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第十二話 瓶の中身

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 クルシス家での夕食会から数日が過ぎた頃、漸く瓶の中身の正体が分かったと研究所から連絡が入った。


 事態に進展が見られたと分かり急いで執務室に向かう。思わず小走りになってしまったが途中でメイドさんに窘められたので早足で向かった。


 執務室にたどり着くとアリアはノックもせずに勢い良く扉をバンッと開く。


「フーバー!結果を聞きに来たぞ!」


「ノックぐらいしろよ…」


 挨拶も無しに切り出すアリアに呆れた声を出すフーバー。


「そんな事はどうでも良い!それで!結果は!?」


「まあ待て慌てるな!取り敢えず一回座れ」


 急かすアリアを宥めすかし椅子を進めるフーバー。むうと唸りながらも落ち着きが無かったと自覚し大人しく座る。


 フーバーはアリアが座ったのを確認すると口を開く。


「まあ先ず分かったことから話していこう。あの薬の調査結果だが……あれは人を魔物に変える薬だと言うことが判明した」


「人が…魔物に?」


 あまりに荒唐無稽な話に唖然としてしまうアリア。 


 この世界では、獣人族の中では力を付けた獣人は《獣化》と言うものができるようになるとロズウェルから聞いたことがある。


 その獣化とは個々の差はあるが自身の種族に近しい動物へとその姿を変貌させることができる。個々の差と言ったのは、獣化には部分的な獣化と完全な獣化があるのだ。


 部分的な獣化では手足などの体の一部を部分的に獣化できる。完全な獣化はそのままの意味で、自身が獣そのものになることが可能なのだ。


 この獣化は、種族の血が濃ければ濃いほどに強力な力を使うことができる。また他の種族との混血種でも獣化はできるが純血の獣人に比べるとその割合はかなり低いものとなる。


 そう言った意味合いでは、人が人ならざる者に変化すると言う話は聞いたことがある。だが、人が魔物になるという話は聞いたことがなかった。


 唖然としたままフーバーに聞き返す。  


「それは、本当なのか?」


「嘘を言っても仕方あるまい…俺も、実に荒唐無稽な話だとは思っている。だが、それ以外に説明が付かないのもまた事実だ」


「そう…なのか…」


 と言うことは、あの事件の魔物は全て元人間で、アリアは知らず知らずの内に人を殺していたことになる。


 アリアは自然と震える手を強く握りしめその感覚を紛らわせる。


「それで、他には?」


 フーバーはアリアの手の震えに気がついていたがそれにはあえて触れずに促されるままに話を続ける。


「……ああ。それでだ。ここからは俺の推論になるが、恐らく、複数体出現したダンジョンの主もその薬が関与していると俺は考えている。そして、そいつ等を操っている黒幕がいると睨んでる」


「黒幕?」


「魔人族だ」


 魔人族。その種族は強靭な身体に多量に魔力を含む強力な種族。彼等は自身が強いがためにそれ以外の弱い種族を見下し、自分達の支配下に置こうと企んでいる。そのため、メルリアを含めた三国と戦争状態にあるのだ。


