ACT.1 Chap.3
Chap.3
手紙は、その日から毎日一通ずつ届いた。毎回同じ内容だったが、全て手書きで、微妙に違っている言い回し。このサイプリスと云う人間は、口が巧く人の心を掴む天才だと思う。たった三、四通のメールを読んだだけで、流惟はサイプリスをどうにか助けてあげたいと思うようになっていた。サイプリスを死なせてはならない、と感じる。
流惟はサイプリスからの手紙を開いた。今日のも、同じ文から始まっている。流惟はそれにひととおり目を通すと、手近あったボールペンを滑らせた。
『あなたはなぜ、そんなに死にたがるのですか。なぜ死ぬ必要があるのですか? 自分の命を粗末にするのは、とても馬鹿なことだと思います』
そこまで書いたはいいが、馬鹿馬鹿しくなってボールペンを机の上に置いた。
そもそも手紙を書いたところで、サイプリスがこれを見ることはないのだ。
「ほんと、意味分かんないよ…………」
流惟は呟き、便箋を二つ折りにしてボールペンの下に入れた。朝食を食べて戻ってきたときにもしこの便箋がなくなっていたら、信じるのに。
溜め息混じりにひとりごちると、流惟は部屋をあとにした。
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「なくなってる……、」
流惟は机の上を真っ直ぐに見据えたまま立ち尽くし、やっとそれだけを口にした。
ないのだ、先程書いた手紙が。ボールペンは有るのに、便箋だけがなくなってしまった。
流惟はにわかに体の力が抜けていくのがわかった。床に膝をつくと、白いものが目に写る。封筒だった。―――表に時任流惟様、とだけ書かれた封筒だった。
流惟は汗ばむ手でそれを開けると、息を吐いて目を落とした。
『お返事を下さって嬉しいです。お恥ずかしながら、わたしには自ら死ぬことのできない理由があります。自分では死ねないのです。私が死ぬ必要、それはこれ以上の罪を重ねないためです。私が生き続けるということは、その分だけわたしの犯す罪が増えるということなのです』
そこまで読んで、背筋が水を浴びたように寒くなるのを感じた。
サイプリスは、犯罪者なのかもしれない。未だ捕えられていない、逃亡中の犯罪者だ。それならば、罪を重ね続けないために自分を殺してくれ、という頼みも分かる。―――否、死を望むほど罪を悔やんでいるのなら、自分でやめることはできないのだろうか?
頭の中がひどく混乱してきた。流惟はその突破口を探るように、手紙の続きを目で追った。
『聡いあなたのことですから、わたしが自分自身でどうにかできるのではとお思いでしょう。けれどどうか、わたしに常識的な償いかたを求めないで下さい。自首をしたところで、警察はわたしを相手にはしてくれません。自分で罪を悔やんでも、止めることはできないのです。わたしの罪を終わらせられるのは、わたしを殺せるのは、この世では唯一人、あなただけなのです』
流惟は顔をしかめた。サイプリスのいう意味が、よく分からない。自首をしても相手にされないというのだから、彼は犯罪者ではないのだろう。では、サイプリスが犯した罪というのは? そして、サイプリスを殺せる人間が、流惟だけというのは?
疑問ばかりが重なり頭を悩ませていると、もう一枚、手紙が封筒の中に入っていることに気付いた。流惟はそれを抜き出し、目を走らせ、それから呆然とその文字を見つめた。
『信じられる話でないことはわかっております。けれどあなたになら信じていただけると願い、打ち明けましょう。
わたしは、人間ではございません。ヴァンパイア―――つまり、吸血鬼なのです』
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