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第二十二話 一夜が明ける

このあともう一話投稿します


次はかなり短いです

 柔らかな感触の上で、アリアは目を覚ました。


 目を開けると、ここ四ヶ月で見慣れたアリアにあてがわれた部屋の天井が目に入る。それでどうやらここは王城だと理解するアリア。


 なぜ自分が王城にいるのか疑問に思うが、直ぐに自分が気を失う前に何があったのかを思い出すと、アリアはベッドから跳ね起きる。 


「シスタ…バルバロッセ…」


 明らかに重傷を負っていた二人の事を思い出す。


 アリアは二人のことが気になりベッドから降りようとした。だが、足を床に着けようとしたところで部屋の扉がノックされる。


「……誰だ?」


『ロズウェルでございます』


「入ってくれ」


 扉を開け入ってきたのは、本人も言っていたとおりロズウェルであった。


 ロズウェルはホッとしたような顔をすると、手に持っていたお盆をテーブルの上に置く。


「お加減がよろしいようで何よりです」


「ああ」


 ロズウェルの言葉に雑に答える。


 いつものアリアであったならば、ロズウェルの安心したような表情を見れば彼がどんなに自分の事を心配してくれていたのか分かることが出来た。気付いて、「心配をかけたな」と声をかけることも出来た。


 だが、今のアリアはそんな事を気にしている余裕はなかった。 


「さあ、アリア様。まずは朝食をーーー」


「そんな事はいい。それより私が気絶した後どうなったんだ。それに、皆は…シスタとバルバロッセは大丈夫なのか?」


 ロズウェルの言葉を遮りそう聞くアリア。その顔には焦燥と不安が見て取れた。


「私が気絶してから二人は無事だったのか!?皆も無事だったのか!?どうなんだロズウェル!」


 少しの間を置いたロズウェルに言葉を叩きつけるように訊ねるアリア。アリア自身もこれが八つ当たりなのだと言うことは分かっている。


 もちろん、ロズウェルだってその事に気が付いてはいる。だが、それを今指摘したところでどうにもなりはしないという事も分かっている。だからロズウェルはアリアに訊かれたことだけを答える。


 ロズウェルは少しばかり悲しそうに柳眉を下げたものの、いつもと変わらないキリッとした表情でアリアの質問に答えた。


「森の入り口付近にいたメンバーは無事です。シスタ様も左腕はなくしましたが、ご無事です」


「…バルバロッセは?」


「…」


 ロズウェルはアリアの質問に少しばかりの溜を作った。今言うべきか迷っているのだ。


 本来であれば、アリアが少し落ち着いてきたら話そうと思っていたのだ。だが、アリアから訊ねてきたことでロズウェルは予定を変えなくてはいけなくなった。


 いや、それも言い訳であろう。


 ロズウェルはアリアが目覚めたとき皆の安否を訊いてくることを確信していた。だから、こうなることも分かってはいた。だから、これは言い訳なのだ。


 自分が、アリアの悲しむ顔を見たくないから後に引き延ばしたかっただけなのだ。


 だが、事ここに至ってしまっては、それももう出来そうにない。


 今はぐらかしてもそれはアリアに真実を伝えるに他ならない行為になるのだ。


 であれば、今言ってしまった方がいいのだろう。アリアの為にも、自分の為にも。


 ロズウェルは、アリアに聞こえないように一つ息を吐き決心する。


「バルバロッセ様は……お亡くなりになりました…」


 ロズウェルの言葉を聞いた瞬間、アリアの喉からヒュッと息が漏れる。


 見開くその目は焦点があっておらず、口からは不規則に乱れた息が漏れる。


「…嘘じゃ……無いんだよな?」


「私はそんな質の悪い冗談は言いません」


「そう…だよな…」


 アリアだって、それが嘘ではないことは分かっていた。だが、それでも聞かずにはいられなかった。


 アリアは気絶する前にバルバロッセの惨状を見ていた。胸には剣が突き刺さり、夥しい量の血があたり一面の地面を濡らしていたのを。


 助かるには絶望的な状態だ。だが、それでもアリアは、心のどこかでバルバロッセは生きていると思っていた。いや、そう思うようにしていたのだろう。自分と親しい人間の死を理解したくなかったのだ。だから生きてると思いこむようにした。


 だからこそ、そう思いこんでいたからこそアリアへのダメージは大きかった。


 アリアは俯き、布団を強く握りしめる。


「うっ………ううっ……………」


 こぼれ落ちる涙が自分の服を濡らしまだらにシミを作る。


 助けられなかった。助けに行ったのに、間に合わなかった。いや、もしかしたらあの時点でバルバロッセは生きていたのかもしれない。それなのに自分は、目先の敵に怒りをぶつけることしか考えていなかった。


