《声》
大塚観月は、腕時計をチェックする。
あと、10……5、4、3、2……
教室のスピーカーからわずかに聞こえる機械音の後に、
『おはようございます。SHRまであと5分になります。急いで教室に入り、席について下さい』
と発声もきちんとした、しかし、柔らかく耳の残る優しい声に観月はドキンとする。
観月は人見知りが激しく、クラスに馴染めない生徒である。
でも、学校には早く到着して毎日頑張ってクラスメイトに挨拶をしようと思っていたのだが、どうしても言葉にならず姿を見せるクラスメイトから顔を隠すように、苦手な英語を勉強している振りをしていた。
そうしていると、ある時から、放送から流れる《声》を気になるようになっていた。
『今日は暖かくなるそうですが。夕方には雨が降るそうです。注意して下さい』
静かにスイッチが切られ、そして観月は息を吐いた。
胸が高鳴る。
ただ……自分に言っているのだとは思えない、普通に喋っているのだろう。
でも、観月には特別で、誰が喋っているか解らないものの、本当に自分だけに伝えてくれているようだと思えていた。
ダダダ……
と廊下を走る足音が近づき、教室の扉を潜る前に通り抜け、ガラッと窓が開いた。
「おーい! ちびつきー!」
「ひゃぁぁ!」
窓から頭を突っ込んだクラスメイトに、ビックリする。
武田彪流である。
「おはようー! お前見たか? 天気予報。午後から雨だって」
「あ、あの、あの……お、おはようございます……」
「おい! おはようでいいんだよ! 丁寧語で喋るなよ。ほら、おはよう、はい!」
「た、武田君……あの……」
「彪流でいいっての」
ちびと指摘されただけあり、高校2年生だが130センチもない。
クラスメイトの彪流と出会ったのも、2年前に入学式の時に人並みに揉まれて転んだのを、長身のもう一人仲良くしているクラスメイトに助けて貰ったのがきっかけだったりする。
「はい、おはようー!」
「おらぁぁ! お前は何やってんだ! バカが!」
ゴーン!
後ろから彪流の頭を殴り付けるのは、同じくクラスメイトの不知火祐次である。
祐次もそこそこ長身だが、それよりも文武両道で知られている。
「ほんっきで、お前は、大塚に失礼だな! だから脳みそ筋肉って言われるんだ!」
「祐次に言われたくないね。テストはどうなんだよ?」
「先輩に教わってるし、ある程度はな。お前のように欠点はとらないようにしてる。俺は夏に従兄の家に行くから」
「へぇ……」
「じゃないわ! 不知火! 武田! 大塚にまとわりつくな! SHRだろう!」
おろおろしていると、担任の声が響き、しゅんっとする。
あぁ、今日も、二人の喧嘩を止められなかった……。
「わぁぁ! 悪かった! 大塚! ごめんな! ほら、お前も謝れ! バカ!」
「祐次の言ってる意味は解んないけど、何かごめん」
「いえ、大丈夫です。あの……二人共おはようございます」
本人は無意識だが、はにかむようにほんのりと頬を赤らめる観月に、二人……特に彪流は、
「うっわぁぁ! 可愛い! Oh! キュート! キティ! プリティ~!」
と抱き締める。
ちなみに帰国子女の彪流は、スキンシップが激しいことで有名である。
「ど阿呆!」
祐次が、本気で蹴りを食らわせると庇う。
祐次は剣道と空手の有段者で、柔道部の特待生として入学したが成績も上位を維持している。
それに、陸上部や水泳部からの引き抜き要望も多い程、身体能力が高いらしい。
「いったぁぁ! 祐次! お前、本気でやっただろ!」
「兄貴と親父に言われてるんだ。女性の敵は抹殺!」
「お前はいいのかよ!」
「それよりも、お前のせいで……」
祐次はやってきていた担任を示す。
「……武田……? 昼休みに職員室に来るように!」
「何で~! 俺ばっかり!」
「お前が一番迷惑だ! 馬鹿者! 自分の席につけ!」
担任に怒られつつ、教室に戻る彪流に、祐次は、
「気を付けろよ? 大塚」
「あ、ありがとう。不知火君」
「どういたしまして」
ニコッと笑った時の声のイントネーションに、観月は一瞬あれ? と思ったものの、その疑問は消え去ったのだった。
キティ……Sanrioのキャラの名前ではなく、英語圏の幼児語で仔猫という意味です。