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第三十九話 激闘の朝Ⅸ

募集:シスタの魔槍の名前を募集します。

最近気づいたのですが、私ネーミングセンス無いです。ひねり出せずに困ってます。

協力いただける方は、お願いします。

「シスタ様!!」


「イルくん。無事そうで何よりだよ………って、そうでもないみたいだね」


「ええ、まあ」


 呼び声はかけるが、決して目の前のアラクネラからは意識を逸らさずに剣を構えるイル。シスタも、異常事態だと察っしたのか槍を構える。


 目の前のアラクネラをよく観察してみれば、喪服のような黒いドレスで分かりづらいが所々に傷があり血が滲んでいた。所々にある傷はそこまで深いわけではなく、致命傷にはなりえないものだ。


 なのに、アラクネラは息が上がっており、笑顔でいるが少ししんどそうであった。


「アラクネラあッ!!貴様どういうつもりだ?!」


 ダフが拳を痛いほどに握りしめながら怒声を上げる。だが、アラクネラはその怒声を浴びても、身をすくめることもなく咀嚼を続ける。


 その行動が、ダフの怒りを更に煽る。


「……お前の行動にはいろいろと許してはきたが…今回ばかりは許せることではないぞ!!」


 額には青筋を浮かべ、目を血走らせているその様は、見るものに威圧感を与える。それと同時に、必死さも感じ取れる。


 そんなダフの様子を見たあと、シスタは目の前のアラクネラに抱えられた少女に目を向ける。


(…おおかた、あの子が生き残った一人…と言うところかな?)


 そうであればダフのあの異様なまでの必死さと怒りを理解ができる。


(それなら、少し……)


 シスタはあることを決めると、ダフに声をかけようとする。が、声をかけるより前にダフは飛び出す。


 袖からワイヤーを出し、数本のワイヤーをまとめて一本の太いワイヤーを造り上げる。それを左右の袖に三本ずつの、計六本。


 ワイヤーをばらけたままにしなかったのは、抱えられているメリアに攻撃を当たりづらくさせるためだ。ワイヤーの数が多ければ、その分制御も難しくなる。怒り狂っている自覚のあるダフは、多くのワイヤーを繊細に操作することができないと、怒り狂いながらもどこか冷静に物事を判断する頭で考え、メリアを傷つけないためにもそういう判断を取ったのだ。


 だが、その判断は徒労に終わる。


 ニヤリと一層笑みを濃くしたアラクネラが、何を考えたのか、大事そうに抱えていたメリアをダフの方に放り投げたのだ。


 ダフは予期せぬ事態に面食らいながらも、投げられたメリアを優しく抱き留めた。両腕で包み込む小さな体は、まだ温かみがあり、かすかに聞こえてくる呼吸音から、メリアがまだ生きているということを教えてくれた。


 メリアが生きていることに安心したのも束の間。アラクネラの背中から生えた脚が、二人めがけて迫っていた。


 メリアを両腕で抱き留めているためとっさに対応ができないダフ。せめてメリアだけでも守ろうと身を捩ろうとしたその時、何者かが二人の目の前に躍り出た。


 その者は、槍を地面に突き刺すと槍に魔力を注ぐ。


「守れ、茨よ」


 そう言葉を発した直後、地面を割って成人男性の胴回りほどもあろう茨が無数に生えてくる。


 アラクネラの脚は、突如として出現した無数の茨に遮られ、二人に傷をつけることはかなわなかった。むしろ、茨から生えている無数の棘に脚を抉られて傷を負う始末。


 アラクネラは、茨の壁を睨み付ける。


 だが、急に悪寒を感じ慌ててその場を跳び退く。


 ―――――チョキンッ


 跳び退いた直後に、金属が擦れ合う独特の音が響き渡る。そして、感じる痛み。痛みの発生源は背中から生えた蜘蛛の脚の一本であった。


 見やれば、その一本は中ほどから綺麗に切断されており、ドバドバと紫色の体液があふれ出ていた。


 急なことの連続に目を白黒させながらも、アラクネラは茨の壁があるところから大げさなほどに距離を置いた。


「やれやれ、下衆だ下衆だとは思っていたけど…まさかこれほどとは思わなかったね…」


 呆れ声でそう言いながら茨の壁の向こうから姿を現したのは、シスタであった。


 シスタは、先ほどまでメリアを抱えていたために見えていなかった胸の傷をしげしげと眺める。


 その胸の傷は明らかに致命傷だった。遠目から見ても、傷は深く、確実に心臓にまで達しているであろうと思われる傷跡であった。


 それでなぜ生きているのか不思議に思ったが、さっきの行動を思い出すに、その理由は至極単純明快であった。


「おおかた、その致命傷を治すために仲間を喰らって回復しようとしたんだろうね。と言うか、その致命傷でここまで来れるはずもなさそうだし、ここに来る前に確実に一人は食べてるんだろうね」


