第十話 道中
騒がしい初日から早いことで十日が経った。
最初の木々に囲まれていた風景を五日で抜け、六日目には広い草原が周囲に広がる街道を馬車を走らせる一行。
時折魔物と応戦しつつも、ここまで順調に進んでいる。
今、御者をロズウェルが勤めているので、馬車の中にはロズウェル以外の四人がいる。
アリアは相変わらず昼寝をしていて、シスタは読書、イルは今日の献立を考え、ユーリは幸せそうな顔でアリアを膝枕しながら頭を撫でていた。
先日、膝枕をさせて欲しいと頼み込んだところ、アリアから快く承諾を受けたので、アリアのお昼寝の時間はいつもこうしているのだ。
皆が皆、思い思いの事をしながら過ごすこの時間は、一ヶ月という長い旅路の期間であっても、その間に飽きが来ることはないだろう。
今日も今日とて和やかな昼時。このまま走り続ければ旅路の三分の一地点を踏破し、結構早い段階で付くことが出来る。
王都からマシナリアへの旅路は、山越などはなく、平坦な道のりなため比較的難しいと言うことはないのだ。
馬もフーバーがかなり優秀なやつを貸してくれたらしく、これだけ走り続けているのにまだまだ元気だ。寝る前にイルがブラッシングをしていたりするから精神的なケアも出来ているのも理由の一つかもしれない。
イルは馬の料理にも気を使い、限られた材料で常にベストな食事を作ってくれている。その手腕は、スーパー執事のロズウェルすらも舌を巻くほどの絶品なのだ。この間、イルにこっそり調理方法を聞いているのを見たことがある。そそれほど美味しかったのであろう。
なぜイルの料理が美味しいのかというと、それは至極単純な理由で、彼の父親が実は王宮の料理長だったのだ。そのため、イルとその妹スティは幼い頃から料理を仕込まれていたらしいのだ。
因みに、アリアがこの話を聞いたのは、二人がアリア達を王都へと送迎してくれているときにスティから聞いたのだ。
あの時は、スティが料理を作ってくれていたので、イルの料理を食べるのは今回が初めてであった。スティの料理も美味しかったので、もしかしたらロズウェルはスティにもなにやら聞いていたかもしれない。
ともあれ、何故そんな料理長の息子と娘が騎士をやっているのかと言えば、遠出が可能な騎士であれば珍しい食材にありつけると思ったかららしい。本当は、冒険者になりたかったらしいのだが、それは両親に止められたそうだ。それで、仕方なしに騎士になったそうだ。
仕方なしに騎士になるというのも、騎士試験を落ちた者や苦労して騎士になった者からしたら憤慨ものであるが、本人達もそれを理解しているので誰かに話したことはないそうだ。
因みに、珍しい材料ならば、取り寄せれば調理が出来るのでは?と言ったところ、確かにそれも出来るが、自分で手に入れた食材で作るからこそ価値があるのだと言っていた。
ロズウェルはうんうんと頷いていたが、アリアにはそう言うものかという感想しかなかった。向こうにいたころも、適当に食材を買って適当に作っていたので、案外そう言うことには興味がないのかもしれない。
あの時はただのやらなければいけない義務感だけだったからかもしれないが、どちらにしろ今のアリアは食い専だ。美味しい物が食べられればそれで良い。
そんな事を寝る前に思い出していたからだろうか。アリアはだらしなく口を開けて涎を垂らしていた。
そんな様子も、可愛いもの好きの琴線に触れるのか、ユーリはより一層笑みを濃くして楽しげにハンカチで涎を拭いていた。
だが、そんな穏やかな空気は唐突に終わりを迎えた。
「止まってくだされぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!」
穏やか空気を突如としてぶち壊す謎の大声にアリアは飛び起き、ユーリは目を鋭くし、イルとシスタも警戒態勢をとる。
「ちょ、ま、ほ、本当に止まって下され!!お願いでござる!!止まって下され!!」
馬車は通り過ぎたのか、謎の人物の声は段々と遠ざかっていく。
ござる?
