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第三十話 夜明けの強襲Ⅹ

 ある女は化け物であった。


 それを自覚したのは物心ついたときからだ。人と違う身体能力。人と違う膂力。人には無い能力。

 

 およそ常人には備わって無いであろうものが少女にはあったのだ。


 そんな人とは違う少女は洞穴で母と暮らしていた。母は蜘蛛の体に人の上半身を持つ魔人族だった。父は普通の人であったが、少女が産まれるよりも前に鬼籍に入った。


 父はとても物好きというか博愛主義というか、人より外れた者に対して偏愛傾向にあった。 


 そのため、母を見つけたら魔人族にもかかわらずすぐに求愛したそうだ。


 まあ、そんな変な人であったため当たり前のごとく村八分にされ、もともと母が住んでいたこの洞穴に流れるように避難してきたという。そこで、数年過ごして鬼籍には入り、少しして少女が産まれたのだ。


 とまあ、そんな経緯があるので、少女が見た目が人型であっても、村には入れない。一度母といるところを村人に見られてしまったのも原因の一つと言えよう。


 それでも、村に入れなくとも不便はなかったので、少女にとってはどうでも良いことであった。  


 母も、父に情はあれど、村人に情はない。わざわざこちらから人里に降りることもなかった。


 また、こちらに攻撃を仕掛けてくる村人もいたので、その命を刈り取ることもあり、村の者とは敵対関係にあった。


 少女も、攻撃してくる村人には悪感情しかないため、命を刈り取ることになんの抵抗もなかった。


 そんな、村人との険悪な雰囲気の状態が数年続いた。


 少女は、着実に力を付け、一人でその辺をうろつかせても危なくないほどにまで成長した。


 そんなある日、母は少女に言った。


「あんたには、今まで言ってこなかった事実があるのよ」


「………………なに………?」


「あの人が死んだ理由。河辺で滑って転んで頭ぶつけて死んだって言ったじゃない?」


「……………うん……」


「あれ、嘘なのよ」


「…………へー……」


「あれ、案外驚かない」


「……………ととさん…………そこまで、間抜け…違う………」


 母から聞く父の話しは、父がバカなことをしでかした話は多いが、間抜けで起こした話は聞いたことがなかった。偶発的に起こることよりも、自分で率先してバカな状況をつくることの方が多かったのだ。

 

 であれば、転倒して死んだという話は、どことなく腑に落ちなかった。

 

 少女の言葉に母は「そっか~」と軽く声を出すだけだった。


「まあ、ぶっちゃけちゃうとあんたの言うとおり。あの人はわたしが言ったような間抜けな死に方はしてないよ」


 それならばなぜ死んだのか。


 イヤな予感がした。


 ここから先は聞いてはいけないような、そんな予感。だが、真実は知りたい。それでもやはり、聞きたくない。聞いてしまえば、黒い感情に塗りつぶされそうであったから。


「あの人ね。殺されたんよ」


 少女の葛藤を知ってか知らずか。母の口からは簡単に言葉が出てきた。


「いつもちょっかいかけてくる村人達にね。異端者めって」


「………………それで…」


「ん?」


「……それで、かかさんは…なんで、殺さないの……?」   


「村人をかい?そりゃあ、あの人との約束だかんね~。俺になにがあっても手を出されない限り手を出さないでくれって」


 母は口では軽くそう言っているが、その目が雄弁に物語っていた。村人達のことを、いまでも殺してやりたいほど憎んでることを。父との約束だけが母の怒りを押さえ込んでいる。


 母は、チラリと少女を見ると言う。


「ただ、あんたはあの人との約束の対象外だ」


「………?」


「あんたはあの人の約束に縛られなくて良いってことさ」


「………っ!」


「どうしたいかは自分で決めな。それをやるもやらないも、あんたの自由よ」


「…………」


 少女は無言で頷くと立ち上がる。


 それを、母は満足そうに見つめると、軽く微笑みながら言う。


「いってらっしゃい」


 少女は、返事を返すことなく、洞穴を飛び出した。 


 少女は、難なく己のやりたいことを成し遂げた。



 ○ ○ ○



 ある男は、孤児院の院長であった。


 その孤児院は半魔の捨て子ばかりが集う孤児院であった。


 魔人族に陵辱され子を孕み、泣く泣く産むしかなかった女が捨てていったり。奴隷商が、半魔は価値が薄いので置いていったりもした。


 そんな不遇な境遇の半魔の子供達が集う孤児院を経営する男も半魔であった。


 男は優しかった。どんな境遇の者であれ、イヤな顔一つせずに受け入れた。本当の子供のように接してくれた。本当の家族のように接してくれた。


 親の愛情を知らない子等にとって、これほど支えになり、これほど嬉しいことはなかった。


 男の優しさは素晴らしかった。半魔と忌み嫌われる男であったが、そこらの私利私欲のために民に重税をしく貴族より、人を選んで優しさを提供する教主よりも、優しい人であった。


