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第四十三話 頼み事

活動報告でも申し上げました通り、二話連続でござる。気が向けば、三話連続。

 次の、と言うより、最後のあいさつ回りに来たアリア。


 最後は、会う回数は少ないのだが、アリアがかなり世話になっている人だ。


 アリアが向かっていると向こうもアリアに気が付いたようで、アリアに笑みを向ける。アリアも、つられて微笑み挨拶を交わす。


「久しぶりだな」


「ああ!アリア様ぁ~!!おっ久しぶりですぅ!!」


「相変わらず元気そうだな。シェリエ」


「はい!私はいつでも元気ですよ!と、特に今日は、たくさんの衣服が見られて幸せですぅ!デュフ。デュフフフ!」


 周囲の者の服に視線を這わせ顔をだらしなく弛緩させるシェリエ。シェリエの視線にさらされたものは、例外なく身震いをする。


 彼女、シェリエ・デラドーラは仕立て屋だ。アリアの衣服もさることながら、美結や真樹、計たち勇者組の衣服も彼女が主導して作っている。


 パーティー用に限らず、私服や戦闘服のデザインも彼女がデザインしている。腕はアリアも認めるところだし、ロズウェルだって認めている。ただ、少し言動に変態性が垣間見えているのが、彼女の評判を少し残念にしている。


「一人か?」


「え?ええ。なぜだか皆私に寄り付かないんですよ。なぜですかね?」


 それは、シェリエの動作が気持ち悪いからだ、とはさすがに言えない。


「さあ、なんでだろうな?」


 アリアは直球で言えないので適当に誤魔化す。


「そう言えば、アリア様!!」


「ん、なに?」


 シェリエはごそごそとスカートの中をまさぐる。


 急に奇妙な行動にぎょっとするアリア。


「ちょっ!?何してんの!?」


 アリアは慌てて周りを見る。どうやら、周りの人は見ていないらしい。そのことにホッとするも、いまだにごそごそとまさぐっているシェリエを止めようとする。


 が、止めようと思った矢先に、シェリエは目的を果たしたらしい。


「いえね、ここに……あっ!ありましたよぉ!」


 そう言ってシェリエはスカートの中から一着の服を取り出す。


「どこから出してる!どうやって収納した!?」


「スカートから出しました!めちゃくちゃ収納上手なんです!」


「…もういい」


 アリアは、シェリエから疑問に対する答えを訊きだすことを放棄する。


「それで、それがどうした?」


「いえね。アリア様に似合うんじゃないかと思って作ったんですよ。それで、今日アリア様もこのパーティーに参加するんじゃないかと思い、持ってきたしだいですよ」


 シェリエはにこやかにそう言いながら、服をひらひらと揺らす。


「持ってきてくれるのはありがたいんだが、時と場所を…あと、出し方を考えてくれ」


「インパクトがあった方がいいかなと!」


「いらないサービス精神は発揮しなくていい!!」


 いつもの調子のシェリエに、アリアは変わらないなと安堵すると同時に、ずっとこの調子なのかと思うと頭痛を覚えるのであった。



 ○ ○ ○



 アリアは会場から抜け、テラスに出る。


 テラスから見える王都は、各家から温かな光がこぼれている。王都では、発光の魔道具が当たり前に普及している。そのため、前世の街並みほどではないにしろ、夜でも明かりに包まれている。


