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第十七話 調査④

 薄暗くなり始めた魔物の犇めく森に、一人、夜の暗闇をも跳ね返すほど眩い銀の髪をたなびかせアリアは走っていく。


 その後ろ姿をただ、呆然と見届けることしかできないイルとユーリ。彼らの心は今、不甲斐なさと情けなさで押し潰されそうだった。


 完全に姿の見えなくなった森を未だ見つめ続ける二人。他の者は負傷者の治療をしており、呆然と立ち尽くすのは二人だけだった。


 イルは、幼い彼女を一人戦場に向かわせることしかできない自分に、ユーリは、護衛対象に守られるしか出来なかった自分に、不甲斐なさを感じていた。


 だが、それ以上に二人は情けなさを感じていた。


 アリアとの実力の差を見せつけられて落胆している自分が情けなくて仕方がなかった。


 二人は若いながらに武術の才に秀でていた。


 それは自負でもあり周りからの二人に対する評価でもあった。周囲から突出した力に自分は周りとは違うと思っていた。


 だが二人は自分が特別だとは思っていなかった。


 上には上がいる。ロズウェルやアリアが良い例だろう。あの二人にはどうやっても追いつける気がしなかった。二人の戦闘を見てそれを痛感していた。


 痛感していたことなのにいざ実力を見せつけられると二人は肩を落とさずにはいられなかった。


 自分は二人との実力の差を痛感しているのに何故肩を落としているのか?自分に問いかけてみたら答えは予想以上に簡単に出てきた。


 特別な二人と並んで戦うことで自分達も特別の枠に入っているのでは?そう思っていたのだ。


 そんなのは思い上がりで、自分達は特別なんかではない。それを、知っていたのにそう思ってしまった。


 何故そう思っていたのかもすんなりと答えが出た。


 自分を二人を見て感じる劣等感から守りたかったからだ。同じだと思うことで自分を守っていた自分の心の弱さに、情けなさを感じずにはいられなかった。


 アリアの小さな背中を見送るしかできない事実に、その事を思い出した。いや、目を背けていた事を直視することが出来たと言った方がいいかもしれない。薄々どこかで感じてはいたのだから。


 傷つきたくないから自分を上げて、現実を見て初めて己の愚かさに気づく。


 自然と拳を強く握りしめる。


 そんな二人の肩が不意にトントンと叩かれる。


 振り返ると、そこにはイーナが立っていた。


「二人とも黄昏てる暇なんてあらへんで?応急処置せなあかん人おるんやから。ただでさえ人減って手が足りひん言うのに、割と無事な二人が突っ立ってるだけやとこっちが手が回らんでてんてこ舞いなってまうわ」


「あっ、す、すみません!すぐに!」


「も、申し訳ありません!」


 誤りながらも怪我人の元へと向かう二人。


 今は情けない自分を責めてる場合ではないのだ。一人でも多くの怪我人を治療するのが先決なのだ。


 二人はか回復魔法で治療を始めるが、生憎と二人とも回復魔法があまり得意ではない。そのため止血と簡単な怪我の治療くらいしかできないが、それでもいないよりかは幾分とましであった。


 気持ちを切り替えせっせと回復魔法を行使していく二人。その隣にイーナが並び怪我人の治療を始める。


「二人ともそのままで聞いてほしんやけどね」


 二人は得意でない回復魔法を持続させるために集中を途切れさせることが出来ないので無言になってしまい返事を返すことが出来ない。


 二人の表情を見てそれを分かっているイーナは二人の返事がこないことを知っていたのですぐに話を始めた。


「二人が何で落ち込んどるんかだいたい察しはついてる。その気持ちも良う分かる。ウチかて若干凹んどるところがあるんも事実やしね」


 イーナは冗談めかしてそう言う。


「でもな、悩んでも仕方のないこともあるんよ?」


 仕方のないとはどういうことなのだろうか?


