第二十五話 夜明けの強襲Ⅴ
すみません。また遅くなりました…
ある男は暗殺者の一族であった。
幼少の頃より暗殺術を学び、年が十を越えた頃にはすぐに任務にあてられた。
それは、少年が特別であったからではない。少年と、その他十数名の少年少女等が、暗殺者として仕事をこなした。それが、この村の慣習であり、掟でもあった。
だが、十を越えて仕事をする仲間の間でも、少年の才能は頭一つ以上飛び抜けていた。他者より足音を殺し。他者より気配を殺し。他者より目標を殺した。
少年には殺しの才能があった。それこそ、暗殺者の一族の党首をも唸らせるほどに、殺しの才能があった。
少年が仕事を始めてから、一族の任務達成率もぐんと上がった。成功率が上がれば信頼もされ、信頼もされれば仕事も増える。一族には大口から些細なものまで、舞い込む仕事が増えていった。
そのため、一族は少年をえらく可愛がった。少年には身寄りが無かったため、寂しい思いをさせないと言うためにも、可愛がった。そのことが、少年には嬉しかった。
少年は、仕事を成功させれば誉めてもらえると、仕事を今まで以上に頑張った。何人も。何人も、何人も、何人も、何人も殺した。そのたびに少年は誉められた。少年には、それが、たまらなく嬉しかった。
そんな生活が続いて数年。少年は少しずつ、だが確実に歪んでいった。
最初は些細なことだった。解体されている獣を見て自然と口元が歪んでいた。
「ん?お前、なに笑ってるんだ?」
同期の少年に指摘され、始めて自分が笑っていることに気づいた。
この感情がなんなのか分からなかった少年は、誤魔化すように笑うと曖昧に答えた。
「…ん~ん。なんでもない」
「そか?ならいいけど」
同期の少年はそんな少年の様子を気にしたようではなく、すぐに興味を無くしたようであった。
このとき、少年はよく分からない感情の中に、少しだけ覚えのある感情があるような気がした。
そうして、その感情は、任務で人を殺していくうちに、段々と鮮明に、より明瞭になっていった。
任務の回数を重ねる毎に、ふとした瞬間にも、その感情は徐々に徐々に少年の表面へと浮上してきた。
ある日の任務のとき。少年は、ようやくその感情を知ることができた。
任務の対象を殺したとき、たまたま姿見に映った自分を見た。姿見に移っていた自分はーーーーー笑っていた。満面な、一瞬の曇りもない笑みだった。
そうして、少年は気付いた。自分は殺しを楽しんでいたのだと。
その感情に気づいたとき少年の喜びは明確に変わった。
大人達に誉められるよりも、楽しい。嬉しい。そして、美しい。
返り血を浴び血塗られた自分。一撃で仕留められたが、動脈を切られ大量の血を噴き出し倒れる死体。それが一つの芸術のようにも思えた。
楽しい。嬉しい。楽しい。嬉しい。楽しい。嬉しい。
その感情が分かってしまってから、少年はよりいっそう任務に耽った。
ご飯を食べるよりも、眠るよりも、友人等とどこかへ出かけるよりも、少年は任務に向かった。
任務の回数は日に日に多くなっていった。見ている一族のものが心配になるくらい、少年は任務に赴いた。
だが、周り心配もよそに少年は任務に向かう。少年にとって人殺しは娯楽。他を忘れるぐらい趣味に没頭するようなものであった。
殺しも、回を重ねる毎に、より残忍に、より残酷に、より凄惨になっていった。少年は殺し方にもこだわるようになっていたのだ。いつも、思い付きだけで殺しかたを変える。その種類は多種多様。時にあっさりと、時に長時間に渡り殺したりと、時間もまちまちであった。そして、それが、少年に決定的なミスを犯させてしまった。
「ひぃいっ!?」
いつものように殺しをしていると、突如沸き起こる悲鳴。
驚きつつも、少年は悲鳴の聞こえた方を見やる。そこには、取っ手のついた燭台に火のついた蝋燭を置いたものを持っている侍女の姿があった。
「イヤアアアアァァァァァッ!!」
少年が突然のことに呆気にとられているうちに、侍女は甲高い悲鳴を上げた。
その悲鳴を聞きつけ、警備の私兵が部屋まで向かってくる足音が聞こえてくる。
焦った少年は窓を突き破り闇の中へと消えていった。
一心不乱に逃げ一族のいる村にたどり着く。そこまでくれば安堵をして気が弛んでしまった。
少年は、それでもすぐに気を引き締め直し、族長の元へと向かった。そうして、族長にあったことを話した。
呆れたような目で少年を見た族長は、すぐさま対策を練ろうと声を出そうとした。直後、外から怒号や悲鳴が起こる。そこで、少年も族長も気づいた。襲撃されたのだと。少年は、後を付けられていたのだ。
だが、少年は年若いとは言えもう立派な暗殺者だ。戻ってくるまでに何度も後ろを振り返り追跡者がいないか確認していた。それなのにどうしてここの場所をつかまれたのか。
この一族は魔法の類はあまり使わない。暗殺者という家業故、森の奧で暮らしている。外界から隔絶された場所で、魔法師も寄りつくようなことはなかった。それ故に、生活も、仕事も、魔法を頼らない方法ばかりであった。
追跡者は人ではなかった。姿を消すことのできる召喚魔であった。魔法に精通していない少年では気づくことができないのは当然であったのだ。
そんな事実を族長も少年も知る由もない。それに、今はそれどころではなかった。族長はすぐさま声を張り上げ指示を出す。少年も慌てて飛び出す。
襲撃者に、一族総出で迎撃をした。だが、一族は暗殺者。闇に紛れての奇襲を得意としている彼らは、正面からの切ったはったの戦闘は得意としてはいなかった。
必然、一族は追い込まれていった。隠れて奇襲をしようものならば、隠れていたところごと魔法で吹き飛ばされた。
見たことのない戦い方に、一族はなす術無く殺されていった。
そしてそれは少年も例外ではなかった。
魔法の衝撃で吹き飛ばされ地面に盛大に打ち付けられる少年。倒れた少年に容赦なく迫り来る凶刃。
迫り来る凶刃はゆっくりとその目に映った。それはまるで走馬燈のようであった。
(っはは……ここで終わりかな……?)
