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第一話 転移

 浮き世離れした美しさを持つその女は静かに佇み幸助達を見つめている。


 彼女は幸助達を怖がらせないためか、優しく微笑むと口を開いた。


『あなた達はこれから異世界に飛ばされます。その先では様々な困難が待ち受けていると思います。差し当たってはあなた達には…』


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」


 いきなり核心であろう部分に触れる説明をされ、我に返り止める荘司。


 他の皆も急に話を進められ戸惑っている。


「いきなり全部説明されてもこちらは何がなんだか分からないんだ!順を追って細かく説明してくれ!」


 皆も多分同じ心境だったのだろう。我に返った奴はこくこくと頷いて荘司の言い分に賛同を示していた。


 荘司の言葉に少し思案するような顔をしてから彼女は答えた。


『…そうですね。あなた達も聞きたいことはあると思いますので、質疑応答という形を取らせていただきましょう。幸い、時間は有ります』


 そう言うと彼女は『質問をどうぞ』と促す。だが、いきなりのことなので誰が何を質問すべきか分からず、結局、一番早く復帰した荘司が代表して質問をすることになった。


「それじゃあ、まず、あなたは誰なんですか?」


『私はあなた達で言う神、のようなものです。名前はありませんので、お好きなようにお呼びください』


「…分かりました。それじゃあ、何で俺らはここに?」


『それは、私がここに引き止めたからです』


「引き止める?」


『はい、あなた達はこれから、メルリア王国と言うところに召喚されます』


「…メルリア王国に…召喚?」


 訳が分からないと言うふうに言葉を繰り返す荘司。


『はい、召喚される間際に私が介入してここに呼ばせていただきました』


「何で、そんなこーー」


「ああ、もう、めんどくさい」


 召喚の理由を聞こうとした荘司に被せるように声が発せられる。


 誰もがその声の方を向く。その声の主は、未だ美結を抱きしめたままの幸助だった。


 幸助は苛立たしげな顔をすると言った。


「そんな、ちまちま話を聞いてたら時間を食うだろうが。時間は有限なんだ。おい、神とやら。まずはお前がこの状況を説明できる範囲で全部説明しろ。質疑応答はそれからだ」


 彼女は傲慢な幸助の物言いに嫌な顔一つせず、それどころか若干顔を綻ばせながら答える。


『そうですね。すみません、ここに来た人は皆質問から入るので、そう言う形を取らせていただいたのですが』


「御託はいいからさっさと説明してくれ」


 またもや彼女の言葉を遮り先を促す幸助。


 彼女がキレるのではとハラハラと見守るクラスメイト。だが、それは杞憂だったようだ。


『分かりました。すみません、どうも久しぶりの会話なのでつい話してしまいますね。…それでは、説明させていただきます』


 彼女の説明は、曰わく以下の通りである。


 まず、先程も彼女が説明したが幸助達は勇者としてメルリア王国に召喚されるらしい。メルリアには不定期的に勇者召喚が自動で行われるらしい。この現象は神を名乗る彼女すらも止めることは不可能で、こうやって一時介入する事が精一杯らしい。


 では、何故彼女が介入したのか。それは、召喚される勇者が、召喚先で死んでしまわないようにするためだ。死ぬというのも、異世界からの召喚者は召喚元の世界の住民なので他の世界に適応ができないからだ。適応できないと世界に受け入れられずに召喚の最中で消滅してしまう。それを防ぐために行われるのが彼女、女神による加護の付与だ。


 この加護には二つの効果がある。


 一つは世界に対する適応力を上げる効果。これは、先述の通り世界に受け入れられるための効果だ。適応力は個々によって幅はあるものの世界に受け入れられるに充分な力は手に入るらしい。適応力はその力が大きければ大きいほど身体能力やその他諸々が向上するらしい。ただ、重ね掛けで力を増大させることはできずこればかりは体質など適正で決まるらしい。


