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第十七話 魔工技師の姉弟

 馬車に揺られること十数分。アリア達は件の魔工技師がいる工房に到着した。工房は、アリアが思っていたよりは小さく、されども周囲の工房に比べれば大きい方ではあった。


 馬車を邪魔にならないようなところへ止めておくようにと御者に言いつけ、アリアは工房の扉をノックした。


「すみませーん。誰かいませんかー?」


 なんともまあ間抜けな呼びかけ方だと思いつつ、そう言えば魔工技師の名前を聞いていないことに気づく。


 まあ、自己紹介もするのだしそこらへんはいいだろう。


 そんなどうでもいいことを考えていると、扉の向こうからバタバタと慌ただしい足音と何やらガチャガチャと金属がぶつかり合う音、それに男女の言い争う声も聞こえてきた。 


『あああぁぁぁぁ!!アリア様だよ!絶対アリア様だよ!わ~!もう来ちゃったの?!早いよ~!』


『今日明日には来るって僕は言いました!姉さんがそれに合わせないでぐーたら魔道具作ってるのがいけないんでしょう?!』


『別にぐーたらなんてしてないよ!ちゃんと作ってたもん!』


『文句言うために手を止めないでください!アリア様を待たせてるんですから!』


『あっ!て言うか、このまま出なかったら誰もいないって勘違いして帰っちゃうんじゃないの?!トロラあんた「ちょっと待っててってベイビー」って言ってきてよ!』


『そんなフレンドリーに言える訳ないじゃないですか!!』


 とかいいながらも、その考えには同意なのか慌ただしい足音が扉の方に向かってくる。


 いや、こちらとしては、ここまで大きな音を立てられれば気付かない訳ないのだが、それも向こうは気づいていないらしい。


 そのことに、若干苦笑いを浮かべながらも、アリアは扉から一歩下がる。


 すると、勢い良く扉が開かれる。あのままあそこにいたのならば、勢いよく扉にぶつかっていただろう。相手の慌てようから予想しての行動だ。


 扉から出て来たのは二十歳くらいの真面目そうな顔をした青年だった。


 聞こえた情報によれば、トロラといった名前の青年はアリアを見るや否や慌てて頭を下げた。


「す、すみません!お待たせしました!ですが、もうしばらくお待ちください!」


 変な言い方をするなと思いながらも、アリアは笑って言った。


「気にするな。突然押し掛けてしまったのはこちらだ。部屋の片付けがあるのなら私達は外で待ってるから」


「す、すみません!すぐに終わらせますからぁ~!!」


 そう言い終わると、トロラは勢いよく扉を閉めた。その後すぐに大きな声が聞こえてくる。


『姉さん!アリア様めちゃくちゃ可愛かったよ!』 


『マジで!?見たい!すぐ見たい!』


『ダメですよ!掃除早く終わらせないと!ただでさえ待たせてるんですから!』


『いやじゃあぁぁぁ!見るんじゃあぁぁぁ!』


『ダメですってば!』


 中から聞こえてくる会話にアリアを含め一同は苦笑するしかなかった。


「なんだか、すっごく疲れる予感がする」


「奇遇だね。僕もだよ」


 シスタのその言葉には偽りがないのだろう。いつもニコニコと優しげに微笑んでいるその顔が、微妙にだがひきつっている。


「あの輩、アリア様がいるにも関わらず勢いよくドアを開けるなど…決して許される事ではないですよ…」


 ロズウェルは瞳を冷たくしドアを睨みつける。正確にはドアの向こうにいるトロラを睨みつけているのだろう。


 ドアに阻まれてトロラの姿は見えないはずなのに、時折視線が移動するのが怖い。


「まあまあ。向こうも焦ってるみたいだから許してあげてよ」


「アリア様がそうおっしゃるのであれば…」


 アリアが宥めると、ロズウェルはしぶしぶながらも頷く。


 結局、アリア達が部屋に入れたのは、およそ二十分後のことだった。






「申し訳ありません!長らくお待たせしてしまいました!」


 アリアの目の前のソファーに座り深く頭を下げる男女。


 今アリア達は、漸くのことで工房の中に入ることが出来たのだ。


 ソファーに案内され腰を下ろした矢先に目の前にある机に額を打ち付けんばかりの勢いで頭を下げた二人。いや、実際に、女の方は男の方に後頭部を掴まれ勢いよく頭を下げさせられていたので軽く机にぶつけていた。