 ただ、優しさだけでは院は経営できなかった。


 半魔故に領地内には入れない。故に領地の外に院を営むしかなかった。


 領地の外と言うことは、税や領地の内政には縛られることはなかった。縛られることは無くとも、彼らは野蛮なおこないはしなかった。そうすれば、半魔である自分達はすぐに殺されることなど目に見えていたからだ。


 だが、領主は自身の領地の近くに、半魔の集う孤児院があることが我慢ならなかった。


 領主は適当な罪をでっち上げて男を呼びつけた。男は当然無罪を主張した。長い問答の末、男は無罪を勝ち取った。男はホッと胸をなで下ろしながら孤児院に戻った。


 だが、そこで見たのはごうごうと炎の燃えさかる孤児院であった。


 男は愕然として膝を地面に突く。しかし、すぐに我に返ると水を被ることもせずに、すぐさま火の中に飛び込んでいった。


 燃えて崩れる孤児院の中を捜す。狭い孤児院の中、どの部屋に入ってももう手遅れの子等ばかりであった。


 失意の底に落ちかけるなか、最後の部屋の扉を開けると、一人。たった一人だけ無事である子がいた。


 男はすぐさま抱え上げ焼け崩れる孤児院を飛び出した。


 崩れ落ちる孤児院を背に、どうにか生き残ってくれた少女を抱きしめ、涙を流した。


 その涙は生きてくれたことに対する歓喜か。死んでしまった子達への悲嘆か。騙した領主へ怒りか。はたまたその全てか。


 慟哭を上げる男には分からなかった。





 周囲に鋭い金属音が響き渡る。音は民家の壁に反響し、音が多重に重なり聞こえてくる。


 そんな金属音の中、呻き声と怒号も混じる。


「ほんっと!おっかしいんじゃありませんの!?」


 苛立ち混じりにそう叫ぶフーカ。


 その姿は、所々に血が滲み、服もボロボロになっていた。


「なんでそんな化け物じみた動きができるんですの!?」


 その当たり散らすような叫びに、当たり散らされているロズウェルは、無表情を決め込み答えを返すことはない。


「………………ほんと…………化け物……!!」


 多少は戦闘狂の気があるアラクネラですら、一撃も決められない苛立ちで、その声に余裕はない。 


 そんなアラクネラも見てくれはフーカと大差がなかった。


 双方揃って満身創痍。それに比べてロズウェルは無傷。どこにも傷一つつけずに燕尾服は綺麗なままだ。


 ただ、ロズウェルもしぶとく攻撃をかわす二人に決め手を加えられないでいた。


 獣の第六感とでも言うべきか。二人は自分の決め手になりそうな一撃が放たれる前に回避行動をとるのだ。防御をしないのは、防御が意味をなさないことを先の一撃で身を持って思い知らされているからである。


