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第十一話 束の間の休日

 夜の王都に突如出現した魔物の事件からもう四ヶ月が過ぎようとしていた。季節は夏。月は八月。日は十六日だ。


 この四ヶ月は特に何も無く王都で過ごしていた。突如として襲来した魔物の事件もあの一件だけだった。


 複数の主がいるダンジョンも今は立ち入り禁止にしている。複数の主と言うイレギュラーが起きたのだから無闇やたらに調査も出来ないのが現状だった。まあ、それ以前に先の一件の調査に人員を割いていてそちらに手が回らないというのもあるだろうが、結局は優先順位の問題だろう。主の方は先延ばしにしていても王都に被害はないが突然発生した魔物については住民の命に関わるのだ。そちらが優先されるのは当たり前と言えるだろう。


 四ヶ月も経って原因が分からない突然発生した魔物の件だが一応進展はある。事件の翌日、現場を調査していると近くの酒場に瓶の破片がいくつもの散らばっていた。破片には何か液体が付着していた痕跡があった。恐らくはこの液体が何か関係していると見て間違いなかったが液体自体がないと調査が出来ないのが現状だった。


 それ以上の進展は望めないかと思った矢先に調査隊の一人が件の液体が入った瓶を発見した。奇跡的に一本だけ転がっていたそうだ。


 この四ヶ月はその瓶の中身の解析に全力を注いでいるのだが未だ成果は見られないが研究は徐々にではあるが進んでいるみたいだ。


 何の成果も出ないままではいるがアリア達はその間、無意味に時間を消費していたわけではない。アリアとメイドちゃんズは勉強や剣の修練に励んでいた。


 アリアは今日も王城の庭でロズウェル相手に剣を振るっている。


「はあぁっ!!」


 アリアは自身の身の丈ほどもあろう両手剣を軽々と振るいロズウェルに怒涛の斬撃を浴びせる。アリアの攻撃のどれをとっても一度ひとたび当たればその部位は体と即さよならするほどの威力を持ち合わせていた。技はまだまだだがそれを補って余りあるほどのスピードと威力を持っている。常人であれば一瞬でけりが付いてしまうだろう。 


