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Forbidden Bullet

Forbidden Bullet 第二部 そして月は雲に隠れる

作者: 碧流


「遅い。相手の動きをよく見ろ。先を読んでから刀を振れ」

「つったって……!」

 カン、カン、カァン、と竹刀の響く音がした。片方が一方的に追い詰め、片方が端に追いやられる図となった。

「なんだ、その程度か?」

「――の野郎……!!」

 カン、と相手の刀を弾き、切り返した反動に乗せて反撃を加えると、パァンと竹の打つ音がした。

「今のは良かった。その調子だ、月雲」

「てめーこそ調子乗ってんじゃねーよ!これから巻き返してやるんだかんな!!」


 ふと、かつて刀の稽古を付けてくれた同僚の顔を思い出す。

「アイツ、今頃何やってんのかな……」



Forbidden Bullet  第二部 そして月は雲に隠れる



 深夜、どこかのビルの地下二階で、警備員がよたよたと逃げ惑っていた。

明かりの消えかけた電灯が不気味に明滅を繰り返す通路にコツ、コツと響く何者かの足音。足音は次第に大きくなり、もたついた足で地面に這いつくばる警備員の背後で止まる。がたがたと震える手で警備員が懐中電灯を傾けると、黒めのコートと革靴が見えた。そのまま顔を確認しようと電灯を上半身に向けたところ、手には拳銃が握られていた。警備員の足に狙いを定め、引き金に指をかけている。

「ひ、ひいいいいいいい!!!!!!」

 発砲音も無いのに、警備員が膝を抱えて悲鳴を上げた。ズボンに大量の血が滲む。

「この先、必要の無い人間は全員排除するようにと命が下っていてね」

 再び、人影が拳銃の引き金に指をかける。

「残念ながら、君はここまでのようだ」

 音も無く、通路の壁に血痕が跳ね返った。


***


 あれから数日、突如神風市内に無数のトリガーが蔓延りはじめていた。本部もてんやわんやなのかトリガー発生アナウンスのシステムがダウンし、現地で遭遇する以外確認できなくなったことにより捜査効率はますます落ち込んでいた。

「ただでさえ人員不足だってのにまた仕事かよ!今日で何件目だ!?」

「もう三件目かしら……あ、今日は月雲君とひなせちゃんにちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

「このクソ忙しいときにんだよ、追加案件か?」

 がらがらとデスクチェアのキャスターを転がし首を伸ばす月雲。

「たんぽぽ出版さんからこの前のパイロキネシスの件についてインタビューしたいって依頼が来てるの。ひなせちゃんと月雲くん宛てに」

「んだそりゃ?……あ、俺ぁ今から別件で抜けるからひなせ、後頼んだぞ」

「ひえぇ!?あの、それって星乃さんが受けた方がいいんじゃ……?」

「それが、本部長は出かけてるし生憎私も手が離せなくて、ひなせちゃんだけでもなんとかお願いできないかな〜……と思って。どうかしら?」

 お願い☆と更に一押ししてくる星乃のウィンクに心臓を撃ち抜かれ、苦虫を噛み潰したような顔をしつつあっさり折れたひなせ。

「じゃあ決まりだな。ポカやらかすんじゃねえぞー」

「ちょ、プレッシャー与えないでくださいよ先輩ぃ!!」

「インタビューは午後二時に入ってるから、それまでに準備しておいてね」

「は、はいぃぃぃぃぃ!!」

 慌てて身だしなみを整えようと、ひなせは化粧室に駆け込んだ。




 午後一時半。廊下を歩く月雲の背後を、静かに近づいてくる人物があった。気配を察したのか、月雲が数秒早く振り返る。

「てめえ誰だ……って、おぉ」

 月雲の前に現れたのは三十代後半くらい、茶髪で身長はやや高めの物静かな男性だった。首にはストールを巻き、グレーのコートをスマートに着こなしている。

「元気してたか、斬原」

 耳に甘く響く声色は大学の講義で聞いていたら眠りの国に誘われそうなテノールボイスだった。月雲にゆるく微笑みかける。

「三年ぶり……くらいか?霜谷道楽」

「相変わらず馬鹿やってるみたいで安心したよ」

「馬鹿で悪かったな。お前はちょっと変わったみてぇだけど」

 月雲のこめかみに血管が浮き上がる。殴りたくて殴りたくて震えるその拳を気合いで抑え込む。

「人手不足と聞いたから臨時で配属されたんだ。また仲良くしてくれると嬉しい」

「おう、なんならこの後昼食でも行くか」

「あぁ、それならまた今度にしてくれないか。色々やることがあってね」

「ふーん……そか、分かった。また今度な」

 ひらひらと手を振りながら、月雲は道楽の去った方向を振り返った。

「あの先は――」

 


