第一話 魔王軍の侵攻
あけましておめでとうございます。
遅れてしまい申し訳ございません。理由については、活動報告にてご確認を
「状況は!」
集団転移の魔法で戻ってきたアリアがロズウェルに会ってから最初に放った一言がそれだった。
そんな挨拶もへったくれもない第一声ではあるが、ロズウェルはそれを窘めることはしない。なぜなら、今はそんな小さなことに時間を取られているほど暇ではないのだから。因みに、服装もそのままにして来たため、騎士団の制服が多くを占めているこの部屋では少しばかりか浮いていた。
「魔王軍はすでにクロウウェル平原にて陣を取っています。ですが、こちらの出方を窺っているのか、進軍してくる様子はありません。おそらく、あちらも準備を整えていると思われます」
「クロウウェル平原だと?」
アリアは魔王軍が陣取っている場所を聞いて訝しげな声を上げる。
ロズウェルはアリアが疑問に思ったであろうところを瞬時に理解し補足説明を入れる。
「おそらく、街という街を避けて通ってきたのでしょう。進軍も、昼ではなく夜に行い、闇魔法で隠ぺいをしながら慎重にしたのでしょう。でなければ、突然クロウウェル平原に現れるなんて不可能です」
「確かにな」
アリアはロズウェルの説明に頷きながらも思案を巡らせる。
「アリシラ。お前の《予知》には引っかからなかったのか?」
アリアの問いにアリシラは肩をすくめながら首を振る。
「残念だけど、かすりもしてない。ワタシの《予知》も万能じゃないからね」
「そうか」
それを聞くとアリアはまた思案する。
クロウウェル平原は魔大陸のある方面と逆の位置にある。つまり、メルリア王国と魔大陸が向かい合っているとすると、メルリア王国の裏まで回って挟み込む形になっているというわけだ。そのため、魔人族の侵攻は少なく、クロウウェル平原付近の領地は警備の兵も十分にいない。攻め落とそうとすれば、魔王軍であれば容易に落とせるのだ。
それなのにもかかわらず、どこも攻め落とすことなく行軍してきたということは何か理由があるに違いない。
あげられる例を頭の中に上げると、その考えを整理するために口に出してみる。
「いくつか考えたんだが、まず魔王軍の数は少ないか?」
「はい。二千人程度です」
ロズウェルの出した数字にアリアは頷く。
「となると、平原まで来るのに領地を襲わなかったのはいたずらに数を減らさないためと、王都からの援軍を嫌ってのことか」
「そうなりますね」
と言うことは、魔王軍は王都を奇襲するために来た。と言うことなのかもしれない。何分、クロウウェル平原は王都からさほど遠くは無い。今現在魔王軍を発見したばかりのメルリアは兵の準備も行軍の準備もまだできていない。完全に存在がばれてしまっているが、今から攻めてきてもこちらの準備も整っていないので奇襲も成り立つ。
相手の作戦は完璧だ。用意周到で慎重に事を進めてきたのが今の今まで気づけなかったことで窺える。
だが、何かがアリアの中で引っかかる。その引っ掛かりが何かは分からない。その引っ掛かりを理解しようとアリアの中に残っている疑問を口に出してみる。
「アリシラの《予知》にも引っかからなかったことから、それほど大事でもない?」
「多分ね。確定ではないけど」
「敵の数は約二千。奇襲を成功させるための最低限の数」
多すぎず、少なすぎない数。
アリアは思案を終えると、とりあえずの答えを言う。
「大したことは無いの…か?」
「ええ。数だけであれば大したことはありません。王都にいる兵で事足ります。ですが」
「一人一人の強さを考えれば楽観視できない数だわね」
ロズウェルの言葉をアリシラが継いで言う。
二人の言葉にアリアは頷く。
確かに、アリアやロズウェル、アリシラなどからしたら普通の魔人族の一人や二人どうと言うことは無い。だが、アリア達が規格外なだけで、他のみなはそうはいかない。魔人族と一対一で戦って勝てるものがこの王都に果たして何百人いるか。それに、位を持つ魔人族が一人でもいれば戦況はそれだけで大きく変わってしまう。