 「ぶごっ!」と女性らしからぬ声が聞こえたのは、同性として聞かなかったことにしてあげよう。


「いや、急に押し掛けてしまったのはこちらだ。謝らないでくれ。むしろ謝る方はこっちだしな」


「い、いいえ!そんな!アリア様に謝られるなんて恐れ多いです!どうかそのようなことをなさらないでください!」


「え、あ、いや、でも…なぁ?」


 謝った方がいいよねと同意を求めて後ろを振り返る。


 ソファーは一人掛けと二人掛けしかなく、皆はアリアの後ろに立っているか、彼女等が用意した椅子に座っている。因みに、立っているのはロズウェルだけで、他の皆はちゃんと座れている。まあ、ロズウェルであれば椅子があっても立ってそうなものだ。


 最初は、彼女達は一人掛けに二人で座りますという無茶を言っていたのだが、それは流石に無理があると言って二人掛けに座らせたのだ。


 それに、二人掛けの方は後ろが壁になっており、スペースが無いため、ソファーに座る二人以上は入れない。そんなわけで、椅子を持ってきてもらい、部屋の広さ的にも、アリアの横ではなく後ろに椅子を置いている。そのため、アリアは後ろを振り返るのだ。


 同意を求めて振り向いたのはシスタの方。この中で一番年上で、こういう場の場数も踏んでいるし、何より一番公平に物事を考えるからだ。


 ロズウェルは完全にアリアの味方、と言った感じなのであまり公平さに欠ける気がする。


 シスタは優しく微笑みながら、これまた優しい口調で目の前の二人に言う。


「そうだね。君達の事情も聞かずに押し掛けてしまったのはこちらだからね。ここは素直にアリア様の謝罪を受け入れておきなよ。アリア様が謝るなんて滅多にないことだよ?」


「おいシスタ。それだと私が悪い事しても謝らないイヤな奴みたいじゃないか」


「あ、ゴメンね~?」


 アリアの苦言も爽やかな笑顔で流すシスタを、アリアはジト目を向ける。だが、その行為もシスタには無意味だと悟り、顔を前に戻す。


 すると、目の前の女の方が、惚けたような顔でアリアを見ていた。いや、アリアではない。その視線はわずかながらにずれている。


 女の視線の先を追うと後ろにいるシスタに行き着く。そこでなるほどと納得する。


 アリアはニヤアと人の悪い笑みを浮かべると女に言う。


「そんなにシスタを見つめてどうしたんだ?惚れたか?」


「はい!もうめっちゃ惚れました!!」


「へ?」


 女の思わぬ返しにアリアの方が間抜けな声を上げてしまう。そんなアリアの様子も目に入らないのか、女は勢いよく立ち上がる。


「もうすっごいわたし好みです!程良く引き締まった筋肉!端正な顔つき!そして甘く優しい声!あぁ、わたしもうとろけちゃいそうです」 


 その言葉通り、女はうっとりとしており若干目の焦点が合ってない。その様子にちょっと、いや、かなり引いたので、早速、やばい奴認定をしておいた。


「姉さん!いい加減にしてください!」


 男が女のシャツを掴み無理矢理ソファーに座らせる。


 シャツの後ろを引っ張られたので、襟で喉が締められ若干苦しそうにする。少しだけ咳込みながら男を恨みがましく見るが、男はどこ吹く風だ。


「あ~とりあえず、自己紹介でもしないか?私はお前等の名前も知らないんだしさ」


「そうですね。それでは、僕から。僕はここで魔工技師として工房を構えている、トロラ・ローラスと申します」


「わたしは、トロラの姉で、工房長を勤めてるハンナ・ローラスです。まあ、工房長と言っても二人だけの小さい工房の長をやってるだけですけどね」