 先の一撃も強力なものであったが、それ以上に強力な一撃を放たれれば、今度こそ戦闘不能になりかねない。


 それに、掠り傷も増えていけば更に出血量を増やすことになる。二人とも再生能力は高い方だが、血を垂れ流し続ければ再生も滞る。


 一撃もまともに食らえない攻防。掠り傷すらも致命傷。そんな、いつも以上に神経を張りつめなくてはいけない戦闘だ。


 だが、その条件はロズウェルも同じだ。いや、ロズウェルの方が条件は二人以上に悪いだろう。


 ロズウェルには二人ほどの頑強な体も、再生能力も持っていないはずなのだ。果ては二人が感知できる範囲では身体強化の魔法すら使っていないのだ。


 なのに半魔の二人とやりあうこの膂力。反射神経。間断無く繰り出される強力な一撃を前に怯むことのない豪胆な精神力。


 化け物と揶揄された二人以上に、目の前の存在は化け物じみていた。


「化け物化け物と、失礼な方々ですね。それに、女性であるならば言葉遣いは気をつけなさい」


「人の言葉遣いを注意できるだなんて!えらく余裕ですのね!?まったく!腹立たしいですわ!」


「………………………むかつく……」


「余裕はそれほどありませんが…まあ、会話くらいならできますよ」


 余裕が無いと言っておきながら表情一つ変えないロズウェル。


 それが、フーカの神経を逆なでする。


「涼しい顔してっ……ムカつきますの!!」


「……………フーカ………それダメ……!!」


 苛立ちで、力任せの一撃を放つフーカ。


 力任せ故か、確かに速度も威力も段違いに速い。


 だが、それだけだ。


 いくら速くとも軌道が見えていれば避けるのは容易い。いくら威力が高くとも当たらなければ意味がない。


 ロズウェルは呆れたような声で言う。


「それは、無駄な一撃ですよ」


 フーカの袖から扇状に放たれるワイヤー。


 ロズウェルは、ワイヤーとワイヤーの間の一つに移動すると、素早く軍刀を横に薙ぐ。そうしてワイヤーの一本を外側に弾く。


 薙いだ手をくるりと返し薙ぎ払い、もう一本のワイヤーも外側に弾き出す。


 通り道ができ、ロズウェルはそこを悠然と駆ける。


「くっ!!」    


 焦ったフーカはもう一方の手で先ほどと似たような攻撃を繰り出すが、結果は同じだ。軽くいなされ肉薄される。 


 攻撃の手段を失ったフーカは同時に防御の手段も失ったことになる。


 アラクネラがフォローに向かおうとするがそれも間に合わなかった。


 フーカは苦肉の策として両腕を体の前で交差させるが、打撃ならともかく、斬撃には意味のないものであった。


 一瞬でロズウェルの姿がかき消える。慌てて周囲に視線を巡らせるが、ロズウェルの動きは胴体視力の優れているフーカであっても追うことはかなわなかった。 


 そして、気付いたときには全身を激痛が襲い、傷口からおびただしい量の血が噴き出る。


「あっ………か………」


 ブオンッと後ろで軍刀を振るう音が聞こえ、緩慢な動きで目を動かし視線を巡らせる。


 そこには、もう自分には用がないかのようにアラクネラだけを見据えるロズウェルの姿があった。


「な……んで……」


 いつの間に後ろに移動したのかわからなかった。


 胴体視力の優れているフーカではあったが、後ろからの、つまり死角からの攻撃には気付けない。そのために、ロズウェルはわざわざ後ろに回り込んで攻撃したのだろう。


 そう、自分の中で結論づけると、フーカは意識を手放した。   


 だが、フーカの結論は間違っている。


 ロズウェルはわざわざ後ろに回って斬撃を加えたのではない。フーカの横を通り過ぎる時に斬撃を加えたのだ。


 その事実に、少しだけ離れたところで見ていたアラクネラは戦慄した。それと同時に恐怖した。


 次は自分の番だ。次は自分が殺される。


 そう結論付けたときには、アラクネラは戦うことを諦め、どう逃げ切るかを考えていた。


 アラクネラには奥の手がある。それを使えば、まだなんとか勝てるまではいかなくとも、手傷を負わせることはできるかもしれない。その内に逃げられるかもしれない。


 だが、奥の手を使うには時間も無いし、その隙をロズウェルが与えてくれるとも思えない。


 だから、逃げるしかない。


 この時、アラクネラの頭の中では他の仲間のことは考えていなかった。途中で回収することも不可能だと即座に判断したからだ。


 ロズウェルから逃げる算段すら思い浮かばないのに、他の者のことを考える余裕もなかった。


 それに、他の者はバラドラムに言いつけられては途中で適当に集めた、行きずりの仲間でしかない。ただ、言われたから一緒にいる。それだけだ。それ以上の感情を持ち合わせてもいないし、助けるだけの義理も義務も無い。


 全員が半魔であるという偶然の一致はあるのだが、それだけだ。他の者の境遇には多少不憫には感じるが、それだけだ。助けるだけの理由は無かった。


 よってアラクネラは、自分だけが助かる方法を模索していた。


 だが、いくら模索しようともいっこうに答えは出てこない。自分の経験、知識。それらを駆使しても解が出ない。


 公魔。魔位を持った魔人族の中でも最上位に位置するバラドラムと戦うときですら、逃げる算段はついたのだ。それなのに、この男を前にしてからはそういった算段が出てこない。


 自分の上司を凌駕し、経験にも知識にもない規格外の男。


 そう、まさしくーーー


「…………化け物……………」


 アラクネラが怒りではなく、恐怖を表して呟くその言葉に、ロズウェルは少しだけ眉を寄せる。


「本当に失礼な方ですね。私はーーーー」


 一歩、踏み込む。瞬間。ロズウェルの姿がかき消える。


 アラクネラには、もう戦意は残っていなかった。


 だから、防御の姿勢もとらずにただ立ち尽くす。


 頬を風が撫でつける。直後、無数の斬撃にその身を切り裂かれる。


 フーカと同じく、おびただしい量の血を噴き出しながら倒れ込む。


 遠のく意識の中、ロズウェルの言葉が耳に入ってくる。


「れっきとした人間です」


 納得のいかないその一言に、アラクネラは苛立ち混じりに言葉を吐く。


「……………………どこが……」   


 か細くて聞き取りづらいその声も、耳の良いロズウェルにはきちんと聞こえていた。


 ロズウェルは眉間にしわを寄せながら一人呟く。


「まったく…最後まで失礼な人ですね」


 ロズウェルはそれだけ呟くと、軍刀を鞘に収めるとその場を後にした。 

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