第七話 王城探検
フーバーの執務室を後にしたアリアは王城をぶらついた。
途中多くの人に出会ったが皆アリアが王城に来ているのを知っているのか驚くことはなかった。だが何故か感謝をされた。
アリアは自身の興味があるところをふらふらと見て回った。
研究所、図書館、厨房などなど様々なところを訪問してはいろんな事を教えてもらった。
研究所では薬や新しい魔道具と魔法などを開発しており、研究所の所長が嬉々として説明してくれた。
厨房では料理長が様々な料理を試食させてくれた。余りの美味しさに出される物全てをパクパク食べてしまった。料理長がアリアが食べる様を微笑ましそうに見ていたので少し恥ずかしくなった。
とまあ、こんな具合で色々なところを見て回った所気が付いたらーー
「ここはどこなんだろう…」
ーー迷子になっていた。
アリアは目に付く興味のある物全てにふらふらと飛びついていったため、途中までの道のりは覚えているのだがここに来るまでの道のりをすっかり忘れてしまっていた。
その上ここは人通りの少ないところなのか周りには誰もおらずアリア一人のため道を聞くことも案内して貰うことも出来ないのであった。
「困ったなあ」
どうするべきかと腕を組んで目を瞑りうんうん唸って考える。
むやみやたらに動き回ってしまったら更に酷いことになるのは自明の理だ。かと言ってこのまま待っていても誰も来そうにない。
「う~ん…」
「どうかなされたか?」
アリアが唸っていると頭上から声がかけられた。驚いて目を開け上を見ると目の前には壮年の男が立っていた。
「だ、誰ですか?」
全く気配を感じず、足音もしなかった。警戒しながらアリアが聞くと男は柔和な笑みを浮かべて名乗った。
「僕はシスタ・タロストと言う者です。この国で騎士をしながら将軍を勤めているよ」
「将軍…と言うことはバルバロッセと同じ」
アリアの呟きにシスタは少しばかりの驚きの表情を見せる。
「おや、アリア様はバルバロッセの事をご存知なのかい?」
名乗ってもいないのにシスタがアリアの名前を言い当てたのは城中にアリアの事が知れ渡っているのと、アリアの髪と瞳のせいだろう。
今更名前を言い当てられてもさして驚きはない。
「ああ。シスタはバルバロッセとはどういう関係なんだ?」
「バルバロッセとは、そうだな…悪友…みたいなものだね、うん。それしか言い表せない」
「悪友?」
「小さい頃からイタズラばかりしてきたからね」
シスタはそう言うと朗らかに笑う。バルバロッセの知り合いのようだし、どうやら悪い人では無さそうだ。
「それで、アリア様はどうしたのかな?」
「ああ、そうだった。実は迷子になってしまったんだよ」
「そうだったのかい。それなら僕が案内しよう」
どうやらシスタが案内してくれるらしい。それはありがたい。
「ありがとうシスタ。それじゃあ、フーバーのいる執務室まで案内してくれないか?」
「お安いご用さ。さあ、こっちだ」
そう言うとシスタは歩き始める。アリアはその隣を歩く。
移動中の暇を利用してアリアはバルバロッセと昔何をやらかしたのか聞いてみた。
「シスタとバルバロッセはどんなイタズラをしていたんだ?」
「ん?そうだね~。落ち葉を集めた山の中に隠れてその前を通った使用人を驚かしたり、紐で足を縛って木の上から飛び降りて使用人を驚かしたりだね」
「二つ目のはかなり危ない気がする…」
「ははっ!その通りだよ!バルバロッセが飛び降りたら木の枝が折れてしまってね。バルバロッセ頭から落ちたんだよ」
おかしそうに笑うシスタはどこか懐かしむような顔をしていた。
「あの時は大変だったよ。何せ先代国王様にこっぴどく叱られたからね」
「へ?先代国王様?」
何故ここで先代の国王様が出てくるのだろうか?頭にハテナマークを浮かべるアリアにシスタは説明する。
「そう言えば言ってなかったね。僕とバルバロッセは孤児でね。先代国王様に拾っていただいたんだよ」
「…そうだったのか…」
それはなんだか悪いことを聞いてしまった。謝ろうとするアリアの気配にシスタは気付いたのか優しい笑みを浮かべて先に口を開く。
「僕は孤児で良かったと思ってる。バルバロッセとも出会えたし今代の国王様にも出会えた。そして何より君に出会えた。だから僕は孤児だったことを嫌だと思ったことはないよ。両親に会えないのは少しばかり残念だけどね」
そう言うシスタの顔には強がりだとか虚勢立とか言うのは全く無かった。自分の現状を受け入れてそれを喜んですらいた。心の強かな人だとアリアは思った。
「強いんだなシスタは」
「強くなんかないさ。運が良かったんだ。バルバロッセと国王様さえいれば僕は満足だったからね」
「そうか…」
それは、アリアにも分かることだ。アリアも前世では美結さえいれば全て満ち足りていた。それ以外は何もいらないと思えるほどに。ただ、シスタとアリアではその気色が違う。シスタは何も無い所からのスタート。アリアは一度失ってからのスタート。