 そんな夜の王都を眺めながら、手に持ったグラスをくいっとあおる。グラスの中はお酒などではなく、少し甘めに作られたブドウジュースだ。


 本当はお酒を飲んでみたかったのだが、アリアはお酒を飲める年齢に達していないため飲むことはかなわない。


 少しだけ残念だなと思いながらも、またぶどうジュースをあおる。


 アリアは、策に背中を預けるようにして会場を眺める。


 と言っても、視線の先は移ろうことなくある人物に固定されている。


 旧知の中であり、恩人であり、守りたい人であり、大切な人。六年先の未来に何も言わずに送り出してしまい悲しませてしまった人。


「いや、送り出したというか、私が過去に来てしまっただけなんだがな…」


 苦笑交じりにひとりごちるアリア。


 視線の先の人物は言わずもがな、美結である。


 美結は今、真樹や計、いまだ前世の感情と折り合いがつかなくて少し癪に思うのだが、荘司たちも含めて楽しそうに話をしている。


 その光景を見ていると、自然と笑みがこぼれる。だが、それと同時に寂寥感も押し寄せてくる。


 いつもあそこに、美結の隣にいたのは埼三幸助だ。だが今はどうだろう。隣にいるのは幸助じゃない。それどころか、アリアですらない。幸助がずっと嫌っていたクラスメートだ。


 この姿になって、今までの自分とは大きく違うということはよくわかった。だから、分かっていたはずだった。埼三幸助でなくなり、アリア・シークレットとなった今、前のように美結のそばにいれなくなることくらい。


 美結が望んでいるのが、埼三幸助であって、アリア・シークレットではないことくらい。


 だが、アリアはアリアとして生きていくことを決めた。だから、いまさらこんな寂寥感に押しつぶされている場合ではないのだ。


 これが、自分の選んだ道なのだ。自分で選んで、美結には選ばせなかった道なのだ。


 幸助として隣にいることを放棄し、美結が一番生きていられるとおもったその時の最良の結果がこれなのだ。だから、アリアはこれを受け入れなくてはならない。これが、自分の招いたことなのだから。


 それでも―――寂しいものは寂しかった。


 今更ながらに押し寄せてくる後悔。


 これが独り善がりの結果だ。


 美結が傷つけば自分も傷つく。もしかしたら美結が異世界で裏切るかもしれない。いろんな憶測があの時頭の中を廻った。


 結局は、自分が傷つきたくないから選んだ結果でもあった。美結のためと銘打っておきながら、自分が一番傷つくのを恐れていただけだ。


 自分の臆病さと浅ましさに自嘲気味な笑みがこぼれる。


 すると美結が、アリアが眺めているのに気づいたのかこちらを振り向く。


 アリアは、自嘲気味な笑みを消し去ると、優しく微笑み軽く手を振る。美結も、アリアに手を振り返す。


 美結が手を振ったことで、話をしていた皆も気付いたのか、アリアの方を見る。


 アリアを見る目は、アリアとの距離感を掴みあぐねていてどう接していいか戸惑っているようであった。


 それも、無理なからぬことであろう。つい先日までクラスメートであったものが、容姿も性別も変わったとなれば、中身を知っている人間でも、距離を置いてしまうというものだ。


 まあ、もともとクラスのみんなとは仲は良くはなかった。よくなかったというか、あまり接点もないので、可もなく不可もなくと言ったところだろうか。


 ともあれ、そんなこともあり、彼らが向ける視線でアリアが精神的にダメージを負うことは無い。少し煩わしいと思う程度だ。


 アリアは振っていた手を下すと、美結たちに背を向け夜の王都をなんともなしに眺める。


 視線が面倒になり、後ろを向くことで遮ったのだ。


 暫く景色を眺めていると不意に誰かが隣に並ぶのが分かった。横目でその姿をとらえると、隣に並んだ人物は少々意外な人物であった。


「芹沢か…」


「お邪魔だった?」


 アリアの隣に並び立ち、柵に肘を置きアリアを窺う計。その手には、アリアとは違いアルコールの匂いがするグラスが握られている。


 計の持つグラスを、少しだけ羨ましそうな目で見ながらもアリアは答える。


「いや、邪魔じゃないさ」


「そう。ならよかった」


 計はそう言ってほほ笑むとグラスをあおる。


「うん。初めて飲んだけど、お酒っておいしいね」


「私はあと一年我慢しなくてはいけないから酒の味なんぞよくわからんがな」


 目の前で見せつけるように飲まれてはアリアとしては面白くない。もちろん、計にその気がないことは分かっている。だが、面白くないものは面白くないのだ。ふくれっ面をしてしまうのは仕方のないことだろう。


