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第二話 戦争の真実

 三十分が経過し、王都の外に集まった一同。


 アリアもプライベートな服装ではなく、白を基調とした戦闘衣装にガントレットと肩当て、胸当てに脛当てと、軽武装に身を包んでいる。


 もちろん、勇者たちもその場に戦闘衣装を着こんで集まっている。


「これより進軍を開始します。指揮はこの私、ユーリ・クラフィが執ります」


 今回の進軍は、先に出発した三千名の先発隊の後を追うようにアリア達援軍千人が向かうことになっている。


 先遣隊は、魔王軍の侵攻報告がなされた時には各領地から防衛に必要な人数を差し引いた数が送られている。


 この援軍部隊は王都から援軍として送れる最少人数だが、精鋭揃いだ。数よりも質を重視した編成になっている。


 数よりも質の筆頭は、やはり何といってもロズウェルだろう。王国最強の剣士にかかればたかが一兵卒が何人束になろうが勝ち目はない。それに、アリアがロズウェルと出会った当初から更に成長している。


 アリアは、ロズウェルが戦場で本気で戦ったところを過去に一度しか見たことが無い。イルとの模擬戦では割と本気を出しているが、完全に本気とは言えない。それは、一度だけ見せられた本気を目の当たりにしていれば一目瞭然だ。気迫がまるで違うのだ。


 他の者はそのことを知らずに二人の模擬戦を見ているから、その姿がロズウェルの本気だと思っている節がある。


 だが、あの姿だけでも確かに安心感を覚えるだろう。兵士たちの顔を見ればさほど緊張した様子は見られない。緊張感が無さ過ぎてはダメだが、この程度はちょうどいいくらいだろう。


「そして、今回は指揮官補佐としてアリア様が同行してくれます」


「よろしく頼む」


 次いで、アリアの存在も影響力があるだろう。何せメルリアの生きた神なのだから。


 国の象徴が一緒に戦場に立ってくれる。それだけで兵士たちは情けない姿など見せるものかと己を奮い立たせる。


 それに、男とは女に情けない姿を見せたくはないものだ。しかもそれが美少女と来ればなおの事であろう。


「もちろん、私も尽力します。若輩者ですがよろしくお願いします」


 ユーリがそう言うも、誰もユーリを若輩者だと馬鹿にしたりはしない。彼女がなぜ指揮官の座についているのかを皆理解している。多少の嫉妬はあるかもしれないが、それでも彼女の力を認めている。だから、あざけりも嘲笑も起こらない。ユーリを信じているからだ。


 それに、彼女の功績と有能さを皆が知っている。アリアとロズウェルには及ばないが、ユーリの姿に皆が安堵感を覚える。


「それでは、時間も差し迫っていることですのでアリア様から一言いただいたのち出立しましょう」


「え?さっきのじゃダメ?」


「当たり前です。さあ、どうぞ」


 ユーリはそう言うとアリアの背中を軽く押して前へ立たせる。


 前に出され兵士たちの視線が集まる。


 アリアは観念して一つ咳払いをする。


「今回の進軍では数的有利はこちらにある。質でも、まあロズウェルがいるのだから大丈夫だと思う。が、決して油断するな。戦場に必ずなんて言葉は無い。なにかしらのイレギュラーは起こりうる。そんなときに油断をしていれば死ぬことになる。だから、油断だけはするな。気を引き締めていけ。以上」


 アリアがそこで言葉を区切ると、兵士たちはいっせいに敬礼をする。それは指揮官であるユーリも例外ではなく、むしろ他に負けないとばかりにビシッと綺麗な敬礼をして見せた。


