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第十六話 調査③

 皆の所まで戻ると、どうやらこちらも終わったらしく主の解体作業に入っていた。イルはせっせと解体された部位を収納していた。


 アリアはイルを手伝いながら周りのメンバーを見た。皆一様に目立った外傷は無く大怪我をした人などはいないようだ。その事を確認して安堵すると同時に感心する。やはり皆の実力はかなりのものみたいだ。


 だがここで、アリアは違和感に気づいた。皆外傷は無いのに痛みを堪えるような顔をしているのだ。


 ある者は俯き。ある者は頭を抑え。ある者は顔をしかめる。


「うっ…」


 おかしい。そう思ったときに近くで呻き声が聞こえてきた。


 声の方を見ると声の発生源はイルだった。


「イル、大丈夫か?」


「え、ええ。大丈夫です。少し頭痛がするだけですので…」


 大丈夫と言ってはいるがその顔は青白くとても大丈夫そうには見えなかった。


 アリアは素早く残りの部位を回収するとイルを横倒れになった木の幹に座らせる。《停滞の箱》から水筒を取り出しイルに手渡す。


 イルはお礼を言ってから水を飲む。飲み終わった水筒を受け取り《停滞の箱》に戻す。


「どうだ?少しは楽になったか?」


「ええ、ありがとうございます。アリア様」


 そう言って薄く微笑むイルの顔はまだ青白くとても辛そうだ。額にはうっすらと汗が滲んでいる。この汗が暑さによるものでないことは明白だろう。


 アリアはイルをその場に残しバルバロッセの所へと向かった。撤退を提案しに向かったのだ。


 見れば他のメンバーも辛そうにしている。撤退をした方がいいのは自明であった。


「バルバロッセ。ちょっと話があるんだが」


 バルバロッセの所につくとそこにはシスタもいた。真剣な顔つきを見るに何やら真面目なことを話していたのだろう。


「どうした?」


「皆の具合が良くないらしい。それになんだか嫌な予感がする。だから、一度撤退をした方がいいかもしれないと言いに来たんだ」


「その事か…丁度我々もその事を話していてな。…ふむ、やはり一度撤退をした方がいいのかもしれんな」


「そうだね。かく言う僕も少し体調が悪い。…これは何かあると踏んで間違い無いと思うよ」


 シスタも若干ではあるが顔が青くなっている。バルバロッセの方も見てみると彼も若干ではあるが顔が青くなっていた。


 ここまで全員が全員体調不良を訴えるのはやはり何かおかしい。


 アリアは嫌な予感を抱えつつ二人が撤退を決めたのを聞くと他のメンバーに撤退の準備を知らせようとその場を後にする。


「それじゃあ、皆には私の方から撤退だと伝えてこよう」


「ああ、頼んーー」


「あらぁ?もう帰っちゃうの?」


 突如、バルバロッセの声を女性の妖艶な声が遮る。


 弾かれたように頭を上げ声の方を見る。声は上から聞こえてきた。それを認識し見上げるとそこにはフードを被ったローブの者が木の枝に座っていた。


 その者はローブの上からでも分かるほど豊満な体つきをしており女性と言うことが一目で分かった。目深に被ったフードからは妖艶に微笑む口元だけが覗いていた。


 謎の人物が女性であることを理解すると三人は更に警戒を強めた。


 ここは最下級だが仮にもダンジョン。それも、異常事態で主が大量発生している何が起こるか分からない危険な場所だ。そんな所にいる女性がただの女性であるわけがない。


 三人は各々の得物を構えると、女に向かい誰何すいかする。


「何者だ!」


「あらあら、誰何をするならまず自分から名乗るのが筋じゃなくて?」


 シスタの問いにふざけたような口振りでそう答えるローブの女。


 その答えにバルバロッセは声に怒気をはらませて言った。


「悪いがこちらは気が立っているんだ。答えなければ問答無用で切り捨てさせてもらう」


「あらこわぁい。切り捨てられちゃうの、私?」


 クスクスと笑いながら足を組むローブの女。組んだ足に肘を乗せ、上に向けた手の上に顎を乗せる。


 女の一挙手一投足を見逃すまいとキッと睨み付けるアリア。それを見た女は笑みをよりいっそう濃くした。


「そんな怖い顔しないで、アリアちゃぁん。かわいい顔が台無しよ?」


 アリアは名乗ってもいないのに自分の名前を言われたことに驚きはしない。王都に滞在しているこの四ヶ月であったことのない住民にアリア様と呼ばれ続けてさすがにもう慣れた。