「どうも、初めまして。たんぽぽ出版の御門いつきと言います。今日はよろしくね、香久山日生さん」

 ハキハキとした口調。明るいキャリアウーマンといった感じか。

「よ、よろしくお願いします!」

 負けじとひなせも声を張り上げる。星乃から、不要な情報が外部に漏れては困るということで妨害電波や盗聴を遮断する特殊な部屋に案内された。部屋に入ると自動的に扉がロックされる。

「ふふ、そんなに気張らなくて大丈夫。リラックスして答えてくれたらいいから」

「あの、私、こちらに配属されてからそんなに経ってないんですが大丈夫でしょうか……?」

「問題ないわ。この前のパイロキネシス事件で成果を挙げたって聞いたから、ぜひ記事を書かせてもらいたくて。……できれば斬原さんからも話を聞きたかったんだけどね」

「は、はあ……」

 御門が胸ポケットからボイスレコーダを取り出し、テーブルの上で電源を入れる。続いて胸ポケットからペンを取り出し、意気揚々と手帳に書き込もうとした瞬間、

「じゃあ早速だけど、そのときの様子を話してもらっても――」

 突然目を見開いて、御門が椅子の横に倒れた。

「え……御門さんどうしたんですか、御門さん!!」

 揺り動かしても反応がない。持病などがあるとすれば発作か何かかと思い脈を測ろうとしたが、

「息、してない……!?」

 彼女は既に事切れていた。



 検死の結果、死因は病死ではなく他殺との報告が上がる。生前の彼女は持病もなく、至って健康体であった。遺体の外部に損傷は見られないものの、内臓に弾痕のようなものが見つかったらしい。しかし、窓と扉に鍵をかけられ、天井に通気口しかない、電波干渉を受けない事以外はごく普通の密室で外部から犯行が行えるのか疑問が残る。また、御門がインタビュー間際にセットしたレコーダーに、彼女が倒れる直前の二人の会話がそのまま残されていたが、音声を解析班に回した所、普通の空気音とは異なる微弱な風の音が録音されていたという。

「報告は以上よ。上は現場に居たひなせちゃんが犯人じゃないかって疑ってるみたいだけど……そんなはず無い……わよね」

「ちょっちょっ、待ってください!ガトリングならロッカーに閉まってましたし、まずあの部屋には私と御門さんの二人しか居なくて、ドアも窓も鍵がかかってて、誰も入れるような状況じゃなくて、そもそも御門さんにお会いしたのも初めてで……」

「ええ。ひなせちゃんには彼女を殺す動機がないし、武器になるような物も持ち合わせていなかった。私も部長もこの件の犯人はトリガーの仕業じゃないかと思ってるの。ただ……」

「ただ?」

「バレットによる犯行ってことは判ってても、見えない弾丸を撃つバレットってのは今まで聞いたことが無い。つまりデータベースに載ってない新種のバレットということになるから、対策の施しようがな…」

 嵐山の発言に対し、終始黙っていた月雲が口を開いた。

「それなら、フェイタルっつうれっきとしたバレットだ」

「フェイタル……?」

 三人の視線が彼に集中する。

「確実に対象の息の根を止めるために生み出されたバレット。弾丸はステルスかなんかがかかってるせいで視認できねえし、その上無機物や物体は通り抜けて、人体の内臓を貫通するまで止まらないとかいうでたらめ銃だそうだ――ったく、厄介なもん創りやがって」