変なしゃべり方をだなと思いつつ、アリアは御者台の窓を開けてロズウェルに言う。
「ロズウェル、止まってやれ」
「いいのですか?見るからに怪しい感じでしたが…」
「構いはしない。私はお前のそばから離れないから万一襲われても平気だ」
「……分かりました」
ロズウェルは渋々といった感じで馬車をゆっくりと止めた。
「それじゃあ、僕が先に出ますね」
シスタはそう言うと、警戒しながら馬車の扉を開けて外に出る。外に出て、謎の人物がいるである方を見ると、少し警戒を緩めてからこちらを向いた。
「大丈夫そうだよ」
「ん、そうか」
シスタの言葉を聞き、アリアは無警戒にぴょんと馬車から飛び降りる。そして、謎の人物の方を向くと苦笑を漏らす。シスタが警戒を緩めた理由に納得したからである。
「あれ、大丈夫だと思う?」
「さあ?どうだろうね」
二人の視線の先が気になり、イルとユーリも馬車から降りてきて確認する。そこには、街道に行き倒れた大荷物を持った見慣れぬ格好をした者がいた。
まだ、ピクピクと動いているので生きてはいるのだろう。
アリアは取りあえず行き倒れている者の所へと向かった。後ろからはユーリとロズウェルが付いて来る。イルとシスタは馬車の見張りだ。
アリアは行き倒れている者の近くまで来ると、しゃがみこんで落ちていた木の枝でツンツンとつついてみた。すると、ビクビクと跳ねる。
「やっぱり生きてるな」
「どういたしましょうか?」
「捨て置く?」
「いや、止まってしまったのですからそう言うわけには行かないんじゃないですか?」
アリアの酷い発言に苦笑いを浮かべながらそう言うユーリに、アリアは軽く微笑む。
「冗談だよ冗談。それに、気になることもあるし、捨て置く事はしないかな」
「気になることでございますか?」
「うん、これのーーー」
ーーーギュルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥ。
「………」
突如としてアリアの言葉を遮り鳴り響く音。
「この間のユーリのやつより凄い音だな」
「あ、あれは忘れて下さいっ!」
アリアの発言に顔を真っ赤にしてそう言うユーリ。
そう、アリアが言ったとおり。この音は腹の虫が鳴った音だ。
その音の発生源は今行き倒れている人物であった。
確かに、今はお昼時ではあるが、こんなに酷い音がするほど鳴るのは異常と思えた。
「お前、腹減ったのか?」
「………!?」
アリアの言葉に行き倒れている人物はビクンと跳ねる。
「どうだ、ご飯でも食わないか?」
「あ…」
「あ?」
「ありがとうでござ、ヒイイイイィィィィィィィィィッ!?」
行き倒れている人物は、いきなり起きあがったかと思えばアリアに急に抱きつこうとした。だが、その前にロズウェルが抜刀し謎の人物とアリアの間に軍刀を突き立てた。
ロズウェルは冷たい目で謎の人物を見ると冷ややかに言った。
「アリア様に抱きつくなどと言う不敬は許しません。まだ私ですら抱きついたことがないというのに。誰とも分からぬ輩に抜け駆けはさせませんよ?」
「ロズウェル。漏れてる。本音漏れてる。それと、怯えてるからそれしまって」
アリアがそう言うと、ロズウェルは軍刀を納刀した。
アリアははあと溜め息を吐くと苦笑をしながら言った。
「取りあえず、お昼ご飯にしようか?」
そう言われた倒れていた女性は、涙目になりながらもこくこくと頷いた。
「ハムハムむしゃむしゃアグアグあむあむ!!」
落ち着きなく凄まじい量の料理をかき込む謎の人物に一同唖然とする。
謎の人物の座るテーブルの上にはこれでもかと言うほどに皿が積み上げられていた。
「まさか…ここまで食べるとはな…」
「アリア様、すみません。凄く美味しいそうに食べてもらっていたので、思わず作りすぎました…」
思わず呟いてしまったアリアに、イルが恥ずかしそうに、かつ、申し訳無さそうに謝ってくる。
「あ、いや、別に構わないぞ。食材はかなり多めに持ってきたからまだ間に合うだだろ…」
《停滞の箱》持ちが二人もいるので、今回食材はたんまり持ってくることが出来たのだ。
「ここまで食べっぷりがよろしいと、作りがいがあるのも分かりますよ」
ロズウェルもさり気なくフォローを入れてくれる。
「ううっ、お二人ともありがとうございます…」
「バリバリむぐむぐはむはむはむむっ!?」
話の途中で急にかき込む手を止める謎の人物。どうしたのかとそちらを見ると、ポロリとフォークを落とし、急に喉を押さえて苦しみだした。
その様子に呆れたように溜め息を吐きながらロズウェルに目配せをする。ロズウェルは目で頷くと水差しでコップに水を入れ謎の人物に渡す。
謎の人物はひったくるようにコップを受け取ると一気に飲み干す。
「んぐんぐんぐ…ぷっはああぁぁぁぁ!!……死ぬかと思ったでござるよぉ~」