 イーナの言葉に少しだけ意識が向かってしまったユーリは若干回復魔法を途切れさせてしまうが慌てて元に戻す。イルは、特に反応を見せることもなく作業を続けている。


 だが、内心はイーナの言葉の真意が気になっていた。気を逸らさないのは経験の差であろう。


「アリアちゃんとの才能の差なんて考えて埋まるもんやない。それこそ、もう住む世界が違うんよ。アリアちゃんはあんなちっこいなりでも神様なんよ?ウチらがどうやったって届くはずがないんよ。そこはもう割り切らんとやってかれへんわ」


 イーナの言い分はイルもユーリも良くわかっている。あんなに小さなアリアだが、その存在は大きい。それも、比較なんてバカらしく思えてしまうくらい。


 だが、アリアは自分の力を年相応の子供のように無邪気に振る舞ったりしない。かと言って狡猾な大人のように高慢に振る舞ったりもしない。


 彼女は皆を守るためにその力を振るってきた。たまに見せるその力がイルやユーリに現実を知らしめる。


「いっそアリア様が敵なら悩まないで済むんでしょうね…」


 アリアが敵ならば要警戒人物として自分と彼女の力量差を認めることが出来る。


 隣に並ぶ事が出来るからこそその差を忘れてしまう。誰とも分け隔てなく離してくれるから彼女の本当の姿を忘れてしまう。


 だったら、忘れない為にも自分にとって驚異であった方がよかった。


「イルセント殿ッ!そのような不敬な言葉、例えアリア様が許しても私が許しませんよッ!」


 イルの言葉を聞きユーリが声を荒げる。


「そうやね~それやったらいっそ楽なんやけどね~」


 だが、イーナもイルの言葉に賛同を示す。


「なっ!?イーナ先輩まで!」


 憤慨するユーリにイーナは微笑みながら答える。


「でもなぁ…ええ子やねんあの子…可愛い女の子やねん。ウチらに訳隔てなく接してくれて同じ話題で同じふうに笑ってくれる。だから、いくら差を見せつけられようと、ウチはアリアちゃんに付いてくんよ。例えアリアちゃんに追い付けんでもウチはウチに出来ることであの子の助けになりたいんや」


「イーナ先輩…」


「だからウチは悩まん!凹みはするかもしれんけど、それでもうようよ悩まん!悩んでるだけ無駄や、悩む時間があったら少しでも頭と体動かして何か出来るように努力するんや!」


 明るい笑顔でそう言ったイーナにイルも賛同する。


「そうですね。それでは、今出来ることをやるとしましょう」


 イルは回復魔法をかけ終わると次の人のところへと向かった。彼の目には迷いがなく今は何をすべきで何が次の自分に繋がるかも分かっていた。


 その目を見たユーリも、自分が今何が出来て何をしなくてはいけないのかを理解した。


「そうですね。それでは、怪我人をすぐに直して自分達も少し休憩したら、すぐにアリア様を追いましょう。まだアリア様の隣には並べないかもしれませんが、後ろで迫り来る雑魚ならば蹴散らして見せます!」


