第二十六話 夜明けの強襲Ⅵ
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現代の騎士団副団長をユーリからエリナというキャラに変更しました。
アリアは、微かに感じる魔力を頼りに所々に煙の上がる街を疾走する。
ロズウェルと別れて、まだそれほど経っていないが被害は甚大なようだった。
(くそっ!守りに来たのに、なんだこの体たらくは!!)
自分の読み甘さ、行動の遅さに思わず奥歯を噛みしめる。
(これじゃあ、あのときと変わらないじゃないか!!)
一ヶ月と少し前のこと。セリア大森林で起きたあの事件。バルバロッセを失ったあの事件。自分の弱さを知ったあの事件。
悔やむことは多々あるが、それよりなによりあのときと同じで後手に回ってしまっていることが情けなかった。あのときからなにも学んでいない。そう痛感してしまう。
一ヶ月やそこらでそんなに劇的に変わるものではないことは分かっている。だがそれでも、あの事件から何かを学んでいるはずだと思っていた。だが実際はどうだ。あのときよりも被害が出ているではないか。
規模も人数も違うのだから仕方がないと言われればそこまでだ。アリアだって、自分が全てを守れないことなどとうの昔に承知しているし、そう思えるほど高慢でもない。それでも、一人でも多く救いたかった。自分の手が届くなら、救いたかった。
そう思うのに現状はどうだ?手の中にいる人を救えていないじゃないか。
救いたかったのに救えない現状に腹が立つ。そうしてしまっている自分に腹が立つ。そうなってしまう自分に腹が立つ。
だが、腹を立てていても今の現状が変わるわけでもないのだ。
(……腹を立てている間にも多くの人が犠牲になっているんだ……落ち着いて、冷静に。それでいて迅速に……)
怒りの悪循環に囚われそうになり、慌てて理性を働かせてブレーキをかける。怒りに身を任せてはこの間の二の舞になりかねない。怒りのまま神罰魔法を放ったあのときのように。
あのときは神罰魔法の範囲内に味方がいるかもしれないことを考慮しなかった。もし、味方を巻き込むような神罰魔法であれば、今頃シスタは死んでいたのだ。しかも、今回はあのときとは規模が違う。もう、あのときのような短慮は起こしてはいけない。
そう言えば、一つ気掛かりなことがある。アリアはあのとき無意識の内に神罰魔法を放っていた。だが、それ自体がおかしなことなのだ。
アリアはあの時点で神罰魔法のことは知らなかった。神罰魔法と言う名前すらもだ。アリシラに聞いて初めて神罰魔法がなんたるかを知ったのだ。それなのに神罰魔法を使えた。
これがアリアの特性なのか、それとも別のことが起因しているのか、アリアには皆目見当もつかなかった。
まあ、いずれにせよ、この場所で神罰魔法を使うわけにはいかないのだ。
(…もうすぐだな)
いろいろ考えつつも、走る脚を止めてはいなかったアリアは、ようやく"蜘蛛"のいるところへと到着した。
道が開け視界いっぱいに広がる光景。
「なっ!?」
アリアは視界に映った光景に、思わず絶句してしまった。
公園のだろう場所の広場にはおびただしいまでの死体と、その死体から流されたこれまたおびただしい量の血で埋め尽くされていた。
綺麗に刈られていた綺麗な新緑の芝生は兵士達の血で赤黒く塗りつぶされていて、子供達が遊ぶ遊具には折れた死体が引っかかっていたりなど、普段の景観を微塵も感じさせることはなかった。
絶句した後、すぐさま怒りの感情が沸き上がってきた。
沸き上がってきた怒りに飲み込まれないように思い切り奥歯を噛みしめながら意志を保ち、アリアは広場の中央にいる二人の"蜘蛛"を睨みつける。
広場の中央には噴水があり小さな"蜘蛛"は噴水の水に脚をバシャバシャとつけて遊んでいた。もう一人の背の高い男はその様子を見守っていた。
一見、こちらの様子には気づいていないように見受けられるが、二人はアリアの存在に気がついている。気がついていながらも意識を向けない。
それが、強者故の余裕なのか、それとも、その行為自体が彼らの作戦であるのかは分からない。ただ、まるで眼中にないと言った態度に、アリアは苛立っていた。それが狙いなのかもしれないが全ては憶測だ。
アリアはゆっくりと歩き出す。
「お前達は"蜘蛛"だな?」
「…いかにも」
予想以上に低い声のアリアの問いに答えたのは、背の高いほうの"蜘蛛"であった。掠れた声で返した"蜘蛛"、ゼルウィはようやくアリアに視線を向けた。
「…そちらは女神アリアだと見受けるが、如何に?」
「そうだ」
「…そうか。それは運が良い」
「いいや運が悪いぞ。お前らはここで終わるんだからな」
「…終わるならばそれも結構だ」
「良いんだな?それじゃあーーー」
話しながらも、アリアは剣を構える。
「ーーー行くぞ?」
アリアと別れたロズウェルも、もう既に戦闘を開始していた。こちらも、アリアと同じで二人組の"蜘蛛"だった。
片方は昨日捕まえ、今日他の"蜘蛛"によって解放された"蜘蛛"であった。もう一方の"蜘蛛"は全身喪服のような黒色の服に包まれた女であった。
