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第三話 メイドを雇おう③

 アリアとロズウェルは検問所につく。


「あの、すみません」


「あん?…っ!?」 


 ロズウェルが検問所にいる兵士に話しかけると、兵士は驚いたような顔をして慌てて右拳を左胸に当てるポーズを取った。恐らくはこの国の敬礼なのだろう。


「こ、これはアドリエ様!とんだ失礼を!申し訳ございません!」


 ロズウェルは兵士の態度に苦笑すると言った。


「偉いのは父であって私ではございませんので、そんなに畏まらないで下さい」


「…わ、分かりました」


 兵士は敬礼を解くが、緊張の抜けない態度でロズウェルに聞く。


「して、今日はどの様なご用で?」


「ムスタフ伯爵にお目通り願いたいのですが、伯爵殿はこちらにいますか?」


「はい、領主様は今日は遠方の会議も無いようでお屋敷の方にいます。よろしければ別の者にご案内させますが」


「いえ、場所は覚えていますので大丈夫です」


「そうですか…それではお手数ですが身分証をお見せ下さい」


 それを聞いてアリアは焦る。アリアは身分証を持っていないのだ。「どうする?」と目でロズウェルに訴えるとロズウェルは「大丈夫です」と目で返してくる。


 ロズウェルは懐から二枚の銀色のプレートを取り出すと兵士に見せた。


 アリアはそのプレートが身分証明書みたいな物なのだろうとあたりをつけると、今度はいつそれを作ったのかが気になりロズウェルに聞いてみる。


「あれ身分証明書みたいなものだろ?いつ作ったんだよ?」


「あれは神託を受けた日にすぐさま作らせたものです。王国の印も付いていますので問題は有りません」


 ロズウェルの説明を聞いてそうなんだと頷くアリア。


 そんなアリアを尻目に兵士は一枚目のプレートを確認した後、二枚目のプレートを確認する。すると、兵士の顔未だに緊張していた顔が驚愕に変わる。


 兵士はプレートとロズウェルの腕に抱かれているアリアに視線を交互に行き交わせていることから、二枚目のプレートがアリアの物だと言うことが分かる。


 兵士は驚愕に見開いた目でアリアを見ると言った。


「誠に恐縮ですが…お顔を見せて貰っても…?」


 アリアはそう聞かれると、「どうする?」と言う意を込めてロズウェルを見る。すると、ロズウェルは「失礼します」と言ってからアリアのフードを少しばかり上に持ち上げて、その紅い双眸と銀の髪を兵士に見せる。


 すると兵士は口を思い切り開けて「とても驚いた!!」という顔をした。その顔に、アリアは思わずくすりと笑ってしまう。


 アリアのその反応を見て兵士は我に返り慌てて敬礼をすると、どもりながらも言葉を紡ぐ。


「も、ももももも申し訳ございませんっ!!お顔を拝顔したいなどと言うみ、みみ身分をわきまえぬ不敬を働いてしまい。ま、誠に、申し訳ございません!!」


 ガタガタと若干震えながらも許しを請う兵士に若干引き気味になりアリア。ロズウェルは兵士が落としたプレートを拾っていたのだがその事にも気付かないほど緊張しているらしい。


「そ、そんなに謝んなくても良いよ。別に顔を見せるくらいなら平気だ」


「い、いえ、そう言うわけにもいきません!!女神様のご尊顔を拝する事が出来るなど一生に一度有るか無いか!!それを自分から見せてくれと頼むなんて身分を弁えぬ不敬を働いてしまったのですから!!」


 兵士は何やら暑く語っているが、アリアは自分の顔がそんなに良いものだとは思ってはいない。なので、そんなに謝られても困るばかりなのだ。


「分かった!分かったから!許す!お前を許すぞ!うん!」


 怒ってないアピールをしてこれ以上謝られるのを止めようとするアリア。こう言うときは下手に「大丈夫だ」というよりも「許す」と言った方が事態の収拾は早いものだ。 

 