 だが、アリアが相手をしているのは常人ではない。一人で一騎当千を成し遂げ数多の魔物どもを蹂躙する事が出来るほどの武の達人だ。


 ロズウェルはアリアの猛攻を涼しげな顔をして時にいなし、時にはかわしている。


「アリア様。速度と威力だけで通じるのは常人までです。私のような者にそれは通用しません。技を使ってください」


 剣戟の最中にちょくちょくとアドバイスをしてくるロズウェル。どうやら本当に余裕がありそうだ。


「うりゃ!」


 アリアは袈裟斬りを放つがロズウェルはそれを軍刀で軌道をそらしていなす。そらされた剣を手首をくいっと回して斜めに斬り降ろす。


 軌道をそらされるのは承知の上で放った一撃目で、本命は二撃目だった。だがそれもロズウェルには分かっていたのか後ろにひょいっと跳ぶだけでかわしてしまう。


「一撃目が今までと違い軽すぎます。それでは一撃目が誘導だと言うことを相手に教えているようなものです」


 ロズウェルがアドバイスをしている間もアリアはロズウェルとの距離を一足で詰めて剣撃を放つ。


 だが、そのどれもこれもをロズウェルは受け流す。


「それでは、今度はこちらからいかせて貰います」


 ロズウェルの突然の攻撃宣言にアリアは驚くでもなく思考を防御に切り替える。


 ロズウェルが剣を引くと突如鋭い突きが放たれる。


 分厚い剣の腹でそれを受け止めるが突きの威力が凄まじく後方に押されてしまう。地面を抉りながら後ろに後退するもなんとか踏ん張る。だが、それがいけなかった。 


 踏ん張っている内に隙が出来てしまいロズウェルに後方に回り込まれてしまった。


「やばっ!」


 慌てて剣を後ろに回して防御をするが不完全な体制だったためか前に押し出されてしまう。


 たたらを踏んでどうにかバランスを取ろうとするがロズウェルに足払いをされその場でこけてしまう。


「ぶっ!」


 顔面と勢いのついた接吻をかわすと呻き声をあげてしまう。背中に回した両手剣がのしかかりとても重たい。


 ガバッと起き上がり泥の付いた顔を袖でこする。


「アリア様袖ではなくタオルを使ってください」


 ロズウェルはそう言うとアリアにタオルを手渡す。アリアはそれを受け取るともう殆ど袖で拭えてしまった顔の汚れを拭う。


 タオルをロズウェルに渡すと立ち上がる。


「私も強くなったと思うんだけどな~」 


「そうですね。着実に強くはなっていますが、まだまだです」


「ロズウェルと戦ってると強くなってるって実感わかない」


 アリアの物言いにロズウェルは苦笑をもらす。


 いつも負け越しているからなのか強くなったかどうかすら分からない。新しい手を考えて実行してもロズウェルは難なくそれに対処をしてしまうしで成長の度合いが分からない。


「そろそろダンジョンに行きたいなぁ~」


「今はそれどころではありませんよ。王都の一大事なのですから」


「分かってるよ。言ってみただけだ」


「そうですか。…それでは今日はこれくらいにしましょう」


 アリアの集中力が完全に切れてしまったのでロズウェルは修練の終わりを告げる。アリアもこれ以上はやっても惰性での修練になると分かっているのか特に何を言うでもなく頷く。


 修練でかいた汗を流すためにアリアはお風呂場に向かった。夏なのでもう汗びっしょりだ。


 お風呂場につき汗で肌に張り付く服を脱ぎ体の汚れをお湯で洗い流すと湯船に浸かる。


「ふいい~~~~~良い湯だな~~~~~」


 気持ちよさそうに声をもらし鼻歌を歌いながらお湯に浸かる。


 存分にお湯に浸かるとアリアはお風呂からあがった。


 お風呂からあがったアリアは今日はどうするかと今日の予定を考える。現在時刻は午後三時、おやつの時間である。


 今日の予定を考えていると廊下の曲がり角からバルバロッセがこちらに歩いてくるのに気がつく。


「おいっすバルバロッセ」


「おお、アリアか。ロズウェルとの訓練はもう良いのか?」


「さっき終わったとこ」


「そうか、それなら丁度良い。これから家に帰るのだが一緒に来るか?この時間ならリシアが菓子を作ってる頃だろう」


「おおっ!リシアのお菓子食いに行く!」


「そうか、それなら行くとしようか」


「おう!」


 アリアはバルバロッセの横に並び歩く。


 実はバルバロッセは既婚者で奥さんと息子さん二人に娘さん一人の五人家族だ。


 奥さんの名前がナタリア。長男がダリア。次男がセス。長女がリシア。生まれた順で言えば、ダリア、リシア、セスだ。


 ナタリアはおっとりした性格で優しい人だ。魔法がそれなりに使えるらしく昔は魔道師をしていたらしい。結婚を期に魔道師を引退、今は専業主婦をしている。


 ダリアはバルバロッセに似てなかなかのイケメンで、今は騎士の学院を卒業して立派な王国騎士団として王国に仕えている。その腕はロズウェルも認めるほど優秀なもので将来将軍にもなれるだろうと言われている。それを聞いたダリアは照れたように顔を赤くして頬をポリポリ掻いていたのがなんだか可愛かった。


 リシアはナタリアに似ておっとりした性格だ。魔法や武の才には恵まれなかったが頭が良く学院で良い成績をキープしている。本人は魔法か武の才能があれば騎士である二人を手伝えるのにと言っていたが、おっとりしたリシアが戦う姿が想像できないので今のままであってるとアリアは思う。


 セスはこれまたなかなかのイケメンで将来がとても楽しみだ。恥ずかしがり屋なのかアリアが来るとナタリアの後ろに直ぐに隠れてしまう。こんなシャイボーイだが、将来の夢は騎士になってバルバロッセとダリアの力になりたいんだそうだ。なんとも可愛いらしい夢である。