 二つ目は地球で言うところの特殊能力である。これを付与する理由は、適応力が低く向こうの世界の一般人並みの身体能力の者が向こうの世界ですぐに死なないための処置らしい。勇者は加護があればそれなりに優遇されるからと言うのもあるみたいだ。この加護とやらを付与するのは彼女のサービスらしい。


 以上のことが、彼女が簡単に説明できるこの状況の全てだそうだ。


「なる程な。てことは、あんたはサービスでこんな事をしてくれているわけか」


『ええ、そうです』


「そうか。それじゃあ、取りあえず質問をさせてもらおう」


『ええ、何なりと。私の答えられる範囲でなら』


「まず、加護ってのは自分で選べるのか?」


『いいえ、その人に合った物を私が付与します』


「加護を複数持つことってできるのか?」


『できる人とできない人が居ます。ですが、基本的に加護は一人に一つしか与えません』


「そうか…」


 それだけ質問をすると幸助は何か考え込むように下を向く。すると、


「ねえ、幸助。そろそろ離してくれない?」


 未だに幸助の腕に抱かれた美結が恥ずかしそうに顔を上げる。


 そう言えば抱きっぱなしであったことをすっかりと忘れていた。


「ああ、すまない。忘れてた」


「ん、まあいいけど…」


 解放された美結の顔は若干赤く恥ずかしがってるように見えた。従兄弟とは言え異性に抱きしめられては恥ずかしかったのだろう。


『他に聞きたいことは?』


「いや、俺はもういい」


 幸助がそう言うと、彼女は他のクラスメイトを見渡すが皆質問は無いらしい。


 だが、唯一荘司だけが質問をする。


「俺達は、元の世界に帰れるんですか?」


 荘司の質問を聞きクラスメイトもハッと俯きがちだった顔を上げる。


 そうだ、帰れるかもしれない。と言う淡い期待を胸に抱き彼女を見つめる。


 が、彼女の答えは残酷な物だった。


『いいえ、無理です。この召喚は一方通行ですので、帰る手だてはありません』


 その一言でクラスメイトの表情が絶望に染まる。


 それは、仕方のないことだろう。唯一の頼みの綱であるこの女神でさえ出来ないのだからメルリアに着いたところで帰る手だてが見つかるとは思えない。その事を理解したクラスメイトの顔は暗くどんよりとしたものだった。


 しばらく待ってこれ以上質問は無さそうだと考えると彼女は口を開く。


『それでは、これから加護を授けていきたいと思います。私の前に一人ずつ来てください』


 そう言われるも、誰も動こうとしない。帰れないというショックが大きいのか動く気配すら無い。


 そんな中、始めに彼女の前に行ったのは担任の符井だった。


「皆、取り合えずば今やるべき事をやろう。このまま加護を貰えなかったら私たちは召喚された瞬間に死んでしまう。そうならないためにもまずは加護を貰おう。さあ、一列に並んで!」


 符井のその言葉に従うクラスメイト。足取りは重いが今は何をすべきか、何が最適な行動なのかを充分に理解しているようだ。


「ねえ、幸助。あたし達も並ぼ?」


「…ああ、そうだな」


 美結に促され列の最後尾に並ぶ。


「ねえ…」


「ん?なんだ?」


 後ろに並んだ美結に声をかけられる。振り返ると、美結は不安そうな顔で幸助を見ていた。


 大方、これからのことが不安なのだろう。


 美結の表情をそう解釈すると、幸助は美結を安心させるように微笑み頭を撫でる。


「大丈夫だ、俺が何とかするから。安心しろ」


「うん…」


 だが、それでも不安なものは不安なのか、顔を曇らせる美結。


「向こうの生活が不安なのは分かるけど、今は向こうがどうなってるか分からないんだ。向こうに着いてから考えるしか」


「違う!そうじゃない!」


 泣き出しそうな顔をして幸助の言葉を遮る美結に、多少面食らう幸助。


「どうしたんだよ?」


「だって…幸助、また何か考えてるでしょ…?」   


「そりゃあ、そうだろうな。こんな訳分かんない状況に陥ったんだから、考えない方がおかしいだろ」


「そうじゃなくて…幸助、その顔してるとき、あたしの事しか考えてないでしょ?あたしだけを助けることしか、考えてないんでしょ?…嫌だよ、そんなの…幸助も一緒に助かる方法じゃなかったら、あたし嫌だからねっ!!」


