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第二十話 分かってる

 魔工都市から少し離れた森の中。そこには七つの人影があった。七つの人影は、全員黒衣を纏っており、夜の森に姿を溶け込ませているかのようであった。


 黒衣の正体は、今マシナリアを騒がせている"蜘蛛"だった。


 そんな"蜘蛛"が集まっている夜の森はとても静かで虫の音と風で少しばかり木がざわつく程度であった。だが、その静寂は長くは続かず、黒衣の一つが声を発した。


「フーカが捕まったよ」


 その一言で"蜘蛛"に少なくない驚愕の色が浮かぶ。


「それは本当か?」


 一人、すぐに冷静に戻り声を発した黒衣ーーーフォールに問う。


 フォールは肩を竦めながら言う。


「本当だよ。全く嘆かわしいことにね」


 嘆かわしいと口には出すが、態度と口調がそれに伴っていなかった。だが、そのことに誰も反応を示さない。今はそんなことより、より興味深いことがあるのだ。


「誰にやられた?」


 掠れた声の男ーーーゼルウィが問う。


「人伝いに聞いたんだけどぉ…」


 そこでわざとらしくためを作ると、ニヤリと笑う。


「メルリア最強の剣士らしい」


 その言葉に、フーカが捕まったと知らされたときよりも大きな驚愕を浮かべる。  


「驚きだよねぇ。多分僕らの討伐に来たんだよ。いやあ、僕らも名が売れたもんだね~」


 嬉しそうにケタケタ笑うフォールをあえて無視して話を進める。


「フォールの言うことが本当だとして…ちょっとそれは厄介よねぇ」


「そうだな。メルリア最強の剣士と言うことは、マシナリアには…」


「女神アリアがいる」


「十中八九な」


「厄介な…」


「フーカの救出もより難儀になるのぉ」


 フーカの救出にあたり最大の壁となるのがメルリア最強の剣士と女神アリアだ。


 メルリア最強の剣士は魔人族にも引けを取らないどころか、圧倒するまでの戦闘能力を有している。  


 そして女神アリアは、身体能力、魔力量、魔法など、様々な面で規格外の強さを誇る。


 実に厄介な相手がマシナリアに来ている。


 そしておそらく二人だけでメルリアからここまで来るとは思えない。他にも二、三人いるとみて間違いないだろう。その二、三人もアリアと共に旅をするぐらいなのだから、手練れと見て間違いない。


 もうすでに頭を抱えたくなるような状況だが、顔をしかめるだけにとどめリーダーであるアラクネラに問う。 


「どうします?」


 その質問に、アラクネラは微動だにせずただ立ち尽くす。


「アラクネラ?」


 普段は、少し遅くとも返事が返ってくるのだがそれすらない。それに、少し怪訝に思う。


「…………ふっ…」


「?」


「ふふっ、あははははははははははははははははははははははははははは!」


「アラクネラ!?」


 突然、笑い声をあげて身を捩るアラクネラに三度目の驚愕をする"蜘蛛"。


 一通り笑った後アラクネラは黒のヴェールの奥にある口を三日月状に歪める。


「……………………勘は当たった…」


「勘って……なるほど。そう言うことですか」


 アラクネラの言葉を聞いて、ダフははあっと溜め息を吐く。


「……………………それじゃあ、楽しみましょう?」




 ○ ○ ○




 アリア達が工房を後にしたのを確認してからハンナはベランダにでて夜風に当たる。日が沈めばどこの工房も一旦は活動を停止する。いくら防音壁を使っているとは言え完全に音をシャットアウトできるわけではないのだ。そのため、近隣住民の安眠妨害にならないためにも活動を停止するのだ。


