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第二十九話 夜明けの強襲Ⅸ

 ある女は産まれたときより独房の中にいた。


 暗い暗い独房の中。少女は生きていた。


 少女は、忌み子であった。魔人族と人族のハーフ。そのため少女は独房の中にいた。


 忌み子であるのならば殺せばいいのではと思っていたが、どうやら使い道があるらしく生かされているらしい。


 その使い道とやらも少女には説明されることもなく、少女は、ただ独房の中で生かされていた。


 独房の中はじめっとしていて薄暗かったが、それほど不快というわけでもなかった。布団は毎日取り替えてくれるし、お風呂にも入れる。ご飯は朝昼晩と高級そうな、けれど子供が好きそうなステーキやハンバーグであったりと、待遇は良かった。字も言葉も習うことができた。


 忌み子でありながらも教えられた庶民の一般的な生活とは生活レベルに雲泥の差があった。なぜこのような高待遇なのかはわからなかったが、充実した毎日を送れていることに不満はなかった。


 唯一、外に出られないことが少しだけ不満ではあったが、それも我慢できるくらいには充実していた。




 ある日の夕飯。今日も今日とて高級そうな肉料理。口内に溢れるよだれをこぼさないよう口を塞ぎ、給仕の準備が終わるまで待つ。


 ふと、視線を感じ見てみると、二人いるうちの給仕の一人が気味の悪いものを見るような目で自身を見ていることに気づいた。


 ああ、自分が半魔だから気味が悪いのだなと、少女は、少ししょんぼりしながらも理由を悟った。


 楽しみにしていた夕飯であったが、少しだけ暗い気持ちになった。




 またあくる日。今日も今日とて肉料理。今日は少女の好きなハンバーグ。


 給仕の準備が終わるのを今か今かと待ちわびるその間、またも視線を感じた。この間と同じ視線だ。今度はこの間とは違う給仕であった。 


 そこで、はたと気づく。


 今日とこの間の給仕は、今日とこの間が初対面であることに。いつもの給仕の人も来るには来るのだが、その回数もだんだんと減っていることも気づく。給仕に例の二人以外にも新顔が増えていることにも気づいた。


 ただ、そんなことは気付いても少女にはどうでも良いことであった。少女はただ美味しい物が食べられればそれで良い。


 給仕の準備が終わると、少女はすぐにナイフで切り分けフォークを突き刺しあ~んと大口を開けて口に放り込む。


 溢れる肉汁に舌鼓をうっていると、独房の扉の外側から「うっ」と呻くような声が聞こえてきた。


 何だろうかと耳を澄ませると、今度はタタタッと走り去るような音が聞こえた。


 いったい何なのだろうと小首を傾げつつも、少女は食事を再開した。


 

 

 そうして、また数日が経ったある日。いつものごとくご飯を食べているとまたもやタタタッと走り去るような足音が聞こえてきた。


 席を立ち、扉にピタリと耳を張り付けて外の様子を伺う。元来、耳は良い方であったので分厚い鉄の扉越しであっても外の音が聞き取れるのだ。それに、この独房まで続く廊下は石造りで出来ており洞窟の中のように音が良く反響するのだ。


 少女はそっと耳を澄ませる。すると、給仕の会話が聞こえてくる。


『ねぇ、やっぱり気味が悪いわ。あの子。もうイヤよ、こんな仕事…』


『そう言っても仕方ないでしょう?このお屋敷に勤めたのが運の尽きよ』


『だって、こんな仕事あるとは思わないじゃない』


『だから、運がなかったのよ。私だって、あんなのがいるなんて思ってなかったわ』


 散々、あんなのや気味が悪いと言われ傷つき、もう聞くのを止めようかなと思ったが、給仕が興味深いことを口走り、中断するという行為は選択肢から消えた。


『…それに、あの子が食べてる物も……』


『シッ!言わないで。思い出すだけで吐き気がするわ』


(何でだろう?普通のお肉じゃない……………普通……?)


『それは私もよ。好奇心で見ちゃったけど…ううっ…見なきゃ良かったわ…』


(……普通じゃないお肉……見なきゃ良かった……気味が悪い…………)


『もう止めましょう、この話は。それに、御館様に聞かれでもしたら、私たちの首が飛ぶわ』


『物理的に、ね』


『ちょっと止めてよ。縁起でもない』


(……首が飛ぶ……物理的に………)


『それで、後には』


『いい加減にしてっ。食べられることなんて考えてく無いわ』


(食べられる……………ま、さか……) 


 少女の中に予感めいたものが浮かぶ。


 少女は、恐る恐る振り向き未だ温かい料理に目を向ける。


(………毎日、肉料理……飛ぶ首…死体…処理………………)


 少女は頭の中で集めた情報を出していき整理する。そうして理解する。


(…………人の……肉………?)


