第七話 蜘蛛の戦闘後
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街道で一つの戦闘が終わり、先程まで鳴り響いていた剣戟も、怒号も、今はもうおさまり、静けさだけが街道を支配している。
街道には、十の死体が転がっており、どの死体も見るからに傷だらけで、そこで激闘が行われていたことを雄弁に物語っていた。
だが、激闘だと感じていたのは、横たわった傷だらけの死体の方だけらしく、生き残った八人はその身に軽い傷は負ってはいたが重傷という重傷は一つとして負ってはいなかった。
この戦闘で生き残ったのは襲撃者”蜘蛛”の方であった。
「なんだか呆気なかったね~」
残念と呟き、足下に転がる死体の頭を足の先で小突く。小突いたことにより、文字通り首の皮一枚でつながっていた頭は、胴体を離れてコロコロと少しだけ転がっていく。
「ギルドランクAでこれって肩すかし~メリアもっと期待してたのに~。ね~ダフ~?」
メリアに賛同を求められたダフと言う男は、しゃがんで死体の懐を探り、冒険者プレートを見つけ出し、ランクを確認すると言った。
「仕方あるまい。このパーティーにはAランクは二人しかいない。他の者は全てBランクだ。我々の実力と釣り合わないのは当然だ」
「む~。でも、もっと頑張って欲しかったな~」
メリアはそう言うと胴体のみになった死体にげしげしと蹴りを入れる。
そのメリアの行動に、フードを取ったダフが顔をしかめて苦言を呈す。
「メリア。死体にそのようなことをしてはいけない」
「む~!なによ!フーカ達なんてメリアよりも酷い事してるじゃない!」
「奴等はもう手遅れだ。わたしの苦言で言動が変わるとも思えない」
「メリアだってダフの言葉で変える気なんて無いもん!」
そう言うとメリアはぷいっと不機嫌に顔を背ける。
メリアの行動に、ダフは一つ溜め息を吐くと他の仲間に向き直った。すると、その中にフーカが居ないことに気付く。
「ゼルウィ、フーカはどうしたのだ?」
ダフにゼルウィと呼ばれた長身の男は視線を一度だけダフの方に向けると、すぐに目の前に視線を戻した。
「フーカはいつものことをやっている。…まったく、理解できんよ」
掠れた声でそう言ったゼルウィ。やれやれと言った感じの雰囲気は出しているが、声に呆れの感情は乗っていない。
「そうだな。あやつの趣味は理解できんよ」
「まったくだ。あいつ等はどこかイっちまってる。もう手遅れだな」
「特に一番酷いのはフーカだな」
「フッ、まあ、そうだろうな」
感情の乗っていない声でそう言ったゼルウィ。だが、雰囲気で分かるが、ダフとの会話を楽しんでいるようであった。
「おい、二人で何を楽しそうに話しておる?」
楽しそうにしている雰囲気を察したのか、横から声がかけられる。
「我も混ぜい。我をもっと構え」
小さな体でブンブンと身振り手振りを駆使して自己主張をする少女。外見的には少女というよりも童女と言った方がしっくりくるのだが、彼女の実年齢は見た目に反して結構年をとっている。
「ケティ。お前はもう遊び(・・)はいいのか?」
「うむ、もう満足したぞ。それよりも我を構え」
「ああ、分かった分かった」
かまってちゃんなケティに、ゼルウィは声に感情を乗せずに、だがそれでいて面倒臭そうなのを臭わせながら言った。
だが、そんなゼルウィの様子に気づいた様子もなく、ケティは満足したように鷹揚に頷いて見せるとおもむろにゼルウィの手を取った。
「分かったのなら行くぞ。ほれほれさっさとせんか」
そういってケティが向かう先は、まだ生きている馬のところだ。恐らくは、馬にでも乗せてくれとせがむのだろう。
そんな二人はさておきダフは先ほどから死体の一つの顔をまじまじ見ながら、時折ため息を付いている仲間の一人に目を向けた。
溜め息を吐く男の顔は、同じ男の自分から見ても美しいと思うほど整っていた。今、死体に向けている物憂げな表情も、殺してしまった相手に向けた申し訳なさを見せているように見え、まるで一つの絵画のようであった。
だが、ダフは彼が何故こんな顔をしているのか知っている。知っている故に釈然としないものがあったが、このままでは彼はいつまでもそうしていそうだったので声をかけるほか無かった。
「どうしたのだ、ネクタル?」
