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第十二話 人魔戦争VI

遅れて申し訳ないです。やっと更新できます

 アリアとロズウェルがレディス荒野で邪神と会合していたころ、クロウウェル平原にはイルが。ハルデア平原にはユーリが。セリア大森林にはシスタが到着していた。


 三人とも、それぞれの担当場所に向かう途中に、とてつもないほどの邪気を感じたが、そのとてつもないほどの邪気は自分たちでは手に負えないことを悟ると、数秒だけ止めていた足を動かす。


 三人とも分かっているのだ。自分たちでは手に負えないような相手ならば、必然その相手をするのはアリアとロズウェルだと。


 だから、三人は二人を信じて足を進める。


 二人ならば勝ってくれると信じて。


 それに、自分たちもやらねばならないことがある。倒さねばならない敵がいる。ならば、他の事に気を向けている場合ではない。


 今は、自分たちの目前に迫る敵だけに集中するときだ。


 それに、どんな強敵が来ようとあの二人が負けると言うのが想像できない。


 特にロズウェルだ。彼が負けるような光景と状況が全く想像できない。


 例え、王国最強の魔術師であるアリシラと戦っても、勝つのはロズウェルだと思っている。


 それは過剰な信頼や希望的思考などではなく、冷静に考えた結果だ。


 冷静に考えて、アリシラよりもロズウェルの方が強いと感じるのだ。


 事実、いつかアリシラも言っていたのだ。


「ワタシがどんなに全力で戦っても、ロズウェルくんに重傷を負わせることはできても、命を奪うまではいかない。それぐらい、ロズウェルくんは長年生きたワタシから見ても規格外」


 百年以上の時を過ごしたアリシラですら勝てないと言わしめたロズウェル。


 三人もアリシラの凄さは分かっている。


 だが、そんなアリシラですら勝てないと言わせたロズウェルが負ける姿など、到底想像できるものではなかった。


 しかも、アリシラが負けたところすら三人は見たことが無いのだ。なれば、なおの事ロズウェルの敗北など想像できない。


 であれば、とてつもないほどの邪気のことは気にするだけ損だ。


 ロズウェルもアリシラもアリアもいる。あの三人がいて負けるなどと言うことはありえないだろう。


 なにせ、全員が全員規格外の強さを持っているのだから。


 そうこう考えているうちに、三人の目の前に敵の姿が見え始める。


 イルの目の前には二千を超える魔人族の軍隊が。ユーリの目の前には三千を超える軍隊が。シスタの目の前には百と少しの部隊が。


 そうして、シスタの目の前には部隊だけではなく因縁の相手。魔王軍公魔のバラドラム・ドローガーが、シスタが切り落とした左腕にシスタと同じように魔工義手を装備して、悠然とした態度で立っていた。


 自然とシスタは体中がカッと熱くなるのを感じる。


 理由は単純だ。彼女を殺したくて仕方がないからだ。


 だが、冷静さを欠いて戦って勝てるほどバラドラムは甘くはない。それは、あの日の戦いで痛いほどよくわかっている。


 シスタは無理矢理にバラドラムに対する殺意を押さえる。


 そんなシスタの様子に気付いているのかいないのかは分からないが、バラドラムは妖艶に微笑む。


 その微笑みが自分の真意を見透かされているようでまた殺意が吹き荒れてくる。


 だが、それではいけないと思いまた殺意を抑え込む。


 しかし、殺意を完全に抑え込んだわけではない。目に滾らせる殺意をバラドラムに向ける。


 バラドラムはシスタの目を見つめ返すと、首をくいっと横に振る。それだけでバラドラムの意図を悟ったシスタは、警戒をしながらもバラドラムが首を振った方向に歩みを進める。


