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第二十八話 夜明けの強襲Ⅷ

 ある女は貴族の子だった。


 貴族の子と言っても、その貴族が道楽でつくっためかけの子供だ。そこに親子の情など無く、あるのは育てるという義務だけであった。


 少女は、館の一室に幽閉されていた。


 少女を一人一室に幽閉することに母親は反対しなかった。と言うより、出来なかった。


 少女の母親は魔人族であった。母親は、その身目の麗しさから貴族が私兵を使ってさらってきたのだ。


 この世界でも、いや、むしろこういう世界だからこそあるものがある。長年魔人族との戦争が続き、兵士達の精神はすり減っていく。それを抑えるための者。捕虜として捕まえた魔人族の女に兵士達と性交渉をさせる。まあ、有り体に言って慰安婦である。


 メルリアの方針としてはそう言うことはしないようにとしている。だが、一部の貴族などはそれを無視して慰安婦として捕虜を使っている。他の国では普通に行っているところもある。


 そして、その貴族も捕虜の女を慰安婦として使うことをよしとする者であった。そのため、巷では忌まわしき魔人族という認識であっても、魔人族の女を抱くことになんの抵抗もなかった。


 むしろ、相手を征服できたということで嗜虐心を満たして楽しんでいた。


 母親は、最初の内は抵抗をしていたが、段々と抵抗していく気持ちも殺がれていった。最初の内はあった少女への愛情も、段々と薄れていった。


 屋敷の中には貴族の息のかかった者ばかり。母親の精神はすり切れていて、自分のことだけで精一杯だった。誰も、少女の味方ではなかった。味方は、一人もいなかった。

 

 少女の幽閉に反対する者などいるはずもなく、少女は部屋の中だけで過ごした。


 ただ、そのことにあまり不満もなかった。


 幽閉されているとはいえ、時折礼儀作法やマナー、文字や言葉を教えてもらえていたからだ。これは、貴族がいつか使い道があるかもしれないと仕込ませていたものであったのだが、それは少女の預かり知らぬことであった。少女としては、ただ楽しい。それだけであった。


 たまに人恋しい時もあるのだが、それを母親に求めることも無かった。もともと、顔もほとんど合わせたことがないため、認識としては自分の母親ということになっている人、と言った感じだ。 


 母親に対する愛情など無ければ本来であれば母親に求めるであろう欲求も無い。父親も、顔を合わせることが無いので同じだ。


 そんな、両親に向けるべき愛情も欲求も無い彼女ではあったが、唯一感情を向ける人がいた。


 少女とのお話相手として選ばれたメイドの女性であった。


 彼女は、少女が半魔であることを知っても変わらず接してくれた。彼女はもっぱら話を聞かせるのが役目であった。彼女としては、お話相手として選ばれたのだから会話をしなくてもいいのか、と思ったのだが、少女は彼女の外の世界の話しを聞くのを楽しみにしているらしくそれならばそれで良いかと思うようになった。


 少女は、彼女が話すこと一つ一つに目を輝かせていた。狭い一室に閉じこめられている少女の世界はとても小さい。その、小さな世界の外の話しは、少女にとって全て未知の領域であった。


 彼女にとって何気ないことも、少女にとっては未知のこと。狭い世界に閉じこめられている少女はあまりものを知らない。そのため、ものを教わっていくうちに自分の死らないことを知りたいという知的好奇心が旺盛になっていった。


 そして、少女は知識を有していく。有した知識は想像力を膨らませていき欲求となっていく。


 欲求の正体は探求欲。この狭い世界から出て行き外の世界を見ていきたい。いろいろな遊びをしたい。いろいろ見て回りたい。いろいろ食べたい。いろいろ話したい。いろいろやってみたい。ーーーー自由に歩き回りたい。


 その感情は日に日に抑えが効かなくなっていった。話を聞く度に膨らむ想像。膨らむ欲望。


 そしてある日、ついに欲求を抑えられなくなった。


 我慢の限界がきて、力任せに扉を殴りつけた。


 すると、頑丈なはずの鉄の扉は吹き飛んでいき、反対側の壁に激突した。扉の前にいた監視は一緒に吹き飛ばされ扉と一緒に壁に叩きつけられた。舞う血飛沫には目もくれず少女は一歩踏み出す。そして、もう一方の足も部屋の外へと出す。


