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第十三話 出発

 一夜明け出発の朝。アリアは身支度を整えると城の正門へと足を運んだ。


 正門には既に二台の馬車と調査に向かうメンバーが軒並み揃っていた。


「おはよう。メンバーは揃ってるのか?」


「ええ、アリア様で最後ですよ」


 どうやら軒並み揃っていたではなくアリア以外の全員が揃っていたらしい。


「それは待たせて悪かったな」


「いえいえ、皆さっき揃ったばかりですからそう待ってはおりませんよ」


 デートの待ち合わせで彼氏より後から来た彼女を気遣うかのような台詞を言うシスタ。うん、例えが長いな。


 アリアは揃ったメンバーの顔ぶれを確認する。


 調査に向かうメンバーの主な顔ぶれはアリア、シスタ、バルバロッセ、イル、そしてーー


「おはようございますアリア様!」


 この、アリアに綺麗に敬礼をして挨拶をしてきた少女だ。


 年の頃は十四歳位だろうか。綺麗に整った顔立ちには幼さはまだ少し残しているが、大人びた印象を与える。キリリとした目に美少女と言うよりは美人と言う評価の方があっている。それでも幼さを残している顔は、大人になりかけの危うい色香を醸し出していた。


 年上年下問わずにたいそうモテるであろう事が容易に想像できる彼女は綺麗な敬礼を保ちながら口を開く。


「私は騎士団第二部隊所属のユーリ・クラフィであります!此度はアリア様の側付き騎士としてご同行するよう任を受けました!女神様であるアリア様の側付き騎士としてご同行でき、誠に光栄であります!今日はよろしくおにぇがいしみゃす!」


 噛んだ。それも二回も。


 見ればユーリは恥ずかしさに顔を赤くして「しまった~!」という顔をしている。


 そんな可愛らしいミスをおかしてしまったユーリだが、彼女は騎士団の第二部隊に所属するほどの実力者だ。騎士団の部隊は数が小さくなるほど実力が上がっていく。


 序列を表すと、近衛騎士=第零部隊>第一部隊>第二部隊>第三部隊>第四部隊・・・第十部隊と続いていく。近衛騎士も騎士団と同じ管轄だ。第一部隊より上への昇格は近衛騎士か第零部隊のどちらかに配属される。どちらも実力はかなりのものであのロズウェルに匹敵するほどの者もいるみたいだ。


 バルバロッセやシスタも昔はバルバロッセが近衛騎士、シスタが第零部隊に所属をしていたらしい。二人共爵位を受勲されてからは将軍に昇格したらしい。


 その事実を知った時は道理で強いわけだと驚くよりも納得の方が直ぐに出てきた。


 とまあ、若さの割には強い部類に入るユーリの今の様子を可愛いな~と思いつつアリアは眺める。


「ああ、よろしくにぇユーリ」


「ううっ!よ、よろしくお願いします…」


 アリアがユーリの噛んだ台詞を真似ると、ユーリは更に顔を赤くして再度、今度は噛まないようにゆっくりと言った。


 そんな様子も可愛いなと思いながらもアリアは他のメンバーを見渡す。


 メンバーは最初に言った五人と騎士団第二部隊のメンバー数人だ。


 今回は大勢で行くよりも少数で実力者を連れて行く事にしたらしい。


「それじゃあ準備も済んだことだ。行くとしようか」


「おう」


 バルバロッセにそう言われアリアは馬車に乗り込む。


 入り口で振り返るとずっと後ろにいたロズウェルに言う。


「それじゃあ行ってくるよ」


「はい、どうかお気を付けて。…少し胸騒ぎがいたしますので充分にご注意を」


「うん、分かった」


 それだけ言うとアリアは馬車の奥へと引っ込んでいく。


 ロズウェルはそれを見届けると体の向きをユーリの方に向ける。


「それではユーリ様、アリア様の事をよろしくお願いします」


「はっ!お任せ下さい!この身に変えてもお守りいたします!」


 ユーリはそう言うと一礼して馬車へと乗り込む。


 ロズウェルは数歩下がり準備を見届ける。


「アリア様の事、心配かい?」


 何の前触れもなく隣から発せられるシスタの声にロズウェルはさして驚く事もそちらを見る事もなく口を開く。


「ええ、心配です。私の嫌な予感はこういう時によく当たりますので…」


「そうか。それでも僕もバルバロッセもいるから大事にはなら無いと思うよ」


 シスタのその言葉には何の根拠も無いのだがその言葉には不安にざわついた心を落ち着かせるような安心感があった。人柄か、それともシスタの実力を知っているからか。恐らくはその両方なのだろう。


