第八話 プレゼント
朝。いつもの習慣のせいかパチリと目が覚める。
今日は、この間のように夜更かしをしていないので朝起きてすぐの間の記憶が無いということはない。
スッキリとしている頭で、アリアは今日の予定を思い出す。
残虐非道な戦闘集団"蜘蛛"の話を聞いてから一週間が経った今日、アリア達は魔工都市・マシナリアへと発つ。
その目的は、片腕を無くしたシスタの魔工義手を造ってくれる、魔工技師を捜すことと、残虐非道な戦闘集団"蜘蛛"の討伐だ。前者は元々の予定だったが、後者はシスタの話を聞いたアリアが、聞いた上で見過ごすことを良しとしないことで決まった、追加の目的だ。
本来であれば"蜘蛛"の討伐はマシナリアの者に任せればいいのだが、どうもそうも言っていられない状況みたいなのだ。
奴らは、パーティーランクがBのパーティーを残らず皆殺しに出来るほどの実力者だ。魔工都市として発展したマシナリアには優秀な魔工技師は数多くいても、優秀な戦士は数えるほどしかいない。そんな状態のマシナリアでは"蜘蛛"の討伐は不可能だろう。そのため、アリア達が手を貸すのだ。
この事は、通信の魔道具で向こうに伝えておいた。そうしたら、向こうから正式な依頼として頼まれた。依頼の見返りとしては、優秀な魔工技師の紹介、及び、事がおさまり次第メルリアへと連れ帰ることを提示してきた。
その条件は、危険集団を相手取る対価にしては随分と安く思えるが、マシナリアは他国に魔工技師を留学、及び移住などは国の法律により決まっているそうだ。特例として何人かは留学、及び、移住をしている者もいるのだが、それも数えるほどだ。
そう考えると、マシナリアとしてはかなり異例のことである。それだけ、マシナリアは今回の"蜘蛛のことを危険視しているということなのだろう。
向こうからしてもこちらからにしても、両者互いに渡りに船だ。
ただ一つ気になることがあったのだが、こちらに来る魔工技師はその事に承諾しているのだろうか?と言うことだ。承諾をしていないのに無理矢理こちらに連れて来るというのは、こちらとしても心苦しいし、向こうも何かとやりづらいだろうと思ったからだ。
だが、そんな心配は杞憂だったらしく、向こうが紹介してくれる魔工技師もその提案には大賛成で乗っかってくれたらしい。その事に、シスタもホッとしていた。
まあとにかく、突然の訪問ではなく、キチンと向こうとアポがとれて良かった。突然女神が国に来たとなったら国中大騒ぎになる。いや、告知をしていても大騒ぎにはなるだろうが、アポ無し突然訪問よりかはマシだろう。
そんなことを考えながら、朝の空気を吸い込もうと窓を開ける。八月ももう終盤だ。暫くしたら九月になり、残暑が厳しくなるだろう。だが、その残暑も過ぎればこちらに来てから初めての秋だ。
メルリアからマシナリアまでは馬車でおよそ一月かかるらしい。となると、マシナリアには長期滞在を予定しているから、秋はマシナリアで迎えることになりそうだ。
秋と言えば食欲の秋。メルリアにも大変美味があったが、マシナリアも美味しい物が沢山あるらしい。今から楽しみである。
そんな少し浮ついた考えが頭に浮かんでくるが、まあ、今から身構えすぎるよりはリラックスできていて言い傾向だと思う。
マシナリアの秋の味覚は何だろうなと考え続けるアリアは、ロズウェルが来るまでずっとそうしていたのであった。
○ ○ ○
旅の身支度を済まし、朝食を取り終えたアリアは馬車が待つ王城の正門へと足を運んだ。
正門には、すでに旅に同行するメンバーが集まっており、馬車に荷物を積んでいるところであった。
旅に同行するメンバーは全員で五人。アリア、ロズウェル、シスタ、イルセント、ユーリだ。
最初にあげた三人は、今回の旅の発案者なので当然として、後の二人はこの旅には何の特も、責任も無い。
では何故イルセントとユーリが同行するのかと言えば、どうやら国王・フーバーの命令、と言うわけでもないらしい。
曰わく、フーバーに自ら今回の旅の同行を願い出たらしいのだ。
一体何故?とイルに訊いてみたところ、
