03話 大人の事情とかいうやつ
理事長暗躍回
図書館でお説教をくらった翌日、週末と言う事もあり早速ラルフと王立図書館へ行くことになっていた。
「で、例の子とは最近どうなんだ?」
「だからラルフとは何もないですってば」
朝の営業が一段落して暇なのか兄が私に絡んでくる。
出かける準備の邪魔をしないで欲しいのだが、無視すればそれはそれで面倒な事になるので無難に流す他ない。
「それにしてもこの間からラルフについて何度もしつこすぎませんか」
一体なんなのかと胡乱な目をそちらに向けると、兄は一瞬意外そうな顔をした後「ああそう言う事」と一人で納得した。
「? どういう事ですか」
「いや甘酸っぱいなーと思ってさ。時間は大丈夫か?」
やけに笑顔な兄が店の時計を指差す。
時計は、今すぐ家を出ないと間に合わない時間を差していた。
「それを早く言ってよ…!行ってきます!」
「おー」
必要最低限の準備を済ませ、私は全速力で家を駆け出した。
「若いねぇ」
そんな兄の発言など耳にする余裕はなかった。
◆ ◆ ◆
「すみません、お待たせしました!」
「気にしなくていいよ朝食取ってたし」
集合場所は城下町の中央広場だった。
時間ギリギリに駆け込んできた私を見て、少しくらい遅れても良かったのにとラルフは苦笑いした。
「あ、そのパン」
「うん、君のとこのだよ。今日はいつもより盛況だったからもう少し遅れるかなと思ってた」
「…って、来てたんですか!?」
今日は休日なので私も店の手伝いに入っていたのだが全く気付かなかった。
しかもその口振りからすると、どうやらラルフは常連客らしい。
「城下町で朝食と言えばあそこのパンが一番だからね」
「全く気付かなかった…」
「まあ、いつもは平日に利用してるから…食べる?」
唐突にパンを差し出され一瞬戸惑う。
「その様子じゃどうせ朝食抜きなんだろ」
「…あ、ありがとうございます。でも貰っていいんですか?」
全くその通りなので嬉しい申し出だったが、それではラルフはどうなのか。
そう尋ねるとラルフは困ったような笑みを此方に向けた。
「…実はちょっと買いすぎて食べきれずに困ってたんだ。あの店、休日にしかない種類もあるんだな」
つい誘惑に負けたのだと続けるラルフに私は思わず噴き出した。
彼はあの兄の戦略にまんまと嵌まっていたのだ。
「…そんなに笑わなくてもいいだろ」
「ごめんなさ…はは」
不貞腐れるラルフがちょっと可愛く思えたが、それを言えば更に拗ねるだろうから黙っておいた方が良さそうだ。
そうして私達は図書館へ向かう前に遅めの朝食を取ったのだった。
◆ ◆ ◆
普段は学園の図書館で十分事足りていたため利用するのは久しぶりだったが、相変わらず王立図書館はその規模から装飾まで何もかものスケールが違った。
「……困ったな」
限られた時間を有効に使うべく二手に別れた私とラルフだったが、正直それは失敗だったかもしれない。
「…………迷った」
そう、私はこの広大な図書館の中で見事に迷子となってしまったのだ。
午前中に一般公開コーナーで資料を探している間は良かった。
天窓から日が差し込んで明るかったし、市民向けの案内板などもしっかりあった。
……が、今いるこの特殊な手続き必須の非公開コーナーはそれらが一切全くない。
あえてそう言う仕様にしているのかもしれないが、それにしたって不親切にも程があるだろう。
「ラルフがくれた光珠がなかったらそれこそもうジ・エンドなんだけど」
そう。非公開コーナーに入る前、私はラルフからこの光珠を貰っていた。
風属性が得意と言っていたが、光属性の魔法も使えるらしい。
光珠はまるでラルフ自身のように淡く優しい光を放っていた。
「…あったかいな」
ふ、と息をつく。
この薄闇の中でリラックス出来ているのは間違いなくこの珠のお陰だった。
「いや~、青春だねぇ!善きかな善きかな」
「…っ!その声は」
急に背後から聞き覚えのある声が聞こえて慌てて振り返る。
「…理事長」
「あっ、分かる?そうだよ私で~す」
「………」
思わず理事長に光珠をぶん投げそうになった。
そんな私の様子に気付いているのか、薄闇の中で理事長がフッと笑う気配がした。
「君達が順調に仲良くなってくれて私は嬉しいよ」
「…一体何を企んでいるんですか」
明らかに胡散臭さ全開の理事長に私の警戒心は高まるばかりだ。
「それは言えないな。とにかく今は君達が仲良くなってくれればそれで十分なんだ」
「…どういう事ですか」
「言葉通りの意味さ。君には彼にとって喪いたくない程に大切な女の子になってもらいたい」
理事長は歌うように言葉を紡ぐ。
「つまり、理事長の狙いはラルフと言う事ですね」
「うん、君はなかなか賢いね」
当初思っていた以上だよ、と褒められているのか貶されているのか分からない事を言われる。
が、今はそれよりもラルフの事だ。
「何故ラルフを狙うんですか」
「開門術」
―――瞬間、私はその場の気温が一気に下がった様に感じた。
「…をテーマにしてるんだろう?」
「…っ」
コツコツと理事長が近付いてくる足音が聞こえる。
嫌な汗が私の頬を伝う。
「私達はね、彼らが何をしようとしているのか知ってるんだよ」
ゾワリと全身に悪寒が走る。
私達?彼ら?
一体理事長の言うそれらは何を指していると言うのだ。
「………」
「…怖がらせてしまったね」
何も言葉を発せない私に理事長は緊迫した空気を少し和らげる。
「でもね、私は結構あの学園が好きなんだよ。そこに通う生徒が一人でも欠けるのは辛い」
だから今もこうして君に会いに来ているんだと告げられ、私は俯いていた顔を上げる。
――その先にあった瞳には、今まで見たどんな時よりも真剣な光が宿っていた。
「いいかい、課外授業のリミットまであと一週間だ。…その間、彼の事をなるべく気にかけておいて欲しい」
「……はい」
だから私は、この時初めて理事長の頼みに素直に頷く事が出来たのだった。