 バルバロッセの死に、そして、自分の情けなさにアリアは涙する。


「ううっ…………ひっく……………」


 とめどなくあふれる涙を柔らかい布が拭ってくれる。


 自身の両手はシーツを握り締めているので布は持てない。となれば必然的に誰がアリアの涙を拭っているのかは明白だ。


 涙で歪んだ視界の中、見慣れた黒の燕尾服に身を包んだロズウェルが腰をかがめてハンカチでアリアの涙を拭っていた。


 アリアはたまらずロズウェルに抱き付きその胸に涙に塗れた顔を押し付けた。


 ロズウェルは一瞬、驚いたように固まったが、やがてアリアの背中をポンポンと優しく叩く。


 アリアはロズウェルの腕の中で声を上げて泣いた。    


 そんなアリアを見て、ロズウェルの思うことは一つだけであった。


(やはり、誰かの訃報ふほうなど知らせたくはありませんね…)


 それはいつになっても慣れることはない、いや、慣れたくはないものであった。



 ○ ○ ○



 黒い喪服に身を包んだアリアは、王城の近くにある教会へと足を運んでいた。


 お祈りに来たという訳ではない。今日はバルバロッセや他の隊のメンバーの葬儀をこの教会で執り行ったのだ。


 もろもろの段取りも終わり、皆を埋葬した後、アリアは一人集団から外れ木陰にぽつんと突っ立っている。

 

 皆気を使ってかアリアに近寄ってくる様子は無い。


 アリアはボーッと遠くの空を眺める。空は曇り模様。まるで、今のアリアの気持ちを表しているようであった。


 バルバロッセの死を聞いたあの日から、アリアは色々な事を考えてしまう。


 もっと早く走っていれば間に合ったかもしれない。もっと早く敵を倒していれば間に合ったかもしれない。もっと強ければバラドラムを前に一度撤退する必要も無かったかもしれない。


 いろんな「たられば」が頭の中を駆け巡る。


 自然と奥歯を噛みしめてしまう。


 だが、どんなに考えようとももう全て過去の話。どうしようも出来ない。


 そう考えると、自然と力が抜ける。諦めと消失感が力んだ体を弛める。


 アリアは自然と歩き始める。


 何も考えず、ただ足が動くままに歩く。


 アリアの足が自然と止まる。


 そこは、バルバロッセの墓標の前であった。


 墓標の前に立ち、呆然と見つめる。


「アリア様…」


 ふと後ろから声をかけられる。


 振り返ると、そこにはナタリアとダリア、そしてシスタが立っていた。


「アリア様…このたびは、主人の為に足を運んでいただいてありがとうございます」


 ナタリアは形式的な挨拶をする。その声には、いつものような間延びしておっとりした様子は無く、はっきりとしたものであった。


「ああ、バルバロッセにはいっぱい世話になったからな…」


「アリア様。俺からも、ありがとうございます」


「良いんだよダリア。頭なんか下げないでくれ」


 二人がお礼を言って頭を下げるのを見ると、アリアは居心地の悪さを感じる。


 違う。自分はお礼を言われるようなことなど一つもしていないのだ。なのに頭なんか下げないでくれ。


 そう思うも口には出せない。二人に弱いところを見せるのも、違う気がするからだ。 


「二人とも、アリア様が困ってるよ。頭を上げないと」


 困ったような顔で二人に顔を上げるように促すシスタ。すると二人は漸く顔を上げてくれる。その事にホッとするアリア。


 だが、ホッとしたの持つかの間。顔を上げたダリアは悲痛な顔で話を始める。


「アリア様…俺、シスタさんに聞きました。父さんが誰にやられたのか…」


 ダリアの言葉を聞いた途端胸がズキリと痛む。


「魔人族…バラドラム・ドローガー…」


 拳を強く握りしめ顔を怒りに歪ませる。


「俺は…俺は絶対にそいつを許さない…ッ!」


「ダリア…」


「そいつを見つけ出して、俺の手で父さんの敵を討ちますッ!」


 怒りに満ちたその言葉にアリアは何も言えない。言えないが思うところがないわけではない。


 アリアはダリアに復讐の為だけに生きて欲しくない、そう思っている。


 復讐だけの人生なんて悲しいし虚しいだけだ。復讐を成し遂げた先には、達成感と虚無感だけしか残らない。その後を、何をして生きるべきかが見つけられない。


 そんな虚しいだけの人生を、ダリアには送って欲しくない。


 だが、アリアは止める言葉を言えない。


 アリアは復讐なんてして欲しくないと思っている。だが、それを言う資格が、果たしてアリアにはあるのだろうか?