『あの時、いかに自分が無力なのかを知りました。魔人族を倒したとはいえ、あれは実質引き分けのようなものです。少しこちらに分が悪かったら、多分オレが負けていました。ですので、オレはもっと強くなりたいんです。聞けば、今回の旅の目的に戦闘集団"蜘蛛"の討伐も含まれているご様子。お願いです。オレに旅への同行を許可してください!国王陛下には許可をいただきました。ですので、どうかお願いします!』
と、返ってきた。
ユーリにも同じことを訊くと、
『私はあの時何もできませんでした。胸を突き刺され崩れ落ちていくイーナ先輩をただただ抱き留めていることしかできませんでした。私は、仲間を守るために強くなったのに、あの時、ただ呆然とイルセント殿の戦いを見ていることしかできませんでした。それが、たまらなく悔しいです……私の心積もりもイルセント殿と同じです。どうか、ご同行の許可を、お願いします』
と、返ってきた。
正直なところ、アリアは二人を連れていく気はなかった。
"蜘蛛"は強い。それは話を聞くだけで分かった。だから、アリアよりも見劣りする二人を連れて行っても"蜘蛛"に勝てるとも限らない。いや、正直に言おう。少なくとも、イルは勝てるか勝てないかは五分五分と言ったところだ。だが、ユーリに至っては負ける可能性の方が高い。
であれば二人はむざむざ死にに行くだけだ。それが分かっていて、アリアは二人を連れていこうとは思わなかった。
だが、シスタとロズウェルは違った。
『良いんじゃないかい?二人が行きたいというのなら連れて行っても。ただし、何があっても自己責任だけどね?』
『私だけでは、女性であるアリア様の身の回りのことを全て行うことはできません。ですので、ユーリ殿の同行に関しては大いに歓迎いたします。イルセント殿に関しましては、私達に着いてきても問題は無いかと存じます』
両者共に言い分は違えども、同行に関しては同意であった。アリアは、自分よりもこういう経験が豊富な二人の判断とあらば、従う他無かった。
そうして、イルとユーリ、二人の動向が決まったのだ。
二人のメンバー入りの経緯を思い出しながら、アリアは、荷物を積み入れる作業をボーッと眺めていた。
手伝おうかとも思ったのだが、見れば荷物は後数個を残すのみ。それならばかえって邪魔になってしまうと思い見るだけにとどまったのだ。それに、言ったところで手伝わせてくれるかは微妙なところである。
ロズウェルに訊けば『荷物を積み込むのも従者である私の役目でございます。アリア様はどうか、ごゆっくりしていてくださいませ』と言われるのが目に見えている。
かと言って、イルに訊いても『荷物を積み込むのはオレ達の役目ですので、アリア様はゆっくりしていてください』と、返されるだろう。
同じ女性であるユーリに訊いてみても『アリア様が荷物の積み込みを手伝うなどとんでもございません。このようなことは、私達に付き人に任せてください』と、返される。
最後にシスタに訊いてみようものなら『アリア様はゆっくりしてて良いよ。すぐ終わらせちゃうから』と、ナイスな笑顔付きで言われるに決まってる。
結局皆似たようなこと言いそうだな、と思いつつ、どうやら荷物の積み込みが終わったことに気づく。
とてて、と四人の本の早足で駆け寄る。
「おはよう皆」
アリアの挨拶に、四人は思い思いに挨拶を返す。
「それで、準備はもう?」
「ええ。終わりました」
「分かった。それじゃあ、出発しようか」
「おーい、アリアー!」
と、出発しようと思った矢先に、後ろから声がかけられる。
振り返れば少し離れたところに、フーバーがいた。こちらに歩いてきているので徐々にその距離は縮まっていく。
突然のフーバーの登場に、ロズウェルとシスタはいつも通りであったが、イルとユーリは揃って膝を突いて頭を垂れた。
イルとユーリのその様子を見て、フーバーは苦笑をしながら言う。
「いいっていいて。顔上げて立てよ。外なんだから、膝汚れちまうぞ?」
「いえ、自分達はこのままで」
「それじゃあ俺が話しづらいっての…はぁ…じゃあ命令だ。顔上げて立て」
「……ご命令とあらば」
フーバーの命令で漸く顔を上げて立ち上がる二人。
その二人の行動を見とどけた後、フーバーはアリアに向き直る。
「それで、何か用なのか?」
「ああ。お前さんに必要だと思ってな…まあ、間に合って良かったよ」
「ん?何が?」
「まあ待ってろよ。そろそろ来る頃だと思うんだがな……おっ、来た来た」