 見てくれだけなんです。と付け足すハンナ。だが、その視線はアリアではなく、その後ろのシスタに向いているようであった。


 シスタが後ろで苦笑いをしているのを雰囲気で察し、少しだけ同情する。


「私は知っていると思うが、アリア・シークレットだ。今代のアリアだ。それで、立ってるのがロズウェル。私の従者。素敵な伯父様がシスタ。一応子爵。可愛い女の子が騎士のユーリ。最後に、同じく騎士のイルセントだ」


 時間が押している、とまではいかないが、それなりに時間を食っているので、早々に自己紹介を終わらせるアリア。    


 自分で自己紹介が出来ないことに不満があるわけでもないので、皆は、アリアお紹介の後にぺこりと頭を下げる。


「それで、今日は一応顔合わせと意思確認ってことで来たんだ」


「顔合わせと意思確認、ですか?」


「うん。今回の案件について二人は聞き及んでいるか?」


 便宜上、二人はと訊いてはいるが、実際訪ねているのはトロラだけだ。ハンナはシスタに夢中なのか、シスタを穴が開くほど見つめている。


 シスタはかなり居心地が悪そうだが、そこは申し訳ないが、我慢して貰おうと思う。


「はい。アリア様方は、"蜘蛛"と呼ばれる輩の討伐を依頼されているとか」


「ああ。それで、その依頼が終わったら、二人のどちらかが着いてくるという話しだ。私は、お前たちを無理矢理連れて行きたいとは思っていないんだ。だから、意思確認をしようと思ってな」


 提示された条件ではこちらに魔工技師をくれるとのことであったが、それが本人の意志のともなわないものであったならば、アリアはそれを拒否しようと思っている。


 無理矢理連れて行ってもお互い気分の悪い思いしかしないだろうしな。

 

 そんなアリアの言葉に、トロラはおずおずと言った感じで訊いてくる。


「あの。着いていくのはどちらか片方だけなのですか?」


「ん?あれ、そう言えば…」


 そう言われ、アリアは考える。


 アリアはメルリアに連れて行くのは一人だけだと思っていた。だが、よくよく考えてみれば、向こうから提示された条件に人数のことは記載されていなかったのだ。


 いや、実際記載されている文書を見たわけではないのだが、口頭で伝えられた内容では、人数についてどうこう言っている訳ではなかった。


「なあ?どうなるんだ?」


 どうするべきか判断に迷ったので、アリアはロズウェルに訊いてみる。


「文書には、『事が解決したのち、魔工技師を遅らせていただく』といったことしか書いてありませんでした。ですので、アウェリア様に直接訊ねてみればよろしいかと」


「ん。そうだな。トロラは、できれば二人で行きたいのか?」


「ええ。家族は、もう姉と僕だけですので、離れ離れになるのは避けたいです。それに…」


 そう言うとトロラはハンナの方をみる。


「こんな姉を方っておいたら何しでかすか分かりませんからね…」


 トロラのその言葉にはもう諦めたような、呆れたようなものが含まれていた。


 実際、トロラが真剣に話していて、二人だけの家族という湿っぽいワードが出て来たというのに、ハンナは無反応で視線はシスタにがっちり固定されているのであった。


 そのことに、アリアは乾いた笑みを浮かべトロラに同情する。


「トロラも苦労してんだな…」


「ええ、それはもう…」


 その後は、軽くトロラの愚痴を聞いてあげた。相当溜まっていたのか、トロラの口は止まることはなかった。


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