 あるかもしれないし、ないかもしれない。それをアリアは見いだせない。結果、言葉を紡げずにただ呆然とダリアの言葉を聞くだけになってしまった。


「ダリア、それはいけないよ」


 だが、シスタはダリアに否定の言葉を投げかけた。


 投げかけられたら当の本人は心底驚いたような表情をする。


「どうして!シスタさんなら分かるでしょう!?俺がどんなに悔しいか!どんなに悲しいか!どんなに殺してやりたいと思ってるか!!」


「知ってるよ。それは僕も同じだしね」


「ならどうして!?」


「それは僕の仕事だからだ」


 シスタの声はいつもと変わらない穏やかな声だ。だが、その声には並々ならぬ怒気と殺意が含まれていた。それに気づいたダリアは思わず半歩下がる。


「僕は目の前でバルバロッセを殺された。腕を斬られて何も出来ないで、地に伏せたままね」


 そういうとシスタは自身の、今はもう無い左腕の部分に手をさまよわせる。


 シスタの左腕は治らない。腕を繋ごうにもアリアの《獄炎地獄インフェルノ》で消し炭になってしまったからだ。


「目の前で兄のような存在の人が殺された。これが憤らずにいられるかッ!」


 シスタにしては珍しく声を荒げる。


 だが、声を荒げたシスタは、すぐに元の調子の戻る。いや、元の調子と言うよりは、少し冷めたような表情になった。


「僕は…復讐に身を費やした人物の末路を知っている」


 恐らくは、これまでにシスタが見てきた人達の事を言っているのだろう。それが、スラムにいた頃の事なのか、王都に来てからなのかは分からない。その両方なのかもしれない。


「彼らが行き着いた先は虚無だよ。生きる目的を失ったんだ、当たり前だよね」


「でも、それでも俺は…」


「僕はね。万が一があったときの為にバルバロッセに言われてるんだ。家族を守ってくれってね。だから、君に復讐なんかさせない」


「でも、でも俺は!」


「もういいでしょう?」


 二人の会話にナタリアが割り込む。その目からは涙を流していた。


「あの人が死んでしまったのに、そんな悲しい話はしないで…」


 その言葉に、二人はハッとした表情をする。


 ダリアはゴメンと一言謝るとナタリアの背中を支え教会の方へと戻っていった。


 残った二人は、しばらく無言で立ちすくむ。


「配慮が足りなかったな…」


「そうだな。気丈に振る舞ってはいたが、一番傷ついてるのはナタリアだ」


 そう言った後、それは違うと言うことに気づく。


 一番だとかそんな事は関係ない。


「一番も何もないな…皆悲しんでる。そこに一番とかつけものじゃないな…」


「そうですね…」


「シスタは…これからどうするんだ?」


 本当に復讐をするのか?と言う意味で投げかけられたその言葉を、シスタは汲み取り言葉を紡ぐ。


「復讐しますよ。バラドラムを殺します」


「その体でか?」


「例え首だけになったとしても成し遂げて見せますよ」


「…悲しくは無いのか?」


「悲しいし虚しいですよ。見てきましたから…でも、あいつを殺さないと気が済まないんですよ」


「…そう、か…」


 またしても二人の間に静寂が生まれる。


 だが、この静寂も長くは続かなかった。


「それでは、僕も行きますね」


 そう言ってから、一度バルバロッセの墓標に触れ何かを呟き踵を返すシスタ。その背中に、アリアは思わず声をかける。


「シスタ!!」


 振り返るシスタにアリアは言う。


「私も復讐を手伝おう!私もそうしないと気が済まない!」


 アリアの言葉にシスタは一度ぺこりとち小さく頭を下げると、今度こそ去っていった。


 その背中を眺めた後、アリアはバルバロッセの墓標に視線を移す。    


 湿り気の混じった風がアリアの髪と服を揺らす。もうすぐ、雨が降るのかもしれない。湿った風を受けそう考える。


「…ヤだな。こんな日に雨なんてな…」


 ポツリと呟いたその言葉は、独り言ではなく、いつの間にかアリアの少し後ろで待機していたロズウェルに向けられたものであった。


「そうですね。こんな日に雨というのは、少々、鬱々としすぎだと思います」


「…晴れなら晴れで少し皮肉っぽいけどな」


 少しだけ。ほんの少しだけ冗談混じりにそう返す。


 それが空元気であることは、ロズウェルには分かっていた。


