不思議なオッサン
朝起きたら、居間で知らないオッサンが、横になってテレビを観ていた。
小松家。父茂晴42歳、母ゆき子39歳、長男タカユキ12歳、長女こはる8歳、そして愛犬モンジ、雑種のオス、推定10歳。この、ごくごく普通の一般家庭に、突如おこった物語…。
ー遡ること三日前ー
「おかあさん!切れたよ!ついに切れた!」
学校から帰って来るなり、嬉しそうにそう叫びながら、タカユキがゆき子の元へ飛んできた。
「おかえり。切れたってなにが?」
ゆき子が尋ねると、無邪気な笑顔で、タカユキはゆき子の顔の前に、一本のボロボロの紐を差し出して見せた。
「これだよ!ミサンガ!!」
誇らしげにタカユキは言った。それは以前、家族で旅行に行った時に、土産屋で買ってやったものだった。手首や足首に結んでおいて、自然に切れると願いが叶うという、まじないグッズだ。
「旅行の時さ、モンジは一緒に行けなかったでしょ?一緒に泊まれる旅館もたくさんあるけどさ。それでもやっぱり犬は入れないところも多いからって、おばあちゃん家にあずけたけど…。ぼく、やっぱりモンジも一緒がいいなって思ったんだ!だから、モンジが人間になりますようにってお願いしたんだ!そしたら、どこへだって一緒に行けるでしょ!」
キラキラと目を輝かせながら語るわが子を、ゆき子は優しいまなざしで見つめた。
ーそして現在ー
「あ、あの、どちら様で…?」
目の前にいる不審なオッサンを怒らせないよう、慎重にゆき子が問いかけた。
「なに言ってんだべさ?どっからどう見たってモンジだで?」
言われてみれば、今朝はモンジが尻尾を振って走って来ない。だからって…。どっからどう見たってモンジ…ではない。ゆき子は、返す言葉を失っていた。
背後から、眠気まなこでボーッとした茂晴がやって来た。
「おはよう…。って誰だあんた!!?」
見知らぬオッサンの姿を見るなり、一瞬で茂晴の目が開いた。
「モンジなんだって…。」
ゆき子が茂晴に言った。
「とりあえず、俺が見張ってるから、ゆき子は警察に電話を…!」
茂晴がゆき子に耳打ちすると、まだ眠そうなタカユキが起きてきた。
「おはよう…。ん?おじさんだれ?」
「だからモンジだでってばさ。」
タカユキは、少しオッサンを見つめてから、胸の前あたりで、肩幅よりもすこし広めに手を開き言った。
「モンジはさ、薄い茶色でモフモフで、こんくらいの大きさだし、まだ10さいだよ?おじさん大人じゃん!」
すると、自称モンジのオッサンが答えた。
「タカユキが願ったことだべ?モンジが人間になりますようにって。それに、犬の10歳は、人間になったらこんなもんだべさ。」
また少し、オッサンを見つめると、タカユキの表情がキラキラと輝き出した。ゆき子は思わず、警察にかけようと手にとっていた受話器を置いた。
「おはよー…。どうしたの?」
こはるが起きてきた。
「すごいよ、こはる!モンジが人間になったんだよ!ぼくのお願いが叶ったんだよ!」
タカユキが興奮しながら言った。居間でくつろぐ知らないオッサンを観て、こはるが口を開いた。
「モンジ??このおじさんが??」
疑うこはるに、オッサンが言った。
「こはるは昨日、学校から帰って来てから、部屋で歌うたっとったな。いつも歌っとるアレ。」
そう言うと、オッサンは鼻歌を歌って見せた。
「それからタカユキ。おまえ、クラスのやよいちゃんとケンカしたって、しょんぼりしてたな。」
顔を赤くして慌てるタカユキをみて、得意げにニヤッと笑うと、オッサンは続けた。
「あ、ゆき子。この前のわしの記念日の時、好物のササミ茹でてくれてありがとな。」
オッサンの言う『記念日』とは、モンジが施設から我が家にやって来て、ちょうど10年の記念日の時のことだ。驚き、固まるゆき子を尻目に、オッサンは続ける。
「茂晴。おまえさんはいつも、子ども達が寝たあと、ゆき子にベッタリだな。」
「わわわわ!」
異常に慌てる父の姿に、子ども達の頭の上に、ハテナマークが浮かんだ。オッサンが語るどの話も、愛犬モンジが見たもの、聞いたもの、食べたものに違いなかった。
「えっと…。とりあえず朝ごはんにしましょっか…?」
ゆき子のこの言葉から、小松家の新たな生活が幕を開けた。