 非難と軽蔑の目でシスタはアラクネラを睨み付ける。


「仲間を喰らうなんて……本当に下衆だ」


「シスタ様の推論は正しいですよ。こいつは彼女に噛みつく前には、もう口の周りに血がべっとりついていましたから」


 シスタの推論に補足を入れながらイルが横に並ぶ。


「補足ありがとう、イルくん」


「いえ」


「さて、それじゃまあ…君は倒させてもらうよ?」


 そう言って構えを取るシスタ。イルも、構えを取る。


「あ、二対一だから卑怯だとは思わないでね?先に奇襲っていう卑怯な手を使ってきたんだから、お相子でしょ?」


「もっとも、下衆に正々堂々相手をしてやるほど、こちらも聖人君子ではありませんし―――ね!!」


 言うが早いか、イルは駆け出す。シスタは少し遅れて駆け出し、イルのバックアップに入る。


 力量差的には逆の方がいいのだろうが、今回ばかりは違う。


 イルの魔剣《裁断剣・タチキリ》はその効果範囲のものを全て両断する剣だ。もし、効果範囲にシスタが入り込んでしまったら、シスタごと両断してしまう。そうならないためにも、シスタは自らバックアップに回ったのだ。


 それに、イルの怪我や疲労の度合いを考えると決着は早い方がいい。とは言え、シスタには早期決着の手立てがない。茨を自由自在に操れはするが、それだけだ。汎用性に優れた茨ではあるが、これと言った決め手がないのが特徴なのだ。


 対して、イルの魔剣は、回数制限にこそ難はあれど、一撃必殺が特徴だ。ここは、辛いであろうが、イルに頑張ってもらう方が、効率がいいのだ。


 イルも、そのことを分かっているので、あえて自分から跳びだしたのだろう。


 シスタは、いつでもバックアップができるように、槍に魔力を込めておく。


 身体強化をして異形と化したアラクネラに迫る二人。


 アラクネラも、イルの剣が脅威であることを先ほどの一撃で身をもって知っているために、迂闊に近づくようなことはせず、距離を置くべく後ろに跳ぶ。


 民家の屋根の上に着地すると、手をかざす。すると、かざされた手から幾本もの糸が射出される。


 一見、普通の蜘蛛の糸のように見えるが、シスタは糸に嫌な予感がし、魔力を込めた槍を突き出す。


「貫け、茨よ!」


 言葉を発すると、槍から無数の茨が糸に向かって生える。


 茨が糸と接触する。直後に、じゅうぅっ、と言う茨が溶ける音と共に煙が上がる。


「うはぁ……酸性の糸なんだ…」


 なにも知らずに剣と槍で迎え撃っていれば、魔剣と魔槍は溶けることは無いと思うが、跳ねた飛沫が二人を襲い、溶かされていただろう。


 アラクネラは、初撃を防がれることは予想の範疇だったのか、すぐに次の攻撃に移る。


 屋根から屋根へと飛び移りながら糸を射出する。


 縦横無尽に駆け回り繰り出される蜘蛛の糸。その全てを先ほどのように防ぐことは不可能なので、シスタは槍で地面に大きめの弧を描く。


「守れ、茨よ」


 言葉に呼応するかのように描かれた弧から茨が天に向かって生える。


 先ほどと同じように、茨の壁に糸が当たると、じゅうぅっという茨が溶ける音が聞こえる。


 しばらくその音が続いた後、今までとは違う空気を割く金属のような音が複数聞こえてくる。


 少しだけ茨から距離を置くと、茨を突き抜け白い塊が突き出してくる。


「おおっと!」


 一応後ろに下がってはみたが、まさか本当に茨を貫くとは思わなかったのだ。


 子の茨は注ぐ魔力の量によって強度を変えることができる。さっき出した茨は酸を凌ぐためにそれなりの強度で作り出したのだ。それを、まさか貫通するとは思わなかったのだ。


(まさか、貫通するほどの威力とはね…)


 次々と突き刺さる高硬度の蜘蛛の糸の一つに槍をコツンとぶつける。すると、金属と金属がぶつかり合うような音が響く。


(硬いな…)


 この茨を貫通する程のものなのだから、硬いのは当たり前だ。だが、この蜘蛛の糸はシスタが思っていた以上の硬度を有している。


(これも、もうもたないかな?)