一度落とされてからのスタートでアリアは縋るように美結を求めた。でも、シスタは縋るのではなくバルバロッセと共に歩もうとしていたのだろう。アリアとは心の強さが違う。
「それでもやっぱりシスタは強いよ」
「……アリア様も同じ様な経験をなされたのですか?」
憂いを帯びたアリアの顔に何か気付いたのかシスタはそう言った。
「…そうだな。前の私はそうだったな。今は違うがな」
「そう…ですか…」
こちらも悪いことを聞いてしまったと言う顔をするシスタにアリアは笑いかける。
「気にすることは無い!今はロズウェルもメイド達も側にいてくれる。それだけで充分だ」
アリアのその顔には、先程のシスタと同じく虚勢や強がりなどはない。まごう事なくアリアの本心だ。
それを感じ取ったシスタはアリアに笑顔を向けた。
「そうですか。…どうやら僕達は似た者同士のようですな」
「そうだな似た者通しだ」
「それでは、同じ同士と言うことで仲良くしていただけると嬉しいですな」
「それはこちらこそだよ」
「そう言っていただけると嬉しいですな。っと。お喋りもどうやらここまでのようです」
シスタと話をしていて気づかなかったが周りを見ると見たことのある場所だった。どうやら執務室の前まで着いたらしい。
「それでは僕はこの辺で。またの機会があったら今度はお食事でもしながらゆっくりとお話でもしましょう」
「ふふっ。デートのお誘いなら断れないな」
「はははっ、それではデートを楽しみにしてますよ」
そう言って軽く手を振るとシスタは廊下の曲がり角を曲がっていった。
アリアはシスタの背中を見送ると執務室の扉をコンコンとノックした。
「あ~い」
中から気の抜けた返事が聞こえてきたので扉を開ける。
「フーバー入るぞ」
「ん?ああ…俺を見捨てたアリア君か……」
どうやらさっきのことを根に持っているらしいフーバーは書類の山も無くなり綺麗になった机に突っ伏していた。
「なんだ、根に持ってたのか?」
「根にも持つさ。あの後執政が部屋に来てこっぴどく怒られた」
国王にお説教ができる執政とは。どんな人なのか気になるが会ってみたくはない。やんちゃすると怒られそうで怖いからだ。
「それで?どうした?」
「いや、城もだいぶまわったんでな。また迷子になってもやだし疲れたしで帰ってきた」
「俺の部屋は休憩室かよ…」
「似たようなもんだ」
「いや似てねえよ!?執務室だよここ!?休憩室じゃないからな!!」
鋭い突っ込みを放つフーバー。どうやらフーバーは突っ込み属性らしい。これはからかいがいがあるなと思っていると執務室の扉がノックされる。
「入れ」
「いやそれ俺の台詞!!」
アリアが返事をするとすかさずフーバーが突っ込みを入れる。うん、なかなかに良い切れをしているじゃないか。
そう思いアリアはフーバーに向けて笑顔でサムズアップする。
「なんのサムズアップなんだよ…」
「良い突っ込みだと思ってな!」
「そんな賞賛はいらん!」
「アリア様、国王陛下をからかってはいけませんよ」
アリアとフーバーがじゃれ合っている内に扉を開けて入ってきたロズウェルに窘められる。
するとフーバーがそれに賛同するようにロズウェルに言う。
「そうだそうだ。もっと言ってやってくれロズウェル」
「国王陛下も少し落ち着きが足りないようですが?」
「え?なに?俺まで怒られるの?」
ロズウェルに窘められしょぼーんとするフーバーを放置してアリアはロズウェルに状況を聞く。
「ロズウェル。狩り場はどうだった?」
「はい。見習い騎士や冒険者はあらかた引き上げさせることが出来ました。それから行きも帰りも敵襲はありませんでした」
「そうか。それにしても無事で何よりだ」
「ありがとうございます」
「そうだな。ロズウェルもバルバロッセも無事で何よりだ」
気を取り直したフーバーが二人に労いの言葉を送る。
「ありがとうございます国王陛下」
「ありがとうございます陛下!」
ロズウェルは一礼、バルバロッセは敬礼で答える。
すると、またもや執務室の扉がノックされる。
「入れ」
「だからそれ俺の台詞だってば!!」
またもやアリアが答えるとフーバーは突っ込みを入れる。
「失礼します。お食事のご用意が出来ました」
「メイス、お前ももうちょっと入るのに躊躇おうぜ。俺の返事じゃなかったよね?」
「返事があればどちらでも良いでしょう?」
メイスと呼ばれたメイド服を着た女性はしれっとそう答える。
「いや良くは無い!この部屋の主は俺なんだから!」
「まあまあ良いじゃないかフーバー。堅い事言うなって」
「お前が言う!?それを元凶のお前が言う!?」
騒がしいフーバーをスルーしてアリアはソファーから立ち上がる。
「フーバー行くぞ。美味しい料理が冷めてしまう」
「俺の立場っていったい…」
フーバーの悲壮な呟きに誰も答える者はいなかった。
本当にフーバーの扱いはどうなっているのか聞いてみたくなったアリアだった。




