第八話 人魔戦争Ⅱ
そう言えば、活動報告でも言ったのですが、Twitterのアカウントを作り直しました。
アリアは、兵士を鼓舞するための演説を終えると、窓を閉め拡声の魔道具をアリシラに返す。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「アリア様。見事な演説でした」
「そうか。まあ、うまくいってよかった」
アリアはただ待っているだけでは性に合わずアリアの今できる最良のことをしようと思ったのだ。
その最良のことが先の演説だ。
アリアは、国の象徴たる女神だ。その象徴たる女神が皆を鼓舞するために言葉を紡げば、士気も上がると思ったのだ。
結果は、まあ良好だと言ってもいいだろう。最初はアリアが弱音のようなものを吐いたため士気が下がり気味であったが、最後の最後で巻き返すことができた。
途中、「あ、これは言わなかった方がよかったも」とのちの結果を考え戦々恐々としたが、最後の鬨の声を聞いて成功だったと分かった時は正直ほっとした。
「確かに、これはお前みたいなやつにしかできない戦い方だな」
フーバーが満足げにアリアに言う。
「今は、こういうことしかできないからな」
自分で戦いたいが、今はできない。
そのために、言葉で一緒に戦うことを示したのだ。
「なあ、フーバー。私が出撃する状況ってどういう時なんだ?」
「そうだな。まず、侯魔から公魔クラスが来たら……になるか」
「そうか。できれば来ないことを祈るな」
アリアが戦わない状況になるのならそれに越したことはない。だが、おそらくそうはならないだろうことは明白であった。
なにせ、今回の戦争は女神から聞いた話ではあの(・・)ロズウェルを殺せるほどの者が出てくるのだ。そいつが出てきたらアリアもロズウェルも戦わざるを得ない。
しかも、アリシラはメルリアの最終防衛ラインを担うため、アリシラの加勢は期待できない。
実力的にロズウェルに近づきつつあるイルも、経験と知識の豊富さでは若い二人を凌ぎイルと同程度かそれ以上の力を持つシスタも、戦力を集中させないために分散させているため、こちらも期待はできそうにない。
アリアとロズウェル。二人だけで対応しなくてはならないのだ。
この二人が揃えば、むしろ過剰戦力のようにも感じるが、相手はロズウェルを殺せるほどの者。いかなる油断もしてはいられない。
それに、アリアが歴史に介入したことにより、元の史実とは異なる展開が待ち受けている可能性がある。
相手がより強化されている可能性もあるのだ。
油断は命取りだ。
「まあ、祈ったところで、来るだろうな」
「そうですね。確実に来るでしょうね」
アリアの言葉を肯定するロズウェル。
そして、ロズウェルは膝をつきアリアに目線を合わせる。
膝をつかなくてはロズウェルと視線が合わないことから、アリアは場違いにも「やっぱり、ロズウェルって身長高いな~」と思っていた。
そんなことを考えているとはつゆ知らず、ロズウェルはアリアに薄く微笑みながら言う。
「ですが、大丈夫です。私がおります。私がおります限り、アリア様を死なせなどしません。私は、貴女様の剣であり盾です。私が、貴女様に降りかかる害意を全て退けます。ですので、アリア様は安心して戦場にお立ちください」
ロズウェルの真剣な言葉。
その言葉はロズウェルがアリアに語り掛けているようで、実際は自分自身に言い聞かせているのかもしれない。
その目に、その言葉に宿る覚悟には少しばかりの不安が見て取れたからだ。
さすがのロズウェルも自身を殺せるほどの相手がいると言うことが、やはりロズウェルに少なくない不安を抱かせているのだろう。
確かに、自身を殺せるほどの者が敵にいるのだとして、それもアリアが来る前の確定した史実ではロズウェルは本当に殺されているのだ。同じ戦場に立つと言っているアリアを守り切れるか不安に思うのもいたしかたないことだろう。
ロズウェルのそんな珍しい光景に、やはりロズウェルも人間なんだなと少しばかり安心感を覆えるアリア。
そんな、ロズウェルのことが知れて嬉しかったのか、アリアはくすりと安心したように微笑む。
「ああ。大丈夫だ。私はお前を信じてる」
アリアはそう言った後、まずかったかと少し焦る。
ロズウェルはアリアを守り切れるかどうかを心配しているのだ。と言うことは少なくない責任感を感じているはずだ。
それなのに、まごうことなき本心とは言え信じていると言っては、ロズウェルは更に責任感を感じてしまうだろう。
だが、アリアの心配は杞憂に終わった。
ロズウェルはアリアの言葉を聞くと、安心したように微笑んだ。
「アリア様のご信用を損なわぬよう、全身全霊を持って御身を守らせていただきます」
「う、うん。頼んだ」
ロズウェルの不安が吹き飛んでいることに気付いたアリアは、どうしてロズウェルの不安が吹き飛んだのか分からなかったので、少しばかり困惑しながらも返事を返した。
ロズウェルは、確かに正しい史実ではまだ見ぬ強敵に負け殺されているという事実に、少しばかり、いや、かなりの不安を感じていた。
しかし、それ以上にアリアが自分を信じていないのではないのかと言う不安感をも覚えた。
