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第二十三話 光の海にて

 そうして迎えた夜光祭当日。

 わたしはまだ日も高いうちからチャイディと共に王宮を出た。

 昼間のうちに王宮を出たのは、実際の夜光祭を目にする前に、昼間の町の姿をチャイディに見せてあげたいと思ったからだ。聞けば彼はかれこれ一年以上町に下りていないらしい。わたしがお妃さまから許可を取りつけてきたと伝えたときの彼の喜びようと言ったら、まるで無邪気に宮中を走り回っていたあの頃に返ったみたいだった。


 トラグーン一座の興行の件は、今年の演目にはわたしは出ない、ということで両親と話をつけてある。本当はもう少し揉めるだろうなと思っていたのだけれど、意外とすんなり話が通って不思議に思っていたら、事前にお妃さまが手を回して下さっていたみたいだった。

 何でもお妃さまは町でいつもの公演ができない代わりに、宮中で夜光祭の演目を披露する機会を設けて下さったのだとか。まったくあの方の心配りには、本当に頭が上がらない。


 そんな経緯があって王宮の裏門からこっそり町へ出たチャイディは、普段宮中で着ているような絹地の高価な衣服ではなく、地味すぎるくらい地味な庶民の服装に身を包んでいた。更に頭には首から巻き上げた布を被り、王さまと同じ銀髪を隠している。

 そんなチャイディの数歩後ろを、黒い上着と脚衣をまとったナットが気配もなくついてきていた。同じようにわたしたちからは少しの距離を置いて、何人もの衛兵さんがさりげなくチャイディの周りを警戒している。


 敢えて物々しい警戒体制を取らなかったのは、それだと町の中で目立ちすぎてしまうためだった。そもそも王宮の鎧を着た衛兵ががっちり周りを固めていたら、それだけで〝この人がチャイディ王子です〟と宣言しているも同然になってしまう。

 だからチャイディの護衛についてきた衛兵さんたちも、今は彼と同じ普段着をまとっているだけだった。とは言え久々の王子の外出に、みんな緊張しているのかもしれない。

 彼らは不自然なくらいちらちらとわたしたちに視線を送り、更に殺気立った様子であたりに目を配っているので、とても町の景色に馴染んでいるとは言い難かった。……そのせいで逆に怪しまれなければいいけれど。


「それにしてもすごい人だな。まだ祭が始まる前なのに、もうこんなに大勢集まってるのか」


 そんなわたしの不安を余所に、久しぶりの外出を満喫中のチャイディは隣で無邪気すぎるほどはしゃいでいる。今の彼の目には、人混みの中からこちらへ不穏な視線を注いでいる衛兵たちの姿なんて映っていないのだろう。それよりも、そんな彼らの姿さえ呑み込んでしまうこの人混みに圧倒されているみたいだ。

 夜光祭には王国人だけでなく、西や東の異邦人も大勢やってくる。彼らの大半は観光というより商売が目的なのだろうけど、浅黒い肌をした人々の間を行き交う白い肌や黄色い肌はやっぱり一際目を引いた。

 チャイディはそうした異邦人が珍しくて仕方がないらしく、異国の言葉を話しながらすぐ横を通りすぎていく彼らをしきりに目で追っている。西の方でよく見る金髪紅眼の異邦人を見たときなんかは、唖然として足を止めていた。


「あの髪の色、すごいな。ラヤップの樹液で染めたりしているのかな?」

「そんなわけないじゃない。あれは地毛よ。西の方の国々ではそんなに珍しくもないわ」

「そうなのか? あんな派手な頭の人間がいるなんて思わなかった。世界は広いな」

「あなたの銀髪も、普通にしてたらよっぽど目立つと思うけど?」

「そうかな? 父上も同じ髪をしてるから、気にしたことなかったけど」


 チャイディはそんなことを言いながら、日中でも星みたいにきらきらと輝く銀の前髪を摘まんで見上げた。と、そこで彼はふと何かに気づいたみたいに、その手を放してわたしの背後へ目を向ける。