「だったら落ち着いて食べろ。ご飯は逃げたりしないからな」
「うむ、そうするでござるよ!……はむはむむしゃむしゃアグアグあむあむ!!」
「人の話全然聞いてないなコイツ……」
はあと溜め息を吐きながらアリアも途中であった食事を再開した。
「ぷはあぁぁぁぁぁぁぁぁ………ああ~いっぱい食べたでござるよぉ~。それにとっても美味しかったでござる。誠にかたじけない」
「それはどーも。まあ、お礼ならイルに言って。料理作ったのイルだから」
「おおっ!そうでござったか!誠に美味しい料理を作っていただきありがとうでござる!」
「い、いえ、こちらも楽しかったので」
照れ笑いを浮かべながらそう言うイルは、自分の料理を褒められたのが嬉しいのであろう。
「いんや~それにしても、まさかアリア様に助けていただけるとは拙者なんたる幸運。旅に出て良かったでござるよ~」
「あ、やっぱり私のことは知ってるのな」
「もちろんでござるよ!アリア様と言えばこの世に一人しかいない神聖なお方!会えただけで百年幸せが続くとされてるお方でござるよ!拙者の故郷、クルフト王国でも有名な話でござるよ!」
「へ、へ~そうなんだ~」
どうやら、ロズウェルに昔聞いた「アリアを一目見るだけで寿命が延びる気がする」みたいな話はいろいろ曲解はしているもののクルフト王国では浸透しているらしい。
クルフト王国と言えば、三大国家の一つだ。メルリア王国、クルフト王国、レシュナンド帝国が三大国家だ。
その内の一つが、訳の分からない噂や迷信に侵されている事に思わず苦笑いを浮かべてしまうアリア。だが、謎の人物の目がキラキラと輝き澄みきっているので、そんなことはないと言えないのだ。
「と、そう言えば。まだお前の名前を聞いていなかったな…」
「そう言えばそうだったでござる!拙者、ツバキ・リーリンと申す!以後、お見知りおきを」
「おう、よろしくツバキ。それじゃあ、こっちも自己紹介するか。私はまあ、知っての通り、今代のアリア。アリア・シークレットだ」
自分の自己紹介が終わると、アリアはロズウェルを見る。ロズウェルは目礼で返すと自己紹介を始める。
「私は、今代アリア様のしがない従者をしております。ロズウェル・アドリエと申します。従者と申しましたが、立場的には執事のようなものです」
「おお~!!アドリエと言えば代々アリア様に使える家系の者ではござらんか!くうぅ~っ!これほど凄いお方に会えるとは、拙者感激でござる!!」
ロズウェルの自己紹介に物凄い勢いで食いついてくるツバキ。身を乗り出すツバキにロズウェルは若干引き気味だ。
アリアは、仕方ないと小さく首を振るとシスタに目配せをする。シスタも理解したのか小さく頷いた。
「それじゃあ、次は僕かな。僕はシスタ・タロストだよ。これでも子爵で将軍も勤めてる。よろしくね」
「やや、シスタ殿は将軍でござったか!これはまた随分とお強そうな……隻腕で将軍とは、恐れ入ったでござる」
「ははっ、これはつい最近やられたんだ」
そう言うとシスタは右手で左手の袖をひらひらさせる。
「やや、これは失礼しもうした。訳も知らないとは言え…いや、言い訳は言わんでござる!申し訳ないでござる」
ツバキはそう言いながら椅子から飛び降り土下座をした。
「え、ええ?」
その事に流石のシスタもたじろぐ。
「あ、いや、顔を上げて。そんなことしなくても良いから」
「…では、許してくれるでござるか?」
「許す。許すから」
「かたじけないでござる、シスタ殿…」
ツバキはそう言うと椅子に座り直す。その様子を見たシスタはほっとした表情をする。
アリアは呆れたように息を吐く。何ともまあオーバーな奴だなと。
「それじゃあ、次だな」
「あ、じゃあ俺が。えっと、俺はイルセント・セラーって言います。よろしくお願いします」
「こちらこそお願いするでござるよ!」
目をきらきらさせてイルを見つめるツバキ。どうやら、イルはツバキの胃袋をがっつりと掴んでしまったようだ。
ツバキはイルの手を握りぶんぶんと振っている。
イルは、アリアやユーリには慣れたのだが、やはり他の女性には慣れていないようだった。
顔を赤くしてどうしていいのか分からなくなっている。
アリアは、そんなイルを手助けするためにユーリに話をふる。
「それじゃあ最後ユーリお願い」
「あ、はい。私は、ユーリ・クラフィと申します。よろしくお願いします」
「おお、ユーリ殿は先ほどから思っておったが、随分と可愛い顔をしているでござるな!拙者羨ましいでござる~」
ツバキはそう言うとベタベタとユーリの顔を触る。
「へぇっ!?え、ちょっと、何ですか!?」
突然の行動に顔を赤くしてわたわたするユーリ。
それに、またもや溜め息を吐くアリア。
「なんだか。妙なやつを拾ったみたいだな…」
アリアの言葉に皆は苦笑するほか無かった。