 だが、ユーリはすぐに敬礼を解くと声を張り上げる。


「それでは、進軍開始!!」





 進軍が開始されてからも、される前からも勇者たちの空気はお通夜のようであった。


 行軍する軍の一番後ろをついて行く勇者たち。


 前を行く兵士たちの活気あふれた頼りがいのある足音とは違い、どんよりと重い空気をそのまま纏ったような足音はなんともまあ頼りなく情けないものであった。


 その理由は先ほどの進軍前の演説にある。


 兵士たちは《勇者》である荘司たちではなく《女神》そして《女神の付き人》である二人を見ていた。


 そう、勇者たちには見向きもしなかったのだ。


 それだけで、アリアが何を言いたかったのかが分かった。


 自分たちの《勇者》という称号は名ばかりのお飾りのようなものなのだ。今まで矢面に立ち人々を救い、その戦う背中を見せてきた二人には遠く及ばない。及ぶはずもなかった。


 名ばかりの《お飾り勇者》が数多の戦場で活躍した《本物の英雄》に敵うどおりがなかった。


(アリアちゃんの言う通りだ……俺たちは、認識が甘かった…)


 荘司たちは勇者と言う称号に正直浮かれていた。程度の差はあれ、それは誰もが同じであった。


 それに、自分だけの特別な《加護》がある。それが自意識を高くしていた。


 特別な能力があるから誰かの頼りになるわけではない。決して特別でなくともユーリのように積み上げてきた実績が皆の頼れる存在となり、皆を鼓舞する。


 その事実をあの短い間に見せつけられ、戦場に着く前に自尊心は打ちのめされていた。


 そんな、お通夜のような空気の中、勇者たちの最前列に立ち適度な緊張を持ちながらも気楽に会話をする者がいる。


 美結と真樹と計の三人だ。その三人に交じって奈々子もいるのだが、緊張でガチガチに固まってしまい歩くだけでも精一杯と言った感じだ。


 そんな奈々子を見て、真樹は苦笑を浮かべながらも声をかける。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。私たちは前に出るわけじゃないわ」


「わ、分かってるんだけど……今から行くところが戦場だと思うと、どうしても…」


「あまり緊張しすぎもよくないよ?……って言っても、そんな簡単に和らぐわけないよね。かく言う俺も緊張してるし」


「アタシは大丈夫!アリアちゃんのそばから絶対離れないつもりだから!」


「うわ。勢い込んで言ってるけど結局他力本願だね」


 美結の力強くも情けない言葉に、計だけではなく真樹も奈々子も苦笑いを浮かべる。


「私もそうしよっかな」


「桐野さん亜澄さん。そうは言うけどアリアちゃんが最前線に行ったらついて行ける?」


 苦笑いを浮かべながら問いかける計。その問いは二人にとって完全に盲点だったのか、二人ともその発想はなかったと驚きの表情を浮かべる。


 その二人の表情を見た真樹は、少しだけ呆れを含んだ表情になる。


「逆に、なんで二人はアリアちゃんが最前線に行かないって思ったのよ?」


「なんでって、そりゃあアリアちゃんがメルリアにとって大事な人だからだよ。そんな大事な人を簡単に前に出すとは思わないし……」


「で、でも。思い返せばアリアちゃんの話では、バリバリ最前線で戦ってた、よね?」


「あ」


 アリアの話を思い出し真樹の言いたいことに気が付いた奈々子がそう言うと、美結も同じ結論に思い至ったのか、とぼけたような声を上げる。


 確かに、アリアの話を聞いた限りでは、アリアは座して結果を待つことはせずに自ら事件の渦中に飛び込み結果を生み出している。


 そんな人物が果たして戦争と聞いて動かずにいられるだろうか?おそらく、自ら前線に立ち味方を鼓舞しながら戦うことだろう。


「どうしよう!どうすればいい?」


「後ろでひっそりと見学してましょう。下手に前に出ずに」


 慌てる美結に真樹は冷静に返す。


 いつも通りの様子を見せる四人。その様子を後ろで見せつけられるクラスメイト。


 自然となぜ彼女らがいつも通りの自然体でいられるのかと疑問を抱く。


 荘司には、いつも通りでいられる彼女らの背中が、なんだか遠く見えた。


 しかもその中に自分の意中の相手がいるとなれば、荘司としては放っては置けない。彼女とただでさえ遠い距離が、更に遠くなるような気がしたからだ。


 それに、意中の相手にあまり情けない姿を見せたくなかった。そんな思いは自信喪失の表情を見られているのだから今更のような気もするが、荘司としては、これ以上は自分の情けない姿をさらしたくはなかった。いや、これ以上情けなくなりたくなかった。


