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第五話 噂

 慣れ親しんだ王城の廊下を迷うことなく小会議室まで進んでいく。


 ロズウェルには慣れ親しんだこの廊下も、アリアにはそうもいかないらしく、今でも時々道に迷うそうだ。


 なのでアリアは、あまり王城をうろつかない。自分の知っているところなら行くが、それ以外なら行かないか、おつきを付けて道案内をしてもらいながら行く。


 アリア曰く、もう少しで全部把握出来るそうなのだが、一ヶ月くらい前にも同じ事を聞いたので、本当かどうかは怪しいところである。


 ともあれ、小会議室までの道のりを覚えていないアリアに変わり、城の全体の地図を把握しているロズウェルが道案内をしながら進んでいく。アリアはその隣を黙ってついて行く。


 暫く歩くと小会議室に到着する。


 スッとドアに近づきノックする。中から返事が返ってきてロズウェルはドアを開け、アリアを先に入れた後自らも入室する。


「やあ、こんにちはアリア様」


「こんちは。それで、相談ってなに?」


「まあ、まずは座ってよ」


 立ったまま用件を訊くアリアに、シスタは席を勧める。シスタの言葉に素直に従い、アリアはシスタの向かいに座る。座る前にロズウェルに目配せをして座るように促す。ロズウェルはアリアに目礼し、シスタに軽く頭を下げた後アリアの隣に腰を下ろした。


 二人が聞く姿勢になったのを確認すると、シスタは「さて」と一つこぼし話を始めた。


「二人に相談があると言ったのは、もう察しているとは思うけど一週間後に向かう予定のマシナリアについてだ」


「やっぱりか。それで、なにか問題でもあったのか?」


「そう、問題が発生したんだ。これはちょっと僕も予想していなかったかな」


「…マシナリア国内の事じゃないのか?」


 シスタとロズウェルは、マシナリアに行くに当たりマシナリア国内の治安や今起こっている問題などをすべて調べ尽くしていた。そのため、マシナリア国内でよからぬ事が起こりそうであれば出発を見合わせようともしていた。だが、二人が出発を決めたという事はマシナリア国内では何も問題が起きなかったという事に他なら無い。なので、アリアは国外のことだとあたりをつけたのだ。


 だが、シスタの答えはアリアの予想とは違うものであった。


「いや、マシナリア国内の事だよ。ちょっとした事件があってね。護衛付きの商人の馬車が襲われたらしんだ」


「ん?それだけか?それだけなら、マシナリアに限らず、メルリアでもそう珍しくないだろう?」


 実際にアリアの言うとおりだ。メルリアは他国と比べて比較的安全な国だが、犯罪がゼロというわけではない。シーロの村の一件しかり、王都を訪れるときに出くわした盗賊しかりだ。


 なので、どこの国でも商人の馬車が襲われるだなんてことはそう珍しいことではないのだ。


「盗賊くらいなら私もロズウェルも余裕で倒せるぞ」


「ええ、私達であればそこらの盗賊であれば余裕を持って対処できるでしょう……ですが、わざわざシスタ様がご相談するほどです。なにか、気になることがおありになるのでしょう?」


「その通りだよ。二人の言うとおり、普通の盗賊であれば対処はできる。僕も片腕だけとは言え、そんじょそこらの賊に負ける気はしないしね。でも、今回はそうもいかないかもしれないんだ」


「と言うと?」


「ギルドやパーティー、冒険者にランクがついているのは知ってるよね?」


 何の脈絡もなく投げかけられたら問いに、アリアは怪訝な顔をするも答える。


「知ってるよ。冒険者とかのレベルを分かりやすく判断するためのものだろ?」


 もともと、冒険者の話は興味があったのでロズウェルに聞いていたのだ。そのため、大抵の事は知っている。


 因みに、シーロの村に入るときに見せたプレートは、王国より発行される身分証でもあり、冒険者の証でもあるのだ。そのプレートにはランクが記されており、一番高くてSで、一番低くてFだ。


