災難
「美味しく焼けましたねぇ~、むにゃむにゃ」
カァン! と額にチョークが飛んできた。
その衝撃で私は飛び起きた。
「栗井、俺の授業で寝言とは、いい度胸だな」
この先生は数学の高尾。
3大チョーク使いの内の一人だ。
……不覚だわ。
授業が終わり、この後は部活だ。
始まる前にヴァイオリンを借りてこなければ、またつっこまれる。
私は急いで先生からヴァイオリンを借り、練習に参加した。
しかし、何度も同じパートで躓き、演奏をストップさせてしまう。
「す、すいません……」
金成遥の視線を感じる。
練習後、案の定通路で遥が待ち伏せしていた。
「ちょっと、いいかしら」
通路脇に移動し、問い詰められる。
「あなた、全く進歩がないけど、練習してる? ヴァイオリンもまだ直してないみたいだし」
「……」
「はぁ…… これ、見てよ」
遥がおもむろに見せてきたのは、指先だった。
左手の弦を押さえる指が豆だらけになっていた。
それを見ただけで、部活以外でもかなりの練習をしていることが分かった。
「あなたがよそで遊んでいる時も、私は練習してるの。 この部活に賭けてるのよ!」
……!
私はドキッとした。
遥が涙目になっていたからだ。
「……ふざけないでよっ」
胸ぐらを掴まれる。
私は一度、遥の胸ぐらを掴んでやりたいと思った。
でも、遥もずっと同じ思いを私に抱いていたんだ……
帰り道、私はバイトは辞めようと思った。
今日3時間働いたから、あと一回だけ行けば、弦を張り替えるお金が貯まる。
それで、朝早起きしてヴァイオリンの練習をしよう。
家に帰宅すると、今度は母親が待ち構えていた。
「ただいま……」
「あなた、この前の小テスト、見せてないわよね?」
しまった……
井戸端会議でその話題になったんだ。
「忘れてた。 もう捨てちゃったかも」
小テストの出来はイマイチだったんだ。
できれば見せたくない……
「あなた、約束分かってるわよね? もし次のテストがイマイチなら、部活辞めなさいよ」
災難だ。