第十四話 人魔戦争Ⅷ
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驚愕の表情を張り付けながら、アリアはロズウェルの顔をまじまじと見る。
先ほどの強力な邪神の攻撃をロズウェルは意図も容易く弾いたのだ。見かけ上なんともないとしても疲労していてもおかしくない。
そう思い、ロズウェルの顔を見たのだが、ロズウェルはいつものような涼しい顔をしているだけである。
「ろ、ロズウェル。お前、なんともないのか?」
「はい、なんともありませんが?」
アリアの問いに本当になんともないと言う風にそう答えるロズウェル。
実際、ロズウェルの表情や服などを見てみてもどこにも違和感など見受けられない。もしかしたら服の下にあざなどがあるかもしれないが、本人の態度でそれすらもないと言うのが分かる。
戦場で傷の有無で嘘をつくことは自分だけではなく周りにも迷惑のかかる行為だからだ。
なので、ロズウェルは怪我の有無では嘘はつかない。そもそも、彼が嘘をついたところをアリアは見たところが無い。
それに、アリアはロズウェルに全幅の信頼を寄せているので、そもそも疑ってすらいない。
ただ驚いて事実確認を行っただけなのだ。
しかしだ。ロズウェルが無傷だと言うのは何か仕掛けがあるものだと思っていた。そう思っていたのに、帰ってきた答えは「ただ剣をふっただけ」と言う至ってシンプルな言葉で、アリアが見たままの行動を言っただけであった。
さすがにそれは嘘だと信じたいが、ロズウェルの顔を見る限り嘘ではなさそうだ。
アリアは、少しばかりげんなりした顔で言う。
「はぁ……分かってはいたが、自信を無くすぞ……」
アリアが防ぐのを無理だと思った攻撃を、ロズウェルは意図も容易く防いでしまった。相手があのロズウェルだとは言え、自信喪失してもいたしかたないであろう。
だが、今は戦闘中だ。落ち込んでいる場合ではない。
「落ち込んでいても仕方ない。ロズウェル、お前はあいつをどう見る?」
「そうですね……」
アリアに言われ、ロズウェルは目の前の邪神を観察する。
そして、結論を言う。
「アリア様が冷静であれば、勝つのは難しくはないと思います」
「うぐっ……悪かったよう……」
ロズウェルが少しばかり意地悪にそう言うと、アリアはバツが悪そうな顔をして俯き、上目遣いにロズウェルに謝る。
(くっ、しょんぼりとされたアリア様もまた可愛いです)
「分かっているようでしたら、大丈夫でしょう。しかし、今のところの見立てです。相手の硬さなどが変化する可能性もあります。それに、何より厄介なのは―――」
「あの盾、だよな……」
そう、あの大口のついた盾である。
あの盾は邪神と直結しているため、盾自体も邪神の身体の一部だと考えて良いだろう。
あの大口は魔法を食べる。
許容できる魔力量がどれくらいなのかは分からない。しかし、アリアの神罰魔法を完全に吸収できてしまうのだ。その許容量はかなり多いだろう。
それに、その吸収した魔力を、先ほどのように攻撃に転用することもできるのだ。そのため、魔法を放てば邪神にわざわざ燃料を投下していることになる。
こちらは魔法を使うことはできないが、あちらは魔法のように遠距離攻撃をすることができる。攻撃の幅が広い相手に比べて、こちらは攻撃手段も限られてくる。
そして、なによりの難点があった。
「そうか、大丈夫か……」
大丈夫。ロズウェルはどこまでを考慮して大丈夫だと言っているのだろうか。それを、自身でも考えてみる。
戦闘面。これは、ロズウェルが大丈夫だと言うのだから今のところは問題ないのだろう。確かに、魔法は通じないが、アリアには心技がある。さすがに、精神エネルギーをも喰らわれてしまうと、アリアとしては自前の膂力と身体能力でのごり押ししかなくなるわけなのだが、それはロズウェルも同じだ。アリアが陽動で、ロズウェルが攻めていけばいい。
身体面。今のところ体に気だるさは感じられない。本気の神罰魔法を撃ったが、魔力切れを起こすほど魔力は消費していない。なので、身体面は大丈夫だ。
精神面。正直、今のアリアはロズウェルに諭され至極冷静な状態だ。自分の状態を考えられるほどには冷静だ。その、冷静なアリアに感情的なアリアが訴えてくる。
『バルバロッセはどうなる!!』
ずっと。さっきからずっとそう訴えかけられている。
いや、ずっとそう叫んでいるのだ。冷静ではいられない感情的な部分が。