 彼らと知り合ったきっかけは、バルバロッセが結婚をしていると知ったアリアが家族に会ってみたいと言ってバルバロッセの家に連れて行ってもらったのがきっかけだ。


 最初は皆女神が来たと萎縮してしまっていたが、バルバロッセの態度とアリアの気さくな雰囲気のおかげで今では普通に接してくれている。


 バルバロッセの家は王城から程遠くない場所にある。そのため、アリアも暇を見つけてはちょくちょく遊びに行ったりしている。


 正門を抜けしばらく歩くとアリアの屋敷くらい立派とまではいかないものの、一般の家よりかは大きくてかなり立派な家が見えてくる。そこがバルバロッセの家だ。


 玄関までつく頃には甘い焼き菓子の匂いが漂ってきていて、自然と鼻をスンスンとして匂いをかいでしまう。


「今日はクッキーだな!」


「そのようだな」


 玄関を開けて家内に入るとクッキーの甘い匂いが充満していた。今日もとても美味しそうな匂いだ。


「おじゃましま~す♪」


「ただいま。帰ったぞ」


 アリアはリビングの扉をガチャリと開ける。するとリビングにはもう先客がいた。


「あれ?アリア様じゃないですか」


 そこには家のメイドちゃんズ&イル、スティ兄妹がいた。


「なんだ、皆も遊びに来てたのか」


「はい!美味しいクッキーを焼くそうなので作り方を教わりに来てたんです!」


「そうだったのか」


 ちらりとイルを見ると一人居心地悪そうにそわそわしていた。ここにいるのはイル以外全員女性だったので落ち着かなかったのだろう。バルバロッセの顔を見た瞬間パアッっと希望が見えたのか嬉しそうな顔をした。


「ふむ。アリア、ゆっくりしていくといい。私は書斎にいるから用があったらいつでも来い。それじゃあ」


 だが、バルバロッセは大勢の女性の中に男性が入るとこちらに気を使ってしまうのではと考えてか、リビングを後にした。


 イルの顔が見るからに落胆している。頑張れイル。


「そう言えばセスは?」


 アリアはくるりと見渡すとセスとダリアがいないことに気づく。ダリアは騎士なので忙しく家にいないことの方が多いので不思議に思わないが、セスはまだ八歳で学院にも通っていないのだ。家にいることの方が多いセスがいないというのは珍しかった。


「あぁ、セスならダリアに剣を教わってるわぁ~」     

 

 間延びした声でナタリアが説明する。なる程、それでいないのか。


「そんな事よりもぉ、アリアちゃんも座ってぇ~って、あら?満席ねぇ~」


「あれ?本当。どうしましょ?」


 アリアは先程からずっとうろちょろしていたのだがそれは空いてる席を探していたからだ。


「それじゃあ私がーー」


「あ、いや。俺がどきますよ」


 セラが主人であるアリアに従者であるメイドと言うことでどこうとしたらそれにかぶせるようにイルがそう言う。恐らくは良い機会だしこれで先に帰ろうとでもしているのだろう。


 だが、立ち上がろうとするイルの膝をなぜかアリアが抑えるのでなかなか立ち上がれない。


 イルは嫌な予感がしつつもアリアに聞く。


「あの、アリア様…一体なにを?」


「イル。無理にどく必要なんて無いぞ?」


「い、いえ。無理にと言うわけでは…」


 むしろ早々にこの女性だらけの空間から逃げ出したいイルには良い機会なのだ。


 アリアはそう思っているイルの気持ちを知っていて邪悪な笑顔を浮かべる。  


「大丈夫だ。私がイルの膝に座れば問題無い」


「んなっ!?」


「あらぁ~それは名案じゃない~」


「ふえっ!?」


 イルは思わぬ所からの追い討ちに更に間抜けな声を上げる。アリアはイルが間抜けな声を上げている隙にぴょんっとイルの膝の上に座るとイルの胸に頭を預ける。   


 わたわたと困惑するイルに皆はニヨニヨ~っと人の悪い笑みを浮かべる。皆もアリアがイルをかまっているのを理解しているのだ。


「イルどうした?落ち着きがないぞ?」


「え!?あ、いや、その~えっと~」


 しどろもどろになりながらもなんとか言おうとするイル。だがイルは結局言葉にできないでいる。


 イルがアリアが膝の上に乗るだけでこんなにも困惑するのには理由があった。


 スティに聞いた話によると、イルは実は女性に対してだけ物凄く恥ずかしがり屋で妹であるスティや母親くらいしかまともに話せないんだとか。その割には王都に来る最中はアリアと普通に話せていたなとスティに言うとこれにも理由があるらしい。普段は全くもってダメだが仕事として接する分には問題は無いんだそうだ。なんとも不思議な話である。