 計は、そんなアリアを見ると困ったように笑う。


「ちょっと飲んでみる?」


「え!いいの?!」


 計の魅力的な提案にふくれっ面を解き、笑みを浮かべるアリア。だが、すぐに何か思い至ったのか、表情を少し暗くする。


「いや、止めておこう。どこかでロズウェルが見てる気がする」


 アリアのちょっとした冒険をロズウェルが許してくれるはずもない。光よりも早く駆け付けアリアのグラスをひったくるように取り上げるだろう。それに、仮に見ていなくとも飲んだことがバレたら後が怖い。


「そっか」



 計はそれだけ言うとグラスを手すりの上に置く。アリアが飲めなと分かって自分だけ飲むのに気が引けたのだろう。


 暫く、沈黙が二人の間に漂う。


 耐えられない沈黙ではない。むしろ、心地い沈黙だ。


 しかし、計がこの沈黙を望んでアリアのところまで来たのかと言われれば、おそらく違うのだろう。


 そう考え、アリアは自ら沈黙を破ることにした。


「それで?」


「ん?」


「私に何か用があってきたんじゃないのか?」


「………用…ってほどのことでもないかな」


 身長差で見上げるような形になるアリアの目を、優しくのぞき込む計。


「じゃあなんだ?」


「いや、俺の憧れが、憧れのままでいてくれたことが嬉しくてね」


「は?」


 なんの脈絡もなく発せられた計の言葉に、アリアは疑問を浮かべる。


 そんなアリアの反応が面白かったのか、計はくすりと笑う。


「俺にとって君は…いや、崎三幸助であった君は、俺の憧れだったんだよ」


「それは…どういう…?」


 計が続けた言葉も、アリアには理解できないものであった。


 アリアは計と前世でそんなに仲良くはなかったはずだ。話しかけられれば最低限の受け答えをするほどには計には嫌悪感は抱いてなかったが、逆に言えばそれだけの間柄のはずだ。


 そんな接点の少ない二人なのだ。計がいつアリアに、いや、崎三幸助に憧れを抱いたというのだろうか。


 アリアの疑問を、計も理解しているのだろう。


 微苦笑を浮かべながら計は言葉を紡ぐ。


「俺さ、正義の味方とかに憧れてたんだよね」


「正義の味方?」


「そ、正義の味方。と言っても、特撮物の戦隊ヒーローとか覆面被ったライダーとかじゃないよ?警察官とか、検察とか、弁護士とか…とにかく、弱い人を助けられる人になりたかったんだ」


「それは、切っ掛けとかあるのか?」


「あるよ。小さい頃、俺浚われたことがあるんだよね」


「えっ!?」


 あっけからんと言い放たれた言葉に、アリアは驚愕する。


 それも、無理なからぬことだろう。比較的安全な日本ではあるが、誘拐や殺人、強盗もあるにはある。だが、それらは身近で起こっていることではなく、テレビの向こうで報道される程度であった。いくら災難続きの巻き込まれ体質である崎三幸助と言えども、誘拐現場に直面したことは無い。


 いや、それ以外があるのかと訊かれれば、殺人は無いにしろ強盗はあるのだが、それは今は良いだろう。


 ともかく、計のいきなりのカミングアウトに、驚愕して口をパクパクと開け閉めするアリア。


 その反応が面白かったのか、計はまたもや笑う。


 アリアは少しだけムッとしていう。


「笑い事じゃないと思うんだけど」


「ははっ。ごめん。でも、こうして元気に過ごせているんだ。悲劇じゃないんだし、もう笑い話でしか語れないよ」


「そういうものか?」


「少なくとも、俺にとってはね。他の人がどうかは知らないけど」


「…それで、その話が切っ掛け?」


「そう。まあ、ありふれた話、途中で正義感の強い人に助けてもらったのさ。助けてもらったあとに何度もお礼を言ったよ。それで、お礼の返事にその人が言った言葉が忘れられなくてね」