「イルくん。これ、もうもたなそうだから退避の準備しておいて。あ、行けそうだったら攻撃しかけてもいいから。ただ、蜘蛛の糸は数種類の効果があると思うから、他にも気を付けて」


「了解しました」


 シスタの言葉に了承で返し、タイミングを見計らう。


「あと、できればこの位置まで誘導できないかな?」


「……やってみます」


 ピシリと音を立てる茨。やがて、崩れ落ちる。


 その崩れ落ちる茨の隙間を縫って駆け出すイル。シスタは、その場所に残り、崩れ落ちる茨を盾にしながら、下準備をする。


 崩れ落ちる茨の雨から抜けると、アラクネラの目の前に出る。


「っ!?」


 まさか、茨の雨を抜けてつっこんでくるとは思わなかったのか、驚愕の色を表すアラクネラ。


 だが、すぐにいつも通りの顔に戻ると、幾多もの糸を飛ばしてくる。飛翔してくる速度からして先ほど茨を貫いた高硬度の糸だろう。


 イルはそれすらも掻い潜り、時にタチキリで弾きながらも肉薄する。


 イルが全てを掻い潜ってくることを、先のことから理解していたのだろう。掻い潜り出てきたところに酸性の蜘蛛の糸を射出する。


「くっ!!」


 いいタイミングで出されたそれをイルは避けることができない。避けようにも、途中で蜘蛛の巣状に広がったそれを避けることはできないだろう。


 避けることができないのであれば迎撃に出るしかない。


「燃え広がれ!《正四角形のスクエアフレイム》!!」


 魔法を唱えると、イルの目の前に四角形の炎の壁が広がる。


 左腕をぐっと後ろに引き一気に押し出す。


 すると、目の前の炎の壁が広がりながら前に押し出される。


「広がれぇッ!!」


 広がっていく炎の壁と酸性の蜘蛛の巣が衝突する。


 刺激臭を伴う煙が上がる。


 だが、そんなことには目もくれずアラクネラに向かって突き進む。


「………くそ…!」


 悪態をつきながらも迎撃に出るアラクネラ。


 背中から生えた蜘蛛の脚で攻撃をする。


 七本の脚で連続して攻撃するアラクネラ。一本は、先ほどタチキリで両断されてしまったので攻撃には回せない。


 間断なく繰り出される攻撃に、イルはタチキリで応戦する。ただ、七本に対して一振りの剣では、全てを防ぎきることはできない。


 今は、何とか対応できてはいるがすぐに向こうの手数に圧倒されることになるだろう。


 イルは、袈裟切りで弾いた後タチキリを逆手に構える。もう一つある柄を左手で握りしめると、右手の柄に近づける。それは大きなハサミで物を切るような動作であった。


 ――――チョキンッ


 鳴り響く金属通しの摩擦音。


「………があっ………!?」


 呻き声を上げるアラクネラ。


 タチキリの延長線上の蜘蛛の脚が断ち切られる。三本断ち切られ、残り四本。


 左側のすべての脚が使用不能になったことで、そちら側の攻撃が甘くなる。そのため、そちら側に容易く回り込むことができる。


 後ろに回り込むと、閉じたタチキリを開きなおし再度閉じる。


 ――――チョキンッ


 そうすることで残りの蜘蛛の脚も全て断ち切ることができる。


「………うっ………があッ………!!」


 アラクネラは怒り狂ったように叫び声を上げ、振り返りざまに鋭い爪を振るう。


 それをタチキリの剣の腹で受け止める。


「攻撃手段が乏しくなったあなたに、もう勝ち目はないです」


 不格好な形で振り向きざまに爪を振るったので大きな隙ができる。そこをイルが見逃すはずがなく、腹に回し蹴りを叩きこむ。


「……うぐっ!?」


 身体強化により強化された脚力で、大きく後ろに吹き飛ばされるアラクネラ。


「…………嘗めるな……ッ!!」


 空中で一回転しながらバランスを整え、地面に体を打ち付けることなく着地するアラクネラ。


 だが、イルのさっきの蹴りは攻撃が目的ではない。


「……チェックメイト…ってやつですね」


「………は……?」


「そうだね~」


「…………ッ!?」


 後ろから聞こえてくる呑気な声に慌てて振り返るアラクネラ。そこにいたのはシスタであった。


 別に忘れていたわけではないが、気配もなく後ろに着かれるとは思わなかったのだ。


 シスタはにこやかに微笑みながら槍の石突で地面をコツコツと突く。


「足元注意ね~♪」


 にこやかにそう言い放つシスタ。直後にアラクネラの足元で魔力が発生する。


 危険を察知し慌てて跳び退くアラクネラ。直後、アラクネラのいたところから茨が突き出してくる。


 アラクネラはシスタの思惑を回避でき、ニヤリとほくそ笑む。だが、シスタも笑顔を崩さない。避けられたのに余裕綽々といった感じだ。


