第二十四話 嘘つきカーナック
《昔々あるところに、カーナックという青年がおりました。
カーナックはそれはそれは嘘つきな青年で、昔から人を騙してからかうのが大好きでした。
「おうい、今日は町に王さまがやってくるぞ」
「大変だ。隣のおばさんの家が火事だ」
「ぼくは昨日、墓場で魔女を見たぞ」
カーナックのつく嘘は、いつもそんな嘘ばかり。
町の人々も初めはカーナックのつく嘘を信じて、その度に大騒ぎしていましたが、今となっては誰もが呆れてしまっています――》
それはそんな前置きから始まる、王国でも有名な童話だった。
『嘘つきカーナック』。
わたしたちの目の前で始まった影絵芝居は、その童話を題材にしたものだ。
《そんなある日のこと。
「さて、今日はどんな嘘をついてみんなを騙してやろうかな」
と、カーナックが森を歩いていると、泉のそばで一人の娘に会いました。
娘はそれはそれは美しく、カーナックは一目で恋に落ちてしまいます。
娘の名前はラムといいました。
町でも女神スーリヤの生まれ変わりではないかと噂されるほど、麗しく気立ての良い娘です》
滔々と物語を読み上げるその声は、たぶん光を透かす大きな布――その裏に設けられた舞台の後ろから聞こえてくるのだろう。
舞台の上では人の形に刳り抜かれた板きれが、歩いたり弾んだりしながら物語を演じている。もちろんそれは人形がひとりでに動いているわけではなくて、板の裏側に長い棒が取りつけられ、それを舞台裏に潜んだ人形師たちが物語に合わせて動かしているのだ。
影絵芝居とはその人形の影を布に映し、〝影〟だけで演じられるお芝居のことだった。
大抵はこの『嘘つきカーナック』のように子供向けの物語が演じられることが多いのだけど、今は舞台の前に座り込んだ子供たち以外にも、それに付き添う保護者や道行く人々が足を止めて、誰もが表情豊かに立ち回る影に目を奪われている。
《その日からカーナックは毎日ラムのもとへ通いました。
彼女が塔の窓から手を振ってくれるだけで、カーナックはうっとりしてしまいます。
カーナックは何とか自分の気持ちをラムに伝えたいと思いましたが、恥ずかしくてなかなか本当のことを言えずにいました。
けれど彼女の気を引きたい一心で、今日も嘘をついてしまいます。
「ぼくは昔、王さまに認められて王宮に仕えていたことがあるんだ。本当だよ」
「こう見えて、ぼくはとっても強いんだ。昔、三匹のガットに襲われたことがあるけれど、みんな一人で倒してやった」
「昨日、夢に女神さまが現れたんだ。ぼくは将来、大金持ちになるんだって!」
ラムはそんなカーナックの話をいつも笑って聞いていました。
もちろん、ラムもカーナックの言うことが本当だとは思っていません。
カーナックは町で一番の嘘つきだという噂はラムの耳にも入っていました。
だからカーナックの話がみんなでたらめだということは、ラムにも分かっていたのです》
舞台の上の影たちは、場面が変わるごとにくるくると動きや表情を変えた。
笑っている顔、悩んでいる顔、呆れている顔。
どうやらあの舞台の裏には様々な表情の人形が用意されていて、人形師たちはそれを場面に合わせて素早く使い分けているようだ。
その技術もさることながら、舞台裏で物語を読み上げる語り部の演技も素晴らしい。声の使い分けや抑揚が、彼らもまた熟練の興行師であることをありありと伝えてくる。
《ところが、そんなある日のこと。
ラムがなかなか振り向いてくれないことに落ち込んだカーナックは、とぼとぼと森の中を歩いていました。
「ああ、どうしてぼくはいつも嘘ばかりついてしまうんだろう。ラムにはあんな嘘よりも、本当の気持ちを伝えたいのに」
するとそんなカーナックの耳に、森の奥から人の声が聞こえてきます。
初めは驚いたカーナックでしたが、きっと自分の他にも町の誰かが来ているのだろうと思い、そろり、そろりと森の奥へ進みました。
もしも森に来ているのが見知った人なら、こっそり近づいておどかしてやろうと思ったのです。
しかしカーナックが茂みの陰から奥を覗くと、何とそこにいたのは不気味な黒服の魔女でした》
そんな語りと共にぬっと舞台へ現れたのは、老婆を思わせる腰の曲がった鷲鼻の魔女。