「その人は、なんて?」


 計は、その時の言葉を思い出しているのか懐かしむように目を細める。


「『僕みたいに無茶をしろとは言わないよ。でも、目の前で困っている人がいたらできる限り助けてあげて』ってね」


「そうか…」


「その言葉が、ずっと忘れられなかった。そりゃあもう、正義の味方を目指すほどにね」


 計は笑顔でそう言ったが、その笑顔は少し自虐的なものに見えた。


「でもさ、俺臆病だからさ、そんな簡単にいかなかった」


「臆病なやつは、他人に普通に話しかけようとしないよ。私は臆病だから美結以外とは付き合わなかったけどな。臆病と言うのは、私のような奴を言うんだ」


 アリアの自虐的な励ましに微苦笑を浮かべる。


「いいや、臆病だよ。いつだったかは忘れたけど、ある日、目の前で複数の不良にしつこくナンパされてる女性二人組がいてね。最初は助けようと思ったんだ。でも、足が動かなかった。行ったところで、自分に何ができるかもわからなかった。その時だよ。俺が迷ってる間に一人の男子高生が割って入ってたんだ」


「ほう、勇気あるなそいつ」


 アリアの言葉に計は苦笑をする。


「覚えてないか。君なんだけどね」


「え?」


「割って入って行ったのは君だったんだよ。クラスが同じだから、すぐわかった」


「そんなこと、あったかな?」


 似たようなことがありすぎて覚えていないアリアは該当しそうな記憶をたどってみる。だが、思い至らないのか、思い出すことを諦めて計の話の続きを聞くことにした。


 計もアリアのその姿勢を理解したのか話を続ける。


「君は、彼女たちを庇うように前に立つと不良たちと話し始めて、殴られた」


「待て、話し始めてから殴られるまでのスパンが短すぎるんだが?」


「いや、実際に話し始めてすぐに殴られてたよ?」


「まじか…」


 ヒントを一つ貰ったが、それでも思い出せない。


「それでも、すぐに反撃して全員蹴散らしてたけど」


 また一つヒントらしきものを貰ったが、大隊いつもと同じパターンなので、これまた該当する記憶が多数存在する。


「まったくわらん」


「一人モヒカンがいた」


「あ、思い出した」


「やけに早いね」


「あいつのモヒカンの色が嫌に特徴的だったからな」


「ああ~あの色はね」


 計もアリアと同意見なのか苦笑を漏らす。


「「虹色はないな~」」


 言葉がはもり、お互いに顔を見合わせる。すると、どちらからともなく笑いがこぼれる。


「それで、俺にできないことをやすやすとやってのける君に憧れたんだ」


「私としては、いつものことだったんだがな」


「俺にとっては特別なことだったよ。そこから、君を目で追うようになってね。よく見れば、トラブルに巻き込まれてるなって思って」


「巻き込まれ体質だからな」


「ふふっ、違いない」


 いろいろ話して喉が渇いたのか、計は手すりに置いておいたグラスをあおる。少しだけ頬が赤いから、もしかしたら少し酔っているのかもしれない。


「そんな憧れであった君が、こっちの世界でも正義の味方をしているんだ。正直、安心した」


「そうか…そんな風に思ってくれていたのか」


 自分のやったことが少なからず誰かにいい影響を及ぼしていると訊かされて、少し気分の良くなるアリア。


 アリアは、また手すりに背を預けるようにすると、美結を見る。


「正義の味方に憧れるお前に、少し頼みがあるんだ」


「なにかな?」


 計も、アリアと同様に、手すりに背中を預けるようにする。


 アリアは、少しだけ目を細め、美結の楽しそうな姿を見つめる。


「もし私に何かあったら、美結をお願いできるか?」


「え?」


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