 兵士は伏せ気味だった顔を上げると言った。


「ゆ、許して下さるのですか…?」


「ああ、もとより怒ってもいないがな。お前が私の許しが必要なのであれば、私はお前を許そう」


 アリアがそう言うと、兵士は感極まったように目を潤ませると泣くのを堪えたような顔をする。


「ありがとうございまずっ!」


 だが、お礼を言う最中に堪えきれなくなったのか泣き出してしまう。


「な、何で泣いてるんだ!?」


 急にに泣き出した兵士にオロオロしてしまうアリアに、ロズウェルの説明が入る。


「この国では女神はどの人物よりも最高位に属するのです。それ故に、自分が行った不敬によっては死刑と言うこともありえます。場合によっては家族を全て殺されることも」


「顔見せてくれってだけで罪なのか?」


「ええ。そのように捉える者もいるでしょう。女神本人が許しても、周りが騒ぎ立てる場合もあります」


「そんな、大袈裟な…」


 だが、貴族に顔を見せてくれと下の者が言うのは、確かに、貴族文化に馴染みがなかったアリアでも失礼に思う。だが、それだけで罪になるなんて馬鹿馬鹿しいと思う。


 だが、そんな馬鹿馬鹿しい事が当たり前の世界なのだろう。兵士がかなり萎縮してしまったのも、その文化故ゆえなのだろう。


 アリアは未だに泣いている兵士を見て口を開いた。


「お前、名は?」


 泣きながらも兵士は答える。


「ハ、ハイロと…申します。…姓は…有りません…」


 泣きながら答えるハイロをよく見ると、ハイロはまだ若く、年齢は凡そ十六だ。多分兵士に成り立てだろう。


 アリアはハイロがなぜ危険な仕事である兵士になったのか聞いてみたくなった。そうすれば今泣いている理由も何となくだが分かる気がしたのだ。


「ハイロは、なぜ兵士に?」


「か、家族を、養うためであります。父は早くに亡くなり、母が女手一つで私を合わせた兄弟三人を育ててくれました。ですので、母に少しでも楽をさせたくて…」


 家族を死なせてしまうかと思って泣いていたのだと分かり、アリアはこの少年は家族想いのいい子なのだなと思った。


 話している内に段々と落ち着きを取り戻してきたハイロ。それを見てアリアはホッとすると同時に少し温かい気持ちになった。


 自分を育ててくれた母のために頑張る。アリアが前世で出来なかった事をこの少年はやっている。それを思うと、母の為を思えるこの少年が少し羨ましく感じた。


「ロズウェル、私に会うのは幸運なことなのか?」


「ええ、それはもう。この国に生を受けるのが不定期ですので、会える可能性は低いです。それ故、アリア様に会えればそれはもう幸運かと」


「そうか…」


 そう言うとアリアはロズウェルの腕から降りる。そして、ハイロに近付いていく。


 近付いてくるアリアにハイロはどうしたらいいのか分からずに固まっているとアリアは、ハイロにしゃがむように言った。


 言葉通りにしゃがむハイロの両肩をアリアはその小さな手で掴む。


 驚きを露わにするハイロにアリアはフードを少し上げて視線を合わせる。


「ハイロ。お前はよく頑張ってるな。偉いぞ。それに、家族のことを大切に想っているのだな。お前は家族が好きか?」