「それならば安心です。アリア様の事をよろしくお願いします」


「任されました。…でも、アリア様ならその心配もいらないとは思うけどね」


「それはそうかもしれませんが…」


 シスタの言葉に困ったような顔をするロズウェル。シスタは冗談のつもりで言った言葉なので、別にロズウェルを困らせるつもりはなかったのだ。


 真面目なのか心配性なのか分からない困り顔のロズウェルに肩を竦める。


「冗談だよ。彼女は強くても女の子だ。心配する気持ちは分かるよ。あれだね、初めてお使いをする子供を見送るような感じだろう?うん、分かるよ」


「…そうですね。こんな感じなのでしょうかね」


「そうなんじゃないのかい?まあ、僕には子供いないから分からないけどね」


 シスタのまさかの言葉にロズウェルはジト目を向ける。シスタはそれを朗らかに笑って流す。


「シスタ。準備が終わったから出発するぞ」


「分かったよ。それじゃあねロズウェル君」


「はい、お気を付けて」


 ロズウェルはジト目をやめるとキリリとした顔に戻った。


 シスタが馬車に乗り込んだ後バルバロッセも乗り込む。


 やがて御者が馬車をゆっくりと動かす。


 見ると、動く馬車の窓からアリアが笑顔で手を振っている。ロズウェルはそれを見ると笑顔を作り小さく手を振った。


 やがて、馬車が遠ざかっていきアリアが見えなくなったところでロズウェルは振っていた手を下ろした。ロズウェルは馬車が見えなくなるまでその後ろ姿を見送った。


「どうかご無事で…」


 馬車が見えなくなり不安気な顔でそう呟くロズウェルの声は、早朝の王都の静寂に虚しく消えていった。


 アリア達の無事を心から祈りながらロズウェルは王城の中に戻った。




 ロズウェルに見送られ王都の外壁を越えた外を走る馬車の中、アリアは同車している面々と楽しげに会話をしていた。


 二台用意した馬車の内一台は男性車両、もう片方は女性車両と分かれていた。これは、シスタの配慮でアリアが男ばかりで窮屈しないようにだ。無論アリアとしては元男という事もあってかさして気にすることもなかったのだが、せっかくのシスタの配慮を無駄にすると言うのも気が咎められたし、それに女性と気兼ねなく話をすると言うのも良いものだろう。


 と言うことで馬車は男性と女性で分かれているのだ。


 本当はイルもこっちへ誘うとしたのだが断として断られた。


 女性陣の馬車はアリア含め総勢六名。


 アリアとユーリ、それに、シフォン、イーナ、ラテ、キリナと言う名前の子達だ。ユーリ含め今日が初対面だ。


 席順は、進行方向の右側の席にユーリ、アリア、イーナ。左側の席にラテ、キリナ、シフォンだ。


「それじゃあ、四人は同期なんだ。どうりで仲良いわけだ」


 聞く話によるとユーリ以外は同期ななのだそうだ。


「そうなんですよ~」


「昔からの腐れ縁です」


 アリアの言葉にシフォンとキリナが答える。キリナの方は腐れ縁などとは言っているが言葉ほど嫌そうな顔をしていないので、彼女なりの照れ隠しなのだろう。その証拠にシフォンは楽しそうにニコニコしている。