 説明の際、ロズウェルのプレートを見せて貰ったところ、案の定と言ったところか、ロズウェルのプレートにはSの文字が記されていた。アリアのプレートにはCと記されていた。実力的にはA~Bくらいはあるのだが、未だにそれらしい功績を挙げていないのでCのままなのだ。


 因みに、アリアのランクは元々Cであった。


 プレートのランクは、ギルドでの試験に合格したり、高難易度の依頼をこなしたり、王国や貴族の領土の危機を救ったりなどをすると上がっていくそうだ。


 因みに、このランクは人間側では全国共通のものだ。


 それと、戦闘をせずに暮らしている人でも高ランクの人はいる。例えば、鍛冶職人、家具職人などの職人職のものはある一定以上の規定を満たした物を作るとランクが上がっていく。そのため、職人の腕を見るときもランクを基準にすることが多い。


「それで、ランクがなんだっていうんだ?」


「今回襲われた商人の護衛をしていたパーティーのランクがB。ギルドランクはA。個人ランクもA~Bのみの熟練者パーティーだったんだ」


「ほえ~凄いな~。A~Bなんて相当腕の立つ奴等なんだろうな~。それなら、襲われた商人も安心だろうな~」


 アリアがCであるから、一つ、二つ上だ。だが、B~Sになるとその間の隔てりは大きく一つ上だからと言って力の差が近いわけではないのだ。そのため、シスタの言ったパーティーは実力はかなりのものであろうことが理解できる。A~Bのパーティーならばそう簡単に負けるようなことはないだろう。そう思い、感心と共に出た言葉であった。


 その感心ももっともだというふうにシスタは頷く。


「そうだね。安心はしていただろうね。でも、安全ではなかったようだ」


「ん?どういうことだ?」


「全滅だって」


「は?」


 シスタの言葉に思わず間抜けな声を出してしまうが、それもいたしかたのない事であろう。


「い、今なんて?全滅…って言わなかったか?」


 冗談でしょ?といった感じでシスタに訊くアリア。だが、シスタはいつものにこやかな表情を変えずに、それでいて真面目な感じで言った。


「うん、全滅だ。襲われた商人含め、護衛九人全員死んでいたらしい」


「それは、本当なのですか?」


 信じられないといった風にロズウェルは問いかける。


 受け取りようによっては、間違いなのではと受け取る事もできるその問いに、シスタはいやな顔を一つもせずに答える。


「本当だよ。裏もとってあるし、情報源も信用のあるところだ」


「そうですか…」


 それを聞くと顎に手を当てて考え込むロズウェル。


「犯人は分かってるのか?」


「ん~。こっちは憶測になっちゃうんだけど…」


「それでもいい、聞かせてくれ」


「……死体の状況が綺麗って言うのも変だけど、戦闘中に付いた傷しかないのと、戦闘後、つまり殺された後に付いた傷があった死体と二つに分けられるんだ」


「…殺された後に、また弄ばれたってこと?」


「そうなるね」


「…下衆め…!」


 確かな怒りを持ってそう憤るアリアに、そうだねと言葉を返すシスタ。


「それで、死体の状況からの憶測なんだけどね。死体の一つに奇妙な模様が刻まれてたんだ」


「奇妙な模様?」


「うん。その模様はーー」 



 ○ ○ ○



 シスタの話が終わり、数時間後。部屋にいたところを夕食の準備ができたとロズウェルに呼ばれ、食堂に赴いた。


 王城では、アリア一家に専用の食堂が用意されておりアリア達の食事はメイドちゃんズが全て行っている。フーバーは、城の者に作らせると言ったのだが、ロズウェルがそれでは彼女達のためにならないと言って、メイドちゃんズが作ることになったのだ。彼女達も張り切っているのでイヤなわけではないのだろう。まあ、イヤでも仕事なのだからどちらにせよやるしかないのだが、それはまあいいだろう。