「スーリヤ、あれは何だ?」


 そんな質問をされるのは、王宮を出てからこれで何度目か分からなかったけれど。

 わたしはチャイディから町のことをあれこれと尋ねられるのが何だか嬉しくて、今回も彼の質問に答えてあげることにした。

 カーナックが指差したのは、数人の客が列を作っているとある屋台だ。よくよく見ると屋台の中には大きな鉄板が設けられていて、その上でジュウジュウと音を立てながら麺や野菜、細切れの肉が炒められている。


 そうして炒められた具はやがて米粉を練って焼いた分厚い生地にくるまれ、更にそれを乾燥させたラヤップの木の樹皮に包んで店主が客へと差し出していた。

 真っ白な湯気と共に焼けた肉と香辛料の匂いが立ち上るそれは、焼き麺包みバンジュと呼ばれる軽食だ。この国ならどこへ行っても食べられる有名な食べ物だけど、チャイディとっては初めて目にする代物らしい。


「ああ、あれはバンジュっていう食べ物よ。チャイディ、食べたことないの?」

「ああ、ない。おいしいのか?」

「王宮の食事を食べ慣れてるあなたの口に合うかどうかは分からないけど、わたしは好きよ。香辛料を使った甘辛いタレの味が麺に染み込んで、とってもおいしいの。せっかくだし食べてみる?」

「い、いいのか?」

「もちろん。ちょっと並ぶみたいだけど、それでも良ければ」


 わたしがちらりと屋台の方を見やりながらそう言えば、チャイディは無言でこくこくと頷いた。

 その頬が微かに上気しているように見えるのは気のせいだろうか。もしかしたらチャイディは、こうして王宮の外で食事をすること自体初めてなのかもしれない。

 列に並んだ彼は明らかにそわそわしていて、何だかそれが可笑しかった。わたしたちの順番が近づく度に、彼の横顔には喜びと期待の色が膨らんでいく。やがてわたしたちの番が来て、店主から二人分のバンジュを受け取ると、チャイディはまるで子供みたいに目を輝かせた。


 そうして再び人波に乗って歩き出しながら、二人並んでバンジュを食べる。初め、チャイディはなかなか口をつけずにためつすがめつバンジュを眺めていたのだけれど、わたしが「冷めたらおいしくない」と忠告すれば、慌てて弾力のある白い皮にかぶりついた。

 そうしてしばらく黙り込み、口の中のものをじっくり咀嚼していたかと思えば、やがていたく感動した様子で「おいしい」とまた目を輝かせる。それから彼は夢中でバンジュにかぶりつき、あっという間に食べ尽くしてしまった。どうやら庶民の軽食は王族の口には合わない、なんてことはないらしい。


「うまいなあ、これ。王宮でもこんな料理は出たことがないよ」

「ふふ、そんなに? 気に入ってくれたなら嬉しいけど、チャイディったら、何だか大きな子供みたいよ?」

「え?」

「ほら、そんなに急いで食べるから、口のところにタレがついてる」

「ん、そ、そうか……この辺?」

「違うわ、こっち。ちょっとじっとしてて」


 わたしはそう言って数瞬足を止めると、チャイディの口元についていたタレを持っていた手巾で軽く拭った。そうして「はい、これで良し」と笑えば、途端にチャイディは顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。


「チャイディ?」

「……。こういうの、実はちょっと憧れてたんだ」

「え?」

「町に出て普通に買い物をして、普段君たちが食べてるものを、自分も一緒に食べてみたいって……」

「チャイディ……」

「今の僕らって、傍目には恋人同士に見えるのかな?」


 そんなささやかすぎるほどささやかな夢を、チャイディはこの歳になるまで一人で抱えていたのだと、わたしの胸が痛んだのも束の間。

 突然チャイディが茶化すようにそんなことを言うので、直前の淡い感傷などあっという間に吹き飛んでしまった。

 予想もしていなかったチャイディの言葉に虚を衝かれたわたしは、みるみる耳まで赤くなる。確かにさっきのあれはちょっと恋人同士っぽかったかもしれないけれど、これでもチャイディは一国の王子だ。そんな相手と恋人に間違われるなんて、恐れ多いことこの上ない。