 訝しげにシスタを眺めるアラクネラ。だが、すぐにその理由を、身をもって知ることになる。


「足元と言っても、今いるところってわけじゃないよ?未来予知ってところかな?」


 おどけた調子で言った直後、先ほどとは比べ物にならないほどの魔力を感じる。


「《茨のタワー・オブ・ソーン》」


 地面を裂いて飛び出す巨大な茨の塔がアラクネラの背中に突き刺さりながらそびえ立つ。


「……う、ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 アラクネラには珍しく大きな叫び声を上げる。


「イルくん。致命傷を与えても生きてるかもしれないから、止めをよろしくね?」


「はい、心得てます」


 シスタの言葉を受けると同時に駆け出す。茨の棘を足場に茨の塔を駆け上がる。頂上に付近に上がると、勢いよく棘を蹴りつけ塔を超えるほどに跳躍する。


 イルは、刃を広げたタチキリにさらに魔力を込める。すると、刀身が大きく伸びる。


「《オオタチキリ》」


 ――――ジョキンッ


 今までとは違う金属の摩擦音が響き渡る。


「ギャッ!?………あ……あぁ…ッ………」


 アラクネラは断末魔の声を上げると事切れたのか力なく、だらんと手足が下がる。その衝撃で体が上半身と下半身に別れて落ちてくる。くちゃりと何かが潰れるような音が響く。


 イルの技により断ち切られたのだ。


 イルは少しだけぐったりしながら着地する。そんなイルのもとに歩みより、シスタは労いの声をかける。


「イルくん、お疲れさま」


「はい、ありがとうございます……」


「本当に疲れてるねぇ」


「ええ、もうぐったりです…予想以上に魔力を持ってかれました」


 そう言って、イルは通常形態に戻ったタチキリを掲げる。


「タチキリって凄いねぇ。なんでも切っちゃうね~」


「いえ、それを言ったらシスタ様の方が凄いですよ…」


 イルはそういうと茨の塔を見る。


 茨の塔は縦に切り傷がついているが、両断までには至っていない。


「……タチキリの力を過信していたわけではないですが……まさか両断できないとは………」


 これでまた自信が削られましたよ、とげんなりしながら続ける。


 《裁断剣・タチキリ》には両断できないものは無いとまで言われている。だが、それもタチキリを十全に引き出せてのことだ。


 それでも、今のイルに両断できないものはほとんどない。それなのに、シスタの茨は両断できなかった。


 そのことが、イルの減ってしまった自信をまた減らしていった。


「俺もまだまだですね…」


「ここまでできれば十分だと思うけどね。でも、向上心があることはいいことだよ。ともあれ……」


 シスタは集中して魔力を感知する。すると、感知できる魔力は無く、戦闘はすでに終結しているとみて間違いなかった。


「終わったみたいだね…」


「それは…よかったです」


「まあ、でも……」


 シスタはメリアを抱きしめるダフを見やる。ダフも、シスタに見られていることに気付いたのか、シスタの方を見る。その目に戦意は無く、戦闘を継続するつもりは無いようであった。


「あっちは、もうやる気がないみたいだね」


「のようですね…」


 イルが安心したように呟く。と


「お~~~~~~~い!!イル~~~~~!シスタ~~~~~~~~!」


 どこからか呑気な声が聞こえてくる。


 声の方を見やれば、なぜかツバキにおんぶされたアリアがいた。


「イル殿~~~~~~!シスタ殿~~~~~~~!」


 ツバキは、にこやかに手を振りながらこちらに走ってくる。


「あの人、無事だったんですね。よかったです」


「だね~」


「「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああッ!!」


 和やかに会話をしていると、上から叫び声が聞こえてくる。見ると、ロズウェルがハンナとトロラの二人を両脇に抱えて屋根をピョンピョンと跳んでいた。


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬうぅぅぅぅぅ!!」


「ちょ、もっと速度落としてくださいロズウェルさん!傷に響くぅ!!」


「我慢してください。もう少しですから」


 なんだか騒がしい三人を見て二人は和やかな気持ちになる。


「ともあれ……終わったね~」


「終わりましたね~」


 ユーリの姿が見えないが、皆の表情は明るい(?)ものなので無事なのだろう。そう予想をつける二人は、皆の顔を見て、本当に終わったのだと実感したのであった。


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