 とにかく、今日も今日とて彼女達の作りたての美味しい料理に舌鼓をうつ。最近、また腕が上がってきたので料理をとるフォークが止まらない。


「アリア様、お食事中申し訳ありませんが、少しよろしいでしょうか?」


 ホクホク顔でパクパク料理を食べるアリアに、ロズウェルは少し申し訳なさそうな顔で話しかける。


「んむ?もむむたも?」


「アリア様、食べ終わってからで大丈夫です」


 ロズウェルがそう言うと、アリアは何回か咀嚼するとゴックンと飲み込む。


「どうしたんだ?」


「いえ、マシナリア行き、どういたしましょうか?」


「ん?ああ、そのことか…」  


 あっけからんとそう言い、食事を続けるアリア。


 因みに、食事をとっているのはアリアだけだ。アリアの屋敷であれば皆でとっても良いのだが、ここは王城なのでそうもいかないとロズウェルが言ったのだ。メイドちゃんズもそのことに賛同しており、アリアは今一人で食事をとっている。皆に見られながらとる食事は些か居心地の悪いものであったが、最近は料理が美味しくなってきたのでそのことを余り気にしなくなってきた。


「まあ、行くしかないよな。あんな話を聞いた後なんだからさ」


「アリア様がわざわざ厄介事に首を突っ込む必要はないのでは?」


「もう決めたことだからさ~今更変える気はないよ~」


 心配そうなロズウェルに軽く返すアリア。実は、このやりとりもこれで四回目なのだ。


「ですが、マシナリアは同盟国とはいえ所詮は他国です。要請があれば手を貸すこともしますが、わざわざこちらから自発的に赴くことは無いはずです」


「そうだね…でも、もう決めたからさ~」


「ですがーー」


「ロズウェルはさ、あんな話を聞いて何も思わないわけ?」


 マシナリアに行こうとするアリアをどうにかしてメルリアに留めようと言葉を紡ぐロズウェルに、アリアは少しだけムッとしたような表情でそう言った。


「私は無理だ。こんな所でジッとなんてしてられないよ」


「私も助けに行きたいと思っております。ですが、私の最優先事項はアリア様の安全です。他は全て二の次です」


「それも分かってるよ。だから、私に付き合わせることになってしまって、ロズウェルには悪いと思ってる」


「いえ、ついて行くことに異論があるわけでは…」


「でもね、私は許せないよ」


 今までとは違う、冷たく底冷えするような声にロズウェルは思わず言葉を詰まらせる。


「快楽のためだけに人を殺して、死んだその後もその死体を弄ぶ奴らを…私は絶対に許すことはできない…。だから、これは私のわがままだ。こんなわがままに皆を付き合わせるべきじゃないってのは分かってる。でも、それでも私は許せない」


 アリアは後ろに控えるロズウェルを振り返る。


「だから、ごめん。皆を、私のわがままで危険な目にあわせることになる。でも、できれば付いてきて欲しい。多分…いいや、絶対に私一人じゃ成し遂げられないから」


 自分の足りなさを知っているアリアは、どこか泣きそうな顔でそう言う。そんなアリアを安心させるかのように、ロズウェルは優しく微笑む。


「先程も申しましたとおり、アリア様について行くことに異存はございません。喜んでお供します。ですが、無茶はしないとだけお約束してください」


 ロズウェルは結局はこうなるんじゃないかとは思っていた。いくらアリアに苦言を呈しても、マシナリアに行くことは変わらない。そして、賊を殲滅するまで帰ってくる気がないことも何となくだが分かっていた。結局は、アリアの押しに負けて自分が折れるだけなのだ。まあ、折れてしまったのならば、考えるべき事はアリアをどう守るかだ。 


 思考を切り替え、今後の予定と方針に修正を加えておく。


「ん、ありがとう。ロズウェル」


 お礼を言うアリアの顔を見て、ロズウェルは先ほどから自分が気になっていたことを訊いてみた。


「アリア様」


「ん?」


「頬に食べ残しがついています」


「…」


 ロズウェルの指摘に、アリアは無言で布巾で頬を拭うとぽつりと呟いた。


「しまらないな~」


 恥ずかしいのか頬を赤くしながら食事の続きに戻った。おそらく照れ隠しのつもりなのだろう。


 それっきり、アリアは無言で食事を続けた。ロズウェルも話さなければいけないことは話したので、喋りかけるようなことはしない。


 その後は主従の無言の時間が続いた。

    

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