「はい、大好きです。何に変えても守っていきたいと思っています」


 今までのどもっていた喋り方が嘘のようにハッキリと答えるハイロ。それにアリアは頬を緩める。


「そうか、それなら何かあったら私に相談しに来い。お前の家族思いな所が気に入った」


 アリアの言葉に思わず呆然とするハイロ。


 アリアはロズウェルの所まで戻りその腕に抱えられる。


「帰りもここを通る。ハイロがいるようだったら顔を見せに来よう」


 アリアの声が上から聞こえたことにより我に返るハイロは慌てて返事をした。


「あ、ありがとうございます!」


「ふふっ、それではな」


 アリアがそう言うとロズウェルは歩き始める。ハイロはその背中を見送り、今までで一番と言っていいほど綺麗な敬礼をした。


 抱き上げられているので後ろを向いていたアリアはそれを見ると柔らかく微笑んだ。


「お優しいのですね…」


 門から少し離れ、ハイロに声が届かないくらいになるとロズウェルがそう言った。


「そうだな、ハイロは優しくて良い奴だ」


「そうではございません。アリア様は優しいのですね、と言う意味です。勿論、ハイロ少年も優しい心の持ち主だと言うことは重々承知しております」


 ロズウェルはそう言うとアリアを抱きかかえ直す。


「…そうだな…多分、羨ましかったんだな…」


「羨ましい…ですか?」


「私には親が居ない。親孝行が出来ないから、それを出来るハイロが羨ましかったんだな…だから、ハイロに優しくした…のかもな。その心を忘れないで欲しかったから…」


 どこか遠い目をするアリアにロズウェルは言う。


「ならば、兄孝行をすればよいかと…」


「兄孝行?」


 不思議な単語を出すロズウェルにアリアは思わず聞き返す。すると、ロズウェルは若干得意げな顔をして言った。


「はい。アリア様は親はいなくとも兄はいます。その兄に兄孝行をすればよろしいかと」


 ロズウェルの説明を聞きアリアはこれはロズウェルなりの励ましなんだろうなと思う。いや、ただ単にロズウェルがアリアに何かをして欲しいと言う可能性も無きにしも非ずだが、今の展開でロズウェルがそんなことを言うとも思えない。


 そう考えるとアリアはそれも良いかもなと思う。


「そうだな…この世界に来てから世話になりっぱなしだしな…私に出来ることが有れば何でもとはいかないが、可能な限りはやってやるぞ、お兄ちゃん」


 そう言いながらアリアはロズウェルの頬をツンツンとつついた。


 すると、ロズウェルの鼻から鼻血がツーと垂れてくる。数秒後ブハッと噴出した。


「ロ、ロズウェルっ!?」


「だ、大丈夫ですアリア様…」


 ロズウェルはそう言うとズボンのポケットからティッシュを取り出すと鼻に詰めた。相変わらず間抜けな光景である。


「ほ、本当に大丈夫か?」


「はい、問題有りません」


 本当に心配になりロズウェルに訊ねるも、ロズウェルはキリリとした表情で大丈夫だと告げる。それならば大丈夫なのだろうと思う反面、何かの持病じゃないよな?と心配するアリアは、自身の笑顔と、自身のする行動の破壊力を理解してはいないのであった。