そう考えると、今回の奇襲はやはり厄介なものだ。二千人とは言え魔人族がすぐそこまで来ているのだから。
厄介だと結論が出てしまえば、アリアのとる行動は決まっている。
「…よし、私が出よう」
「よろしいのですか?」
「よろしいも何も、国を守護するのが私の役目だ。こういう時に出ないでどうする」
「では、私もお供します」
「ああ、頼む」
「アリアちゃん。ワタシはどうする?」
「アリシラは待機」
「そのこころは?」
「クロウウェルにいる敵が陽動の可能性があるからだ。それに、私とロズウェルが行くんだ。アリシラまで出てきたら過剰戦力だ」
今回、アリアとロズウェル、アリシラがいるにもかかわらず進軍してきたのに少なからず違和感を覚えていた。
この三人がいるのに二千で行軍してくるなど正気の沙汰ではない。
となれば、クロウウェル平原にいる軍は主要戦力である三人をおびき出すための囮だと考えるのが普通だ。
「なるほど。りょうか~い」
なるほどと言いながらも、まったく納得したという表情を見せないアリシラ。おそらくは、待機を命じられるのを最初から予想していたのだろう。ただの事実確認を行っただけのようだ。
アリアは、そこら辺にいた兵士の一人を引き留めると、イルとシスタにはここに残るようにとの伝言を頼んだ。
「私はどうすればよろしいでしょうか?」
「ユーリは私と共に来てくれ」
「かしこまりました」
「アリア様。わたしは団長の元へ向かいます」
「ああ。副団長のお前は行った方がいいだろう。先に言っておくべきだったな。すまない」
「いいえ。わたしの部下はしっかりしていますので、わたしがいなくともしっかりやっていると思いますので大丈夫です。それでは、失礼します。ご武運を」
エリナは一礼して去って行く。
そして、エリナと変わるように、室内に勇者たちが入ってきた。
「なんのようだ?」
アリアは少しだけ冷たい声で勇者たちに問う。
その声に、少しだけ困惑をしながらも、代表して荘司が答える。
「えっと…魔王軍が攻めてきたって聞いて来たんだけど……」
「そうか」
「…なにか、手伝えないかなって…俺たち、一応勇者だし」
「無い。帰れ」
荘司の提案をアリアは冷たく一蹴する。
アリアの今まで見せたことの無い冷たさに、勇者たちは戸惑う。
「な、なんで?俺たち勇者だし、加護だってある。役に立てると思うんだけど…」
「必要ない。足手まといだ」
「足手まといって……俺たちだって、この一か月必死に訓練してきたんだ!魔物も倒してきた!加護の使い方だって分かってきたんだ!少しくらい役に立てる!」
アリアの心無い物言いに、少し声を荒げて言葉を返す荘司。
「少しくらい、ねぇ…」
アリアはそういうと、小馬鹿にしたようにフンと鼻で笑う。
その仕草に、荘司以外の勇者たちからも怒気が伝わってくる。
「なにがおかしいんだ?」
「ちゃんちゃらおかしいね。まさかこんなにも認識が甘いなんてな。真樹の言ったとおりだ」
「瀬能さん?」
荘司は、苛立ちを宿した目で真樹を見る。クラスメイトも、自然と真樹に視線が向かう。
真樹は、一つ溜息を吐くとアリアに言う。
「アリアちゃん。ここで私の名前を出さないでくれるかしら?面倒だわ」
「それもそうだな。すまないな。次回から善処する」
「善処じゃなくて対処をしてほしいのだけど?」
「いやあ、案外忘れてそうだからな~断言はできないかな~」
アリアの軽い調子の言葉に、真樹はまたもや溜息を一つ吐く。
そんな二人に、荘司は苛立ち交じりに口を挟む。
「二人だけで話を進めないでくれるかな?瀬能さん。俺たちの認識が甘いってどういうこと?」
荘司の質問に、真樹は溜息一つする。今度のは、自分に荘司の怒りの矛先が向いたことと、その程度のことも分からないのかと言う呆れからくる溜息だった。
馬鹿にしているような――実際馬鹿にしている――真樹の態度に荘司は更に怒りを募らせる。
だが、その怒りを爆発させる前に真樹が口を開く。
「そのままの意味よ。あなたたちは認識が甘すぎる」
「だから、それはどういうことなんだ?」
「あなたたち、ちゃんとアリアちゃんの話聞いてたの?」