 そんな事態はとても受け入れられなくて、わたしは思わずあたりを見渡した。もし近くにわたしたちの関係を誤解している人がいるなら、今すぐにでも「違います!」と叫びたい。でないと恥ずかしさのあまり頭から湯気が出そうだ。

 けれどそのとき視界に飛び込んできたのは、道端であんな小っ恥ずかしいことをしていたわたしたちを見てくすくすと笑う人々――ではなく、とある塔から出てきた一組の男女だった。


 どちらも年齢はまだ若い。二十代そこそこだろうか。男性の方はこれからどこかへ出かけるらしく、女性がそれを見送りに出てきたという感じだ。

 女性の額には既婚者の証である黄色い印がついているから、きっと二人は夫婦なのだろう。出がけに何事か言葉をかけている旦那さんに、奥さんは穏やかな笑みを返している。


「それじゃ、夕飯までには帰るよ」


 旦那さんは最後にそう言うと、奥さんの頬に軽く口づけをして去っていった。そんな一組の夫婦の姿が、ますますわたしを紅潮させる。

 だってわたし、今一瞬、心のどこかで〝いいな〟って――。

 隣にチャイディがいるこんなときに、一体何を考えているのだろう。まさか彼とあんな風になりたいなんて思っているのだろうか。

 駄目。そんなの絶対駄目だ。というか無理だ。

 だって相手はいくら親しいとは言え、この国の王子なのだから――。


「なあ、スーリヤ」

「はっ、はいっ……!?」

「あの二人、夫婦だよな?」

「そ、そ、そうだと思うけど、どうして?」


 チャイディが突然そんなことを訊いてくるので、わたしは直前の自分の思考を見透かされたのかと思った。

 そのせいで思わず声が上擦りそうになる。いや、半分くらいは上擦っていたかもしれない。

 けれどどぎまぎして振り向けば、チャイディの目はすぐ傍にいるわたしじゃなく、どこか別の場所を向いていて。その視線の先を追えば、そこには旦那さんを送り出し、塔の中へ戻っていく奥さんの姿がある。


「いや、あの女の人、額の証ラックの色が黄色いからさ。ラックって青いのが普通じゃないのか?」

「あ……そ、それは、あの二人がたぶん新婚だからよ。結婚して間もない新婦さんは、青じゃなくて黄色のラックを額に塗るの。青いラックを塗っている人は、結婚から一年以上経っている人よ」

「へえ、そういうものなのか。けど、何でわざわざ色を変えるんだろうな?」

「〝青〟は熟した宝菓の色だから、あれは夫婦の愛が熟したことを意味するんだって前に母さんが言ってたわ。そう考えると何だか素敵よね」

「ふーん。やっぱりスーリヤも、ああいうのに憧れるんだ」

「えっ!?」

「もしかして好い仲の相手がいるとか?」

「なっ、そっ、そんなわけないじゃない! わ、わたしは、ただ……!」

「〝ただ〟、何?」


 まずい。このままじゃ墓穴を掘ってしまう。そう思いとっさに顔を背けたわたしに、チャイディがずいと迫ってきた。

 わたしはそんな彼から逃げるように一歩あとずさる。が、それに合わせてチャイディも更に一歩踏み込んでくるものだから、結局距離は変わらない。

 おまけにチャイディはにやにやしながらわたしの顔を覗き込んできて――ああ、これは完全にわたしをからかって楽しんでいる。でもだからって、本当のことを言えるわけ……!


