第七話 さよならだ
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幸助がモフモフトリップしている間に、夜の帳は完全に降りてしまった。
幸助がそのことに気付いたのはロズウェルが発光する魔道具を起動させ室内が明るくなってからだ。
妄想の世界から戻ってきた幸助にロズウェルは「夕飯にしましょう」と提案した。
申し訳無さそうな顔で幸助はロズウェルに付いて行きそれなりに大きなテーブルのある部屋に通された。
「少々お待ち下さい」と言われ待つこと十数分。ロズウェルはカートのようなものに食事を乗せてきた。
テーブルに料理が並べられていく。どれも、とても美味しそうな匂いを漂わせていて空腹な幸助のお腹を痛いぐらいに刺激する。
ロズウェルは料理を並べ終えると幸助の後ろに下がり佇んだ。
幸助は不満顔でロズウェルを振り向くと言った。
「一緒に食べないのか?」
「私は従者ですので」
「またそれか…」
幸助は若干げんなりしながらもロズウェルに言った。
「なあ、その、従者というの辞めないか?」
「無理でございます」
幸助の提案にロズウェルは即答でキッパリと断った。
幸助はむむむと唸る。
「分かった。だが、せめてご飯は一緒に食べてくれ。後ろに立たれると居心地悪い。それに、なんだか申し訳無い」
「ですが」
「また『従者ですから』なんて言うなよ?…もう、あれだ…そう!お兄ちゃんと言うことにしよう!公の場では従者で良いがそれ以外の時はお兄ちゃんと言うことにするんだ!いいか?」
これは名案だとばかりにそう言う幸助。対してロズウェルは無表情だ。
ダメかな~と思っていると突然ロズウェルが鼻血を噴き出した。
「ちょっ!ロズウェル!?」
鼻を押さえて俯くロズウェルに駆け寄るアリア。ロズウェルはそれを手で征すると言った。
「大丈夫です、心配には及びません」
そう言う間にもロズウェルの鼻からは滝のように鼻血が出ている。とても大丈夫そうには見えなかった。
「いや、大丈夫じゃないだろ。あー、なんか布とか無いか?ちり紙があればなお良いんだが…」
「大丈夫です。もう詰めましたので」
見るとロズウェルの鼻にはティッシュが詰め込まれていた。イケメンなロズウェルがやるとなんだか凄く残念な感じがする。それと、この世界にもティッシュがあったことが意外だった。
するとロズウェルは急にかしずき恭しく頭を下げると言った。
「アリア様のご命令通り『お兄ちゃん』をやらせていただきます。ただ、私は敬語の方が話しやすいですので何卒ご容赦を」
「ああ、別に話し方は変えなくて大丈夫だ。お前は俺と対等であってくれればそれで良い」
「ありがとうございます。それでは、今日から私の事は『お兄ちゃん』とお呼び下さい」
「兄として扱うけど、それは却下だ」
ロズウェルのお願いに即答する幸助。ロズウェルは幾分か悲しそうな顔をしていたが了承した。
その後、ロズウェルは厨房に戻り自分の分の料理を用意すると二人で夕飯を食べ始めた。
幸助は先ず、目の前にあるハンバーグを食べることにした。
熱々のハンバーグにナイフを入れるとこれでもかと肉汁が溢れてくる。それを見ただけで口の中に涎が溢れてくる。
目を輝かせハンバーグを切り取り口に入れる。
「うぅんまぁいっ!!」
口に含んだ瞬間に肉汁が駆け回り口内を幸福が満たす。頬に手をあてて思わずうっとりとしてしまう。
幸助のその様子にロズウェルは微笑む。
「お口にあったようで何よりです。私も腕を振るった甲斐がありました」
「これ、ロズウェルが作ったのか?」
「はい。ここには私とアリア様しかおりませんので」
確かに、この屋敷には人の気配はしなかったがまさか他に人がいなかったとは思わなかった。
「待て、ロズウェルは俺の世話もするんだろ?それだと負担にならないか?」
「いえ、大した手間ではありませんので」
「そうか、なら良いんだが…そうだ!何か手伝えることがあれば言ってくれ。俺が手伝うぞ」
「いえ、大丈夫です。アリア様が来る以前より家事などを一通りこなせるように訓練しましたので」
「う~ん…そうか」
それならば幸助はかえって足手まといになってしまうだろう。
だからと言って、このままではロズウェルに負担がかかってしまう。人などを雇えれば良いのだが、とそこまで考えると気付くことがある。
「そう言えば、ここの資金ってどうなってるんだ?」
そう、この屋敷の資金である。幸助は働いているわけでもないしロズウェルは何を幸助の世話係だ。両者共に資金を稼いでなどいないのだ。ならば資金はどこから来るのか?