昨日捕まった"蜘蛛"フーカは怒り心頭と言った顔と声音で喪服の"蜘蛛"アラクネラに言う。
「アラクネラ!こいつの相手はワタクシに任せて欲しいんですの!!」
「……………………ダメ……私も……」
「雪辱戦ですの!!お願いですの!!」
「……………………イヤ……最強は、私の獲物」
フーカとアラクネラは口喧嘩をしながらもロズウェルに攻撃を仕掛ける。ロズウェルはその様子を冷めた目つきで見つつ、攻撃を避ける。
(戦闘狂に人喰いですか…)
二人のキャラの濃さに胸中で溜め息をつく。この二人だけでもそうとうキャラが濃いのだ。"蜘蛛"という集団は一癖も二癖もあるような者ばかりなのだろうか。そうであれば、少しばかり相手をするのは疲れそうだと、そんなどうでもよいことを考えながらも、ロズウェルは相手の動きをつぶさに観察する。
相手の攻撃の時の癖、足運び、息づかい、目線などなど。様々な情報を観察して取得する。そうすることで相手の攻撃のタイミングや、次にどこに攻撃が来るかを予測できる。
ロズウェルのその冷静な分析力は大きな強みだ。ロズウェルは、冷静に相手を分析することで相手の動きを読み攻撃のことごとくを封殺する。この、観察力と頭の回転の速さが、ロズウェルを最強たらしめるゆえんでもあった。
まあ、超人的な胴体視力と身体能力があるので、それだけでも余裕で反応ができるのだが、それが通用しない相手もいるにはいる。そのために、観察と冷静さを欠かないことを忘れないのだ。
だが、その観察力をもってしても、今回の敵で読めない者がいた。
(人喰いの方は、攻撃が単調ですね。あのときと変わらない。ただーー)
ロズウェルはチラリと、アラクネラの方を見る。
(彼女は、読み辛い…)
鋭い観察眼を持ったロズウェルに読み辛いといわしめるアラクネラ。その理由も、ロズウェルはだいたい予想がついている。
アラクネラの攻撃は無茶苦茶であった。技法もなにもあったものではない。ただでたらめにワイヤーを振るい攻撃を仕掛けてくる。同じような攻撃はしてこないし、攻撃のパターン化もされてはいない。であるのに、攻撃は鋭いところをついてくる。
言わば、圧倒的戦闘能力と戦闘のセンス。そして、野生の勘とでも言うべきものを駆使して攻撃をしてくるのだ。
(…読み辛い。やりにくい)
今までに無いタイプの敵に、少しだけ忌まわしげに眉を寄せる。
ロズウェルはフーカの攻撃は予測をして迎撃。アラクネラのでたらめな攻撃には反射神経と胴体視力だけで迎撃。という、全く別の方法を使い分けての戦い方をするはめになった。
常人であれば瞬時の使い分けをできずに、すぐに綻びができてやられてしまうだろうが、ロズウェルは常人ではない。部類としては超人の方に入るのだ。
ロズウェルは瞬時の切り替えで対応をする。そこに綻びも隙もない。
この戦い方は、ロズウェルにとって初めての試みであったが、うまくいった。初めての試みでこれほどまでに完成度を高く戦い方の切り替えができるロズウェルは、やはり天才なのだろう。
(…もういいですかね)
観察は終わった。試みもうまくいっている。ならばロズウェルがこのまま防御に徹する理由は無い。
ロズウェルは目をスッと鋭くさせる。
瞬間、フーカとアラクネラは背筋に言いようのない寒気を覚える。そして、同時に覚える感情。その感情は、二人が、いや"蜘蛛"のメンバー全員が、しばらく縁の無かったものであった。
その感情の名は恐怖。
それだけが、一瞬二人の思考を支配した。そして、その一瞬が命取りであった。
やばいと思い二人は慌ててワイヤーを体に巻き付けて簡易の防具を作った。なにがやばいかなんてのは分からない。ただ、直感で理解したのだ。このままではやられる、と。
直後、重たい衝撃が二人を襲う。
「…………………くっ…」
「ああぁっ!」
衝撃を殺すこともままならずに勢いそのままに吹き飛んでいく二人。
「…………ひゅっ…がはっ…!」
「げほっ、ごほっ!!」
勢いよく壁と地面に打ち付けられ、喀血し、せき込む二人。
二人の様子を見れば、ロズウェルの放った一撃の威力が凄まじいものであることが理解できる。
だが、凄まじいまでの一撃であるのだが、ロズウェルは別段特別なことをしたわけではない。鋭く踏み込み、鋭い一撃を見舞った。本人にしてみればただそれだけであった。
ただ、ことロズウェルに限って言えば鋭いの度合いが他者よりも数段上なのだ。
踏み込みの一歩は自然すぎて注視する暇も無い。横一線の一撃は鮮やかすぎて危機感を覚えられないほど自然に放たれる。フーカもアラクネラも、先の恐怖を感じなければ一撃でやられてもおかしくない強烈な一撃。
その一撃だけで二人は理解する。格が違うのだと。いや、格などという生ぬるい言葉では表せられない。最早次元が違うのだ。
ロズウェルはたたずまいを正すと鮮やかに軍刀を構え直す。
「来なさい。格の違いを教えて上げます」
最早次元の違いすら悟っている二人に対して放たれたそれは、最早、死刑宣告と何ら変わりの無いものであった。