「聞いていたさ」
「聞いていてそれなのね」
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれ!!」
真樹の態度に、とうとう荘司が激昂して怒声を放つ。
だが、真樹はそんな声など気にした様子もなく冷たい視線で荘司を見つめる。いや、見つめると言うよりは、睨み付けると言った方が妥当かもしれない。
睨み合う両者。居心地の悪い空気が流れる。
周りにいた兵士も準備の手を止めて何事かと様子を窺っている。
だが、その空気は一人の乱入者によって霧散される。
「はい、そこまでです」
手を打ち合わせ、音を立てながら割って入ったのはこの場にはいなかったイルであった。
「皆さん、今は緊急事態です。そんな些末なことで揉めている場合ではありませんよ。皆さんも、仕事に戻ってください」
イルは兵士にもそう命令を下すと、二人の間に割って入り勇者たちを見据える。その姿に、場違いにも奈々子は少しだけ頬を朱色に染めるが誰も気づかない。
「みなさん。ここでの最高位責任者はアリア様です。アリア様に従ってください」
「…でも」
「従ってください」
反論をしようとする荘司の言葉を遮りだされた言葉は、それ以上逆らうことが許されないような威圧感が含まれていた。
その威圧感に勇者たちが飲まれる寸前で、アリアが声をかける。
「いい。もう十分だイル」
「かしこまりました」
アリアの言葉に、イルは軽く頭を下げてアリアの後ろまで下がる。
「……本来ならば、先ほどの言葉通り連れて行かないつもりでいた。けど」
アリアはそこで言葉を溜めると、威圧するように勇者たちを見据える。
子供のような外見、と言うより子供そのもの外見をしているアリアから放出されているとは思えないほどの威圧感に、勇者たちは息をのむ。
勇者たちも、威圧感を浴びせられたことはある。
騎士団団長のセルゲイと副団長のエリナに、威圧感になれるために浴びせられた。初めて王都の外壁の外に出たときに出会った魔物にも浴びせられた。セリア大森林の主にも浴びせられた。
だから、目の前のアリアから浴びせられるものが威圧感だと言うのはすぐに気付いた。
だからこそ、分かる。
今まで浴びてきた威圧感のどれよりも重い。体が全くいうことを聞かず、冷汗はとどまることを知らず、息を吸うのでさえ根気がいる。
圧倒的なほど格が違う。
そんなアリアから発せられる言葉ですら、勇者たちを押しつぶす重圧へと変化する。
「お前たちは認識が甘すぎる。だから、その認識を正してやる」
「た…だす…」
たった三文字。その三文字すら気力と体力がかなりすり減るほどであった。
「ああ、正す。お前たちを戦場に連れて行ってやる。そこで思い知れ。自分たちがどんなに甘かったのかを」
アリアはそういうと威圧感を解く。途端に、地面に崩れ落ちる勇者たち。それを見たあと、アリアは歩き出す。
「準備をしておけ。三十分後に出発だ」
そう言い残し、アリアとその後ろをついていったロズウェルはその場かを後にした。
その姿を見てイルはやれやれといったふうに首を振る。
「こうならないために俺が割って入ったんですけどね…」
「逆にいい機会だったんじゃないですか?自分たちの置かれている状況を理解するには」
イルの独り言に、真樹が返す。
独り言を聞かれた気恥ずかしさもあったが、イルはそれをうまく隠す。
「あなたは、とても聡明ですね。自分の立場をよく理解していらっしゃるようだ」
「自分以外に向ける目をあまり持っていないだけですよ。おかげで自分のことをよく見返せます」
「謙遜しなくてもいいんですよ。アリア様は、あなたにとても感謝していました。美結さんを救っていただいたことを」
イルの言葉に、真樹は少し恥ずかしげに指先で頬をかく。
「救っただなんて、そんな……」
「大げさなんかじゃありませんよ?美結さんも、それくらいには思っていると思います」
イルの言葉に、真樹は照れたように笑うだけで言葉を返さなかった。
その二人の姿を少しだけ羨ましそうに奈々子が見つめていたが、それに気づくものは誰もいなかった。