実際、さっき邪神を攻撃しているときにもその叫びは聞こえていた。だから、無意識下で力がセーブされていた。
このまま邪神を殺してしまえばバルバロッセが死んでしまうことは明白なのだ。いや、もう彼は死んでいるのだから、その表現は適切ではないだろう。
アリアは、彼に消えてほしくないと思っている。
ともすれば、魂だけを回収して生き返らせることが出来るかもしれないとさえ考えていた。だから、この期に及んでもまだバルバロッセを救い出せるかもしれない方法を考えていた。
しかし、どんなに考えようともその方法など思いつかなかった。なぜなら、誰も蘇生魔法など知らないからだ。魂だけあっても、器が無くては、魂は行き所を無くしそのまま天に召されていくだろう。
しかして、それが本来あるべき自然の摂理なのだ。その自然の摂理を無視してこの世に魂を留めさせている邪神が異常なのだ。
アリアがやろうとしていることは、アリアがやりたいことは邪神と同じでその摂理を捻じ曲げる行為に他ならない。
それに、うまくこの世に留められたままでいたとしても魂だけをこの世に漂わせることになる。魂に自我があるのかは分からないが、愛しい人たちに触れたくても触れられないのはとても辛いことだと思う。
「いけませんよ」
アリアが数瞬思案に耽っていると、唐突にロズウェルがそう言い放つ。
最初はなにがいけないのか理解できなかったが、ややあってから理解した。
アリアが理解したことを悟ったのかロズウェルは続ける。
「今、あれを倒すのは困難ではありません。私とアリア様でしたら、倒すことができます」
それは分かっている。ロズウェルはアリアを誉めそやしたりはするが、技術面に対しては贔屓目で見ずに順当な評価を下す。
そのロズウェルが倒せると断言しているのだ。それを疑うことをアリアはしない。
「ですが、あれの中にいるバルバロッセ様を救い出すのは、不可能です」
「っ!!」
それも、分かっている。言われずとも分かっているのだ。
アリアは邪神の中からバルバロッセの魂を抜きだす方法を知らない。まず、最初から、アリアの考えていることは実行に移せないのだ。なにせ、方法なんて知らないのだから。
「それに、あの中にいるバルバロッセ様をもし仮に救い出せたとしても、救い出すまでには多大な時間を必要とします。そうなった場合、我々だけではなく、今戦い続けている人達すべてがリスクを負います。戦闘が長引けば、それだけ死傷するリスクが上がります。それはもちろん、戦闘をしている兵士だけに限りません。王都で我々の勝利を待っている都民もにもまた危険が及びます」
先ほどの邪神の攻撃で、ロズウェルが言いたいことは嫌でも分かる。あの攻撃をロズウェルが弾いてくれなければ、邪神の攻撃が王都を直撃し甚大な被害をこうむるところだった。
いや、被害などと言う生ぬるいものではない。あれが当たっていれば、王都は消滅していた。そうなっていてもおかしくないほどの一撃だった。
実際は、王都にはアリシラが防御の結界を張っているため、ある程度であれば防げるだろう。だが、そのある程度でどこまで先ほどの攻撃を防げていたかは分からない。
もしかしたら、ロズウェルのように完璧に防いでみせたかもしれないし、あるいは紙のように容易く貫いたかもしれない。
そこのところは、直撃していないから、結果を見ていないから何とも言えない。
しかし、さしものアリシラでも完璧に防げない可能性の方が大きい。
「またあのような攻撃が来たとき、今回は、私は射線上にいましたので容易くいなすことができました。しかし、もし戦闘中に撃たれ、私が射線上にいなかったときはあれを防ぐことは難しいでしょう。もう一度あれを放たれたら、防げないかもしれません」
ロズウェルをして二度あの攻撃を防げるかどうかわからないと言っている。
「ならば、望むべきは短期決着です。ぐずぐずと長引かせている時間はありません」
分かっている。今この時間ですら、他の戦場で戦っている兵士は死傷しているのだから。今邪神が攻撃してこないのも大技を意図も容易く防いだロズウェルを警戒してのことだ。いまここで戦闘が行われていないからと言って、他の戦場の戦闘が行われていないわけではないのだ。
「いまここで迷いを断ち切ってください」
分かっている。ぐずぐず迷ってる暇がないことくらい。バルバロッセを助ける手立てがないことくらい。自分に多くを救いきってみせる力が無いことくらい。