「ーーーーっ!!」


 初めて部屋の外に出られた。初めて感じた自由。彼女は歓喜に身震いをした。


「なんだ!!何事だ!!」


 扉が破壊された轟音を聞き駆けつけたのか、貴族の私兵が駆けつけてくる。少女は自分の危機を悟り、慌てて駆け出す。


 ただ、私兵もなかなかの手練れであった。近くの森に逃げ込めたのは良かったのだが、そこで私兵に追い付かれてしまった。


 身体能力は秀でている少女ではあったが、いかんせん生まれてこのかた走ったことが無かったのだ。頑張って走ってきたが体力も限界に近づいてきた。そして、ついに少女は足をもつれさせて転んでしまった。


「きゃあっ!」


 盛大に地面に顔を打ち付ける。今まで感じてこなかった痛みに涙を流す。


「やっと追い付いたぞ。伯爵は貴様の死をお望みだ。使えない手駒はもう必要ないのだとさ」


 泣きながら私兵の声を聞く。やはりそうなるかと、泣いていてもどこか冷静な頭でそう思った。


「それじゃあ、貴様に恨みなんて微塵もないが、死んでもらう」


 私兵はそう言うと逆手に持った剣を振り下ろす。


 地面に這いつくばっている少女には剣を突き立てたるには、逆手で剣を持った方が楽なのだろう。


 そんなどうでも良いことを考えながら振り下ろされる剣の切っ先を見つめる。


 そのとき、黒い陰が少女と剣の間に滑り込んだ。


 驚愕に目を見開く少女と私兵。  


 飛び込んできたのは、少女とのお話相手のメイドであった。


 彼女の胸には剣の切っ先が突き出していた。剣の切っ先はあと少しで少女にまで到達しようとしていた。まさに、危機一髪であった。


 だが、自分の命が助かったことに気を向けずに、少女は驚きの目で彼女の目を見つめた。


「どう……して……?」


 彼女は少女の言葉に一度血を吐いたあと答えた。


「世界を…見て…そこに、あなたのやりたいことが……見つかるわ……」


 それだけ言うと、彼女は優しく微笑み息絶えた。


 少女は、彼女の言葉を聞くやいなや、疲れた足に鞭打って走り出した。


 それからのことはよく覚えていない。気付けば森を抜け出しており、私兵も全て撒けていた。


 力尽き、へたり込んでからそのことに気がつくと、途端に押し寄せる安堵感。そして、遅れてやってくる足の痛み。見れば、木の枝に引っかけたのか、大小さまざまな切り傷ができていた。それに、足の裏からも血が出ていた。靴を履いていなかったのだから当然と言えば当然だろう。