「――ウィニャー!」

「えっ?」


 そのときにわかに聞こえた奇妙な鳴き声に、わたしとチャイディは驚いて顔を上げた。

 一体何の声だろう。不思議に思って目をやれば、わたしたちのいる場所から通りを少し下ったところに人だかりができている。


「おい、あそこ、見世物小屋が来てるってよ!」

「今年はすごいぞ。何でも南の秘境にしか棲息してない、クイレンって鳥が見れるんだとさ!」


 直後、わたしたちのすぐ横を通りすぎた人たちがそんな会話をしているのが聞こえて、わたしはようやく納得した。

 毎年夜光祭の時期になると、町にはわたしたち旅芸人の他にもああした物珍しい興行をする人たちが集まってくる。あの人だかりの中にはどうやら見世物小屋が来ているようで、先程の奇妙な鳴き声はクイレンという鳥のもののようだ。


「へえ、クイレンか。懐かしいな」

「懐かしい? チャイディ、そのクイレンって鳥を見たことがあるの?」

「ああ。幻の鳥なんて言われてるみたいだけど、王宮によく出入りしてる商人が、昔父上にあの鳥を献上したことがあるんだ。人の言葉を教えるとそれを覚えて真似る面白い鳥だよ」

「へえ……! そんな鳥がいるなんて知らなかった」


 さっきの人たちの話が本当なら、クイレンというのは南の秘境にしか棲息していない鳥らしい。王族への献上品として持ち込まれるくらいだから、本当に珍しい鳥なのだろう。

 けれどわたしは鳥が人の言葉を話す姿というのがとても想像できなくて、さっきのチャイディよろしくそわそわと見世物小屋の方に視線を送ってしまった。

 するとチャイディもそんなわたしの様子に気づいたのだろう。途端に小さく笑みを零すと、突然わたしの手を掴んでくる。


「えっ……!? ちゃ、チャイディ?」

「行こう。見たいんだろ、クイレン」

「あ、う、うん……だけど……」

「遠慮しなくていい。僕だって君の貴重な時間を割いて、見たいものを見せてもらってるんだ。それならスーリヤが見たいものも一緒に見よう。せっかくのお祭なんだから」


 そう言って笑ったチャイディの笑顔が、何だか目に染みるようだった。

 ああ、眩しい。おまけにチャイディが引いてくれる右手から彼の温もりが伝わってきて、わたしの視界は更にきらきらと騒ぎ出す。

 手を繋ぐなんて恥ずかしいとか、これじゃ本当に恋人同士と間違われてしまうとか、そんな思いがなかったわけじゃないけれど。

 わたしはそのとき、チャイディの手を放さないことを選んだ。

 だってわたしはチャイディのことが好きだから。

 本当に、自分でもどうしようもないくらい、好き――。


「ウィニャー! コ、コ、コ、コンマニーオーコク、バンザイ!」

「おお……!」


 それからほどなく見世物小屋を取り囲む人混みに加わったわたしたちは、噂のクイレンという鳥を最前列で見ることができた。

 クイレンは鳴き声だけじゃなく見た目まで奇妙な鳥だ。体はずんぐりとしていて頭と胴体の区別がなく、くちばしは小さくて脚も短い。おまけにこの鳥は空を飛ぶことができないらしく、翼は退化して羽というよりヒレのようだ。

 けれども人の言葉を覚えるというチャイディの話は本当で、クイレンはその鋭さに欠ける嘴から色んな言葉を紡ぎ出した。

 それは「コンニチハ!」とか「キョウハイイテンキネ」とか、そんな短くて簡単な言葉ばかりだったけれど、本当に鳥が人の言葉を話す瞬間を見たわたしは、周囲の見物客と一緒に感動してしまう。


「すごい、本当に人の言葉を話してる……! クイレンって頭がいいのね」

「ああ、そうだな。けど、珍しい鳥だからって迂闊に手を出したりするなよ。クイレンは肉食だから、下手に触ろうとすると指を食いちぎられるかもしれない」

「えっ」

「本当は群で狩りをする鳥なんだけどな。クイレンは飛べない代わりに脚が速くて、捕まえた獲物を生きたままあの嘴でついばむんだ。獲物も最初は必死に逃れようともがくんだけど、やつらは一度捕らえた獲物は逃がさない。そのせいで次第に弱っていって……」

