんの同級生、大塚観月ちゃんの叔母で、観月ちゃんの父親が養育費などを払わないから、親権など全て観月ちゃんの父親から移して欲しいと……言っていた。5年前の慰謝料を全部使って良いと言っている。電話番号を後でメールする。女性同士で……よろしく頼む」

『5年前……あぁ、柚月さんと言うと、あの田宮寿一たみやとしかずさんだったかしら? あの離婚調停の?』

「後でメールする……じゃぁな」


 電話を切る。




 しばらく走り、到着した空港で、


「では、寛爾かんじさん。めぐみさん。こちらのことはお任せ下さい」

「本当に……申し訳ありません」


憔悴しているものの、妻を支え頭を下げる。


「会社にも休職届を送ります。どうなるか……私にも解りませんが……祐次と葵衣の学校にも休学を……」

「それはあてがしときますわ」


 標野は微笑む。


「空港にはサキがおりますさかいに、安心して」

「本当に……よろしくお願い致します」


 二人がチケットを持って去っていくのを見送るのだった。

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