「それも、昔の同僚さんからの情報ですか?」

 月雲は一瞬言葉を濁しながらまあなとだけ答えた。

「仮にバレットによる犯行だったとして、犯人は何が目的だったのかしら。インタビューそのものを公にしたくないなら、普通はひなせちゃん含めて二人とも殺すはずだわ」

「バレットの件が公にされるとまずいのか、記者の嬢ちゃんに恨みがあったのか、あるいは……」

「ひなせだけ『殺せなかった』って可能性もあるかもな」

 月雲がひなせを一瞥し、忌々しげに視線を送る。その眼差しは彼女を通して何かを見据えるかのようだった。

「?」

「なんでもねえよ」

「……あの」

 逡巡した後、ひなせが呟いた。

「そのバレット、前に見たことある気がします」

「どこで?」

「八年前、家族をバレットに殺された時……、遺体そのものは外傷がなくて、心臓に銃痕が残ってたんです。――でも、その時私も現場に居たのになぜか殺されなかった。それと何か、関係があるんでしょうか」

「……さあな。俺にゃわかんねえわ」

 月雲ははぐらかすようにわざと答えをぼかした。



***



 フェイタルについての話し合いが終わった後、急遽居酒屋にて道楽の歓迎会が開かれた。

「んじゃー、霜谷の臨時配属を祝して、かんぱーい」

 力ない月雲の挨拶で、神風支部主要メンバーが乾杯を交わす。

「霜谷道楽です。忙しい中わざわざおもてなしいただきありがとうございます」

「この殺伐としたときに歓迎会とか……ほんとは霜谷の歓迎じゃなくてアンタが飲みたかっただけじゃねえのか?おっさん」

 月雲がジト目で嵐山を睨む。

「そうカッカしなさんな、最近はトリガーの件で仕事も多かったしたまには良いだろう。経費は落ちねえが好きなだけ飲み食いするといいさ」

「霜谷さん、初めまして。香久山日生って言います。よろしくお願いします」

 ぺこりと会釈するひなせにさりげなく微笑みかける道楽。

「君が月雲の新しいパートナーか。可愛らしいお嬢さんだ」

 爽やかな笑みにひなせがきゅんとしたのを尻目に、道楽は運ばれたばかりで熱々の牛すじ煮を静かに咀嚼して飲み込む。

「あの、霜谷さん……ずっとストール巻いてて熱くないんですか?」

「ん?あぁ、ファッションだからね」

 爽やかな微笑みだが、なんだか無理矢理笑顔を張り付けてるみたいだ、とひなせは違和感を覚えた。そのやりとりを見ていた月雲は何を思ったか手元の串にだばだばとタレをかけ、いきなりひなせの口元に突っ込んだ。

「ちょ……はむぐ!?」

「へーへー挨拶はそこまで。おらぽんじり食え。どんどん食え」

 ぷりりと引き締まった鶏肉にネギの香り。生姜とニンニクの混じった香りが鼻につんと広がる。無理やり口に詰め込まれ息がしづらかったが、その歯ごたえとタレの匂いに一瞬で魅了された。

「密室で事件が起きたって話、伺いました。別件の捜査と並行にはなりますが、こちらも力添え出来る時は協力しますから、遠慮なくおっしゃって下さい」

 無理強いした当の月雲は砂肝に大量の七味をまぶし、顔色一つ変えず口に運んでいる。

「頼もしいわ……それにしても密室での犯行だなんて、今までにないタイプですよね。新種のバレットを投入することで捜査をかく乱させようとしているのか……」

 串から箸で皿の上に一つずつ落としたつくねを卵黄に浸し、上品に食す星乃。串立てにどんどん串が増えていく。

「向こうの手の内はわからん。それでも、こっちから動いてやらにゃあ相手も出てくるこたあなかろうな」

 もう何杯目になるかわからないビールジョッキを豪快に煽った嵐山。呂律がやや怪しい。

「部長、そろそろやめておいた方がいいんじゃあ……」

「お?まだまだ序の口よぉ!大将、おかえりぃ!!」

 おかわりと言いたかったらしい。

「おかえりって……ちょっと星乃さん、何か言ってや……」

「あん?ガキはすっこんでな。ちょうどこの前のツケ払わなきゃいけないと思ってたんだわ」

「あたぼうよ!!今日も星乃ちゃんの奢りにしてやんぜ!!」

(なんか星乃さんお酒で豹変してる――――!?!?)