 その性格あってかイルは同年代や年上のお姉様方から人見知りの可愛い子として可愛がられているんだとか。よなよなした感じが母性本能をくすぐられるのかもしれない。


 今も顔を真っ赤にして膝に乗ったアリアをどうするべきか手をワキワキさせながら考えている。


 アリアはそんなイルを尻目にリラックスしてリシアの出してくれた紅茶を飲んでいる。


「リシアの入れてくれた紅茶は美味しいな。何杯でも飲めそうだ」


「沢山飲んだらお腹チャプチャプになっちゃいますよ~?」


 クスリと笑って冗談を言うリシアは誉められたのが嬉しいのか頬が緩んでいる。


 暫くはお茶を飲みながらクッキーを食べつつガールズトークに花を咲かせた。


 やれどこそこのお店のケーキが美味しい、どこそこの服が可愛いなどガールズトークも盛り上がりを見せる間、イルは頑張って耐えていた。今にも逃げ出してしまいたい桃色空間で時折男性の意見がほしいと言われ緊張しながらも答えて、たまに相槌をうったりして頑張って耐えていた。


 アリアが揺れ動く度に女の子特有の甘い香りが漂いイルはその度に身を固まらせていた。


 そうして耐え忍ぶこと数時間。外は日が傾いて来ていて太陽がその眩しい顔を地平線の彼方に引っ込めている途中でダリアとセスが帰ってきた。


「ただいま~ってうわっ!お客さんいっぱいだね!皆こんばんは!」


「こんばんは~!」


 ダリアとセスの挨拶に皆それぞれ返事を返す。


 ダリアは女の子だらけの中一人アリアの椅子となっているイルを見かけると何があったのか瞬時に理解し苦笑をもらした。


「イルは大変そうだなぁ。でも、良かったじゃないか。両手に花どころか一面綺麗なお花で一杯じゃないか」


 ダリアの掛け値無しの褒め言葉に若い女性陣は顔を赤くする。


「ダリアさん俺の性格知ってるくせに~!」


 だが、それもイルには全く関係無く、とにかくこの現状をどうにかしてほしいと思う気持ちで一杯だった。


 イルの言葉にダリアは快活に笑うといった。


「君も女性に少しはなれた方が良いだろうからね。まあ、頑張れ!」


「それはそうですけど!これは荒療治過ぎます~!」


「荒療治とは失礼な。この野郎、正面から抱きついてくれようか?」


「ひいいいいっ!今でこそギリギリ何ですからやめて下さい!」


 情けない声を上げるイルに皆クスクスと笑う。


「ふふふ。それじゃあ、もうそろそろお夕飯の支度しようかしらねぇ~。皆も食べていってねぇ~」


 ナタリアはそう言うと席を立ち台所へと向かう。


「あっ!なら私も手伝うッス!」


「それじゃあ私も」


 その背中をチナとセラが追いかける。    


 普通よりも大きな家とは言えそれでも三人も台所に立てば狭いのは目に見えている。そのため、ユニとミーナはこれ以上行ってもかえって邪魔になってしまうのが分かっているのであえて動かない。


 ご飯が出来るとダリアが簡易テーブルと椅子を持ってきて全員が一緒にご飯を食べた。簡易テーブルと椅子を見たイルが「それがあるなら持ってきて下さいよぉ~!」と嘆いていたが、皆の笑いの種になるだけだった。


  

  

イル君はハーレムが地獄でしか有りません。そして、ロズウェルははぶられました。


フーバーの執務を手伝っています。



毎度、感想や評価、ブックマークなどありがとうございまする。


これからも精進しますのでよろしくお願いします。

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