確かに、今のロズウェルでは無いとは言え、ロズウェルは負けているのだ。その事実があるのだから今のロズウェルにアリアを守れるのかと不安を抱くことはいたしかたないことだ。
そのことがロズウェルにとっては守り切れるのかと言う不安感よりも、自身が死ぬかもしれないという恐怖感よりも、ロズウェウルに不安と恐怖を与える。
ロズウェルにとって、アリアは自身の生きる意味であり、自身がこれまで生きてきた意味でもあるのだ。
そのアリアに少しでも信じてもらえていないのだとしたら、少しでも頼ってもらえないのだとしたら、その分だけロズウェルは自身の生きてきた意味とこれから生きていく意味を損ないそうであった。
それが、ロズウェルが表に出ないようにしても、アリアに感じさせるほどまでに隠せなかったことなのだ。
だが、アリアはロズウェルを信じると言ってくれた。その瞳と言葉には一点の曇りもなく、あるのは安心感だけであった。
アリアが全幅を置いて信頼してくれている。それだけで、ロズウェルの不安は打ち消されたのだ。
アリアはそんなこととはつゆ知らずに、しかし、ロズウェルが不安を抱いていたと言う事実も見過ごせなかったため、不安を隠している可能性も考慮して声をかけることにした。
「ロズウェル」
「はい。何でございましょう?」
全幅の信頼を寄せられていると知り、少しばかり上機嫌になるロズウェル。もちろん、それを悟られるようなことはしない。
しかし、少しばかり声が弾んでいたため、アリシラとフーバーには気付かれている。
だが、アリアは気付いていおらず、そのまま続ける。
アリアは、ロズウェルの顔を両手で包み込むと自身の顔を近づけロズウェルのでこに自身のでこをぴたりとくっつける。
突然の行動。それも、ロズウェルにとっては最上のご褒美にあたる類の行動に、このことを予期していなかったロズウェルは目を白黒させる。
そんな珍しいロズウェルの姿を、しかしアリアは目を瞑っているため見ることは無かった。
そのことに、慌てていることに自身でも気づいていたロズウェルは安堵した。
だが、安堵をしたはいいが、あまりにも突然のことで言葉が出なかった。
そんなロズウェルに気付かないアリアは言葉を紡ぐ。
「私はお前を信じてる。その言葉に嘘偽りはない。私の正直な本心だ」
「………はい」
「それに、私はお前を疑ったことなど一度だってない。常にお前を信じてる」
「はい」
「だからお前は、私が信じていると言う事実を疑わないで、私を信じてほしい」
「はい」
「だから、えっと……つまり、私が信じてるお前を、お前自身が自分を信じてほしい」
「はい」
「お前ならできる。私を守って、この国も守れる。それも、死んでじゃなくて生きてだ」
「はい」
「それに、お前の隣には私がいる」
「はい」
「私がいる限りお前を死なせはしない。私も、生きてお前とこの国を救ってみせる。私は、そのためにここにいるんだ。私がいれば、お前は最強だ。お前がいれば私は最強だ。二人で一つだなんておこがましいことは言わないけど、足りないところは補って二人で最強なんだ。そのことを忘れないでほしい」
「しかと、この心に…いえ、魂に刻み込みました」
「うん。深く刻んでおけよ」
「はい」
アリアはロズウェルの返事を聞くとでこを離し満足げに笑顔で頷いた。
「私たちは負けないよ」
「ええ。負ける未来など見えません」
ロズウェルはアリアの言葉に自信に満ちた表情で答えた。
「うん、良い表情になった!」
アリアはまた満足げにそう言った。
思えば、ロズウェルは、見たことの無い未来に囚われていたのだろう。
自身が死ぬ未来はアリアが聞いた正しい歴史のことだ。いや、正しいも何もないのだろう。
ロズウェルたちにとっては今自分が生きている世界が全てだ。ならば、今いる世界が正しくて、アリアが聞いたのはどこかの夢物語だ。
自分たちが生きる今を間違いだなんて言わせない。これから生きようとする未来を間違いだなんて言わせない。
この戦争は、自分たちが生きる今が間違いではない、これから築いていく未来が間違いではないことを証明するための戦いでもあるのだ。
ならば、死ぬことはできないし、死ぬわけにはいかない。と言うよりも、アリアにここまで言われては死ぬつもりなど毛頭ない。
ロズウェルは、弱気な自分を完全に吹き飛ばし、気持ちを入れ替える。
(勝ちます。勝って今の私たちが間違った道を辿っていないことを証明します)
新たに覚悟を決めるロズウェル。その直後。
「ッ!?」
突如、アリシラが驚愕に目を見開き口元を手で押さえる。
「なっ!?」
「ッ!?」
その突然の行動にどうしたと聞くよりも早く、二人も気づく。いや、二人だけではないだろう。
突如として発生した禍々しく邪悪な気配は、王都にいる全員が感知したことだろう。
「な、んだ…これ……?」
今まで感じたこともないほどの邪悪な気配に、その一言を言うのが精いっぱいのアリア。
ロズウェルでさえ口を開くことのできないこの状況は、正直に言って異常であった。
「………しん……」
アリシラがか細い声で言う。
だが、あまりにもか細すぎて完全に聞き取ることができずに、全員がアリシラの方を向く。
アリシラもか細すぎたと思っていたのか、震える声でもう一度言い直した。
「……邪神よ……」