 少女が出したその結論は、間違いではなかった。


 少女がいる独房があるのは、とある貴族の屋敷にある、はなれの地下であった。 


 その、とある貴族は、人には言えないようなことを裏で行っていた。国で禁止されている奴隷の売買。麻薬の密輸。自分に不利益になる者の暗殺。気に入った女の誘拐。その他、公の場では公言できないようなことをいくつもやっていた。


 そんなことをしていると出てくるものがある。そう、死体だ。


 奴隷が売る前に死んでしまえば死体が出る。麻薬の密輸がばれそうになれば、目撃者を殺さなくてはならない。暗殺をすれば死体が出る。


 どれも、バレてしまえば大罪だ。だからバレるわけにはいかない。だから、極力証拠は残さない。残したくない。


 だが、かといって死体をそこらの魔物の出る森に捨ててきても、魔物に喰われる前に誰かに見つかるかもしれない。どこかに埋めようものなら掘り起こされるかもしれない。


 どの死体遺棄方法をとっても目撃されたり証拠が残ったりする。


 そこで、貴族はひらめいた。安全で確実に死体を遺棄できる方法を。


 屋敷の外に持って行くのにリスクを伴うのであれば、屋敷の外に出さなければいい。屋敷の内側で完全に処理できればいいのだ。


 そう、人の胃袋の中に入ってしまえば、バレない。


 喰う奴らは腐るほどいる。この屋敷には、少女の知らないことではあったが、他にも同じ境遇のものが何人もいた。死体を遺棄する道具ならばいくらでもいるのだ。


 そうして、独房の中にいる少年少女等に、人の肉が出されるようになったのだ。


 人の肉の臭いを消すために濃い味付けになってしまい、見た目が豪華なものになってしまう。それに、この世界では肉は割と高価なものだ。食べ物だけ豪華だと違和感をあたえてしまう。そのため、文字を覚えさせたり、歴史を教えたりなど、一般人が受けられないことを受けさせて、この独房の生活は水準が高い、だからご飯も豪華なのだ。と思いこませるように工夫したのだ。

 

 これが、少女が食べていた物の真実。忌まわしき混血種である少女が高待遇であったことの真実なのだ。


 だが、今はそんなことを少女は知らない。少女はただ、自身の導き出した揺るぎない結論に、震える手で口を抑えることしかできないでいた。


 しかし、その震えは恐怖からではなかった。


「…ふっ……ふふっ……」


 三日月のように歪む口から漏れるのは哄笑であった。それを抑えるために口に手を当てていたのだ。


 単純な愉悦。 


 人の肉は不味くなく、むしろ美味しく感じた。いや、美味しかった。


 であれば、少女にとって給仕の者も食の対象。たまに巡回してくる兵士も食の対象。


 今までそうとは知らずに目の前に餌が自らやってきていたのだ。これはもう食べるしかない。いや、食べるべきだ!食べたい!


 思えば、生肉などは食べたことがなかった。生で食べればどのような味がするのか?濃い味付けだから、薄味になったらどういう味がするのか?爪、骨、目玉、舌それぞれ全てどんな味がするのか。想像を頭の中に這わせるだけで、頭の中は食欲だけで一杯になる。


 普段はある知識欲も、幾ばくかはある性欲も、自覚した食欲の前では姿形も見せなかった。


 少女の欲求は抑えが効かず、机の上の料理を全て平らげると、ベットに横たわり指をくわえて我慢する。


 次の食事までが永遠のように感じた。


 そうして、我慢して耐えて漸くと言っていいほど遅く感じた、食事の時。


 扉が開き、給仕の二人が入ってくる瞬間。少女は、給仕二人の頭を鷲掴みにし壁に思い切り叩きつける。


 それだけで、無力な給仕二人は、脳漿を撒き散らして絶命した。


 少女は、涎を垂らしながら死体にかぶりつく。


 瞬間、口の中に広がる甘美な味。


 今までにないほどに美味しいと感じた。味付けなど不要。むしろ、それが本来の最上の味を邪魔していた。


 少女は、恍惚の笑みを浮かべながらも死体にかぶりつく。


 数分で余すところなく食べ尽くすと、今度はもう一つの死体を食べ始める。


 貴族の目論見は、ほぼ完璧であった。数年前からおこなわれた目論見がバレずに今日まで続いてきたのだから。その悪知恵と悪運の良さは賞賛にあたいする。だが、この目論見には、一つだけ穴があった。


 忌み子の少女が半魔であったこと。その半分の魔の方が、食屍鬼と呼ばれる人喰いの種族であったこと。その種族は、人を喰えば喰うほど、力を付けること。そして、少女が、人の味と認識してしまったことだ。


 認識させてしまった原因が二人の給仕なので、穴は二つと言えようか。まあ、それも些細な違いだ。


 結果はもう変わらない。


 少女が人の味を覚え、力と本能に目覚めた今。この館に少女を止められる者はいないのだから。


 数年。それも、毎日毎日人の肉を喰い、力を付けた。


 少女は、常任を遥かに超越した力を手に入れてしまったのだ。一兵士にはどうすることもできない力を。  


 食への渇望が少女を動かす。


 二体目を喰い終わると独房から飛び出し、次の独房、また次の独房へと向かう。全てを喰らい尽くした後は、はなれを出て本邸に向かう。


 応戦する兵士の首を喰いちぎり、命を奪う。


 欲望を満たしながら進撃する少女を誰も止められはしなかった。


 少女の前に立てば喰い散らかされ、少女の通った後には、少女が食べ残した残飯だけが残る。


 男、女。大人、子供。老若男女、一切合切の身分も自分との立場も関係なく喰い尽くした。


 そうして、数時間後には屋敷で生きているのは少女だけになった。食料の血で濡れた服を脱ぎ捨て、適当に綺麗な服を見つけて着替えると、少女は、館から立ち去った。


 目的地など無い。強いて言うのであれば、食料があるところが目的地になる。


 少女は一人、食料を求めて歩いた。



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