金成遥
私は怖くて、一歩も動けなくなった。
教室には誰もいない。
「音楽室に行かないなら、何もしないわ」
「……」
「何とか言えよっ! この、ヘタクソ!」
私は遥に投げ飛ばされ、机に激突した。
更に、その上から足蹴にされる。
「このっ、クズがっ! 死ねっ、死ねっ!」
私は黙って蹴られる以外になく、その内に、絶対耐えてやる、という感情が芽生えてきた。
ここで喧嘩になれば、もう練習どころではなくなる。
「はぁっ、はぁっ…… ふざけんじゃねーよっ」
机はめちゃくちゃに倒され、私の体には無数の足跡が残った。
それでも私は立ち上がり、音楽室に向かおうとした。
「待てよっ!」
遥が怒鳴り声を上げ、掃除用具がしまってあるロッカーからモップを掴み取った。
「……!」
「一歩でも動いて見やがれ! てめえの頭、かち割ってやるからよ!」
心臓が更に早鐘を打つ。
怖い……
怖いよ……
それなのに、口から出た言葉は、
「……やりなさいよ」
ああ、何で私はこんなに頑固なんだろう。
ケイコさんも、インフルエンザにかかった時、こんな気持ちだったんだろう。
意地でも音楽室に行ってやる、と。
ゴシャ、と鈍い音がし、私の頭から生暖かい血が流れた。
「痛いなぁ……」
頭に手をやると、血で真っ赤になった。
「何で諦めないの……」
「私、吹奏楽やりたいから」
フラフラした足取りで廊下に出ると、うわっ、と男子生徒が道を開けた。
その時、ガッ、と肩を掴まれた。
「頼むからっ…… その状態で行かないでっ……」
遥が涙目で訴えてきた。
「吹奏楽、続けていい?」
「いいから…… 練習、付き合うからっ」