 一つつまらなそうに鼻を鳴らして答える。


「フンッ、生憎だけど私はどんな顔をしても可愛いんだ。顔面に自信が無くてフードで隠している貴様とはものが違うのだ」


 アリアの挑発とも罵倒とも受け止められる言葉にフードの女は一瞬びくんと体を揺らす。


「…良い度胸ね小娘。…良いわよ。その挑発、乗って上げるわ」


 そう言うと女は木の枝から飛び降りる。飛び降りると同時にローブを脱ぎ去る女。


 女が地面に着地すると、バルバロッセとシスタの目が見開かれた。


 血のように黒みがかった赤髪に猛禽類を思わせるような鋭い金色の双眸。そして何より青みがかった肌がその女の正体を如実に語っていた。


「魔人族…ッ!」


「だぁい正解!お見事。私は魔人族のバラドラム・ドローガー。魔位は公魔よ」


 ローブの女改め、バラドラムの自己紹介を聞いた二人は更に驚きに目を見開いた。


 魔族のランクは人間で言う爵位に似ている。公爵の「爵」が「魔」に変わっただけの簡単なものだ。人間では地位を表すが、魔人族は強さのランクを表している。


 だからこそ、二人は驚愕を隠せなかったのだ。


 ランクだけ見ても最上位の魔人族が目の前にいるのだ。


 正直な話、今の三人でも勝てるかどうか分からない。それに今は本調子ではないのだ。勝てる見込みは良くて三割、悪くて一割と言ったところだ。


 現状を鑑みて思わず歯噛みしてしまうバルバロッセ。


 それを満足げに見つめるバラドラムはペロリと唇を舐める。その目は獲物を見つけた猛禽類の用であった。    

 

 バルバロッセはゆっくりと数歩下がるとアリアに小声で呟いた。


「アリア、お前は皆を連れて撤退してくれ」


「…分かった。こっちは任せるぞ」


 アリアは特に難色を示すことなく指示を受け入れる。


 ここで三人でバラドラムを相手するよりも一人抜けて仲間と共に離脱した方がいいと考えたからだ。なにせ残してきた仲間は皆本調子ではなくまともに戦えるかどうかも怪しいのだ。


「僕の合図で切りかかるよ、バルバロッセ。アリア様はそれと同時に離脱してください」


「分かった」  


「了解した!」


 二人が応答した直後森に悲鳴が響き渡る。


「ぎゃああああああああああああああああっ!!!!」


「なっ!?」


 声のした方は皆が休んでいる方向だ。それに立ち入り禁止の森の中に他に人がいるとも思えない。十中八九味方の悲鳴だろう。


 その悲鳴を聞いたバラドラムは嬉しそうに笑みを深くする。


「貴様ッ!一体何をしたッ!」


「何って、魔物をけしかけただけよぉ。それと、ちょぉっと毒を風に流したりもしたわね。臭い出さないようにしたら効果が弱まっちゃったけど」


 バラドラムの言っていることが真実であれば皆の体調不良の理由はバラドラムの流した毒が理由と言うことになる。


 真実であればと言うのもバラドラムがこちらの動揺を誘うために言っただけかもしれないという可能性が無きにしろあらずだからだ。だが、大方バラドラムの言ったことは本当なのだろう。でなければ、一斉に体調不良になった説明が付かない。


「って、そんな事考えてる場合じゃないな…魔物をけしかけたって言ったなあいつ」


「そうだな…急いだ方がいいかもしれない」


「それじゃあ、行くよ…」


 シスタが言うと全員得物を再度構え直す。

   