「し、シスタ将軍。どちらへ?」


 部下の動揺した声にシスタは静かに答える。


「僕らは向こうで殺しあうよ」


「な、ならば我々も!」


「いい。足手まといだ」


「ですが!」


「ですが……何?」


 言いつのろうとする部下をシスタは冷めきった目で見る。


 決して睨み付けているのではない。それなのに、睨み付けられるよりも威圧感を感じてしまう。


 威圧感に抑え込まれ二の句を告げられない部下に、シスタは一度瞠目して威圧感を解くと言う。


「安心しなよ。ここでは君たちを巻き込むから場所を変えるだけだ」


「……」


 シスタの言にそれでも了承しかねると言った雰囲気で押し黙る部下。


 シスタの言い分は理解できる。シスタは強い。それに比べて、自分たちは国では精鋭に入るだろうがシスタには及ばないのだ。


 そんな彼らではバラドラムを相手取ることはできない。おそらく、二、三打ち合うだけでやられてしまうだろう。


 さしものシスタも、そんな彼らを庇いながらバラドラムと戦うことはできない。シスタの言う通り、足手まといになる。そのことを部下の彼も理解しているのだ。


 だから、彼は一人で行くことに納得できなくても押し黙るしかないのだ。


 その部下の苦悩を、シスタも分かっている。だから、いつも通り柔和な笑みを浮かべて部下に話しかける。


「大丈夫だよ。僕が負けると思う?」


 そう問いかけられ、部下は黙る。


 今度は二の句を告げられないから黙るのではなく、シスタが負けるか負けないかを考えているからだ。


 正直なことを言えば分からない。


 二人の力が拮抗していて勝負の予想が立てられないのではない。二人は、もはや部下が予想を立てられるほどの力量ではないのだ。


 常人が力を測れる領域を超えている。次元が違い過ぎて勝敗がどうなるのか分からないのだ。


 いや、シスタは一度バラドラムに負けている。それも、バルバロッセとタッグを組み二対一の状況ですら、負けているのだ。それをふまえれば、シスタが負ける可能性の方に針が傾く。


 だから、黙るしかない。


 しかし、それは客観的に見た情報を集約しただけの答えに過ぎない。ここに、部下の気持が入れば、沈黙の時間は数秒から数瞬へと縮んでいく。


 希望的観測であろうが何であろうが、部下の答えはすぐに出てきていた。


「思いません!」


 力いっぱいそう叫ぶ。


 その部下の答えを聞き、シスタは彼がめったにすることは無い、勝気な子供っぽい笑顔を見せる。


「なら、分かってるね?」


「はい!自分たちは、将軍の帰りを信じ、敵と奮戦します!」


「良く言った。それじゃあ、任せたよ?」


「はい!お任せください!」


 部下の威勢の良い返事を聞くと、シスタはまた歩き始める。





「バラドラム様。私もご一緒します」


 バラドラムが一人で行こうとすることを、付き合いの長い従者であるシューはすぐに察し、自身の同行を宣言する。


「だめよ。貴女はここで戦ってちょうだい?」


「しかし……」


「シュー」


 バラドラムはシューを一瞥すると、シューの頭に手をのせて優しく撫でる。


「お願いよ。ね?」


「……分かりました」


 少しだけ不満げな顔をしながらも、頷いてみせる。


 それを横目で確認すると、バラドラムは歩き始める。シスタの方が歩き始めたからだ。


「ワタシは負けないわよ。悲願を達成するまでね」


 バラドラムはそう言い残すとシスタと共に歩き去る。行く先は奇しくもあの日あの時戦った場所であった。



 ○ ○ ○


 

 場所は移り、クロウウェル平原。イルの眼前には二千の魔王軍が陣取っている。


 対してこちらも数は二千。数の上では対等ではあるが、質の上では向こうに分がある。


 イルは心中で溜息を吐く。


(やれやれ。なんで俺が総指揮なんだろうね……)