途端にわたしの手を握ったチャイディの手がぴくりと震えたのを感じ、わたしは思わず彼を見やった。
わたしはこの物語の結末を知っている。けれどチャイディはどうなのだろうか。
そのとき盗み見たチャイディの横顔は何故かとても真剣で、今声をかけても気づいてもらえないんじゃないかと思うくらい舞台に集中しているように見える。
《カーナックは初めて目にする本物の魔女の恐ろしさに、思わずぶるりと身震いしました。
しかし魔女は、そんなカーナックにはまるで気づいていないようです。
それどころか何かぶつぶつ独り言を言っていると思ったら、魔女の話しかける先には一人の小太りな男がいました。
それを見たカーナックは「あっ」と声を飲みます。
何故なら魔女と話をしているその男は、町によく出入りしているやり手の商人だったからです。
「それで、どうなんだい。あの町には、本当に私を若返らせてくれるような美しい娘がいるのかい」
「はい。それはもう、町でも評判の若く美しい娘がおります。娘の名前はラムといって、町では女神スーリヤの生まれ変わりではないかと言われているほどです。町の若い男はみんな、あの娘の虜になっているほどですよ」
「そうかい、そうかい。それはいいねえ。では今夜、早速その娘の生き血をいただくとしよう。娘の血を飲み干せば、今度は私がその若さと美貌を手に入れられる。なに、娘は当然死んでしまうが、これからは私がその娘に成り代われば、町の男どもも悲しまずに済むだろう」
カーナックは驚きのあまり、しばらく言葉が出ませんでした。
何とあの商人はたくさんの金貨と引き替えに、ラムを魔女に売ったのです。
やがて魔女と商人が揃ってどこかへ行ってしまうと、カーナックはにわかに慌て出しました。
「これは大変なことになったぞ。このままではラムが悪い魔女に殺されてしまう!」
カーナックは大急ぎで町へと引き返しました。
息を切らし、滝のような汗を流しながら、ラムのもとへ駆けつけます。
幸いなことに、ラムは今日もいつもの塔で花に水をあげていました。
そのラムを見上げながら、カーナックは声の限りに叫びます。
「ラム、大変だ! 森に悪い魔女が来ていて、君のことを狙っている! 今すぐぼくと一緒に逃げよう!」
けれどもラムは今日もカーナックがおかしな嘘をつきに来たのだと思い、笑って信じてくれませんでした。
カーナックは必死に「本当だ!」と訴えますが、ラムは聞く耳を持ってくれません。
そのとき初めて、カーナックは自分が嘘ばかりついてきたことを後悔しました。
好きな人に自分の言葉を信じてもらえないなんて、こんなに悲しいことはありません。
「ラム、この話だけは本当なんだ。信じてくれ。ぼくは君を愛している……」
と、カーナックは泣きながら訴えました。
ラムはそれを見てちょっと驚いたような顔をしましたが、最後は笑ってこう言います。
「カーナック、あなたは嘘をつくだけじゃなくて嘘泣きも上手なのね。そんなに演技が得意なら、役者になればきっと人気者になれると思うわ」
カーナックの話は、結局最後までラムに信じてもらえませんでした。
困り果てたカーナックは、町の人たちにも「魔女が来たぞ!」と訴えましたが、やっぱり誰も信じてくれません。
とうとうみんなに見放され、カーナックはこれまで自分がついてきたたくさんの嘘に打ちのめされました。
太陽はどんどん傾いていき、もうすぐ夜が訪れます。
「もう駄目だ。町の人たちは誰もぼくの言うことを信じてくれない。でも、これはぼくが自分で招いたことだ。このままじゃぼくの嘘がラムを殺してしまう!」
その恐ろしさに震え上がったカーナックは、やがてある決意をしました。
そうしてその晩。ラムの眠る塔へ、森にいた魔女が現れます。
魔女は夜の闇にまぎれながら妖しく笑い、早速ラムの部屋へ忍び込もうとしました。
ところがそこへ物陰から飛び出してきた人影があります。
何とカーナックが聖なる銀の短剣を手に、魔女退治に現れたのです!
「やい、悪しき魔女め! お前にラムは渡さないぞ!」
と、カーナックは叫んで魔女に襲いかかりました。
不意を衝かれてびっくり仰天した魔女とカーナックは揉み合いになります。
カーナックはラムを守るために、勇気を振り絞って短剣を構えました。
その短剣で、ぶすり!