 一気に押し寄せてくる痛みに、とめどなく涙が溢れてくる。


 人目も無いので少女は、そのまま声を上げて泣いた。


 しばらく泣き続けると、不意に頭の上から声をかけられた。


「…どうした?」


 その声は酷く掠れていて少しだけ聞き取りづらかった。私兵かと一瞬慌てたが、こんな掠れた声の者は私兵の中にはいなかった。


 だが、それでもこの者が善人であるか悪人であるかも分からない。どう答えるべきか分からず、少女が黙りこくっていると男はなにやら納得したような雰囲気で言った。


「…ふむ。なるほど。足を怪我していたのだな。どれ、見せてみろ」


 男はそう言うと、優しく少女の足を持ち上げて怪我の具合見て軽く治療を施してくれた。


 治療が終わったあと男は言う。


「…なぜ、裸足なのだ。どうやら森をかけってきたようだが……」


「……………」


「…家は分かるか?」


 男のその言葉に、少女は首を勢いよく横に振って拒絶を表す。


 人一人の命を犠牲にしてまでやっと手に入れた自由だ。あの家に戻るなどできるわけがなかった。


 少女の拒絶をどうみたのか、男は少し思案するそぶりを見せた。


「…ふむ。まあ、何でもよいか。少女よ。どうやらお前は帰る場所が無いようだな」 


 男の言葉に少女はこくりと頷く。


「…であれば、オレと一緒に旅でもせんか?ちょうど話し相手が欲しかったところだ」


 男はそう言うと、答えを聞くように手を出してきた。


 少女は逡巡する素振りも見せずに、男の手を掴んだ。




 ○ ○ ○




 大きく踏み込み、二人に肉薄するアリア。


「ふっ!!」 


 ゼルウィも、アリアが迫るのを待つだけでなく、腕を振るいワイヤーを宙に舞わせる。


 それに臆すること無く、アリアは初速を維持しながら駆ける。


「はあっ!!」


 ワイヤーで作った網目状の防壁を、大振りの力任せの一撃で吹き飛ばす。


 一撃で吹き飛ばされる防壁に、しかしゼルウィは驚くことはなく、今度は防御ではなく、次々に攻撃を仕掛けてくる。


 ワイヤーを縦横無尽に宙を舞わせる。


 それをアリアは、胴体視力だけで弾き、かわしていく。


「燃えろ!」


 左手を前に掲げ魔法を放つ。放つ魔法は別に何でもよかった。魔法は遊撃のためのもので、ゼルウィの手数を減らせればそれでよかったからだ。


 アリアは魔法を放ちつつ剣に魔力を込めると、身体強化を使い一気に地面を蹴りつける。


 先ほどとは比べものにならないほどの速さで肉薄するアリアに少しばかり驚愕するが、すぐ冷静になり迎撃するゼルウィ。


 アリアもゼルウィがすぐ立て直すことを予想できていたので迎撃に驚くことはない。


 アリアは魔力を込めた剣を振るい、ワイヤーを弾く。ワイヤーを弾く際に魔法を発動させる。といっても、そんなに難しいものでもない。ただ単に、ワイヤーに当たった瞬間に風魔法を発動させるだけだ。


 ゼルウィのワイヤーはアリアの剣の威力と風魔法により吹き飛びアリアから大きく離れていく。ワイヤーが大きく離れしまえば追撃にも、自身の防御にも使うのに時間がかかる。


 アリアの思惑を悟ったゼルウィは慌てて放ったワイヤーを全て引き戻そうとするが、身体強化を使ったアリアの方が速く、瞬く間にワイヤーを全て弾かれてしまう。


 そうしてがら空きになったゼルウィの懐にアリアは飛び込む。


「終われ」


 そう言い放ち剣を振り上げようとしたその時、アリアの脳内に警鐘が鳴る。慌ててその場を飛び退けば、今までアリアがいた場所に幾本ものワイヤーが到達していた。


 アリアは飛び退きながら攻撃してきた人物、ケティの方を見る。ケティは遊ぶのを止めてきちんとこちらを見ていた。


 ケティと視線をぶつけながら更に後方へ退避しようとしたが、またもや警鐘が鳴る。


 アリアは咄嗟に自身を中心として発動する風魔法《空衝波エアバースト》を発動させる。


 《空衝波》とぶつかり、何かが激しい金属音を鳴らせる。何かとは言ったが、アリアの中でもう既に答えは出ていた。十中八九ゼルウィのワイヤーだ。


 アリアが外側に弾いたワイヤーを、アリアの逃げる場所に集束させたのだ。その逃げる場所も、間断無くワイヤーが到達していたことから恐らくは予想していたのだろう。


 とすれば、ケティの助太刀も予想の範疇。むしろ、アリアが誘い込まれたがわだったのだろう。  


 ゼルウィは自分のところにワイヤーを引き戻すと言う。


「…ふむ。やはり女神アリア。強いな」


「お褒めに与り光栄だよ。そっちも、随分とよくできた連携だな。"蜘蛛"は自分勝手なワンマンだけかと思ってたよ」


「…まあ、否定はしない。オレ達以外はそういうのばかりだ。それと、二対一だから卑怯だとは言わないでくれ。流石に一人じゃ女神アリアには勝てんのでな」 


「別に卑怯だなんて思わないさ。こっちも。二人いっぺんに倒せるなら手間がはぶけるってもんだ」


「…ふむ。であれば、遠慮はいらんか」


「最初から遠慮してなかったくせによく言うよ…」


 二人相手も一人相手も全員倒すのだから結局は同じようなものだ。難易度が少し上がるか下がるかの問題だ。


 まあ、少し上がろうが、少し下がろうがアリアには関係がなかった。どちらにせよーーーー


「どちらにせよ、ロズウェルよりは弱い」


 いつも相手取っていたのがメルリア最強の剣士なのだから。それと比べれば見劣りするのも、当然と言えば当然であった。

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