「だ、だめですってば!!二人とも明日は仕事なんですから…!」

「ほら、三人も一緒にやらないか??耐久戦」

 ジョッキをぐいっと突き出しながらニコニコする嵐山。完全に顔が赤い。それに対し、

「少々心苦しいですが、丁重にお断りさせていただきます」

「めんどくせ。頭痛くなるしパス。おらひなせ、帰んぞ」

 道楽は至って真面目に大人の対応。月雲は我関せずといった様子。

「私は二人がちゃんと帰るまで見張りを……むぐぐぐ」

 ひなせは月雲に口を塞がれてそもそも発言権がなかった。道楽がコートに袖を通し伝票を持って席を立つ。

「斬原。これからちょっと用事があるんだ。先に帰らせてもらってもいいだろうか」

 一瞬眉をひそめてから、月雲が伝票を奪った。

「――わかった。気を付けて帰れよ」

「そっちこそ。……ひなせさん。そいつ送り狼になるかもしれないからしっかり警戒しておくんだよ。それじゃあ、ご馳走様」

「は、はひ……!」

 にこやかに立ち去っていく道楽。あわあわするひなせの腕を引っ張りながら、

「いちいち真に受けてんじゃねえあんなの嘘に決まってんだろうが。部長、俺らも先帰るわ。支払いは済ませとくから」

「え?二人とも置き去りにしちゃっていいんですか?」

「まあなんとかなるだろ――多分」

「そら部長、まだまだァ!!」

 星乃が普段ではおよそ考えられない威勢の良い声でまくしたてる。月雲が二人居るかのような口の悪さに呆れるしかなかった。

「……はあ」

 二人の様子に嘆息しながら、月雲とひなせはその場を後にした。


***


 ガタンガタンと電車が通り過ぎる線路沿いを、ゆっくり歩いて帰路につく。どちらもなんとなく無言ではあったが、不意にひなせが沈黙を破った。

「……先輩。今日の件についてなんですけど」

「あん?」

やや不機嫌な声が返ってくる。

「もし、もしも今回の犯人が私の家族を殺したのと同じ人だったら、私にバレットを捕まえさせてくれませんか」

「……正気か?」

 有無を言わさぬ冷ややかな声が返ってくる。

「因縁の相手なんだぞ。いざ相手にしてみろ。冷静に対処できんのか?」

「……」

「歪んだ正義は悲劇しか生まねえ。もしお前のその正義が悲劇を生んだとして、一人で責任取れんのか?」

「……」

「私怨と仕事を割り切って犯人を裁く覚悟があるなら好きにしろ。できねえならこの件には関わるな」

「……あります!!」

 目尻に涙を溜めながら声を張り上げるひなせ。堰を切ったように想いが溢れ出す。

「街の人も支部の人も、誰が狙われてもおかしくない状況なのに、なにも出来ないなんて嫌です!たとえ犯人が身内の誰かだったとしても、皆に危害を加えるなら私が相手になります!!もう誰も傷付けさせたくないから……!」