「…」


 美結の言葉に思わず口を閉じてしまう。


 正直、図星だった。


 実際に幸助は、美結を最も安全で最前の方法で助けようとしていた。それが、美結のためだし自分が美結にできる最大限の恩返しだと思うからだ。


 だから、いくら美結でもそのお願いは聞き入れられなかった。幸助の最優先は美結であり、決して自分などでは無いのだから。


「大丈夫だよ。美結をひとりにするもんか」


 考えていることを顔に出さないように精一杯努力し笑顔を作る。


「本当に?」


「本当だ」


 そう言って美結の頭を撫でる。


「んもうっ!あたし、子供じゃないんだから!……でも、分かった」


 嫌そうな言葉を吐くがその実、美結は幸助に撫でられるのは嫌じゃない。本人はその事を隠しているつもりだったが、幸助や美結の大声に驚いて二人を見ていた周囲の者にもバレていた。


 緩みきったその表情を見れば一目瞭然だ。


『さあ、次はあなたの番です』


 そんなことをやっていると遂に幸助の番が回ってきた。


 一度瞑目してから覚悟を決めると、幸助は一歩前にでる。


 幸助は二、三女神と言葉を交わす。その声は小さくて聞き取れなかった。その事が美結を不安にさせたが、幸助は何事もなく加護を受け取った。


 その様子を確認すると、美結はホッとして肩をなで下ろす。


 幸助は、口ではああ言っていたが自分から離れて行ってしまうのでは無いかと感じていたからだ。理屈ではなく、幸助から感じ取れた雰囲気でそう思ったのだ。


 だが、加護を受け取ったことでその可能性が無くなりホッとしたのだ。


『さあ、あなたで最後です』


 漸く自分の番が回ってきて若干緊張する美結。


「よ、よろしくお願いします!」


『はい。それでは、いきますよ』


 女神の手が美結の頭にかざされる。女神の手が暖かな光を放つのと同時に、美結の中に何かが入ってくるのを感じた。これが、加護なのだろう。それは不快なものではなく、むしろ心地良いくらいだった。    