「そうですね。ですから、曇り模様のままであってほしいものですね」


「ううん。それは多分無理だ。もうじき雨が降ると思う」


 風が湿ってたからさ、と付け足すアリア。その言葉が切っ掛けになったわけではないのであろうが、ポツリポツリと雨が降り始める。


 アリアは、ほらなと言いながらロズウェルに振り返る。


 雨はどんどん強くなっていく。


 ロズウェルはその手に傘を持っている。だが、それを開くことはしなかった。


「それ、何のために持ってるんだ?」


「雨を防ぐためにと思いましたが、今は必要ないようですので…」


「私、びしょ濡れなんだが?」


 ロズウェルは一度瞑目すると口を開いた。


「その方が、アリア様には都合が良いのではないでしょうか?」


 その言葉に、アリアは驚いたような顔をすると小さく微笑んだ。


「全く…お見通しなんだな…」


「ええ、これでも、アリア様の兄ですから」


「ふふっ。良いお兄ちゃんを持ったな私も」


 くるりと回るとロズウェルに背を向ける。


 目元から頬を伝う涙を、ロズウェルは見逃さなかった。例え雨に紛れようとも、見逃さない。


 だから、ロズウェルはアリアに傘を差さなかった。アリアが雨で涙を隠したいと分かっているからだ。


「誰もな…」


「はい」     


「誰も私を責めないんだ…」


 そう、誰もアリアを責めない。


「間に合わなかった私を、誰も責めないんだよ…」


「アリア様の責任ではございません」


「…確かに…そうなのかもしれない。でも、もう少し私が強ければ間に合ったかもしれない…」


「それはたらればです。今おっしゃっても仕方の無きことです」


「……だから、いっそ責めてくれた方が楽だったのにな…」


「アリア様が楽になるだけです。責める側は苦しいだけです」 


 そう話している間も雨は激しさを増す。小粒から大粒になった雨粒は、容赦なく二人に降り注ぐ。


「なんで…」


「…」


「なんで誰も私を責めない!私は女神だ!皆を守るのが私の役目なんだ!なのに守れなかったんだ!だから責められて当然なんだ!なのになんで誰も責めないんだよ!」


 振り返らずそう声を上げるアリア。そんなアリアにロズウェルは静かに語る。


「騎士は守る側です。守られる側ではありません。それに、アリア様はまだ弱いです。誰も彼もを守れるほどお強くはありません」


「そんなの分かってるよ!でも!でも、手の届く人達だけでも…守りたかった…」


「バルバロッセ様は守る為に戦ったのです。決して守られるために戦ったわけではありません」


「ならばせめて一緒に戦いたかった!隣に並びたかった!」


「それならば、アリア様が今やるべき事は責められることではないはずです」


 ロズウェルの言葉に、アリアの肩がビクリと跳ねる。


「アリア様。アリア様はこれから何をするべきですか?」


「私は…私は、強くなりたい。いや、強くなる。誰も傷つけさせはしない。誰も傷つけさせない」


 アリアはそう言うと、教会に向かって歩く三人の背中を眺める。


 その背中に背負われているのは、悲しみや怒り。見ていて痛々しいその背中を、アリアはもう見たくない。


 そう思うと、アリアの意志は自然と固まっていく。


「もう誰にも負けないッ!絶対にだッ!」


 アリアはクルリと振り向きロズウェルの目を見る。その目は、先程の弱々しい目ではなかった。強い意志を持っていた。


「ロズウェル、私を強くしてくれ!これは急務だ!」


 アリアの言葉にロズウェルは恭しく一礼する。


「かしこまりました。全力で仕事にあたらせていただきます」


 覚悟は決まった。


 もう負けない。もう泣かせない。もう泣かない。もう逃げない。


 だから、泣いてる場合ではない。だけど、雨に紛れて流す涙を今日だけは見逃して欲しい。今日泣いたら、もう泣かないから。だから、今日だけは。


 雨に紛れて涙は見えない。雨音に紛れて嗚咽は聞こえない。普通の人ならばそうであろう。


 だが、ロズウェルはそれを見逃さないし聞き逃さない。この時ばかりは、気の利かない自分の身体能力の高さを少しだけ怨んだ。


 降り注ぐ雨は、暫くはやむことはなかった。


 


  



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