その問いにロズウェルは事も無げに答える。
「王国から毎月資金を頂いております。二人で暮らすにはかなり余裕がありますのでご心配なさらないで下さい」
「へぇ~」
生まれるだけでお金が貰える。女神様々である。
「それじゃあ、そのお金で使用人とか雇えば?住み込みで」
「いえ、それには及びません私一人で何とか出来ます」
「もしお前が風邪などを引いたら誰が俺の世話をするんだ?」
「…そうですね…分かりました。それでは、後日手配いたします」
「分かればよろし」
こうして、アリア邸に使用人を雇うことが決定した。どんな人が来るのか楽しみである。
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ロズウェルとの夕食を終えると幸助は自室にあたる部屋に案内された。
「それでは、お休みなさいませ」
ロズウェルはそう言うと部屋から出て行った。
幸助はベッドに仰向けに寝転がると目を瞑る。
思えば今日はいろんな事があった。
急に異世界に転生させられるは、しかも自分は女になってるはで何だか色々ありすぎた。
それに、体が子供になったせいかお腹一杯になった途端に眠くなってきた。
今日はもう寝るかなと思い幸助は意識を手放した。
暗闇の中に幸助は立っていた。先程より高い目線に元の自分の体なんだと分かる。
幸助は何も無い闇を見つめている。何か無いのかと一歩踏み出す。
すると、幸助の体から何かが抜けるのを感じた。いや、多分違う。幸助が(・・・)抜けたのだ。
幸助は抜け出してたたらを踏む。きちんと立ち後ろを振り向く。
そこには、自分が(・・・)いた。
それじゃあ、自分は誰なんだと自分を見てみるとやっぱり自分は自分。十七年間生きた崎三幸助だった。ただ、目の前の自分と違う点が一つあった。
手を前にかざすと自分の手が透けて目の前に立っている自分が見えるのだ。
普通なら、混乱するはずなのだが幸助は自分が何故こうなったのか何となく分かっていた。
目の前の幸助は体の方で今の自分は魂と言ったところだろう。
幸助は手を下げると目の前の幸助を見る。
『よお、俺。久し振り…でもないな。約一日ぶりくらいか?』
幸助の問いに幸助も笑って答える。
「いや、お前が寝てすぐだから約半日だな」
『そうか』
「…後悔してるか?」
『なにが?』
「アリアになったことだよ」
『…正直に言うとアリアになった事には後悔はしていない。けど、お前を置いていった事には後悔してる』
「だろうな…分かるよ。俺はお前だし」
『じゃあ、聞くなよ』
幸助がそう言うと幸助は笑う。
「すまん。ただ、一応聞いてみたくてな」
呆気からんとしている幸助に幸助は置いていってしまったことに対して謝罪の言葉を言おうとする。
『すま』
「謝るなよ?」
が、途中で遮られてしまう。
『…』
「お見通しだっての」
そう言うと幸助は頭をがじがじとかく。
「何でだろうな…」
『何が?』
「何で俺らは普通に生きられないんだろうな」
幸助が言いたいことを幸助も理解していた。恐らくは幸助自身の巻き込まれ体質の事だろう。
『もう定めとしか言いようがねえよ』
「諦めてんのか?」
『これはもうしょうがないだろ。体質なんだ、しょうがない』
「…そうだ、体質だ(・・・)。だから、俺が持ってってやるよ」
『は?』