振り返ったフーバーがそんなことを言うものだから、アリアも体を横に傾け、フーバーの後ろを覗き込む。
すると、フーバーの後ろから大きな木箱を数人が持ち上げてこちらに来ているのが目に入る。
頭にハテナマークを浮かべながら、アリアはフーバーに訊く。
「フーバー。あれは?」
アリアの問いに、フーバーは茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「それは見てのお楽しみだ」
フーバーがそう言うのであれば木箱が来るまで待っていようと思う。
だが、いかんせん木箱が重いのか、木箱を運ぶ数人の顔は険しく、その進みも亀よりは早いとはいえ、それでも遅かった。
しばらく待っていても、木箱の進みが遅いことにじれたアリアは、木箱に向かってトコトコと歩き始める。
アリアは木箱まで近付くと、おもむろに木箱の下に潜り込んだ。木箱を運んでいる者達はアリアが下に入ったことに驚いているが、正直それどころではないと言った顔だった。
だが、そんな顔も束の間だった。急激に重みを感じなくなった両手に、運んでいた者達は皆一様に何が起こったのか分からないと言った顔をしている。
そうして呆然としていると、今度は、木箱が勝手に前に移動し始めたのだ。その事に驚愕する。
「お前たち、ここまでご苦労だったな。もう持ち場に戻っても良いぞ」
木箱の下から聞こえるアリアの声を受け、その者達は理解すると同時に、先ほどよりも驚愕の色を濃くする。
木箱の下から聞こえてくるアリアの声に、今、アリアが一人でこの重たい木箱を運んでいると理解したからだ。
驚愕に見舞われ反応を返せないでいる者達に特に何を言うでもなく、アリアは木箱を持ち上げたまま、トコトコとフーバー達の元へと歩いていった。
(ん、結構重いな。中に何が入っているのやら…)
アリアをもってして重いと言う木箱の中身にかなりの興味を抱きながらもトコトコ歩く。
そして、フーバー達の元へと戻ってくると、その重たい木箱を降ろそうとして気がついた。
(あれ、一人じゃ降ろせないぞ?)
そう、アリアの小さな体ではどう頑張っても一人で降ろすことは叶わないのだ。その事に気づいたアリアは小さく嘆息する。前の体でこの怪力を有していたのであれば、余裕で木箱を降ろせたのだ。そう思うと、前の体よりは出来ることは格段に増えたが、出来ないことも多く増えてしまった。
適材適所だな。と思いながら、アリアは声をかける。
「すまない。一人で降ろせない」
「そうだろうなとは思っていたよ」
木箱を持ち上げたまま固まっているアリアに、この場にいる全員が同じ感想を抱いていた。まあ、そこが彼女の可愛いところだ。普段年の割にはしっかりしているかと思えば、たまに抜けている。
そんな彼女にふっと笑みがこぼれる中、ロズウェル以外の者は、仕方のない人だと思いながら、自身の体に身体強化の魔法をかける。因みに、ここにいるメンバーは身体強化くらいは、無詠唱、または詠唱破棄で発動できる。
身体強化した体で木箱をひょいと持ち上げると下からアリアが出てくる。
「ふ~ちょっとだけ焦った。さすがに一人じゃ降ろせないよなこれは…」
失敗失敗といったふうに、たははと笑顔を向けるアリアにロズウェルが笑みをこぼしながら言う。
「そこがアリア様の可愛いところでございます」
「間抜けなところがか?」
「いいえ。少し抜けているところが、です」
「やっぱり間抜けなところがじゃないか」
ロズウェルの評価に、アリアは不満げに頬を膨らませる。
「いいえ、抜けていると間抜けは同じではありません。抜けているは可愛らしい特徴。間抜けはただの阿呆です」
「それの判別の方法は?」
「その人にどっちの言葉が似合うか、だと思いますよ?」
「結局根本的には同じじゃないか!」
ムキーッと怒るアリアを微笑ましげに見つめながら、ロズウェルはゆっくりと木箱を降ろした。
「さて…それじゃあ、開けてみてくれ」
プンプンと怒るアリアにフーバーがそう言うと、アリアも箱の中身に興味があるのか、一旦怒りを収めると箱と向き直る。
アリアは木箱の蓋に手をかけ、ゆっくりと持ち上げる。
蓋が持ち上がり、木箱の中身が露わになる。木箱の中に入っていたのはーーー
「剣?」
ーーー銀色に光り輝くアリアの身の丈以上もある大剣であった。