 俯きがちになり、ひなせの肩が小さく震える。

「守りたいんです……大切な人を失うなんて辛い思い、誰にもさせたくないから……!」

 必死に叫ぶひなせを見て、ばつが悪そうに頭をボリボリ掻いた月雲は、

「……あーくそ、これだからお子様は。どうせお前一人じゃ無理だろ。俺も行く」

「せんぱい……」

「もう子供じゃないだろ、泣くな泣くな」

「泣きたくて泣いてる訳じゃ……ぐす」

 月雲につっけんどんにティッシュを渡され、受け取ったひなせは遠慮なくちーんと鼻を噛んだ。

「俺が死なねえ保証はねえが、誰のサポートもないよかマシだろ……そういや、この事件が終わったらちょいと話してえことあんだわ」

「ぐす……やめて下さいよそういう死亡フラグ。縁起でもない」

 先程とは打って変わり、急に神妙な面持ちでひなせを見つめる月雲。泣き顔を見られたくなくてわざと横を向くひなせにも分かるほど視線が突き刺さる。

「――ひなせ、俺は」



ガタンガタン、ガタンガタン、ガタンガタン、ガタン……



 電車が二人の横を忙しく通り過ぎていった。月雲の声は電車にかき消され、何も聞こえない。


「……聞こえませんでした」

「だろーな。やっぱいいわ」

「……終わったらちゃんと聞きますから。絶対に居なくなったりしないでくださいね……?」

「……考えとくわ」

 そう言ってひらりと踵を返す月雲の背中を、ひなせは云われぬ恐怖を感じつつただ黙って見つめることしかできなかった。



***



 翌日、今度は別の支部で事件が発生したと連絡が入った。ひなせと月雲、二日酔いでぐったりしている嵐山のデスクに資料を配布しながら、星乃がそれぞれの概要について説明する。耐久戦の勝者は星乃だったようだ。

「これで三件になるけど……一人目がたんぽぽ出版の御門さん、二人目が宅配の業者、三人目は潮野支部――霜谷さんが在籍してた支部の人だわ――どれも人が出入りできない密室での犯行みたい」

 配られた資料とにらめっこしてから、ひなせが星乃のデスクを覗き込んだ。

「星乃さん、その三つの事件って監視カメラに記録されてたりしませんか?」

「先に解析班に回しちゃったけど、そろそろ戻ってくるはずよ」

「戻ってきたらあとで見せてもらっても良いですか?ちょっと気になる事があって……」


 星乃からカメラの映像をUSBにコピーしてもらい、一通り再生することにした。

 犯人は必ず現場に戻る。ちゃちな推理小説でよく見かけるキーワードだが、手がかりが無い以上やらないよりはましだった。画像を再生し、巻き戻し、早送り、再生を繰り返す。一時間以上画面の隅々までじっくり観察してみて、ようやくある違和感に気がついた。

「――あ」


 犯行の瞬間、防犯カメラに弾丸らしきものは映りこんでおらず、唐突に警備員が倒れこんでいる。しかし、その後現場近くに姿を現した人物がどの映像でも事件時間の前後に必ず映り込んでいるのだ。被害者が倒れる数分前に姿を現し、その場を立ち去ったと思いきや、被害者が倒れた数分後に画面に姿を現し、ひなせがその件を伝えに行った隙に遺体を確認している。どうにも怪しい。


 この結果を踏まえ、ひなせは月雲に相談を持ちかけに行ったが、昨日の件もあり少々気まずかった。

「……先輩、ご相談が」

「ん?あんだよ」

「星乃さんから映像を借りて観察してみたんですけど……もしかして、犯人って」

「お前の思い浮かべた通りの人物で間違いないだろうよ」

「……先輩は大丈夫なんですか」

「大丈夫もなにも、バレットなら尚更捕まえねえと。同僚とかそういうのは事件とは関係ねえだろ。犯人は犯人なんだから」

「……」

「疑わしそうな目でこっち見んな。俺のことは心配ねえから。それよか、今回はゴム弾じゃなくて実弾使え。フェイタルはそのままバレットを残しとくと厄介だ。粉々にぶっ壊すつもりでやれ」

「……わかりました」

「あと、俺が合図を送ったらありったけガトリングを回せ。何があっても回し続けろ。弾倉の入れ替えも極力最速でだ。絶対に隙を見せるな。弾丸で向こうが狙いを外したところに俺が踏み込んでバレットを叩き落とす。いいな?」