「うん、その息やよ……か、はあ……」


「…………………………………………………へ?」


 笑顔でユーリの決意に答えようとしたイーナ。だが、その言葉は口から吐き出される血により中断させられる。


 少し視線を下にずらせばイーナの胸から刃がつきだしていることが見て取れた。その刃にはイーナの血が絡みつき、刃の先端からボタボタと地面に滴り落ちていた。


 ザシュッ、と音を立てて剣が引き抜かれる。


「…かっ、はっ………」


 刀が引き抜かれるとイーナの体はユーリにもたれ掛かるように倒れる。


 突然の事態にユーリは動揺せずにはいられない。


「い、イーナ先輩?」


 倒れるイーナを抱き留め呼び掛ける。だが、イーナの口からは血が垂れるばかりで声はいっこうに聞こえてこない。


「イーナ先輩…イーナ先輩ッ!!」


 胸からは血が滝のように流れていて素人目に見てもすぐに止血しないといけない状態であった。だが、ユーリの混乱した頭ではそんな事に気づく余裕すらない。


「イーナ先輩ッ!!イーナ先輩ッ!!」


 涙混じりに呼び掛けるもやはりイーナは答えてはくれない。


 ユーリは夢中になってイーナの名前を呼ぶが、彼女は未だ気づいていない。


 イーナの胸に刃が突き立てられたという事は敵が近くにいると言うことに。そしてその敵に今一番近いのがイーナを抱き留め無防備になった自分自身であることにも。


 黒い影がユーリの背後に立つ。影が凶刃を構える。夕日に照らされているにも関わらず凶刃は夕日を反射することなく黒いぬらりとした妖しい光を放つ。


 そして凶刃が放たれる。狙いは先程貫いたイーナと同じ胸だ。


 ユーリに凶刃が届くその直前、凶刃は何者かによって弾かれた。


「ユーリッ!!」


 切羽詰まったように叫びながら凶刃を弾いたのはイルであった。


「イルセント殿…」


「大丈夫ですか?!お怪我は?!」


「…も、問題ありませんっ。それより、イーナ先輩がッ!!」


 焦った様子でそう言うユーリにイルはチラリとイーナを一瞥する。


 暗くてよく見えないが、イーナは明らかに血を流しすぎていた。早急に手当をしないとまずい状況だ。


 かつて無いほど険しい顔をしたイルは、ユーリとイーナを背に隠し陰に向かい剣を構えた。 


「ユーリッ!!イーナッ!!」


 すると、異変を察知して駆けつけたキリナ達。彼女達には周辺の見回りを頼んでいたので遅れてきたのだ。怪我人の治療をしていたシフォンもいることから彼女も異変に気づいてやってきたのだろう。 


「シフォン殿!!イーナ殿の治療をお願いします!!一刻を争います!!」


「イーナ!?どうしたの?!」


「敵襲です。キリナ殿とラテ殿は周囲の警戒をお願いします」


 イルは指示を出す間も質問に答えている間も油断無く影を睨みつけている。


 キリナ達が来てくれたことでイルはこちらに集中できる。


「貴方、何者ですか?」


「…」


「…黙りですか……それならッ!」

 

 踏み込み影に肉薄するイル。


 下からの切り上げに影は肉厚な刀で受け止める。


 その一合で、質量的に向こうの方が重く力比べだと不利だと悟ったイルはすぐさまバックステップで距離を取ると、今度は切っ先を敵に向けるように構える。


 力比べがダメならば速度と手数で勝負にでる。


「はあッ!!」


 踏み込み引き絞った剣を素早く突き出す。


 閃光の如く鋭い突きを影は分厚い刀の腹で受け止める。だが、イルの攻撃は一度ではない。


 何度も何度も剣を引いては突き出す。


 その突きの速度は数を繰り出す度に速度を増していく。


 猛攻に耐えきれなくなったのか影はバックステップで距離をとると、刀をいきなり明後日の方向に投げた。


 何がしたいのだと疑問に思いながらも、好機と思い踏み込んだ。


 踏み込んだイルを見ても影は焦らず、手を横に勢い良く薙いだ。すると、数瞬遅れて聞こえてくる風切り音。


 影の意図を察し慌てて横を向いて剣を構える。瞬間、凄まじいほどの金属音が鳴り響き、イルの体は吹き飛ばされる。


 イルが不完全な体制であったと言うのもあるが、単に刀の威力が凄まじかったというのもある。だが、恐らくはそれだけではないのだろう。何らかの魔法でアシストをしているのかもしれない。


 だが、それにしても凄まじい威力であった。


 後方に吹き飛びながら素早くそれを分析したイルは空中で少しだけ体制を整えると受け身を取りすぐさま立ち上がる。


 立ち上がったすぐ目の前には数本のナイフが迫っておりイルは慌てて回避する。


「ッ!」


 だが、回避が間に合わず一本だけ左腕に刺さってしまう。


 引き抜くと血が溢れてくるので抜くようなことはしない。 


 ただ、結構深く刺さってしまっているので左手はもう使い物にならないであろう。


 手元に刀を引き戻してた影をキッと睨みつけながら、右手のみで剣を構え駆ける。

 

 影は肉薄するイルに向かい刀を投げる。


 イルはそれを慌てることなく剣で弾く。軌道がずれ体の横を通り過ぎていく。


 それを見届けた影が腕を短く振る。そこでイルは初めて気付いた。自分の横に細いワイヤーが伸びていることに。魔法か何かで引き寄せていると思っていたイルはワイヤーの存在を意識していなかった。


 まずいと思ったが遅かった。揺らした腕の振動が伸びているワイヤーにも伝わりワイヤーが波打つ。波打つワイヤーはイルの負傷した左腕の肉を切り裂く。


「ぐあっ!!」


 思わず声を上げて駆ける速度を緩めてしまう。


 そこを狙っていたのか影はナイフを数本投げ、またワイヤーが伸びた腕を振るう。


 ナイフはイルの退路を塞ぐように右側に、そして左側には変わらずワイヤーがある。


 逃げ道のないこの状況でイルは思考を加速させる。


(どうするッ!?速度を緩めてしまったから今右に避けたところでナイフの的だ。左には振動によって波打つワイヤーがあるから逃げ道はないぞッ!?)