「魔人族か……それで、どうするつもりだ?」


 アリアが聞くとフーバーは難しそうな顔をしていった。


「取り敢えずは、ダンジョンの主を持ち帰って調査をしようと思ってる。魔人族の目的が分からない以上は地道に調査をして対策を練っていくしかないってのが現状だな」


「そうか。その、ダンジョン調査をするメンバーに私も加えてくれ」


「……理由を聞こうか」


「腕試しと言うのもあるが、なにもしないでじっとしているのも我慢ならん」


 アリアの言葉にフーバーは少し考え込むと口を開いた。


「……分かった、良いだろう。ただし、前と同じくロズウェルは置いていけ。あいつはこの国の最高戦力だからな。何かあったら対応してもらいたい」


「分かった。私の方からロズウェルに言っておく」


「ああ、頼んだぞ」


「任せておけ。それじゃあ、私は部屋に戻る」


 言うが早いかアリアは扉を開けて出て行こうとする。


「待てアリア」


 だが、出て行こうとするアリアをフーバーが呼び止める。アリアは首だけでフーバーの方を向く。


「なんだ?」


「前回の事は仕方がなかった事だ。お前は知らなかったんだからな。だから、お前が気に病む必要は無い」


 フーバーの励ましの言葉にアリアは少々驚いたような顔をするが直ぐに元に戻り微笑んだ。


「ああ、ありがとう」


 アリアはそれだけ言うと今度こそ執務室を後にする。扉が閉まる直前に見えたアリアの悲痛なその表情だけで彼女の憂いを取り払うことができてはいないことをフーバーは理解した。だが、それでもフーバーは彼女にかける言葉が見当たらず彼女を再度呼び止めることは出来なかった。


「はあぁ……情け無いなぁ俺は…」


 自身の不甲斐なさについついそう漏らしてしまうフーバー。


 だが、この場に第三者がいたのならば決してそうは思わなかっただろう。彼は、魔物が実は人間だったと言う衝撃の事実を聞かされたときに少しだけ見せたアリアの驚愕と恐怖に気付いた。それはほんの少しの僅かな変化だった。それを見逃さずに最後に言葉をかけられるフーバーを誰が情けないと言えるだろうか。


 しかし、それでもフーバーは自身を情け無いと思ってしまう。アリアの事に気付き言葉をかけられたのは言わば過程だ。結果としてアリアの憂いを取り払うことはできなかった。過程ができても結果が伴わなければ意味はない。


「こればかりは時間が解決するほか無い、か…」


 ぽつりと漏らしたその言葉に返事を返す者はおらず、その事に気付いたフーバーは溜め息を吐いた。  

      



 執務室を後にしたアリアはあてがわれた部屋の大きなベッドにうつ伏せに寝転がっていた。


 アリアの頭の中には先程フーバーから聞かされた事で満たされていた。


 魔物になってしまったとはいえ知らず知らずの内に人を殺めてしまった。その事実がアリアの頭の中をぐるぐると回っていた。アリアはただひたすらにその事実の否定、肯定をする考えを巡らせていく。


 いつまでそうしていただろうか。アリアは急に鳴り響いた扉をノックする音に思考を現実に引き戻される。


 アリアは寝転がっていた体を起こしノックの主に問う。


「…誰?」


「ロズウェルでございます。お夕食の準備が整いましたのでお呼びに参りました」


 夕食と言う言葉を聞きアリアは部屋が暗くなっていることに今更になって気付いたことに苦笑をもらす。


「ロズウェル…入ってきて…」


「失礼します」


 扉を開けてロズウェルが入ってくる。ロズウェルは部屋が暗いことに別段驚きはしなかった。扉の隙間から光が覗いてないので室内が暗いと言うことを知っていたからだ。


「ねぇ…ちょっと…聞きたいことがあるんだけどさ…」


「何でございましょう?」


「うん。取り敢えず、扉を閉めてもらえる?あまり聞かれたくないから」


「かしこまりました」


 ロズウェルはあえて扉を開けたままにしていた。そのわけはアリアが寝ているだけならば直ぐにすむだろうと思っていたからだ。そのため灯りの魔道具を使うのも勿体ないと思い灯りをつけることもなかった。


 そのため、扉を閉めた今は室内は真っ暗だ。窓からの月明かりだけがこの部屋を照らしている。


「して、お話とは?」


「うん…ロズウェルは回収された瓶の中身が何だったのか聞いた?」


「はい、陛下より聞き及んでおります」


「そうか…それなら話が早い」


 アリアは軽く居すまいを正す。


「私は知らない間に人を殺していたらしい」


「そう…なりますね。瓶の中身はつい今朝方に判明したみたいですから」


「でも私はその事にあまり何とも思っていない」


 要領を得ないアリアの言葉にロズウェルはどう返したものかと数瞬考える。だが、ロズウェルが答えを出す前にアリアが続ける。


「私は民を守るためには仕方の無いことだと思っている。それにあの時は殺すしか方法が無かったとも思っている」


「そうですね。被害を最小限に抑えるにはそれしか方法はありません」


「…私は…どうして割り切れてるんだろうな…人を殺したというのに仕方なかったと割り切ってしまっている…なあロズウェル。私は薄情なんだろうか?」


 魔物になってしまったとは言え元は人間。それを殺してしまったことに最初こそ動揺したし恐怖も覚えた。だが、それでも頭の中で様々な意見を出すとあれが最善策であり仕方の無かったことだと考えてしまう。