カーナックはついに魔女を仕留めることに成功します。
聖なる剣で刺された魔女は、悲鳴を上げて地面に倒れました。
カーナックの作戦は成功です。
「やった! 悪い魔女をやっつけたぞ!」
と、カーナックは小躍りして喜びました。
これでラムも明日になれば、カーナックの話を信じてくれるに違いありません。
ところがそのとき、魔女がむくりと起き上がりました。
何と魔女は聖なる剣で刺されてなお息があったのです。
「おのれ、小賢しい嘘つき小僧め。お前も今日までついてきた嘘の報いを受けるがいい!」
魔女は最後の力を振り絞って、カーナックに呪いをかけていきました。
呪いを受けたカーナックはバッタリと、その場に倒れ伏してしまいます。
翌朝、目が覚めて塔を出てきたラムはびっくりしました。
何故なら自分の暮らす塔の前でカーナックが倒れていたからです。
ラムは慌ててカーナックに駆け寄りましたが、カーナックは既に息をしていませんでした。
隣ではカーナックに倒された魔女が同じように動かなくなっています。
そのときになってようやく、ラムは昨日のカーナックの話は真実だったのだと気がつきました。
しかもカーナックは、その話を笑って信じなかったラムのために命を懸けて、彼女を悪い魔女から守ったのです。
「ああ、ごめんなさい、カーナック。あのときわたしがあなたを信じていれば……」
と、すべてを知ったラムは悲しみに暮れました。
その後、真実を知った町の人たちもカーナックを見直し、みんなで彼のお墓を立てました。
そのお墓には今もこう刻まれています。
〝嘘つきな勇者、ここに眠る〟、と……》
それは遠い昔、この町で実際に起こった出来事なのかどうか、それすらも怪しい話。
けれど物語が最後にそう締め括られると、観客からは一斉に拍手が上がった。
愛する人のために命を懸けて戦った、嘘つきカーナックの悲しい恋の物語だ。わたしはこの物語の結末がどうにも好きになれないのだけれど、王国内では一つの愛に殉じた男の美談として――そして何より人は正直であるべきだという寓話として、それなりに人気を博している。
一通り劇が終わってしまうと、今度は舞台の裏から座長が現れ、集まった観客たちに向かって挨拶を始めた。
その声の調子から察するに、どうやら物語の語り部はあの座長さんだったようだ。しかも座長さんが笑顔で挨拶をしている間に、舞台裏からは更にぞろぞろと座員が数人やってきて、最後まで芝居を見てくれた子供たちにお菓子を配り始めている。
聞けばこの一座はこのあとも、もう一幕続けて違う物語を演じるようだった。その準備が整うまでの間に客が離れていかないよう、お菓子を配って引き止めておこうという作戦らしい。
なるほど、そういう客引きの方法もあるのかと感心しながら、わたしは今の芝居について総括する座長さんの話を興味深く聞いていた。
けれどそのとき、
「――……僕も、なのかな」
「え?」
「僕も……信じてもらえないのかな」
不意に聞こえたその呟きは、言わずもがなチャイディのものだった。
それに気がついたわたしが振り向けば、チャイディは何か思い詰めたような顔をして足元に視線を落としている。
「チャイディ?」
そんなチャイディの様子が気になって、わたしは思わず彼の顔を覗き込んだ。
すると、その瞬間。
チャイディは突然きゅっとわたしの手を強く握り、顔を上げて、はっとするほど澄んだ目でまっすぐこちらを見つめてくる。
「スーリヤ、来てくれ。君に伝えたいことがあるんだ」
「えっ? あ、ちょ、ちょっと待って――チャイディ!」
驚いたわたしが慌てて呼び止めた甲斐もなく。
気づけばわたしたちは、夜光祭の人混みを割るようにして駆けていた。
チャイディはわたしの手を強く握ったまま、迷いもなく通りを駆け抜けていく。わたしは半ばそれに引きずられるような形で、戸惑いながらも彼の背中を追っていく。
一体どこへ行こうと言うのだろう。突然の事態に戸惑いながらも、そのときのわたしには彼を止めることができなかった。
だって繋いだ右手から、チャイディの痛いほど真剣な想いが伝わってきたから。
だから今は彼を信じて、彼についていこうと思った。
夜を照らす光の海を飛ぶように馳せていく。
そうしてわたしたちが駆け込んだのは、広大な広場を抜けた先――白く佇む王宮だった。