 昼間にそこかしこで鳴っていた金属音がしなくなり、街が眠りについたようであった。


 一度部屋に戻りお湯を沸かしてから、商店街で買った安い紅茶の茶葉をポットに入れて愛用のマグカップに注ぐ。椅子にかけていたガウンを羽織ると、またベランダに行く。


 さすがに秋に入ってきたので夜風が寒かったのだ。


 頭を冷やすために外に出たのだが、風邪を引いてしまっては元も子もない。


 体を温めるためにマグカップを傾け紅茶を飲む。


「アッチ…」


 入れ立てなので熱かった。


 若干涙目になりつつも、ふーふーと息を吹きかけ少しだけ冷ます。まあ、そんなことをしなくても今の気温であれば暫くすれば飲みやすい温度に下がるだろう。


 マグカップを手すりに置くと自身も手すりに体を預けぼーっと街を眺める。特にどこを眺めるでもない。ただ、自分を落ち着かせたくてぼーっとしているのだ。


 本音を言えば、自分は無理をしていた。両親を早くに亡くした自分、それとトロラにとっては幼なじみ二人は心の支えのようなものであった。だから、どの友人よりもよく遊んだし、よく喧嘩もした。


 そんな二人が死んでしまったのだ。堪えないわけがなかった。


 心の準備ができていないときに聞いた二人の訃報は、ハンナの心を抉るには十分すぎた。


 その日は残りの仕事も手につかず、一日中ベッドで泣いた。


 魔工都市は都市といえどもそこまで広くはない。そのため、二人の境遇を理解している人がいたため、商品の完成の引き延ばしを快く許してくれた。と言うか、自ら言いに来てくれた。いつもは気丈に快活に振る舞うハンナも今回ばかりはその好意に甘える他無かった。


 ハンナが一人泣きじゃくっている間も、トロラが一人で出来る限りの仕事をこなしてくれていた。


 それから、工房の机の上にお裾分けが所狭しと並んでいた。どうやら、依頼延長の申し出と共に持ってきてくれたらしい。


 二人が死んで急にトロラと二人ぼっちになってしまった気がしていたので、その優しさに触れてまた泣いてしまった。その日も仕事にならなかった。


 一夜開け、やっとこのままではいけないと思い始めてきた頃、朗報が入った。それがメルリアからの依頼であった。その依頼に伴い、アリア達が魔工都市に来ると言うことも聞いた。その時、チャンスだと思った。二人の仇。"蜘蛛"を倒すチャンスだと。依頼を早く終わらせればアリア達の手伝いもできるかもしれない。人手がある分にはきっと向こうも快く承諾してくれるに違いない。


 それから、約一ヶ月寝る間も惜しんで魔工義手を作り上げた。トロラは自分を気遣ってなんどももう少し休めと言ってきたが、止まっている暇なんてその時はなかった。そうして、最終調整だけを残し、他全てを仕上げた。入れられたギミックは三つだけだが、それでも一ヶ月の出来にしては上等なものであった。


 そうして、アリア達はやってきた。自身の成果を見せさあこれで"蜘蛛"の討伐に加えてもらえる。そう思ってた。だが、実際には違った。ロズウェルに反論されたのだ。


 ロズウェルの言うことのどれもが的を射ていて、ハンナが考えていなかった現実を突きつけられた。いや、考えていなかった訳じゃない。頭の片隅にはあったのだ。自分の気持ちだけが先走ってしまい気付かなかったのだ。


「……分かってるわよ…そんくらい…」    


 ぽつりと一言呟く。


 分かっていても、何もしないなんてできないのだ。敵が分かっているのに、それに立ち向かわないなんてできないのだ。


 だがしかし、実力が足りないというのも事実なのだ。


 自分はどうすればいいのか。それが分からない。どうかしたいのにどうもできない。


 思考の雁字搦めにかかっていると、コンコンと扉が控えめにノックされる。


「姉さん。今いいですか?」


 どうやらトロラが来たらしい。


 返事をしようとしたが、窓ガラスに映る自分の顔が余りにも酷かったので、何度かガラスを鏡変わりに笑う練習をしたあと返事をする。

 

「ど~ぞ」


 ハンナの返事を聞き部屋に入ってくるトロラ。


「それで?なんのよう?」


「いえ。大丈夫かなと思いまして」


「大丈夫って、なにが?」


「ロズウェルさんにこっぴどく事実を言われていたので」


「…あ~あ~大丈夫大丈夫~。あんな若造の言葉でへこたれるほどか弱くないわよワタシ」


 少しだけおどけた調子で返すが、トロラは少しだけ気遣わしげであった。そんな様子を見れば、長年付き添った弟が自分の言ったことが嘘であると気付いていることくらい分かる。ハンナは頭をがしがし掻きながら答える。


