第7話『ゴリラとの共生。』
「ねぇ?」謙二は、芙美子に声かけた。
「なんですか?謙二さん」芙美子は軽く謙二に微笑みかける。
「前から訊こう訊こうとは思っていたんだけどさ、・・・良太。あいつ、いつまでうちに居座るつもりなの?」
「良太?? いい子だよねー、うん」
「いい子とか、そういうのどうでもいいんだよ。良太さ、バナナの皮を玄関前に投げっぱなしにするんだよね。しかも大量に。俺、この前そのバナナの皮で思わずずるって滑ったんだけど」
「そう、良太ってバナナすごく好きだからねー。かわいいよね☆」
「いや、だからさ。食べるのは別に構わないんだけど、片付けてほしいんだよね。バナナの皮は。腐ったら近所迷惑にもなるし。まあ、あいつゴリラだから近所迷惑とか分からないと思うからさー、芙美子さんが気付いたら片付けてもらえないかな?」
「あっ! ご、ごめんなさい。今すぐ片付けます!!」
「あ、もう皮はないから。さっき、俺が全部片付けた。燃えるゴミの指定袋で2袋ぎゅうぎゅう詰めになったよ、バナナの皮だけで」
「良太、実家に帰らせないとダメですね…」芙美子さんはしゅんとしてしまった。
謙二はちょっと言い過ぎたかなと思いつつも、やっぱり良太がここに居座られると何かと迷惑だし、これくらい言わないと芙美子さんも動いてくれないから仕方ないなとも思った。
──次の日。
良太が彼女を呼んだ。名前は、奈々というらしい。
「あ、奈々ちゃん! 来てくれたの? 私、嬉しいなー。うんうん、へぇ!新しいケータイに変えたんだ!!今、アクオス携帯流行ってるんもんねー、いいなー奈々ちゃんってば」
「芙美子さん? なんかゴリラが1頭増えてるんだけど?」
「ねえ、謙二さん。今度出す絵画コンテストで、奈々ちゃん描いてみたらどうかな?彼女、すごい可愛いからきっと審査員の目に止まると思うよ」
「そりゃ、止まるだろうな。・・ゴリラだから」
「”あんずジャムより、いちごジャムがよし”っていうし、早速アトリエにいきましょ!! 謙二さんも久しぶりですものね、ヌードデッサンは」
「あ、これ、ヌードだったんだ(笑) 毛むくじゃらだったから分からなかったよ…」
なんでか知らないけど、謙二は芙美子の言われるがままにアトリエに奈々を招き入れてヌードデッサンを始めた。・・・まあ、メスのゴリラだけど(笑)
「良太もこっちおいでー」芙美子さんが、アトリエに良太も呼んだ。2人と1頭が奈々のヌード(といっても毛むくじゃらだけど)を凝視していたら、どうやら奈々の表情がちょっと赤らんだ。
そんな奈々の表情変化を見て、芙美子さんは
「奈々ちゃん、ちょっと恥ずかしいみたいだね。やっぱりなんだかんだで女の子だもんね」
と言った。
「いや、いつもあの格好でしょ?」謙二は芙美子に訊いた。
「ううん。奈々ちゃんはいつも、マネージャさんのお宅ではエプロンだけつけてすごしてるんだって」
「あ、奈々ちゃんって、芙美子さんの関係者じゃないんだ」
「奈々ちゃんはね、私のお母さんの知り合いの人がゴリ通で使ってるゴリラさん。良太ってば、彼女に一目ぼれなんですよ!」
「あいつも隅におけないな」
「圭太ももうちょっと積極的にならなきゃだめだよねー」
「いや、俺は圭太のことはよく知らないから…」
約2時間後、奈々ちゃんのヌードデッサンが終了した。
謙二の作品は、忠実にリアリティーを追究したものに仕上がったが、若干シュールレアリスムな感じもした。でもそれは仕方がないと思った。描いたものがどうみてもゴリラだからだ。
「やっぱり謙二さんの作品って、すごいです!! 奈々ちゃん可愛く描けてますよね?!」
芙美子さんは、その絵を見てすごく感心していた。
「これ、今度のこのコンテストに出展してみたらどうかな?」
芙美子さんが見せたパンフレットには、
「未来の地球を描こう!2008絵画作品コンテスト」
と標題に書かれていた。
「ねえ芙美子さん?」
「はい。なんですか?」
「俺さ、仮にこの絵をそのコンテストに出したらなんて思われるかな??」
「う~ん。すごい上手いから銀賞以上は確実だと思うんですけど…」
「いや、上手い下手が問題じゃない。どうみても、『猿の惑星』の影響受けてる風にしか思えないだろ?」
「奈々ちゃん、楽しみだねー」
芙美子は、奈々ちゃんのほうに行ってて、頭をなでていた。
「人の話、最後まで聞いてよ…orz」
結局、良太と奈々はその1ヵ月後に帰郷。そして、故郷で結納を済ませた。
謙二の描いたタイトル『奈々』はコンテスト最終審査にまですすむ中で、多くの審査員の目に止まり、なんとコンテスト大賞を受賞することができたのだという。しかし、栄誉ある賞を受賞できたのにもかかわらず、謙二の気持ちは複雑だった。
このコンテストの審査員はみんな、未来はゴリラだけの世界になることを望んでいるのか…
そして、その作品を出したのを機に、画家平沼謙二の異名が『抽象画のジュリアーノ』から、『平成超獣戯画の申し子』と呼ばれるようになった。
(つづく)