 と、そこまで瞬時に考えると、イルは閃き活路を導き出した。


(いけるッ!!これなら!!)


 イルは思い切り剣をワイヤーに打ち付ける。


 振動によって波打つならばこちらからも振動を送って打ち消せばいいのだ。


 そして、右側に迫ったナイフは数本は外れるから無視して良い。何本かは当たるからその何本かを捌けばいい。


「はあッ!!」


 直撃するナイフは全部で四本。


 左から返す剣でナイフを一本弾き、二本目は剣の腹を当てて軌道をそらし、三本目は振り上げて弾く、最後の四本目は振り下ろす一撃で叩き落とす。 


「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 迫るイルに焦ったのか影はワイヤーを腕から切り離し背後の何もない空間から刀を取り出した。恐らくはイルやアリアと同じ空間魔法の《停滞の箱》だろう。


 念じて取り出すという事が出来ていないので空間魔法の初心者であろう。 


 そう考察しながらも、イルは止まることなく肉薄し、鋭い突きを放った。


 一撃放つ度に鋭い金属音が鳴り響く。 


 イルは剣と剣がぶつかり合う金属音を利用しながら魔法の正体がバレないように小声で詠唱をした。   

  

「我は高速にして最速。雷光が天を裂くよりも早く剣を届かせる。雷鳴が天を響くより早く剣を届かせる。《雷鳴剣》!!」


 詠唱が終わり魔法が発動する。


 雷のような光がイルの剣を包み込む。すると、今までよりも各段に早く剣が振るわれ、一撃一撃が雷鳴にも似た激音を響かせる。


「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 裂帛した気合いの声と共にイルは自身の持てる力のすべてを使い猛攻を仕掛ける。


 手練れであるキリナやラテ、他の第二部隊の面々の目を盗み、もしくは戦闘不能にしてイーナに致命傷を負わせた影は侮れないほど強い。  


 だから、これで止めを刺しておきたかった。

    

 もし仮にイルがやられたとしてもキリナやラテ、シフォンが技を出し切った影に負けるとは思えなかった。


 だが、イルはキリナ達に任せるつもりも、負けて死んでやるつもりもなかった。


 アリアに付いていけないのならばせめてこの影くらいは自分で倒したかった。


「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 イルは最後の懇親の一撃を放つ。


 すると、今まで猛攻に耐えていた肉厚な刀が激しい音を立てて砕け散る。それと同時に激しい猛攻を繰り出していたイルの剣も砕け散った。


 だが、イルの攻撃はここで終わらない。


 念じて《停滞の箱》から換えの剣を取り出し唱える。


「我、雷光にして雷鳴なり。その一撃は天を裂き空間を裂く。故に貫かぬ事はなく貫けぬ物はない。その咆哮を轟かせよ!《鳴神なるかみ》!!」


 剣が雷を纏い目映く光り輝く。


「はあああぁぁぁぁッ!!」


 《鳴神》が影の胸へと吸い込まれる。


「く、クソがあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 それが、イルが聞いた影の最初で最後の一言だ。


 激しい雷鳴と共に影の胸に雷撃が繰り出される。激音とともに影が吹き飛び敵は雷撃により目映く光り輝く。


 一度きりの激音がやむと周囲には静けさと焼けた人肉の嫌な臭いが立ちこめる。


 影のなくなった敵は白目をむいて口や目、鼻から煙を上げており、すでに息絶えていた。


 それを見届けるとイルは膝から崩れ落ちる。


「イル!!」


 キリナが慌てて駆け寄るが、行るは立っていることが出来なかった。回復魔法の連続行使に上級魔法を二度も使ったのだ。イルの魔力はもう空っぽだ。


(後はお願いしますよ、アリア様…)


 倒れ地面越しにキリナの足音を聞きながら、イルは満足げな表情を浮かべると気を失った。












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