 心地よさが引いていき終わったのが分かった。心地よさに細めていた目を開く。


 女神は、美結に対して優しく、だが、どこか悲しげに微笑むとクラスメイト達の元へ行くように手で促した。


『これで、加護の付与は終わりました。さあ、準備は整いました。あなた方をメルリアに送り届けます』


 女神は一歩後ろに下がると手を前にかざす。すると、足元に魔法陣が広がる。


『これより、止まった時は動き始めます。あなた方に幸運があらんことを…』


 白い光に視界を塗りつぶされる中、女神のそんな台詞を聞いた。


『どうか、絶望に染まらぬように…』


 女神のその言葉を最後に、存在がこの空間から剥がれていくのを感じた。


*********************


 圧倒的光量が収まったのを感じ、目を開くとそこは石造りの協会のような所だった。


 その場所は掃除はきちんと行き届いており、清潔感に溢れていた。


 取りあえずちゃんとした場所に来れたことにホッと胸をなで下ろす。


 目の前の壁には女性の壁画が描かれており、描かれていたのは先ほどまで相対していた女神のようだ。


 綺麗で神秘的な壁画に見とれていると不意に声が発せられる。


「ようこそ、勇者様方」


 声がした方を振り向くとそこには、老齢の白髪をオールバックにした男が立っていた。その後ろには鎧を着た兵士らしき人達が綺麗に整列していた。


 老紳士は美結達よりも一段低いところにいるらしく、少し小さく見える。どうやら、祭壇らしい所の上に美結達はいるらしい。


わたくしメルリア王国王城にて執事長をさせていただいております、ハンデル・クリシアと申します。以後、お見知りおきを」


 ハンデルはそう言うとうやうやしく一礼した。


 突然のことに固まってしまう勇者一行。だが、符井は年長者故の場数の違いかすぐさま立ち直る。


「これは、ご丁寧にどうも。わたくし、符井抄造と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」


 符井の挨拶を聞き他の皆も挨拶を返す。


「それでは、王城へご案内します。皆様も突然のことでお疲れでしょう。馬車での移動となりますので、馬車の中でごゆっくりお休み下さい」


 ハンデルは皆を怖がらせないためか、柔和な笑みを浮かべる。


「よかった、取りあえず危険な人達じゃ無さそうだね、幸助」


 傍らにいる幸助に安堵した声で話しかける。が、返事が返ってこない。


「幸助?」


 幸助のいる方を向くがそこには誰もいない。


 おかしい…。


 急に不安が体をよぎる。慌てて辺りを見回すも幸助の姿は見当たらない。


「嘘…」


 冷や汗が体から溢れる。整っていたはずの呼吸は運動をしているわけでもないのに激しくなる。


 外に出たのかと思い先頭のハンデルを追い抜き大きな扉を開け放つ。


「美結!?」


「桐野さん!?」


 皆が驚きの声を上げるが美結は気にせず辺りを見渡す。だが、どこを見渡しても幸助の姿は見当たらない。


 外は広い草原で隠れる所など一つも無い。そもそも、幸助は隠れて美結を驚かしたりなど絶対にしない。美結がそれをされるのが嫌いだと知っているからだ。


 口に両手を当てメガホンのようにする。


「幸助ぇぇぇぇ!幸助ぇぇぇぇぇぇ!!」


 美結が叫んだことにより皆も幸助がいないことに気づき騒然とする。


「幸助ぇ!幸助ぇぇぇぇぇぇ!!」


 涙が出てきて声が震える。涙と鼻水で顔がくしゃくしゃになる。それでもかまわずに声を張り続ける。


「幸助ぇぇぇ…!幸助ぇぇ…!」


 なれてない大声を出し過ぎて声が枯れてくる。


「幸助っ…!幸助ぇ…」


 いくら叫んでも、いくら見渡しても幸助は姿を現さない。


「美結ちゃん…」


 後ろから声がかかる。


 振り返らなくても分かるこの声は、美結と幸助の共通の友人の瀬能真樹せのう まきだ。


 美結は真樹の制服を掴み言う。


「真樹ちゃん!幸助が、幸助がいないの!どこを探してもいなくて、何度呼んでも来なくて!」


「落ち着いて、美結ちゃん。取りあえず、皆で探そう?」


「…うん」


 真樹は美由を立ち上がらせると皆の元へと手を引いて連れてくる。


「先生、見て分かる通り崎三くんがいません。一緒に捜してください」


「わ、分かった。おい、皆!崎三を捜してくれ!」


 符井の言葉で我に返ったクラスメイトは捜し始める。


「ハンデルさん、申し訳無い。一緒に着たはずの子が一人いないんです。少し周囲を捜す時間を下さい」


 符井が頭を下げるとハンデルは「頭を上げてください」と言いった。符井が頭を上げるとハンデルは符井を安心させるように笑顔を作ると言った。


「是非もありませんな。さあ、あなた達も捜索に加わりなさい!」


 兵士達に命令を出すとハンデル自身も捜索を開始した。


 符井は頭を下げてお礼を言うと自身も捜索を開始した。


 転移者四十一名、ハンデル及び兵士三十人の七十二人が捜索をしたが、その日、幸助が見つかることはなかった。


 暗くなってきたことにより、ハンデルが捜索の打ち切りを決定すると、そこには美結の悲痛な叫び声が響き渡った。


    

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