「……はい」

「被害広げねえためにも作戦決行はなるべく早めの方が良さそうだな――うし、明日には決行すんぞ。道楽の野郎は俺が適当に呼び出しとくから」

「……」

 まだ腑に落ちない様子のひなせを見て、月雲はそっとひなせの頭にぽんと手を置いた。

「お前がやるって言ったんだろ。自分で言ったことくらいちゃんと最後までやり遂げろ」

「――はい」

「よし、打倒フェイタル作戦開始だ」



 翌日、支部に来たひなせは到着早々、仕事前の星乃と嵐山を捕まえることに成功した。

「星乃さん、嵐山部長、協力してほしいことがあるんです」

「やれることならなんでもするつもりだが、内容は?」

「一日だけ時間を下さい。その一日で決着を付けます」

「……というと?」

「支部の人を、一日だけ全員違う支部に退避させて欲しいんです。できれば私と、先輩と霜谷さんだけが神風支部に残るように。お願いします」


        ***


 トリガー対策本部神風支部会議室。地上10階建てのビルの9階部分に当たる。

 道楽は指示された通りその部屋に向かい、静かに扉を開けた。

「――おや、今日は全体会合と聞いたんだが……他の方々はどうしたのかな……?」

 静まった会議室の真ん中に、ひなせが一人ぽつんと立っている。

「全員支部の外に退避してもらいました。今この建物には私と、」

「俺と、てめえの三人しか居ねえよ」

 道楽が開けた背後の扉から長刀を携えた月雲が姿を現す。霜谷は眼前にひなせ、背後に月雲と二人に挟まれる形になった。月雲が刀を鞘から抜き、彼の瞳と同じようにぎらぎら光る切っ先を霜谷のうなじに突き付ける。

「霜谷さん。貴方が今回の、フェイタル事件の犯人ですね?」

 ひなせもガトリングを構え、射撃体勢を整える。霜谷が一瞬目を細めた。

「……物騒だね。刀に、ガトリングか」

「貴方が、私の家族を殺したんですか?」

「それで僕を殺すつもりなのかい?」

 質問に質問で返す道楽。どうやら質問に答える気は無いらしい。

「……どうしても答えてくれないなら、力づくで行きます!」

 ひなせが膝に重心をかけ、反動で道楽の元に飛び込む。霜谷はそれを軽やかにかわしつつポケットに右手を入れ、拳銃を取り出す。

「フェイタル……!?」

「ひなせ、一旦下がれ!」

 ひなせの突撃を避けた月雲が振り向きざまの道楽に刃を向ける。軽くカキン、と衝突音がした。

「見えねえだけで弾丸はそこにあんだろ!」

 道楽が無言で銃口を傾ける方向に刀を合わせる。でたらめに刀を振っているようにしか見えないが今の所どこも負傷していない。完全に弾丸を防いでいるようだ。

「弾見えてるんですか!?」

「正直よくわかんねえ!!」

 月雲が左手で指をパチンと鳴らすのに合わせ、ひなせが掃射を開始する。あくまでフェイタルを破壊するのが目的であるため、二人に当たらないように気を付けてありったけの弾丸を足元に撃ちこむ。実弾に入れ替えて威力が増した分砲身にかかる反動が重く、身体が思うように動かせない。反動を必死に足で押さえながらガトリングのハンドルを回す。

「せ、せんぱいぃ……!!」

 カキンカキン、と弾丸と金属の衝突音が鳴りやまない。常に軽めのガトリングを取り回していたせいか、早くも腕が痛くなってきた。日頃から鍛えておけばよかったと後悔したが、時既に遅し。

「せんぱい!まだですか……!!」

「もう少しだけ耐えろ!!」

 ひなせの牽制が効いているのか、道楽がじわじわとガラス張りの窓に後ずさりしていく。このままガラスに弾が当たればガラスが割れて道楽に刺さるかもしれない。あくまで狙いはフェイタルのみなので早めに決着を付けたかった。そんな折、フェイタルが弾切れを起こしたのか道楽の手が一瞬だけ怯む。その一瞬を見逃さなかった月雲がガトリングの弾を避けつつ一息に右足を踏み込み、間合いを詰めた。

「その姿で、」

 下段から刀を振り上げ、その勢いでフェイタルを空中に弾き飛ばす。

「その声で、」

 振り抜いた刀を手元に引き寄せ、今度は右肩の上に構え直し、

「!?」

「喋るなああああああああああ!!!!!!!!」

 空中浮遊するフェイタルの銃身目掛けて、構えた刀を槍投げよろしく真っ直ぐ投擲した。刀は寸分違わず銃身のど真ん中に直撃し、そのまま壁に縫い止められる。同時に道楽の身体が糸の切れた人形のようにくずおれ、その場に倒れ伏せた。