 そんな、少しばかりの見栄と矜持突き動かされ、荘司は前を行く背中に声をかける。


「なあ」


「うん?どうした、荘司?」


 荘司の声に応えたのは計であったが、前を行く四人は後ろを少し振り返り荘司に顔を向ける。


 四人の視線に若干気圧されながらも、荘司は思っていることを口にする。


「なんで、お前たちはいつも通りにしてられるんだ?」


「なんでって言われてもな…」


 困ったような顔を浮かべる計。その顔は、問いの答えを用意していないという顔ではなく、どう言えばいいのか迷っているようであった。


 計は、荘司の問いの正確な意味を理解していた。


 荘司は、『お前たちは目の前で格の違いを見せつけられて自尊心を打ち砕かれたはすだ。それなのに意気消沈もせず、なぜいつも通りの自分でいられるのだ?』といった意味を含んでいた。


 その問いの答えを、計自身は持っている。だが、友人である荘司を傷つけずに教えるにはどう言葉を紡げばいいのか分からなかったのだ。


 言いよどむ計を見て真樹が溜息を吐く。


 そして、今日はよく溜息を吐く日だとどうでもいいことを思いながらも、計が言えない答えを告げる。


「私たちは自分の力量を把握してるわ。だから、あなたみたいに変に自信過剰になったりして、いざ現実を見せつけられたからってへこたれたりしないの。そこら辺も、あなたたちが認識の甘いところよ」


「うっ……」


「まあ、天狗の鼻が折られるいい機会だったんじゃないかしら?」


「うぐっ…」


「そもそも、優秀な騎士団の皆さんの補助ありで魔物を倒せたくらいで天狗になるのもおかしな話だけど」


「ううっ……」


「それに、セリア大森林は初心者向けの迷宮ダンジョンなのよ?そこの主をクラスメイト全員で倒したくらいで天狗になるなんて」


「ストップ瀬能さん。それくらい言えば荘司もちゃんと気付けてる」


 そう言った後、計は荘司以外のクラスメイトにも目を向ける。


 この距離で会話をしていてクラスメイトに聞かれていないわけがない。


(それに、皆も十分理解できたしね)


 そこだけは、胸中で呟くだけに留めておく。


 真樹も、言いたいことは言えたのか、前を向き直る。


「勇者様方。そろそろ到着します。勇者様方は前に出ませんが、十分気を引き締めてください」


 そうこうしているうちに、軍は目的のクロウウェル平原に到着しつつあった。


 兵士の言葉を聞き、自然と勇者たちの顔に緊張が走る。


 いよいよ、異世界に来て初めての戦争を目の当たりにする。そのことが、勇者たちの動きを鈍らせる。


 戦場に行く前に放った言葉はもう脳裏に浮かぶことすらない。少し前から、戦場特有の、勇者たちが未だかつて感じたことの無い威圧感が流れてくる。


 その威圧感に圧され、戦場に着かなければいいのにと思い始める。だが、勇者たちがいくらそんな弱音を吐いたところで、無常にも進軍は止まることが無い。


 そうして、とうとうクロウウェル平原。戦場の渦中に脚を踏み込む。


 そこには、戦うメルリア軍と魔王軍の姿と数多くの死体があった。その全てが、人のものであった。人にしか見えなかった。


 いや、実際に人なのだ。《魔人族》と人と言う文字が使われているのだから、人なのは当たり前なのだ。


 人同士が殺しあう凄惨な光景に、前を行く兵士たちは普通に歩を進める中、勇者たちだけが足を止めていた。


 そこに、前を行っていたはずのアリアが歩み寄ってくる。


「分かったか?これがこの世界の戦場だ。むこうとなんも変わらない」


 アリアは、悲しげな表情を浮かべながら勇者たちから少し離れたところで足を止めて戦場を見渡す。


「人同士の殺し合いなんだ。お前らに」


 アリアが勇者たちを見据える。


「人が殺せるか?」


 目の前に立つ少女はさほど遠くないところにいるのに、その達観した表情がその距離を酷く遠く感じさせた。


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