*********************


 そんな事がありながらも領主の屋敷を目指すアリアとロズウェル。だが、二人はこの町の空気に違和感を感じた。


 どことなく皆張り詰めた空気を醸し出しており、そしてどこか余所余所しいのだ。


 そんな空気を二人ともおかしいと思いながらも、領主に会いに行けば何か分かるかもしれないと思い先を急いだ。


 そうして、歩くこと十分。ようやくムスタフ伯爵の屋敷に辿り着いた。門に近付くと門番に止められた。


「アドリエ様、何用でございましょうか」


 門番の問いにロズウェルは一言。


「女神が来たので顔を見せに来た。そうお伝え下さい」


 と言った。


 門番はその一言を聞くと少し怪訝な顔をするも、アリアがフードを少し上げ紅い双眸で門番を見るとすっ飛んで屋敷の方へと走っていった。


「よろしかったのですか?」


「いい。プレートを見せるのも手間だ」


 待つこと数分。先ほどかけっていった門番が息を切らしながら戻ってきた。


「ゼエ…ハア…ムスタフ、様は…直ぐ、に…ハア…お会いになる…ゼエ…そうです!」


「そ、そうか…それじゃあ、案内頼むが、その前に息を整えろ」


 アリアにそう言われ門番は素直に息を整える。深呼吸を数回すると落ち着いたようだ。


「お見苦しい所をお見せしてしまい大変失礼いたしました」


「いや、気にするな」


 そう言うと門番に案内をさせる。門を越え敷地内に入り屋敷に向かう。


 屋敷の玄関前に着くとアリアはローブを脱ぎロズウェルに手渡す。ロズウェルはローブを綺麗に畳むと腰掛けポーチの中に入れた。子供用の小さなローブとは言えよく入るものだ。畳方がうまいのだろうかと感心しつつも門番が開けた大きな玄関の扉をくぐる。


「「「「「「「ようこそいらっしゃいましたアリア様」」」」」」」


 屋敷の中に入ると綺麗に道を作るように並んだメイドさん達に出迎えられる。


 そのメイドさんの道の奥にはまるまると太った中年の男性が立っていた。如何にも裕福そうな体つきをしているこの男がムスタフ伯爵なのだろう。


 アリアが歩いて行くとムスタフは恭しく一礼をする。


「これはこれはアリア様、ようこそお越しくださいました」


 ムスタフの挨拶に少しばかりカチンと来たアリア。この場にはアリアだけではなくロズウェルもいるのだ、それなのに挨拶もしないとは何たることか。


「この場にはロズウェルもいるぞムスタフ伯爵。私にだけ挨拶をするのは不適切だと思うが?」


 アリアの物言いに若干眉を潜めるムスタフ。だが、向こうもこういう手合いになれたものなのかすぐさま表情を戻す。


「お言葉ですがアリア様。彼はただの従者。それに爵位を持っておられるのは彼のお父上です。私よりも身分の低いものに挨拶などーー」


「こいつは私のお兄ちゃんだ!私と同じ客人だ。客人に挨拶一つも無いのは如何なものかな、ムスタフ伯爵?」


 今度こそ、アリアの物言いに忌々しげな顔を一瞬だけ見せるムスタフ。だが、それも直ぐに戻すと言った。


「これは、とんだご無礼を…ささ、そんな事より立ち話もなんですから客間に」


 ロズウェルの事をそんな事扱いされたアリアは今度こそキレそうになるも、ふと外が騒がしいことに気づき口を閉じる。


『とお……れ!……にアリ………ろ!!アリア…!!…リア…!!』


 外の喧噪に紛れて自分を呼ぶ声が聞こえた気がしたアリアはロズウェルに目配せをした。


 ロズウェルは頷くと扉の方に歩いていく。


「どうしましたかな?」


 ロズウェルの行動に、外の喧噪が聞こえなかったらしいムスタフが問いかけてくるが今はそれどころではない。


 ロズウェルが扉を開け外を見ると僅かに目を見開きその後アリアを見る。


「ハイロにございます、アリア様」


「ハイロ?ハイロが来ているのか?」


「はい」


 ハイロが来ていると聞き玄関から跳びでる。後ろでムスタフが何か言っているが今はかまってる場合ではない。今は凄く嫌な予感がするのだ。


 ハイロまで近付き彼を抑え込んでいる門番に言う。


「止めろ!!私の客人だ!!どけ、貴様等!!」


 アリアが一喝すると驚きつつもアリアの六歳児とは思えぬ剣幕に素直に従う門番達。


 門番から解放され地面に組み伏せられていたハイロが起き上がる。取り抑えられた時にぶつけたのか額からは血が流れていた。それを見たアリアはカーディガンのポケットからハンカチを取り出し額の血を拭う。


「大丈夫か?何があったんだハイロ?」


 ハイロは自分の額の血を拭うアリアの手を勢い良く両手で掴むと言った。


「お願いです!助けて下さい!!」


 涙混じりのその声にアリアはハイロのただならぬ思いを感じ取ると同時に嫌な予感が膨れ上がっていくのを感じた。


 


 

  

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