迫り来る凶刃を目に焼き付けながら、少年は最後に思うよくありがちな台詞を胸中で呟く。
(……は?終わり………?)
だが、呟いただけで本心はまるで別であった。
(……終わらないよ。むしろ………)
「ここからでしょうがぁッ!!」
凶刃をギリギリのところでかわして、相手の喉笛を掻き切る。
「はっは!最っ高!!」
少年はまだ諦めていなかった。むしろこの瞬間を楽しんでいた。
少年にとって殺しは娯楽。その娯楽に自分の死の危険というスパイスが加わっただけだ。何も問題無いではないか。楽しいんだからそれで良い。
「もっとたのしもおぉう!!」
笑顔で凶刃を振るい、素早い動きで相手の喉笛を掻き切る。全て一撃のもとで斬り捨てる。
少年の動きは誰も目で追えなかった。その速さは異常。魔法師が身体強化をしてようやく出せる速度であった。
だが、少年は魔法なんぞ使ってはいなかった。これが、元の身体能力であった。少年の元々の身体能力という意味ではない。少年が半分だけ所持している、種としての元々の速度であった。
魔法も、剣も、矢も少年に掠りはしない。全てが空を切り、次の瞬間には、命を絶たれている。
そうして、一人の少年により防戦一方となった。結果、襲撃者達は負けた。だが、戦場と化した村で最後まで立っていたのは少年ただ一人であった。味方も全滅であった。
平和であった村の面影はとうに無く、荒れ地とかしていた。少年は荒れ地の中、一人、その顔に笑顔を貼り付けながら立ち尽くした。
○ ○ ○
ハンナ、トロラ、フォールの三人がいるのは、魔工都市内にある森林エリアと呼ばれる場所。工場しかないこの都市に自然的な癒やしを取り入れようと作られた場所であった。
ユーリが今戦っている住宅街の少し先にあるため、すぐに合流できる場所となっている。
今、木の陰に身を隠し相手の様子を窺っているのは、強者であるはずのフォールであった。
フォールがハンナとトロラと戦ってまず抱いた感想は、やりづらい、であった。
二人の攻撃は奇抜なもので、長く戦いに身を投じているフォールでも知らない戦い方であった。
戦闘スタイルは完全な遠距離型。斬りつけなどの武器を使った攻撃はまずできないことは分かっている。だが、近付いても接近戦のできない武器なのにも関わらず迎撃される。武器は完全に遠距離型なのに近距離にも対応できる。
見たことのない戦い方に、フォールは若干の苦戦を強いられていた。
二人の攻撃を観察しつつ、回避に徹していると、急に殺気を感じる。
慌てて飛び退けば、フォールが先ほどまでいたところに何かが飛来し、木に穴を穿つ。穿たれた木からは焦げ臭い匂いがするので、火属性のものなのだろう。
穿たれた部分だけ焦げた木を見て、冷や汗を流しつつひきつり気味な笑みを浮かべるフォール。
「……ほんっと…やりづらいなぁ~……」
そう呟き、次の攻撃が来る前に移動をする。
(これは……失敗したかなぁ……)
失敗した、と言うのも、元々、この場所を戦いの場に選んだのはフォールであった。フォールは暗殺者。正面切っての戦闘もここ数年で大分慣れたが、まだまだだ。恐らく、"蜘蛛"内でも真っ正面からの戦闘であれば一番弱いだろう。そこが唯一の弱点とも言えなく無かった。
だがしかし、フォールにはその真っ向勝負が苦手という弱点を補って余りあるほどに奇襲の才能に長けている。
そのため、四角からの攻撃がしやすいこの森林エリアを選んだ訳なのだが、二人にそれを逆手に取られて視覚外からの攻撃をされている。しかも、射程距離が向こうの方が長いのだ。
完全に、向こうのペースになってしまい、少しばかり焦りの色を見せるフォール。
どうしようかと対策を考えている間にも、次々に飛来する何か。それを、紙一重でかわしていくフォール。
飛来する何かは着弾しなければその効果を発揮しないらしい。その証拠に何かが肌のすれすれを通っても、熱くもないし、冷たくもない。ただ、その逆を言えば、着弾すれば即アウトなわけだ。先ほどローブに当たり燃え盛ったので、ローブを着ていては危険だと判断し、早々に脱ぎ捨てている。
不可思議で非常に厄介で面倒な相手。
それでも笑っていられるのは、それがフォールにとってのスパイスでしかないからだ。
それに、活路が無いわけでもなかった。
だが、攻めに出るのにはまだ情報が少なすぎる。
相手から情報を引き出すために、フォールは回避を続けた。