「……」


 わたしはチャイディの口から語られるあまりにも生々しいクイレンの生態に、思わず体を震わせた。

 そ、そんな……あんな見た目の鳥が、実は肉食だったなんて。しかも生きたまま獲物を食べるって、そんな残酷な話があるだろうか。

 途端にわたしは目の前にいる珍獣のことが恐ろしくなり、顔面蒼白になってその場に立ち尽くした。

 けれど数瞬ののち、すぐ隣から吹き出す声が聞こえて。

 何事かと振り向けば、直前までクイレンの恐ろしさを滔々と説いていたチャイディが、わたしから顔を背けて肩を震わせている。


「……チャイディ?」

「……っ」

「もしかして……また騙したの?」

「い、いや……すまない……だけどこんな嘘、今時子供でも引っかからないって……っ」

「~~~っ! よ、余計なお世話よ! もうっ、チャイディなんて知らない!」

「お、おい、待てよスーリヤ!」


 目の前に置かれた箱に見学料を投げ込み、身を翻したわたしは人垣を割ってずんずんと通りへ引き返した。チャイディはそんなわたしを呼びながら追いかけてきたけれど、その声が明らかに笑っている。悔しい。


 それからもわたしたちは二人で――と言っても、本当はナットたちがぴたりと護衛についているのだけれど――あちこちを見て回り、夜光祭を今夜に控えた町の熱気を体感した。

 見慣れない菓子を売っている屋台があればそれを買って食べ、昼間から興行をしている旅芸人がいればそれを並んで見物する。疲れたら食堂に入って冷たいラヤップの搾り汁を飲み、あちこちに飾られた宝菓飾りを眺めてこの国の豊かさを確かめる。


 そんなことをしているうちにあっという間に時は過ぎ、町はいよいよ夜を迎えた。

 途端に町のあちこちで、昼間のうちに日の光を蓄えた光繭や光液細工が光り出す。

 橋梁から吊られた虫瓶の中で夜光虫たちの動きが活発になり、瞬く間に町中を呑み込んでいく無数の光。

 ああ、今年もこの夜がやってきた。

 夜光祭の始まりだ。


「何だ、これ……」


 淡く優しく、それでいて真昼のような明るさで押し寄せる光の洪水に、たくさんの人々が歓声を漏らす中。

 その光の中心に佇んだわたしたちは、月の下で美しく輝く宝菓飾りに目を奪われていた。

 この光の海の中では、誰もが足を止めて言葉を忘れてしまう。これが初めて目にするこの町の夜景だとすればなおさらだ。

 ねえ、美しいでしょう。

 そう問いかけるようにわたしが顧みた先で、チャイディはなおも頭上で輝く宝菓飾りを見上げたまま、その瞳にきらきらと輝く無数の光を映している。


「すごい……これが、僕たちの住んでいる町なのか……」

「ええ、そうよ。この景色を、ずっとあなたと一緒に見たかった」


 その夢がようやく叶った。わたしの胸はその歓びと、押し寄せる光で暖かく満たされていた。

 この光の中にいたら、もう言葉なんて必要ない。 

 世界は美しい。

 わたしはただそれをチャイディに伝えたかった。


 その想いが本当に彼に届いたかどうかは分からない。

 けれど静かにわたしを一瞥いちべつしたチャイディは再び頭上の光を仰ぎ見て、何も言わずにそっとわたしの手を握った。

 そんなチャイディの瞳が不意に滲んで見えたのは、彼の瞳が潤んだせいか、わたしの視界が霞んだせいか。


 ねえ、チャイディ。

 わたしにはあなたが抱える孤独や苦しみなんて、これっぽっちも分かってあげられないけれど。

 それでも、〝これが最後だ〟なんて思わないで。

 わたしがさせない。

 最後になんてさせないから――。


「――さあさあ、良い子はみんなこっちへおいで! 『嘘つきカーナック』の始まりだよ!」


 そのときわたしたちのすぐ傍で、通りに響いた客呼びの声。

 わたしとチャイディは互いの手を握り合ったまま、何気なくそちらを振り返る。

 そこにあったのは光を透かす大きな布と、この町によく似た景色が浮かび上がる〝影絵芝居〟の舞台だった。


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