 イルは今まで功績を考慮されて第四軍の総指揮を任されている。


 しかし、本人はそれを誇りに思うどころか役不足だと思っていた。


 本人は、確かに単騎戦力であれば国でもトップクラスであろうとは自負している。ロズウェルとの打ち合いで、それくらいにはなっていると分かってはいるのだ。


 だが、司令官として優秀かと言われれば話は別なのだ。


 イルは他人に指示を出したり、戦況を読めるほどの戦略眼を持っているわけではない。むしろ、指示するより指示される方が性に合っている。


 自分は戦場の駒であればいい。


 プレイヤーのやりやすいようによりよく動くことができる。動かすのは苦手だが、動くのは得意だ。


 そう、自分を自己解析すると、イルは頷く。


(やっぱり、俺は向いてないよ。これ)


 しかし、向いてい無いとは言え王に命令された以上遂行しなくてはならない。


 さてどう遂行したものかと悩んでいると、ふとおどけた調子で声をかけられる。


「どうしたん?総司令官殿?」


「ああ。イーナさん」


 声をかけてきたのはイーナであった。


 イーナの他にも、シフォン、ラテ、キリナの三人も第四軍に配置されている。


「いえ、やはり俺には司令官と言うのは性に合っていないと思って」


 苦笑気味にイーナにそうもらすイル。


 本来ならば、部下に言うべきセリフではないのだろう。部下に弱いところを見せるのは指揮を下げることだから。


 それなのに、今のようなセリフが出てきてしまうのは、イーナがイルと知らぬ中ではないからなのだろう。自然と弱音のようなものを吐いてしまう。


 そんなイルに、イーナはあっけからんと言ってのける。


「ウチら、別に総司令官殿にそないなこと期待してへんよ?」


「え?」

 

「総司令官殿が期待されとんのは、皆の希望になることだけやよ?」


「希望……ですか?」


「そう、希望。ロズウェルくんやアリアちゃんみたいに、皆を照らしてくれる明るい光になってくれればええんよ」


 まあ、あの二人は別格に明るすぎるんやけどと、イーナは苦笑しながら言う。


「でもな、皆不安なんよ。いくらアリア様の演説聞いたって、アリア様この場におらへんのやもん。ほなら、誰を頼りにしていいかって言われたら、君しかおらへんのよ。今、この場には」


「……」


「ロズウェルくんが認めて、アリアちゃんがえろう慕ってる。君しかおらへんの。ほんとは、ウチらとそないかわらへん年の君に、こう言うんは年上として間違っとるんやと思うんけど、それでも言わしてもらうわ」


 イーナはそこでいったん言葉を区切ると、いつも以上に真剣な瞳でイルを見つめた。


「君の頼れる背中を皆に見せてほしいんよ。前に立って皆を導てほしいんよ。イルくんが強いんは皆よう分かってん。それやからこそ、皆は君に期待して、君に引っ張ってってほしんよ。君が――――」