「貴女様が選ばなければならないのは個人ではありません。今を生きる多くの民です」
分かっている。誰を救うべきで、誰を見捨てなければいけないのかも。
「今は故人のことは忘れてください。あれは、生前私たちと共にあった、高潔であったバルバロッセ様ではありません。邪神です。討つべき敵なのです」
「……分かっている」
「では」
「うん。大丈夫」
最初から手が無いことくらい分かっていたのだ。答えなんてとっくに出ていた。助けられない。今のアリアには、バルバロッセは救えないのだ。
ただ、諦めきれなかっただけだ。目の前に現れた可能性に諦めがつかなかったのだ。無理だと、不可能だと理解していても最後まで足掻いて模索せずにはいられなかったのだ。
「大丈夫……」
そして何より、それ以上に、二度もバルバロッセを救えない自分を認めたくはなかったのだ。
自分は、弱かったあの頃とは違うのだと、そう思いたかった。すべては救えなくても、せめて自分の手の届く範囲の者だけでも守りたかった。守り切りたかった。一度は守れなかったのだから、次こそは守りたかった。
いや、もうバルバロッセは死んでいて、今は魂だけの状態だ。守ると言うのは違うだろう。救いたかった、と言うべきだ。
そう、救いたかった。バルバロッセを。
でも、今のアリアにはそれはできない。救えるほどの力が無い。
アリアはまだ、無力であった。誰も彼もを救える力を持ってはいなかった。
いや、アリアだけじゃない。ロズウェルだって、シスタだってイルだって皆何かを捨てて自分の守りたいものを選んでいる。皆、何かを捨てながら戦っている。何かを失っているのだ。
取捨選択をアリアもしなくてはならない。
「ごめんバルバロッセ……私はお前を救ってやれない。全部を救うだなんてできない」
全てを選ぶというのは、傲慢なことだ。その傲慢を実行に移すのはその傲慢を行うに見合った実力が必要だ。アリアにはその力は無い。だからアリアは選んだ。個ではなく複数を。
「でも、お前が、多分一番苦しんでるんだと思うから……だから私はお前を止めるために戦うよ」
それに、苦しんでいるのはバルバロッセも同じなのだ。戦っているのはバルバロッセも同じなのだ。バルバロッセも自分の延命と皆の命を天秤にかけているのだ。
しかしその秤はおそらくは皆の命の乗った皿が限界まで下に下がっていることだろう。バルバロッセはそういう男だ。国を愛し、国民を愛し、家族を愛し、友を愛した男だ。そんな男だからこそ、今皆を苦しめている自分が許せないのかもしれない。皆を苦しめている今彼もまた苦しんでいるのかもしれない。今、そんなことをさせたくなくて邪神の中で戦っているのかもしれない。
「ごめんな、バルバロッセ」
これは、『救えなくて』と『辛い思いをさせて』と二つの意味合いを含んでいる。
「それと、ロズウェルもごめんな」
ロズウェルもバルバロッセと親しかった。それも、アリアよりも一緒にいた時間は長かっただろう。そんな彼を暗に切りすてろと言うのは辛かっただろう。そんな役目をさせたことに対して謝ったのだ。
アリアの謝罪に、ロズウェルは軽く一礼する。
「それが私の務めでございますから」
「うん、でもごめん。それと、ありがとう。思えば、いつも私を奮い立たせてくれるのはロズウェルだな。ごめんな、ふがいない主で」
「そのようなことはございません。アリア様はご立派です。他人のことをそれほどまでに悩まれるアリア様はとてもご立派です」
「……ありがとう」
慰めのためにでた言葉だとしても、その言葉は嬉しかった。
今までは美結一人にしか向けていなかった思考を他人に向けることができたのだと認識できるから。自分が前とは違うのだと分かったから。
しかし、二人の話もそこで区切りをつけなくてはならなくなった。
「オオオオオオォォォォォォォォォ!!」
邪神が雄たけびを上げて臨戦態勢を取り始めたのだ。
アリアはキリリと表情を引き締める。
「バルバロッセ。今からお前を止める。お前と戦うのは私とロズウェルだけだ!!それ以外の者を、お前に傷つけさせはしない!!だからお前はここで止めてやる!!」
王国民を傷つけるたびにバルバロッセも傷つく。バルバロッセにそんな思いはさせたくない。だから、ここで止める。ここが、バルバロッセにとっての最後の戦場にする。そして、バルバロッセを解放させる。
「待ってろバルバロッセ。今、助ける!!」