「……本当はね…分かってるのよ。ワタシじゃな~んもできないってことはさ……あ~やだね~年下に対してムキになっちゃったよ~」

  

「…」 

  

「…なんだかね~やっぱりさ~。ワタシには機械いじってる方があってるんだよ。うん。戦闘なんて出来ないことはしないよ」


「…分かってるなら、僕からは何も言うことはないです」


「…励ましに来たわけじゃないの?」


 少し膨れっ面で言ってみるが、トロラは今までと表情を変えない。


「今はどういう考えなのかなと思ってきただけですよ。励ます?馬鹿言っちゃいけません。あれは全部事実なんですから、励ます要素なんて一つもありませんよ」


「むっ。ぐぐぐぅ…事実だから言い返せない…」


「あのときは頭に血が上っていたようですが、今は大丈夫そうですね」


「……うん。もう大丈夫。ごめん」


「素直に謝られると気持ち悪いですね」


「気持ち悪いとは失礼な!」


 憤慨の意を露わにするハンナに、トロラは苦笑で返す。


「でも、もう二人っきりの家族なんですから、無茶だけはやめてください」


「…うん。ごめんね」


「…………紅茶。僕も貰いますね」


 いつもよりしおらしいところを見ているせいか、何となく落ち着かなかったトロラは、ハンナの謝罪に返すことなく、誤魔化すように紅茶を入れ始める。


 しばらくは、トロラが紅茶を入れる音だけが響く。だが、それも耐えきれなかったのか、またトロラから口を開く。


「…姉さんと僕は、魔工技師です」


「…?なによ突然」


「魔工技師は魔道具を作るのが仕事です。決して戦闘が仕事ではない」


「もう。何度も言わなくっても分かってるわよ」


「分かってるのなら、より良い魔道具を作って、アリア様達を手助けすればよろしいのでは?」


「っ!?」


 トロラの言葉にはっとするハンナ。


 そうだ。自分は魔工技師なのだ。自分を自分たらしめている本分を忘れていた。  


「…そうだね…うん…そうだ!!」


 手すりに預けていた体を勢い良く跳ね上げてビシッと立つ。


「ワタシは魔工技師!だったら、魔道具で手助けすればいいだけのこと!!よおぉしっ!やるぞぉぉ!!」


「ハンナちゃんうるさいよ!今何時だと思ってるんだい!」


「ご、ごめんなさ~い!」


 今が夜だと言うことをすっかり忘れて叫んでしまったので、隣のおばちゃんから注意が飛んできてしまった。


 いきなり出鼻を挫かれた形になってしまったが、それでもハンナの再燃したやる気の炎は消えはしなかった。


「トロラ!今から調整始めるよ!」


「いや、今からはやめましょう。近所迷惑です」


「大丈夫!構いやしないよ!」


「いえ姉さんがかまわなくても、周辺住民の皆様に迷惑になりますので。それと、ただでさえ寝てないんですから、今日ぐらい寝てください」


「ぶ~!せっかくやる気出してんのに!」


「ダメです」


「……へ~へ!今日はもう寝ますよぉ~」


 ハンナはそういうと残っていた紅茶を飲み干して台所に置く。


「お休み!」


「お休みなさい」


 トロラも紅茶を飲み干すと部屋から出ていく。


 トロラが部屋から出ていくとすぐにシスタと鉢合わせる。


「シスタさん。どうかなされましたか?」


「ああ、いや。彼女大丈夫かなと思ってね~」


「姉を気遣ってくださってありがとうございます。でも大丈夫ですよ。やるべき事は分かったみたいですから」


 トロラがそう言うと、シスタは微笑む。


「それならよかった。それじゃあ、僕も寝るね」


「はい。お休みなさい」


 こうして工房の夜は更けていった。


 



 一方王城はといえば。


「アウェリアの車椅子にロケットエンジン積んだらどうなるんだろうな~」


「それはもうやったよアリア様」


「え、そうなの?どうだった?」


「楽死んだ」


「え、なにそれ怖い…」


 アリアとアウェリアは謎の会話で盛り上がっていた。 

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