「え、え、ええええええええ!?」

 月雲の一連の行動を呆然と見ていることしか出来なかったひなせは、いつの間にかハンドルを回す手が止まっていた。

「っはー、終わったぁ……初めはあんまり道楽そっくりな口調だったから分かんなかったが、一発で見破れるヒントがあってよかったわー」

「……? どういうことですか?」

「あいつは身に付ける物の好みにいちいちうるせえんだ。昔、ストールは絶対赤い物しか巻かないって言ってた。なのに今のこいつは青色のストールを巻いてる」

「あ――」

 指摘通り、道楽の首元には青いストールが巻かれている。月雲が倒れた道楽のストールを外すと、首筋にFの文字が刻まれていた。

「これ……!」

「だいぶ素の道楽に近づけたみてえだが、詰めが甘かったな。ま、とにかく一件落着っつうことで」

「ひゃあ……」

 なんだか呆気ないと横たわった道楽を眺めていると、月雲が呟いた。

「なあ」

「なんですか?」

「……この前約束したこと、話していいか」

「え……?」

 ひなせの返事も待たず、おもむろに左手の手袋を外す月雲。その手の甲には「F」と書かれた痣が。

「――!!」

「八年前、お前の家族殺したの、俺なんだわ」

「……ほんと、ですか」

「ああ。そこのフェイタルを使って殺した。あらかじめ俺がフェイタルについて知ってたのはそれでだ」

 言いながら月雲が長髪を縛っていたゴムを解く。光に晒され、眩く輝く銀色の髪。

「ほら、この長さで黒い髪の男に見覚えあるだろ」

「あ、あ……!!」

 ガクガクとひなせの足が、声が震える。憶えている。何度もあの光景を夢に見た。一日たりとも忘れたことなんてない。血の気の引いた頭を抱え、ひなせの目が見開かれる。まるで走馬灯でも見るかのように、八年前の出来事がフラッシュバックする。



神風市にトリガーが現れたその日、トリガーはひなせの自宅を襲い、まず目についた彼女の家族を一人ずつ撃ち抜いていった。家族を全員殺した後、トリガーはひなせのこめかみに銃口を押し当てた。


「悪ぃな。お前を殺さないと――未来が――」

「……え?」

 トリガーは銃の引き金をかけようとし、止めた。

「……いや、今日の所は見逃してやる」

「へ、え……?」

「お前はいつか俺が必ず殺す。それまでに死ぬことはこの俺が許さねえ。生きろ」


 そう言って立ち去ったトリガーの後ろ姿。黒髪の青年。左手に刻まれたFの文字。月雲の面影。なすすべのない家族らに突き付けられた無慈悲な銃口。何もできなかった自分。

 改めて、今目の前に居るのがあの時のトリガーなのだと思い知らされる。こんなに近くにいたのに何故今の今まで気が付かなかったのかと不思議に思うくらい……


「最初、本気で殺そうと考えてたのはお前だけだった。けど、俺はお前を殺すことはできねえことを知った。そういう風にプログラムされちまってたから」

「……」

「あんま信じたくなさそうだな。証拠、見せてやろうか」

 月雲がコートの胸ポケットから取り出したのは、フェイタルとは似て非なる、銀のボディのハンドガン。

「これが、俺が元々持ってた本来のバレット」

「先輩の、バレット――先輩が、バレット……?」

「元々はこいつでお前を殺そうと思ってたんだが、まあ色々手違いがあって、それでフェイタルを使おうとしたわけだが――」

 月雲は取り出したバレットの銃口をひなせのこめかみに突き付け、引き金を引こうとした――が、何故かストッパーが入ったように固く、完全に動かなくなっていた。もし正常に引き金が引けていたら今頃ひなせの脳天を貫いていただろう。