「――――今ここにいる希望なんよ」




 イーナの言葉に息を飲む。


 そして、心の中で希望と言う言葉を反芻する。


 イルは幾度も戦場に出て戦ってきた。その戦場では、ロズウェル、アリア、シスタなど、自分の前に立ち、自分を鼓舞してくれる存在がいた。


 確かに、彼らはイルにとっての希望であった。彼らとともに戦うと、安心感もあった。


 しかし、今この場に彼らはいない。


 彼らの背中は見えない。


 彼らは先を行ってはくれない。


 イルにとってもこの戦場に縋れる希望は無いのだ。


 そう認識すると、曖昧だった不安が明確なものになっていく。


 怖い。戦場では死ぬような思いをいくつもしてきた。セリア大森林で戦った時も、“蜘蛛”と戦った時も、何度も死ぬと思った。


 けれども、イルが戦えたのは近くにアリアがいたから。ロズウェルがいたから。シスタがいたから。自分を庇護してくれる頼れる人がいたから。


 別に、彼らがいつでも助けてくれると甘い考えを持っていたわけではない。それでも、自分よりも強いものが近くにいると言う安心感があったのは否めない。


 なるほど。そう考えると、イルは少しばかり甘えていたのかもしれない。


 誰かがいるから安心。そうやって、その誰かに甘えていたのかもしれない。誰かに頼り、自分が失敗した後の尻拭いをその誰かにさせようとしていたのだ。


 自分の戦いなのに、その誰かに頼ったのだ。


 今も、そうだ。


 頼れる誰かがいないと分かったとたん、急に不安が形を成して襲ってくる。


 誰かに頼り過ぎたつけが回ってきたのだ。


「…………」


 と、以前のイルであったならばここまで考えたら、このあと怖気づいていただろう。


 しかし、今のイルは違う。


 今のイルにはやることはハッキリしている。そのことをイルはハッキリと分かっている。だから、後ろ向きにならない。前向きに考える。


 ここは、この戦場は、イルが、誰かに指示されて動くのを止めるための戦場だ。誰かに指示されないと動けない自分を変える場所だ。一歩踏み出すための場所だ。そう考える。


 そう考えると、なんて自分にとっては大舞台なことだろうと思う。それに責任も重大だ。


 第四軍の二千人の命を自分が背負っていると言っても過言ではないのだから。いや、第四軍だけじゃない。ここを突破されれば後ろにある王都に魔王軍が攻めこまれてしまう。そうすれば、被害は二千人どころでは済まない。


 今、イルの背中には部下と王都住民の――――いや、もし仮に王都が落とされるようなことがあれば、メルリア王国そのものが魔王軍の支配下に置かれることに他ならない。そうなってしまえば、被害は王都住民だけに収まらない。イルの背中には、国民全員の命がのしかかってると言っても過言ではないのだ。


 いや、イルのと個人で言うのも間違えているだろう。この条件は、他の、この戦争に出ている皆に言えることだ。皆、命を背負っているのだ。自分だけが背負っているわけではないのだ。


 それを、イーナも気づいている。自分たちが途方もないほどの命を背負っていることに。


 だからこその言葉であるのだろう。希望になってと。


 不安なのだろう、彼女も。それが、口をついて出てしまったのだ。


 その事実を理解したとき、イルはこの場に来て初めて自分の部隊を見渡した。皆、強張った顔をしていた。


 当たり前だ。皆怖くて仕方がないのだ。そんな皆が見るのは戦闘に立つイルだ。その目は、イルに何かを期待しているような目であった。


 その目を見て確信する。自分は期待されているのだと。イーナの言った通り、希望足りえるのだと。


 そのことが、こんな状況であるにもかかわらずイルの心を高揚させる。


 頼られている。それも、多くの人に。


 そう理解すると、イルはようやく自分の憧れる人たちと肩を並べることができたような気がした。


 頼る側ではなく、頼られる側になれたような気がした。


 でも、まだ彼らと対等ではない。彼らの半歩後ろを歩いているような状態だ。彼らは希望になり導いてきたのだ。


 ならば、自分も導かねばなるまい。


 できるかどうかは分からない。でも、このままでは士気に関わるし、仮にここを生き延びても自分は変われないような気がした。


 一生、誰かに頼ってばかり。そんなのはごめんだ。


 自分も彼らに肩を並べたい。彼らと対等でありたいのだ。このままでは変われない。ならば、一歩踏み出すのだ。


 イルはそう意気込むと敵を睨み付け、一歩踏み出す。


 一歩踏み出したのは背中を見せるためだ。まだ、彼らほど頼れるような背中ではないけれど、それでも皆が頼りに思える背中だと、そう信じて。


 イルは《裁断刀・タチキリ》を天に突き立てる。


「俺は!英雄と言われるほど強くはない!」


 誰かに指示されて動くだけの自分を振り切れ。


「アリア様やロズウェルほど皆を安心させてあげられる強さもない!」


 誰かに頼るだけの自分と決別しろ。


「それでも、今ここで皆と共に戦うことはできる!だから、着いてきてくれ!」


 今ここにいるのは、誰かに動かされる自分じゃない。誰かを動かす自分じゃない。


「道は俺が切り開く!!だから俺を――――」


 誰かと共に動く自分だ。


「信じて進んでくれ!!」


 イルの言葉に突き動かされるように、声が上がる。


 イルはこの時初めて、自分も誰かの希望になった気がした。


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