 シフォンに自身の言葉が照れ隠しだとバレているのが分かったのか、キリナは少しだけ顔を赤くしていた。


「アリア様!先輩方はとてもお強く、四人で上げた功績は近衛騎士や第零部隊の面々にも引けを取らない程なんです!」


「そんな事あらへんよ~」


「そうだね。四人集まれば良いとこまで行けるのは確かだがそこまでは行かないよ」


 熱の入ったユーリの言葉にイーナとラテが若干照れながらそう答える。イーナは否定をしているが、ラテは自分達の力量を客観的に判断し答えた。


 ラテの言葉を聞きアリアは安心したような顔をする。


「それなら安心した。安全に調査が出来そうだね」


「安心してくれて構いませんよ。今回の調査場所はそれほど危険度は高く無いですから。主なら私達を二人組に分けても勝てますから」        


「そうだね。事実そうだろう。けど、イレギュラーが無いとも限らない。つがいでない複数の主の時点でもうイレギュラーなんだ。充分気を引き締めていかないと」


 キリナの説明にラテが注意を促す。


「分かってるわ。まったく…ラテは心配性ね。お母さんみたい」


「私はそんなに母性全開では無いのだけどね」


「小言が多いという意味よ!」


「ははっ、分かってるよ。そうかっかしない」


 ラテにからかわれていると分かったキリナは「ふんっ!」とそっぽを向いてしまう。


 若干ハラハラして見ていたアリアだが、他二人が止める様子もないのでいつものことなのだろう。二人はニヤニヤしながらその様子を見ていた。


「そう言えば、今回は荷馬車が無いんやね。てことは、誰か《停滞の箱》使えるんちゅうことか?」


「私とイルが使えるぞ。と言っても、荷物はイルの方に入ってる。私はロズウェルに言われてちょっとしたものしか入れてない」


「そうなんか~?アリアちゃんちっこいんに偉いんやねぇ~」


「イーナっ!すみませんアリア様!この娘悪気はないんです!」


 イーナの言葉にシフォンが慌ててペコペコと頭を下げて謝罪する。イーナはシフォンがなにをそんなに謝ってるのか分からないのかキョトントした顔をしている。


「シフォンは何をそんなに謝っとるん?」


「イーナがアリア様に対して『アリアちゃん』とか『ちっこい』とか失礼な事言うからよーっ!」


 シフォンのその説明にイーナは更にキョトントした顔をする。


「よう分からんよ~。アリアちゃんはアリアちゃんやし、ちっこいんも年相応やん。なんもおかしなとこあらへんよ?」


「そうじゃなくて!アリア様は女神様なのよ?身分を弁えてーー」


「それじゃあ、アリアちゃんがかわいそうやよ~」


 シフォンの言葉を遮りイーナがそう言い放つ。いつ仲裁に入るべきかと考えていたアリア含め、止めに入ろうとしていた他の三人も、イーナの言葉にキョトントした顔をする。


 イーナはおもむろにアリアを抱き寄せる。


「アリアちゃんは女神様でも、こんなにちいっこな女の子なんやよ?そんな特別扱いされたら逆に窮屈でかわいそうやわ~」


 イーナの言葉に皆虚を突かれたような顔をする。すると、アリアは柔和に微笑むと言った。


「そうだな。イーナみたいに接してくれると私も嬉しいな」


「…」


「…ダメ…か?」


 未だ沈黙が支配する空間にアリアの落胆したような声がぽつりと漏れる。すると、慌てたように口々に言葉を紡ぐ。


「そ、そんな事ありませんよ~!」


「そうですよ!むしろ大歓迎です!」


「そうそう!ユーリなんて馬車に乗ってからずっと抱き締めたそうに手をワキワキさせてましたし!」


「キリナ先輩それ言わないで下さいよーっ!」


 なる程そうだったのか。道理で手がそわそわしていると思ったわけだ。たまに「くっ!おさまって下さい私の右手っ!」と小声で言っていたのは抱き締めたい衝動を抑えるためだったんだな。右手に何か封印されてるのかと思ってた。


 身体に何かを封印できるのかとちょっとワクワクしていたのだが、なる程、封印していたのは己の欲望だったか。


 ぎゃーぎゃー騒ぐ二人をよそにアリアは自身を抱き寄せているイーナを見上げる。


「ありがとう。イーナ」


「そんな、お礼言われる事とちゃうんよ~。ウチがそう思ったからそう言っただけなんやから~」


 アリアのお礼の言葉に朗らかに笑いそう答えるイーナ。


「むうぅぅ~。アリア様ぁ!私も抱き締めてよろしいでしょうか!」


 バレたことで隠す必要もないと思った、と言うか開き直ったのか、ユーリがそんなことを言ってくる。


 イーナの背中を軽くトントンと叩くと、イーナはそれだけで理解したのかアリアを解放する。


「バッチ来い」


 アリアはそう言うと両腕を広げる。


「ひゃあーーーーっ!」


 謎の奇声を上げながらユーリはアリアを正面から抱きしめる。おまけにアリアの頬に頬ずりをする。


「ひゃあーーーーっ!モチモチです!スベスベです!ちっちゃいです!柔らかいです~~~~~~っ!良い匂いします!髪サラサラです!そして何より可愛いです~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」


 出会って直ぐに見受けたキリっとした態度はどこへやら。かなり興奮したようにアリアを抱き締めるユーリ。


 そろそろ頬ずりされた頬が熱いです。


 周りの皆、イーナ意外はあまりの勢いにドン引きしている。


「あっ!そろそろ見えてきましたよ~!」


 すると、シフォンが窓の外を見ながらそう言った。


 恐らくはダンジョンが見えたのだろう。


 ユーリも一旦頬ずりを止めて窓を開けて窓の外を見る。アリアもユーリの下から覗き見る。


 すると、馬車の進行方向の先には巨大な木々が犇めく大きな森が見えた。


「あそこが今回の調査現場、セリア大森林です」


 ユーリの台詞を聞き、そう言えばダンジョンの名前を聞いていなかったなと今更のように思い出す。


「セリア大森林…」


 ぽつりと呟くアリア。森の巨大さによる感嘆からか、それとも森が与える威圧感による不安からか、そのどちらとも区別が付かぬアリアの呟きは走る馬車を打ちつける風の音に遮られ誰の耳にも届くことは無かった。


 この時、アリアは知らなかった。この森に訪れているのがアリア達だけではないことを。そして、王都に迫る危機も、今のアリアには知る由もないことだった。                   

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