「体質なら、体である俺が(・・・・・・)持って行く。まあ、半分しか持っていけないけどな」
『そんな事できんのかよ?』
「女神にも言われたんだよ。だったら出来んだろ」
成る程。神が出来るといっているんだから出来るに違いないだろう。だが、
『良いのかよ』
「ああ、良いよ…どうせ俺は死ぬしかないんだ。だったら、最後くらいは自分の為に何かをしたい」
『死ぬって…お前!』
「気にすんなよ!大丈夫だ!お前が死んだらまたお前と一緒になる。それまでの間ちょっと長い眠りにつくだけだ」
『ちょっとって…俺いつ死ぬか分かんねんだぞ?』
「まあ、俺は寝るだけだし一瞬みたいなもんだろ。精々長生きしな」
『すま』
幸助は謝ろうとして途中で言葉を止める。今言うべき言葉は謝罪の言葉じゃない気がしたからだ。
だから、
『ありがとう、幸助。待ってろ、直ぐには行かないけど、やることやったら迎えに行く!』
そう言うと隣にスーッとアリアがゆっくりだが確かに出てくる。幸助の隣に立ち笑顔を目の前の幸助に向けている。
アリアと並ぶ幸助に幸助は満面の笑みで手を振る。
「ああ、気長に待ってるよ。それと、頑張れよ!後、体やっててちょっと思ったけど、少しは自分のために生きるのも良いんじゃないか!それとアリア!幸助を任せた!」
『善処するよ!』
「任された!」
幸助とアリアはそう返す。
幸助が闇に包まれて徐々に消えていく。最後に笑顔でサムズアップする。そうして完全に消えると幸助との間にあった繋がりのような物が切れたのが分かった。
(ああ、胸の中にあった穴はこれだったのか)
自分の体に対する思いが自分の胸に穴を開けていたと自覚する幸助。そしてあいた穴が塞がらなかったのは幸助がまだアリアを受け入れてなかったからだとも自覚した。
幸助はアリアに体ごと向き直ると、アリアも幸助に体ごと向き直る。
『悪いけど…体借りる。やらなきゃいけないことがあるんだ』
幸助がそう言うとアリアはにっこりと微笑む。
「しょうがないから貸してやるよ。て言うか、もうお前の物だしな」
喋り口調が幸助のそれと同じなのは少ない時間だが幸助体にいたからかもしれない。この口調はこの体には似合わないなと思うが、今更改められそうにもない。
『ありがとう、アリア』
「今日からはお前もアリアだけどな」
『そうだな、俺はアリアだ』
そう言うと、幸助はアリアの中に霧となり溶け込んでいく。
瞑っていた目を開けると目線の高さが低くなっている。
「ありがとう」
幸助は二人にお礼を言うとそっと微笑んだ。
アリア(・・・)が目を開けると窓からは朝日が射し込んでいた。短い時間夢を見ていたと思っていたが実は随分と時間が経っていたらしい。
起き上がり伸びをするとベッドから降りる。
すると、コンコンと扉をノックする音が聞こえる。返事をすると扉が開きロズウェルが入ってきた。
「おはようございますアリア様。お早いんですね」
「ああ、私もさっき起きたところだがな」
「…一人称変えたんですね」
「あっ」
そう言われ始めて一人称が変わっていることに気付いた。しかも自分の中の心の穴も埋まっていた。
それを認識すると自然と笑顔が浮かぶ。どうやら、あれは夢ではないらしい。
笑顔を浮かべるアリアにロズウェルは笑いかけながら窓を開ける。
「"俺"は卒業ですか?」
「そう、だな…さよならだ」
そう言ったアリアの頬を窓から入った一筋の風が撫でた。