ダフがそう声をかければ、ネクタルは物憂げな表情をダフに向ける。ダフが女性であればその仕草だけで惚れていただろう。だが、惚れた女も彼のその後の反応を見れば残念な顔をして去っていくに違いなかった。
なぜなら、
「聞いてよダフぅ!彼ったらものすごくワタシのタイプなのよぉ!もう殺すのがもったいないくらいに!」
彼はオカマなのだから。
「遠くから見て一目で分かったのよ!彼はワタシ好みのいい男だって!あ~あ…死んじゃうなんて勿体ないわ~」
はあ、と艶っぽく溜め息を吐くネクタルに、ダフは固まった笑顔のまま思わずこめかみをピクピクと痙攣させてしまう。
「ま、まあ、そんなこともあるさ。次、襲撃対象じゃないいい男が見つかるさ……………………多分」
「最後の多分って言うのがなんだか気になるところだけど、まあ良いわ。はあ~次の町にいい男いないかしらね~」
ネクタルはそう言うと、どこへとなく歩いていく。周囲の警戒や散策をするのだろう。彼は自分の興味が無くなるとふらっとどこかへ歩いていくことがあるのだ。
まあ、警戒をしてくれるならばこちらも団体行動を乱すなと止めることはしない。
ネクタルが周囲の木々に姿を紛れ込ませるまでその背中を見送ると、今度は死体をグサグサとナイフで刺し続ける青年に目を向けた。
「フォール、お前もまたなにをしているのだ…」
「あぁ?僕はいつも通りだよ」
「…もうそのくらいにしたらどうだ?」
「いやいや、まだ始めたばっかだし。こんな所でやめるなんて有り得ないでしょ」
フォールはダフと会話をしながらもその手を止めることはせずに今も死体にナイフを突き立てている。
「いやあ、この二人どうやら恋仲だったみたいなんだよね~この女の方さ、死ぬ最後に男の方向いてたしさ。この男もこの女が死んだとき怒り狂ってたしさ」
フォールは説明しながら自身の顔にかかった返り血を嬉しそうにローブの裾で拭う。
「いやあ、でも実際どうなんだろうな~?恋仲、と言うよりは片思いかな?うん、そっちの方がしっくりくるな~っと。よ~っし。で~きた~」
フォールはそう言うと満足げに立ち上がりその場から数歩下がる。
「う、うん~んっと。おお~!いいねぇ!うまくできたよ!ねえダフ!どう思う?」
ダフを振り返り、フォールはその場を退く。恐らく、自分の後ろにいるせいで見えないだろうと言う配慮なのだろうが、ダフはフォールが退く前にちらりと見えていた。
だが、ちらりと見えていただけで全体が見えていたわけではなかった。ダフは、フォールが作ったその"作品"を見た。
フォールはダフの隣にきて傑作だよと嬉しそうに言った。
ダフの目に飛び込んできたのは、男女がうつ伏せになって右腕を伸ばしあい、だが後少しで届かないという状況を作り上げてあった。それだけなら、それだけならまだよかった。体はだいたい綺麗なままだ。だが、伸ばされた右腕が問題であった。伸ばされた右腕は、右手と肩口を残して、両者ともにバラバラに刻まれていたのだ。
「どうダフ?片思いをする彼女は死んでもその手が彼に届くことはありませんでした~みたいな。うまくできたでしょう?」
ダフはフォールの台詞を最後まで聞かずに、無惨に切り刻まれた死体から顔を背けた。
「悪趣味だフォール。今日のは特にな」
「ええ~?そ~う?僕よりもフーカの方が悪趣味だって~」
ケタケタとおかしそうに笑うフォールはある方向を指さした。
「ほら。噂をすれば、だよ」
フォールの指差す方を見れば、こちらに向かって来る人影があった。先程ふらりとどこかへ消えたネクタルであった。
彼は何かあったのか顔を真っ赤にして肩を怒らせながらこちらにずんずんと歩みを進めていた。
「ちょっと聞いてよ二人とも!フーカまたいつものことやってるのよ!?もう信じらんない!」
隣でフォールはほらね?といった顔をしている。
ダフは小さく嘆息すると言った。
「フーカはいつものことだろう。そんなに怒ることでもあるまい」
「おっこるわよぉ!!普通の死体ならいいけど、イケメン連れてったのよぉ!?信じらんない!」
イケメンは観賞用なのよぉぉぉぉぉおおおおお!!という謎の雄叫びをあげるネクタルはとても男らしかった。まあ、本人に言ったらただでは済まされないのだが、言わなければいいだけだ。
ダフは思ったことを言うまいと別の話題を口にしようとしたが、
「今の雄叫び男らしかったよ」