「……」

「……な?お前にはバレットが通用しない。あの時お前を見逃したのは殺せないことが分かってたから一時退散したってわけだ」

「なら、今回は……」

「俺はこの八年もの間ずっと、お前を殺すことだけ考えて来た。でも、それは叶わなかった。だからお前が死なねえようにずっと見張って、ここに呼び寄せた」

「先輩の……そのバレットの能力って――」

「それは――」


 ぐしゃり、月雲の二の腕から血が噴き出していた。


「さっきは痛恨の一撃をどうもありがとう。なかなか痛かったよ」


チャキ


 気づけば、倒れたはずの道楽が月雲の心臓辺りにフェイタルの銃口を向けていた。


「てめ……!」

「霜谷さん!?さっき倒したはずじゃ――」

「斬原月雲。君の正体が何なのかは知らないが、私達の存在を消そうとする奴は邪魔なんだ。大人しく消えてもらおうか」

「先輩!?」

「ひなせ!!」


カチャン


 フェイタルの安全装置が外される音。ひなせの頭の中で警報がけたたましく鳴り続ける。道楽の握ったフェイタルからキリリと弾倉の回る音がし、弾が装填される。


「いや……嫌……やめて!!!!!」


 記憶の奥に閉じ込めたあの日の景色。倒れた家族と、長い黒髪の青年。左手に刻まれたFの文字。月雲の面影。なすすべのない家族らに突き付けられた無慈悲な銃口。何もできなかった自分。皮肉にも、今度は月雲がその魔弾の犠牲になってしまうというのか。自分が犯人を捕まえると決めたというのに。

ひなせは無意識の内にガトリングを構え、咄嗟に道楽に突撃していた。刹那、


「――生きろ」


ガァン


 月雲が呟いたのと、ひなせが道楽の体にぶつかったのと、銃声が鳴ったのはほぼ同時だった。のしかかった道楽の身体を押しのけ、衝撃で吹き飛んだ月雲の近くに向かう。


「間に合わなか、った……?」


 持ち上げた彼の身体は重く、胸ポケットの辺りに真っ赤な薔薇の花が咲いていた。そして、腹部に置かれた彼の手が滑り落ちる。


「せん……ぱ……せんぱあああああああああああいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」


 その叫びを聞く者はなく、返事は虚しく空に吸い込まれた。


「せんぱ、あ、よく、も……!!」


 よろよろと立ち上がり、道楽が手にしていたフェイタルを蹴り飛ばし、弾倉に残った弾丸をありったけぶちまける。弾を撃ちきってもなお飽き足らず、ガトリングの砲身を力任せにフェイタルに叩きつけた。ガトリングの砲身に傷が付いてもお構い無しに、何度も何度も。


「うう、ぐうううぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 ヒビの入ったフェイタルにとどめを刺すかのように、ひなせは持ち上げたガトリングを思いっきり振り下ろした。



to be continued





【前回からの変更点】

・バレットは「取りつかれた本人の犯罪衝動を呼び起こして人格を豹変させる」とかいう設定がありましたが今回から完全に「自我を持ったバレットが手当たり次第人間に憑りついて体を借りている」設定になりました


【補足もとい言い訳】

・道楽さんのイメージはBLEACHの「眼鏡の藍染隊長」っぽい人だと思ってください。個人的なイメージCVは速水奨さん。ちなみに道楽→どうらく→逆から読むとくらうど→クラウド→雲。実はこの人も「犯人は雲と名が付く」法則に従ってます

・ひなせと月雲にフィーチャーした結果星乃さんと部長が空気になりました。星乃さん辺りは道楽の襲撃を受けるシナリオとか入れて掘り下げたかったんですが力尽きました

・中盤、ひなせの正義感が暴走しかけたシーンでは道楽がひなせの間違った正義を推し、月雲が間違った正義に待ったをかけ、ひなせの正義感が二人の間で葛藤する様も書きたかったんですが以下略。もしかしたらここでひなせが道楽にそそのかされて間違った正義を振りかざすルートもあったかも

・月雲と道楽は本編開始三年くらい前に同じ職場で働いてた同期で、年齢は一回り離れてますが仕事上はバディ関係にありました。BL要素はないけどお互いそれなりに信頼してた模様。

・バレット道楽はバレットつくもの正体に気付いてません。単純に自分の存在を脅されるのが困るため月雲の排除に乗り出してました



・月雲が常に長刀ぶん回してるのは道楽さんに習ったから。道楽さんの実家が剣道の道場で、支部に入って以来射撃を習いましたがセンスはピカイチ。同僚時代は下手くそな月雲の射撃センスを見かねて道楽さんが週末レッスンをしてあげましたが月雲の射撃センスはそれでも改善せず。道場の経験を活かし刀の振り方を教えた結果脳筋でもそこそこ強そうな長刀スタイルに落ち着いたのでした。

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