 それが薄情なのかそうでないのかは今のアリアには判断が付かなかった。


 ロズウェルは少し難しそうな顔をすると答えた。


「薄情…では、無いと思いますよ。聞くところによると彼らは盗賊だったみたいです。悪行を重ねてきた盗賊に情を持てないのも当たり前です。アリア様が気に病む必要はありません。それに、そう言うことで思い悩むアリア様が薄情だとは私は思いません」


「そう…か…うん…ありがとう、ロズウェル」


 アリアはロズウェルにお礼を言うが、その顔は晴れやかのものではなくまだ陰がさしていた。それに気づいたロズウェルはもう一声かけることにした。


「それにこれからは割り切らなくてはいけない場面が多々あると思います。今日みたいに悩んでいる暇など無いかもしれません。ですのでアリア様は、自分の信じた事をおやりになって下さい。もし道を踏み外しそうになりましたら、不祥この私が全力で止めてみせましょう」


 ロズウェルの言葉にアリアの顔は徐々に明るくなっていき、先程とは比べものにならないくらい可憐な微笑みをたたえた。


「ありがとうロズウェル。頼りにしてるよ」


「大船に乗ったおつもりでいていただいてよろしいですよ」


「おう!ドレッドノートに乗ったつもりでいるよ!」


「ドレッドノートとはいったい?」


「何でもない、こっちの話!」


 だが、ふとアリアは思う。


 ドレッドノートって船じゃなくて戦艦だった気がするな…。まあ、強そうだしいいか。


 実際、ドレッドノートは船ではなく戦艦なのだがアリアの例えはなかなかに的を射ていた。「ドレッドノート」その戦艦の言葉の意味は「恐れ知らず」である。


 最強故に敵は無し。故に恐れる者は無い。王国最強のロズウェルにはぴったりの言葉だろう。


「それではアリア様、そろそろ行きましょう。皆様お待ちになっておりますので」


「そうだった。夕飯が出来たから呼びに来たんだっけか」


 そう言って二人は部屋を後にした。


 ロズウェルは正直ほっとしていた。ダンジョンの調査は明日なのだ。明日の調査にロズウェルはついて行くことは出来ない。そのため、少しでもアリアの心労を減らしておきたかったのだ。


 本当ならばロズウェルがついて行って身の安全を確保しておきたいのだが、ロズウェルは不測の事態に対応できるように王都でお留守番。


 こういう時、三柱の内一人でも戻ってきてくれないかなと思う。

 

 ロズウェルを除く三柱の内残りの二人は、今どこにいるのか定かではない。


 魔法師は縛られることを嫌いあっちへふらふらこっちへふらふらと旅をしているのだ。王国は旅に出る魔法師を呼び戻すことはせずにそのまま放置している。理由は、魔法師が旅の途中に完成させた魔法や魔道具の設計図を送ってくるからだ。魔法師はきちんと成果を出しているので呼び戻すにも呼び戻せないのだ。それでも、国の一大事には間に合うように戻ってくるそうなのだが、その間に合う手段は明らかではないので魔法師の言い分も半信半疑ではある。


 逆に賢者というと、賢者は完全に姿をくらましておりどこにいるのか見当も付かないのだ。たまに手紙などを寄越してきているので生きてはいるのだがどこにいるのかは分からずじまいなのだ。


 とまあ、こんな具合で他二人が好き勝手にやっているので不測の事態に備えた準備も警戒も全てロズウェルがやることを強いられているのだ。


 明日くらいはどちらか戻ってきてくれないかなとも思っているのだが、二人が戻ってくることはなかった。


 そうして一夜が明け調査隊が出発する朝を迎えてしまった。  


  

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