フォールがダフも思ったことを口にする方が早かった。
「何ですってぇ!?」
フォールの言葉に憤慨するネクタルは、フォールに飛びかかる。それをフォールはひらりとかわしてたったったと走っていってしまう。
「ちょっと待ちなさい!あんた今日という今日はひん剥いてやるわ!!」
ネクタルはそう言うと猛スピードでフォールの後を追った。フォールもそれに気付くとスピードを上げた。
一人取り残されたダフはどうしようかと考えていると、肩をトントンと叩かれる。
平常時とは言え、気配に鋭い自分が背後をとられたことに、毎度の事ながら心の中で驚きと賞賛を称え、肩を叩いた相手に振り返る。
振り返った先には毎回ダフの背後をとる人物がいた。黒い喪服のようなドレスにこれまた黒い帽子と、その帽子から垂れ下がる黒いベールに包まれた真っ黒な女性だ。
彼女は、この珍妙で歪、奇人変人の集まる集団を束ねるリーダーで、名をアラクネラと言う。
彼女は物静かであまり喋ることはなく、用があるときは今のように肩をトントンと叩くのだ。
「どうしましたか?アラクネラ」
ダフがそう言うと、アラクネラはある方向を指差す。
「………………………どうにも、面白そうなの……」
「面白そう?」
「…………………………ええ…すっごく、面白そうだわ…」
彼女はそれだけ言うとくるりと後ろを向いてしまう。
いったい何だというのだろうか?
彼女のこのよく分からない言動は良くあることだ。良くあることなのだが、未だにその意味は分からない。
だが、これだけは言える。彼女がこの言動をとったとき、自分達は過酷な日々を過ごすことになることを。
またクソ忙しい日々を過ごすことになるのかと内心げんなりしていると、茂みを掻き分けフーカが出てきた。
「はぁ~楽しかったですわ~」
漸く戻ってきたフーカは愉悦の表情を浮かべていた。少し前までならば、お帰りの後に少し苦言を呈す事をしていた。だが、アラクネラのいつもの厄介な好奇心の声を聞いた後では、ダフは微妙な表情でフーカを迎えることしかできなかった。。
その表情に気付いたフーカは頭にハテナマークを浮かべる。
「どうかしましたの?」
フーカの質問にダフは無言でアラクネラを見る。そうすれば、訳が分からんといった顔をしたフーカも納得の表情を浮かべる。だが、その表情もすぐにまたダフとは対称的な嬉しそうな表情に変わる。
「それは、楽しみですわね」
フーカはそれだけ言うと鼻歌を歌いながら横倒れになった馬車の方に歩いて行った。
ダフは、アラクネラを止めてくれといった意味合いで彼女を見たのだが、どうやら失敗に終わったようだ。
はあ、と小さく溜め息を吐く。
結局、他の連中も厄介事が大好きなのでアラクネラを止めようとする者はいない。むしろ嬉々として彼女について行くだろう。
ダフは諦めて彼女の指さした方向を眺めた。
はて、あの方向には何があったかと思案を巡らせるが、地理にあまり明るくないダフにはついぞ答えは出なかった。
答えが出なかったダフにとって丁度良い人材がダフに近付いてきた。
「ダフ、どうかしたのか?」
「うむ?どうかしたのかダフよ?」
先程まで馬を走らせて遊んでいたゼルウィとケティだ。
こちらにきたという事は、どうやらケティは満足したようだ。
「ああ、それがだが…」
ダフは話をするときに、極力相手の顔を見るようにしているので、二人を振り返ったのだが、思わず言葉に詰まってしまった。
ゼルウィがケティを肩車していたのだ。なぜそうなったのか訊いてみたかったし、そもそも結構歳がいってるケティは肩車をされて恥ずかしくないのかとか、いろいろと訊いてみたかったのだが、ゼルウィの不思議そうな雰囲気をで聞かれ一旦その質問は保留にした。
「それで、どうかしたのか?」
「あ、ああ。あそこの方角には何があったかと思ってな」
「ん?ああ、あっちか…あっちは確か、魔工都市がある方角だな」
「魔工都市か…」
「それがどうかしたのか?」
そう訊かれ、ダフは事の経緯を説明した。すると、二人は揃って言った。
「「ほう…それは楽しみだ」」
二人の息の揃った発言に、ダフは本日何度目ともしれない溜め息を吐いたのであった。
「……………………………………次は魔工都市ね…………ふふっ、楽しみ……」
そんな三人を後目に、アラクネラは一人愉快そうに笑った。