「三…二…一…ゼロッ!!」


 シスタ合図で三人同時に地を蹴る。


 アリアは振り返り皆の元へ。二人はそのままバラドラムへと肉迫した。 


 振り返ることなく走る。三人は少しだけ離れたところにいただけなので、すぐに皆が休んでいた場所につくことができた。


 そこでは既に交戦中で、皆は武器を振るっていた。


 皆傷を負ってはいたが何とか無事であった。ただ、最初に聞いた悲鳴の主であろう者は血だらけになりぐったりとしていた。


 そしてバラドラムによってけしかけられた主の数は五体。いや、よく気配を探ればまだまだこちらに近付いてくる。


 しかも、主だけではない。他の、主よりかは小さな気配も感じる。恐らくは元々ここに生息している魔物なのだろう。


 軽く状況を把握してみたが、状況は最悪だ。こちらはまともに戦えないものしかいない。今も押されている状態だ。それなのに魔物はまだまだ増えてくる。


 アリアは歯を食いしばると大声で指示を出す。


「皆、撤退だ!!各自撤退行動を取れ!!」


 そう言うとアリアは走り出し主の一体に上級魔法を放つ。


「《水刃砲すいじんほう》!!」


 この魔法は水を圧縮し高出力で噴射する魔法だ。前世で言うところのウォーターカッターとでも言ったところであろうか。


 アリアの放った《水刃砲》は主ごと後ろの木々を薙ぎ倒すほどの威力を持っており食らった主は胴体が真っ二つになった。


 一体を倒した後すぐさま《水刃砲》を味方に当たらないように横に薙はらう。何体かにはかわされたが大方の数は減らせた。


「道は私が切り開く!!遊撃しつつ着いてこい!!」


 アリアはそう言うと森の入り口へと走り出した。走り出す際に近くにいたぐったりしている者を《停滞の箱》に入れた。


「ギリュウアアアアアアアアアアアアッ!!」


 木々の間から魔物が姿を現す。


「うるさい邪魔だッ!!」


 それをアリアは両手剣で斬り捨てる。


 出てくる魔物を時に剣で、時に魔法で薙ぎ倒す。


 四方八方から魔物が迫ってきていることからバラドラムによって包囲されていたのだろう。


 思えば最初から何かおかしかったのだ。森の入り口付近に魔物はおらず、それどころか三分の一程度進んだところで漸く主が一体出てくる程度。恐らくは包囲するために魔物を待機させていたのだろう。


 最初からバラドラムの罠にハマっていたのだ。手のひらの上で踊らされていたのだ。    


 その事実に歯噛みしたくなるが、今はそれどころではない。


 今も目の前に主が三体並んで出て来た。その足下には魔物がうろちょろしている。


 それを目で確認している間も至る所から魔物が迫ってくる。


 木々の間から。木の上から。地中から。その度にアリアは剣と魔法を駆使して迎撃する。


 だが、それでも、


(数が多すぎるッ!)


 多勢に無勢。捌ききれない数に押されアリアも所々で攻撃を食らいその柔肌に血の線を引いていく。


 目の前の主三体まで後十メートルと言うところでアリアは魔法を放つ。


「《大爆炎》!!」


 火の玉が飛び被弾した魔物が破ぜる。自らの肉片を飛ばし大きな炎の花を咲かせる。


「ああああああああああああああああっ!!!!」


 前方に無差別に放たれる火の玉が、魔物どもを蹂躙する。


 爆炎広がる森をアリア達は突き進む。


 そうして魔物の犇めく森を強行突破し続けること三十分弱。一行は漸く森の入り口にたどり着くことができた。


 行きではとても時間がかかっていたように思えたが、アリアの歩行速度にあわせていたため時間がかかったのであろう。


 強行軍であったのと、全速力で走ったのもあってか、それほど時間をかけずに森の入り口に着くことが出来た。


「はあ…はあ…はあ………ん、はあっ!」


 膝に手をつき乱れた息を整える。魔力を使いすぎたせいか、酷い倦怠感に襲われる。     


「皆…大丈夫か…?」


「な、何とか…無事です…!」


「ええ…私達は……でも…」


 イルが答えた後、ユーリが歯噛みしながら告げる。


「何人か、やられました…ッ!」


 その声には悔しさが含まれていた。守れなかったからか、満足に戦えなかったからかはアリアには分からない。


 アリアは仲間がやられていく様を見ていなかった。ただ前だけを向いて逃げることだけを考えていたからだ。それに、迫り来る敵の数が多すぎて後ろを振り返る余裕なんて無かった。


 実際、アリアが道を切り開かなかったら皆助からなかっただろう。あのままでは数に押されて死んでいた。だから、アリアの判断は間違っていない。だがそれでも逃げるしかできなかった自身の不甲斐なさに歯噛みせずにはいられない。


 けれど、いつまでもそうしているわけには行かないのだ。


 森では未だに二人は戦っている筈だ。それならば助けに行かなくてはいけないだろう。


 アリアは悔やむ心を抑えつけ顔を上げる。


「皆はここにいてくれ。私は二人を助けてくる」


「そ、そうですよ!二人は…バルバロッセ様とシスタ様はどうしたんですか!?」


「二人は今魔人族の相手をしてる」


「ま、魔人族!?」


 驚愕の声を上げるイル。その目には混乱が見て取れた。だが、今は事細かに説明している時間はない。   


「説明は後でする。それじゃあ」


 そう言ってアリアは森へと駆けていく。


 空はもう日が沈み初め、夜の帳が降りてきている。森はもう既に薄暗く完全に夜の帳が降りたならば戦闘は困難になるだろう。そうなる前に何としてでも二人に合流したかった。


(どうか無事でいてくれっ!)


 願うように心の中でそう呟くアリアは、薄暗い森の中を一人疾走した。


 



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